030. セミの名前の由来が気になってしょうがない
一年一組の教室にてクラスメイト達とともに帰りの挨拶を済ませた深言はまっすぐ空き教室へ向かい、その扉を開けた。
空き教室の中にいるのは蓮真一人。深言にとっては馴染みの光景となっている。
しかし深言がいつものように鞄から本を取り出したところで、いつもと少し違う点に気付いた。
「おや、今日は読書じゃないんですか」
「ああ、少し調べ物をな」
蓮真は空き教室の端に追いやられている机の一つを中央に引っ張ってその上にノートを広げていた。時折ノートに筆を走らせている。
ノートの横には昆虫の図鑑やら百科事典の類の書物が数冊置かれていた。覗いてみると僅かに蝉の写真が掲載されたページが見える。
偶にはこういう事もあるか、と深言はとりあえず理解した。
「そうですか」
とだけ声を掛けて深言は適当な椅子に座り手持ちの本を開いた。
今日は普段と違い本をめくる音の他に、シャーペンがカリカリと文字を刻む音が聞こえてくる。何を調べているのか関心もあったが、蓮真のことだから訊いてもあまりわかるまいと構わなかった。
学校の図書室や近所の図書館でも中高生が近くに座って勉強しているのはままある。今の蓮真と同じく参考書やら問題集を机の上に開き、それを横目にノートへ何かを書きつける様子は本に目をやっていれば気にならないが、筆の黒鉛が紙を叩き擦れる音の方は時々いやに耳に障ることがあった。そのときは席を移動するか、いっそ家に帰って自分しかいない部屋で読書をすることにしていた。
蓮真の方から聞こえてくる音を近くで耳にしながら、深言はそんなことを思い出していた。
いつしか下校の時間になった。今日はいつもより少しだけ時間の流れが遅く感じられた。
何となく蓮真を見やると先ほどまで座っていた席にはおらず掃除用具入れの方に向かっていた。今日は掃除をするらしい。
深言はおもむろに立ち上がり、蓮真に続いて箒を取ってさっさと床を掃いた。蓮真も深言と違う箇所を掃除して、ごみが見る見る除去されていった。
「調べ物は済みましたか」
「ああ」
二人は掃除用具を片付ける折にそんな会話を交わした。
空き教室の窓から見えた学校の外は赤い夕闇に滲み、帰っていく生徒達の話し声がそこかしこに聞こえてくるにも関わらず静寂な雰囲気を覚えた。




