088. 夏休みほど多くの学生に愛されるものはあるのだろうか
校舎の隅、各学年のクラスの教室から離れた所にある空き教室の扉を開ける。ここに来るのは一ヶ月半ぶりで、机や椅子にうっすら埃が被っている。蓮真は適当な椅子に鞄を置いて掃除用具入れへハタキを取りに行った。
ハタキで積もった埃全てを取り払ったタイミングで、
「お疲れ様です」
「おつかれー」
という挨拶が出入口の方から聞こえてきた。
「ああ」
「ちょっと見ない間に埃が溜まっていたようですね」
「来たのは結構前だしな」
深言が教室の奥に進んで窓を次々と開けていった。蓮真はあまり気にしてなかったが、いつの間にかこの教室に塵が散乱していた。塵が待ってたとばかりに窓の外の世界へ飛び出していく。
深言と玲がいつもの通り適当な椅子に座り、蓮真がハタキをしまって鞄の近くの椅子に座ると玲が口を開いた。
「あー、夏休みもっと欲しい……」
「さっきもそれ聞いたよ」
「深言は欲しくないの?」
「欲しいけどさ」
二人とも過ぎ去った夏休みに思いを馳せている。蓮真はとりあえず鞄から本を取り出した。
「でしょー。何度文句言っても足りないって」
「もう終わっちゃったんだししょうがないじゃん」
「しょうがないけどさー」
玲はずっと項垂れていた。夏休み前にここで会ったときよりだらけているように思える。
「で、アンタは夏休みどうだった」
「ん。まあそれなりに満喫した」
「へー、何してた?」
「図書館へ行ったり花火大会へ行ったり」
と言うと二人とも「あー……」と覇気の無い返事をした。
「私は海行ってきた。また泳ぎたいなぁ……」
「私は主に家で本読んでたかな」
「それ普段と変わんないんじゃないの」
「ほっといて」
二人は互いの方を向き合って自分のことを話し出した。
「それはそうと来週もう実力テストだよね」
「……存在を忘れたかったのに思い出させないでよ」
「いや忘れてもその現実からは逃げられないでしょ」
玲が両手で頭を抱えて背もたれに大きく寄りかかる。
「アンタは実力テストでもあっさり解いちゃいそう」
「中学のはやったことないからわからん」
「またまたー。ねえ、よかったらまた勉強教えてくれない?」
「もう先約あるぞ」
「そうなんですか」
「ああ。同じクラスの奴と」
「えー、別にいいよ私は一緒でも」
食い下がる玲を前に、蓮真は断るのが面倒くさくなった。そもそもこれを断っても愛花の勉強を見る予定には変わりないのだから、見る相手が数人になっても手間は似たようなものだろう。愛花はどう思うかは知らない。
「……なら一緒にやるか」
「ありがとー。またよろしく」
「折角なので私もいいですか」
深言が静かに手を挙げる。
「おう」
「では、よろしくお願いしますね」
「場所と時間は決まってるのー?」
「来週月曜、この学校の図書室でだな」
「オッケー」
玲は右手の人差し指と親指でOKのサインを作り、蓮真の方に見せた。窓から風がびゅうと入り込み、空き教室のこもった暑気を払っていく。塵はとっくに吹き払われていた。




