035. ところでルビコンって誰?
中間テストが終わった翌日、空き教室にはいつもの如く二人の学生が読書を嗜んでいた。
蓮真は足を組んで椅子の背もたれに寄りかかり、深言はぴっちりと膝を閉じて背筋を伸ばして座っていた。
「テストはいかがでしたか」
深言が呟くように問いかける。
「普通かな」
蓮真が事もなげに返答する。そして本をめくる。
蓮真も深言も本に目を落としながら会話することが自然になってきた。
「お前はどうなんだ」
「私も普通ですね」
「国語は得意そうに見えるが」
本好きなら読解力があるだろうという安直なイメージだが。深言は含み笑いし、
「さあ、どうですかね」
と答えた。相手の表情が気になった蓮真は一時本の文字から目を離して深言の方を見た。深言の視線は本に向いたままだが、その顔全体には薄い笑みが浮かんでいる。子供の遊び相手になっている大人ぐらい余裕綽々な雰囲気である。しかし同時に微笑みながら行儀良く本を読むその姿はどこか妖艶でもあり、空き教室も含めて空間全体を見渡すと一枚の絵画を観ている気分になってくる。
蓮真は手に持った本に視線を戻してテストの話を続ける。
「その様子だと満点取ってそうだな」
「そうだと嬉しいですね。よかったら国語の点数で勝負しますか」
「遠慮しておくよ」
「あら、自信が無いんですか」
深言が本から蓮真に顔の向きを変えた様子が目の端に映る。
「ああ、無い」
「随分あっさりと認めましたね」
「無いものは無いからな」
「正直なことで」
深言はつまらなそうに本に視線を戻す。少しして本をめくったときに深言が尋ねた。
「ところで『フルハヤ』は読み終わったんですか」
今日蓮真が持ってきている本はこの前読んでいた『フルーツパーラー林田』(略してフルハヤ)ではなく別の本だ。
「ああ。今読んでる本は一昨日図書館に行って借りてきた」
「へえ」
その本の題名は『ルビコンまっしぐら』という。深言からこの本について色々訊かれるかとも思ったが、実際には想定してなかった質問が飛んできた。
「一昨日ってことはテスト期間中ですが、図書館で勉強してたんですか?」
「いや、俺は本読んでた」
「わざわざ立ち寄って読書なんて余裕ですね」
「俺もまっすぐ家に帰りたかったんだが、顔見知りが勉強教えろってうるさくてな」
「はあ。そんなことがあったんですね」
深言の声から釈然としない気分を感じ取ったがこれ以上追加の言葉は無く、後は二人とも無言で本の世界に浸っていた。




