こうして彼女は――になった
そこに到着し、オンボロ輸送船から降り大地に立ったその瞬間……あまりの感動にアメリアの口から言葉が漏れた。
「おおう……これは……」
そのすさまじさに、言葉らしい言葉は出てこない。
何時だったか、昔見たコミックスにてこんな惑星を見た事があった。
全長大体五キロから十キロ。
一切舗装などされておらず大地がむき出しで、見える範囲にある物は、緑の木一本と小さな一軒家……だけ。
見える範囲どころか、この惑星の中で大地以外にあるのはその二つだけだった。
田舎とかそう言う言葉さえ適さない。
何もないにも程があり、もはや虚無。
星と呼ぶより家と木の生えただけの丸岩と呼ぶ方が近いんじゃないか。
そんな有様だった。
「ではとりあえずお荷物を運びましょうか」
茫然とするアメリアにヴォルフは青い顔でそう声をかけた。
「……あれ? 私の屋敷はどこ? この屋敷より狭い惑星は何? なんで木が一本?」
「お嬢様……」
「ああ。ヴォルフ。荷物持ってあげましょうか? あんた船酔い酷かったものね。あれだけ揺れたら大変でしょ」
「いえ。今のお嬢様よりは大丈夫ですので」
「大丈夫。私は大丈夫だから。あははー」
そう言って、アメリアは虚空に笑う。
少しだけ、ほんの少しだけだけど、ヴォルフは大丈夫だろうかという心配が頭を過ぎった。
この惑星唯一の住居。
その外観は赤い屋根の木像建築なんて一体どの時代という古臭い物だが、内装は金属オンリーの無機質な物という別の意味で古臭い仕様となっている。
そもそもの話だが、この時代においては最先端最高技術の建築よりも本物の木造建築の方が遥かに高価である。
金属加工は既に人の手を離れオートメーション化が完全に完了しているが、木造建築は未だ完全化は成り立たず、そもそも手作業での方が完成度が上だった。
技術が進み何でもオートメーションで作られた物で良いじゃんというこの時代では、アメリアが楽しんでいた書籍やレコードという物は、はっきり言って無駄の極みと言える。
どちらもデータとして完璧な形で保存され幾らでも楽しむ事が可能だからだ。
書籍は立体映像かつ自動めくりのVRブックスタイルが主流であり、次いで一世代前のタブレット形式も気軽に楽しめる事から人気で多くのユーザーが愛用している。
音楽に至っては脳波で直接楽しむというトリッピング式が音漏れもなくいつでも好きな時に好きな様に音楽を楽しむ事が出来る。
にもかかわらず、没入感が少なく煩わしい紙でのリアル書籍スタイルやレコードといった方式で音楽を楽しむのはどうしてかと言えば……それが『貴族的価値』を示す行動となるからだ。
いかに無駄な事に金を使う事が出来るか。
古き歴史を体感しながら面倒を楽しむ事が出来るか。
それが貴族的価値。
回り道を体験する事により歴史の重みを感じる事。
風流、雅、エレガント。
そう言った言葉に適した行動とも言える。
故に、レコードや書籍といった物はとんでもない価格の高級品として目玉が飛び出る様な値段として取引されている。
アメリアが持っていた手回しレコード再生機に至っては全て古代技術再生専門のマエストロによる手作業での一品であり、その値段は下手な宙船より高い。
正直、ヴォルフでさえそんなとんでも価値な物を使わされるメイドが可哀想と思う位には高価な代物であった。
逆に言えば、貴族的価値を楽しまないのであれば生きる事はそう難しい事ではない。
この狭い貧困層向けに用意された小規模居住施設であっても、完全自動空調システムに重量擬似制御、そして空気水食糧全てを幾らでも作れる複合製造プラントは当然の様に内蔵されている。
ただ生きて娯楽を得るだけならば、全人類が謳歌する事は可能であるだろう。
ただし貧乏向け居住施設である為内装には一切の配慮がなく、全てが心底味気ない鋼色の無機質な物となっているが。
外観が木造に見えるのも、傍にイミテーションではあるが木が一本添えられているのにもちゃんと理由がある。
人は、無機質過ぎる場所に居続けると心が死んでいくという理由が。
言葉にするなら、宇宙的精神病と言うべきだろうか。
この広い宇宙を感じる所為だろう。
人は、どうしようもない孤独に苛まれる。
だから人工物でも紛い物でも、自然の物を人々は求める。
宇宙と言う孤独から、自然が護ってくれているかの様に。
そういう意味で言うならば、ここはきっと貴族令嬢が生きていける様な優しい場所ではないだろう。
紛い物の自然しかない鉄の世界は、人の心を壊すに十分な寂しさを持っていた。
「それで、このホットミルク一つを楽しむのがやっとな程落ちぶれた私はこれからどうすれば良いの?」
無機質な部屋の中でヴォルフ御手製ホットミルクを味わいながら、アメリアは尋ねる。
正直、ここまでメンタルが強いとはヴォルフも思っていなかった。
鋼を通り越して形状記憶特殊合金を彷彿とさせる。
「お嬢様。違います」
「何が?」
「そのはちみつ入りホットミルクですが……はちみつは、私の私物です。ですので、正確にはもうホットミルクさえなかなか味わえない程落ちぶれたとなりますね」
「……え? これも飲めないの?」
「後五回分位でしょうかね」
「だったらもっと味わったのに!?」
アメリアは空になったコップを持ち、涙目で叫んだ。
「まあ、ホットミルク位は用意出来ますから。はちみつはありませんが」
「……ぐすん。甘くないと私ホットミルク飲めない……。それで! 私はこれからどうなるの!? もうここで骨をうずめるしかなの!?」
「いえ、その……」
「何? 言いにくい事なの? 流石にこれ以上酷くなる事はないと思いたいんだけど!?」
ヴォルフの言い淀む珍しい姿に、アメリアは危機感を覚えそう叫ぶ。
実際は逆。
確かに侯爵である父親はこの状況を自分の政に利用した。
娘の不幸をダシにした。
だけど、父親としてもまさかここまで酷い事になるとは思ってなかったらしく、今現在状況改善に動いている。
侯爵が動くのは父親としての情というだけではない。
貴族としての公平さであるからこそ、侯爵は動けている。
幾らなんでも我儘だからという理由で学園追放からの島流しというのはあんまり過ぎる。
実の娘とか関係なく、それが己の領地で行われている事を放置するなんて選択肢は、為政者である彼にはない。
だから侯爵は、今裏で誰が動いているのか調べ落とし前を付けようとしていた。
侯爵は、貴族として驚く程に公平である。
実の娘だからと贔屓せず、平民だからと蔑ろにしない。
だからこそ、この状況において非常に信頼が出来るとヴォルフは考えた。
アメリアのこの現状は、責任を考えたとしても公平という言葉からはあまりにもかけ離れている。
だけど同時に、侯爵もヴォルフもこれが良い機会であるとも思っていた。
この絶望に近い状況こそが、アメリアの我儘を改善する最大のチャンスであると。
だからヴォルフと侯爵はこの現状に敢えて甘んじたという側面もあった。
ここで無理やりアメリアを庇って何とか現状維持する方法もあったにはあったが、それがアメリアの為になるとは思えない。
というか、余計我儘が加速するのは目に見えている。
とは言え……ヴォルフはこれでもれっきとした従者である。
正直、主を騙すという状況に多いに罪悪感を持っていた。
「……えーとですね、まず……現状を説明させて頂きます」
「ん。私も良くわからないからお願い。わかってるのは、お父様に迷惑をかけてしまった……いえ、領民全員に迷惑をかける様な事になってしまったって事位だから」
「はい。まず、これはお嬢様に説明はいらないと思いますが、『貴族的価値』という物はわかっておりますね?」
「ん? ええ。それがどうしたの?」
手製の物に価値を見出し、それを芸術品として愛で大切にし語り継ぐ。
オートメーション化の時代だからこそ敢えて人の手で作った物をありがたがる古き歴史への愛。
オートメーションで作られた最高級のクッキーより、苦労して作った普通の人のクッキーをありがたがる。
所謂、そういった考え方。
金銭に余裕のある貴族だからこそ消えゆく歴史的文化物を保護しなければならないというノブレスオブリージュでもある。
貴族的価値というのは元々無駄な物に金を掛ける貴族を馬鹿にした蔑称であったのだが、今ではそれが当たり前の様に浸透していた。
「その貴族的価値を持つ、『とある物』が今回の風評被害により売り上げが減少しました。そこの責任問題がお嬢様の処遇においての中心です」
「なるほどね。という事は、財団絡みって事ね?」
ヴォルフは頷く。
そう、アメリアは我儘ではあるが地頭は決して悪くない。
むしろ文官を志せる程度には優秀な部類である。
レーヴェル公爵領の中で繁栄し、レーヴェル公爵領を発展させる事を目的とした財団。
名前はそのまま『レーヴェル財団』。
財団なんて恰好付けているが、要するにレーヴェル公爵その人が代表を務めるレーヴェル公爵領経済保護を目的とした営利団体である。
経済援助してくれるレーヴェル公爵領専属組織と言い変えても良い。
「風評被害を受けたのがその財団の主軸商品の一つだった事が問題となりまして、一応建前上はその責任を取るという事でこの様な場所に送られる事となりまして……」
「それで島流しなのね」
「いえ、島流しではないんですよ」
「こんな場所なのに?」
「はい。建前ではあるかもしれませんが、名目は島流しではなく責任を取るという事ですので」
「ん? つまりどういう事?」
「えと、お嬢様はレーヴェル財団がどの様な産業を行っているのかご存知ですか?」
「ええもちろん。色々手広くやってるみたいだけど、メインは大規模農場運営でしょ?」
宇宙という空間、無限拡張する人類。
そうなれば当然、食料生産の需要はなくならない。
レーヴェル財団はそう言った需要に応える為、高品質の作物、特に果物や野菜を主軸に生成し出荷している。
「はい。正解です。ですがもう一つ同系列の主力産業が御座いまして……」
「と、言うと?」
「そこで貴族的価値が関わってきます。何だと思いますか?」
「え? そこで聞くの? そうね……農場運営に、貴族的価値……。ああ、わかった。簡単よ! つまり人の手によって作られた野菜を高額で出荷する奴でしょ? 農業職人とかいう奴。私が食べてた野菜も全部そういうのだった」
もっと言えば、アメリアは野菜の食わず嫌いが激しかったからそういった特別な物を使わざるを得なかったという方が正しいだろう。
「はい。正解です」
「んで? それがどうしたの?」
ヴォルフはニコニコと笑顔を浮かべたまま、そっとアメリアを外に誘導する。
アメリアは首を傾げながらその後ろに追従して移動する。
家から出てすぐの所、傍に見える緑の生い茂ったイミテーションの木。
その根元に、よく見れば大きな箱が置かれていた。
寝転がればアメリア位なら楽々入れそうな長方形に寝た箱。
その箱の前で、ヴォルフは立ち止まった。
「んで? それがどうしたの?
ヴォルフはそっと箱を開き、中から一本の長い棒の様な物を取り出す。
そして、それをアメリアに渡そうとしてきた。
アメリアはそれをよく見てみる。
それの先端には見た事がない物が付いていた。
「それ、何?」
「クワですね。畑を耕す為の道具です」
「ふーん。ずいぶん原始的な道具なのね。一目で使い方がわかるわ。で、それが何?」
ヴォルフは再度、それをアメリアに預けて来る。
理解出来ず首を傾げていたアメリアだが……しばらくして、頭の上の電球の明かりがついた様な、そんな閃きに気付いた。
責任、農場、貴族的価値。
つまり……。
「もしかして……畑仕事が……責任の、取り方……って、事かしら?」
おそるおそるアメリアが尋ねると……ヴォルフは下手くそな満面の笑みで、大きく頷いてみせた。
ありがとうございました。




