087. 夏休みの宿題はちゃんとやってるので安心してください
雲が晴れ間を覗かせる隙もなくびっしりと空を覆いつくしている。厳しい暑さの続く中、蓮真は半袖の制服に身を包み学校の門を通っていった。
蓮真以外にもちらほら徒歩で学校に入る生徒、自転車を漕いでヘルメット着用のまま駐輪場に向かう生徒等が見られる。今日から二学期が始まるが、当然のように顔を気だるげに緩める生徒が多かった。
教室に入っても同じく学校に来たくなかったと言わんばかりの同級生達がめいめい自分の席や友達の席の周りにいて雑談に興じている。中には「夏休み終わるの早すぎ」と愚痴っているのもいた。
蓮真は自分の机に鞄をどさりと下ろすと、その拍子に教室の中の女子の一人が蓮真の方を向いた。席の隣でよく見かけるその女子は暫く友達の席の方で話をしていたが、朝の会が始まる少し前ぐらいで切り上げ自分の席に戻ってきた。
「おはよう五月雨君」
「ああうん、おはよう」
愛花は自分の席の椅子に横向きで座る。蓮真の方を向いていた。反対側を向いてても全然よかったのだが。
「夏休みどうだった?」
「暑かった」
「夏休みどころか夏そのものの感想になってるよ」
「惜しかった」
「何が」
「あともう少しで始末できたのに」
「だから何が⁉」
愛花の声に教室内の生徒が何人かこちらを見る。愛花も周りの視線に気付いて「あ、あはは」と誤魔化すような小さな笑い声を出す。
「はあ、どうせ特別なこと何もしてないんでしょ」
「いや、休み中に初めてやってみたこともあるぞ」
「へえ、何それ」
「深夜の運動公園を訪れてみた」
「え、何それ怖くない?」
「別に。不審者はいなかったし」
「へえ」
「女子小学生らしき子はいたが」
「ねえ、ホントに大丈夫なのそれ」
「相手は俺より深夜の公園に慣れてるみたいだったぞ」
「いや、慣れてるとかじゃなくて」
「スタンガン常備してるらしいし」
「それもうその子が不審者じゃないの?」
愛花は指で机をトントン叩いて「もういいや」と話題を変える。
「ところで、来週の火曜実力テストあるんだって」
「ほう」
「そこで勉強得意な五月雨君にお願いがあるのですが」
「お断りだ」
「願いの内容も言ってないのに」
「どうせテスト勉強に付き合ってくれとかだろ」
「うん、まあそうだけど」
愛花は不機嫌そうに顔を歪めて斜め下に視線を反らした。図星を突かれたのが気に障ったようだが蓮真は構わず言う。
「出題範囲が分からないのに教えろと言われても絞り切れないだろ。過去問もないし」
実力テストについては国語・数学・英語・理科・社会から出題されるようだが、中間・期末テストと違って教科書の何ページから何ページまでのように具体的な範囲が決まっているわけではない。どういう問題が出るか当たりも付かない中で所詮は一学生の蓮真が同級生に勉強を教えたとしてもさしたる効果があるとは思えない。
「範囲は自分で決めて勉強するよ。その中で分からない所が出たら五月雨君に教えてほしい」
愛花は蓮真に視線を戻し、相手を安心させるように微笑む表情に変えた。
「ダメ……かな……?」
そして両手を鳩尾の前に動かしてそっと手のひらを合わせた。あざとい仕草だが、勉強の仕方について蓮真に妥協してくれている手前、どうにも断りづらくなった。
「そういうことなら」
「ふふ、ありがと。やっぱ優しいね」
「明日の放課後、図書室でやるか」
「え、この教室でいいんじゃない?」
「本を物色したいんだよ」
「へー、まあいいけど」
このとき朝の会の合図であるチャイムが鳴り響き、ほぼ同時に担任の先生が扉を開けて教室に入ってきた。蓮真も愛花も教卓の方を向いて姿勢を正す。




