029. ツクツクボウシの鳴き声は印象的だと思う
最近一部の生徒が屯するようになっている校舎の端の空き教室にて、玲は蓮真と他愛もない会話を繰り広げていた。
「アブラゼミってどのくらい油が採れるんだろうな」
「またコイツはしょうもないことを……」
今は蝉が鳴く季節でもないのに何で唐突に話題に出てくるのか。玲はつい顔の前をぶんぶん飛び回る羽虫を見る目で蓮真を見る。
「だって気にならないか? わざわざ油の名前を冠するぐらいだし」
「油が採れるからアブラゼミってわけじゃないでしょ」
「サトウキビは砂糖が採れるのにか」
「目玉焼きに目玉入ってると思ってんのかゴラ」
屁理屈続きの蓮真につい口調が荒くなってしまう。いつものことだが。
「ふむ、しかし名前が実態と一致してないとややこしいな」
「パン屋にパン以外のものを置こうとしてた癖に」
「どうせならアブラゼミにもっと相応しい名前を考えてみないか」
「その前に人の話をシカトするのやめろ」
そう指摘しても蓮真はどこ吹く風で顎に手を当て始めた。どうも本気で蝉の一種をリネームしたいらしい。
仕方ないかと玲は一旦蓮真に付き合ってアブラゼミの新しい名前を構想してみた。勿論案など浮かぶわけがないので、蓮真との会話から糸口を掴むことにした。
「ねえ、アブラゼミってどう鳴くんだっけ」
「ん、確かジジジジジだったな」
「あー、そんな感じの鳴き声聞いたことあるかも」
真夏の中の熱気に当てられたのか、林の方から狂ったように鳴き合う蝉の大音声。その声も色々あるが、その中にジジジと言う声も混じっていた憶えがある。
「それならジジゼミとかでいいんじゃないの? ミンミンゼミと同じ感じで」
「それだとお爺さんの蝉と誤解する人も出るんじゃないか」
「お爺さんの蝉って何だよ」
「俺はビューティーゼミの方がいいんじゃないかと思ってる」
「何で」
「鳴き声が美しいから」
「お前の主観で虫の名前を決めんな」
その後も互いに幾つかアイデアを出したが今一ついいのが出てこない。玲にはどうでもいいが。
しまいに蓮真がこんな事を宣った。
「今思ったんだが、長い間使われている呼称を変えるのって相当難しいんじゃないか」
「だろうね」
「それなら俺達が新しい名前を考えても不毛だよな」
「は?」
「やっぱこの件はナシだな」
「この件に費やした時間を返せ」
一人納得した顔でうんうん頷く蓮真。やっぱりコイツとの関わりは考え直した方がいいのだろうか。




