047. 漢字で書くと胡麻斑海豹
空き教室にて蓮真、玲、深言の三人が顔を合わせた翌日の昼休み、
「アンタの他にもここを使ってる人がいたとはね」
「お前も利用者だろ」
玲が蓮真へそんな話を振ってきた。
「清野さん、ここでいつも本を読んでるらしいね」
昨日玲は深言を誘って一緒に空き教室から帰っていった。そのときに深言から空き教室での事情を聞いたのだろう。
「ああ、そうだな」
「アンタもいつも本読んでるって言ってたけど、私といるときとはちょっと違う感じなのかな」
「お前といるときも読書したことはあったと思うが」
「時々はね。最近はずっとあんな宮殿作ってたし」
「昼休みだと読める時間が短すぎて切りが悪くなりやすいんだよ」
「あー、だから放課後にじっくり読書してると」
玲は腕を組み、背もたれに寄りかかっている。
「ところであの宮殿どうしたの?」
昨日の昼休みに堂々と教室を陣取っていた紙製の宮殿はすっかり姿を消した。作業中の紙や工具が床に散らばってた光景も併せて振り返ると、現在の空き教室が殺風景に思えた。文化祭後に装飾がすっかり取り払われた学校に対してもよくそんな印象を覚えたものだ。
「自宅に持って帰った」
「アレを? どうやって?」
「段ボールにしまって手で」
「うわー、聞くからにメンドくさそうな……」
玲は呆れ顔になった。日常茶飯事である。
「でもアレ、もう少しここに飾っといても良かったんじゃない?」
「あんまり長く置いておくと先生方にバレそうだからな」
今更だがこの空き教室の使用に関して学校側に許可を取っているわけではない。蓮真も玲も深言も無断で昼休みや放課後に入っているに過ぎない。といってもこの学校は長年校内で問題が起きていないためか監視は緩く、毎日空いた時間に使ってても露見する様子は無い。既に感づかれている可能性もあるが、大目に見られているのかもしれない。
しかしそれなりに場所を取る工作物等、いわば「私物」と見られるものを濫りに放置しているとなれば二度とこの教室は使えなくなる恐れがある。だからこそ蓮真は制作中以外は宮殿を隅の段ボールにしまい、この教室を傍から見ても悪目立ちしない程度の配慮はしていた。いくら滅多に目をつけられないような場所だとしてもあまり適当には扱えないのだ。
「へー、そういうの一応気にしてんだ」
「お前も少しは気にしてくれ。空き教室は貴重なんだよ」
「わかってるよ。こっちだってこんな気楽に休める所手放したくないし」
その日の放課後、
「松田さんもここを利用してたとは意外でした」
「同じようなことをさっき聞いた気がするな」
深言にデジャヴな気分を伝えた蓮真は本を開いていた。
「ひょっとして松田さんからですか」
「そうだったかな」
「やっぱ今日の昼もここに来てましたか」
「まあな」
「昼休みにここにいるときは読書だけでなく工作やら相談やらしてたそうですね」
「工作はこの前の宮殿ぐらいだぞ」
「パン屋を開くのが夢なんでしたっけ? 知りませんでした」
「そんなこともあったかな」
「今は違うんですか?」
「ゴマフアザラシになりたいと思ってる」
「人間からの卒業ですか」
深言の口調はいつも通り穏やかだった。蓮真と同じく本に目を通している。
「あれ? あの宮殿はどこかに持っていったんですか」
深言が教室の四方を見回しながら尋ねる。
「ああ、家の方にな」
「どうやって……って段ボールに入れて手運びとかですか」
深言が推測を蓮真にぶつける。宮殿の制作中にあった段ボールもなくなっているのを見て察したか。
「そうだ」
「そう……お疲れ様です」
深言がその後続けて言った。
「私はあの宮殿があっても気にしなかったですけど」
「あんまりここには放っておけねーからな」
「……まあ、そうですね」
深言は蓮真の意図を理解したのか軽く同意して、後はそのまま黙ってしまった。蓮真も特に話題は無く、二人して本の世界に入っていった。
そうして下校の時刻を迎えると、
「今日は掃除すっか」
「はい」
と二人は箒を持って速やかに空き教室を綺麗にしていった。互いに慣れてきたこともあってか掃除において蓮真と深言の息がぴったり合っていた。




