026. パンは好きでも嫌いでもない
「パン屋を開きたい」
「何をいきなり」
空き教室の中、蓮真は休みに来たという玲に向けて話を切り出した。
「昨日ニュースでパン屋の特集を観てな」
「……まさかそれに影響された?」
「そのまさかだ」
「うわぁ……」
小さく悲鳴みたいな声を上げる玲は浅ましげなものを見る目つきになった。空き教室の薄暗さが彼女の表情をよりネガティブな印象へ演出していた。
「とりあえずパン作りを経験すべくホームベーカリーを注文した」
「お店のパンってもっとちゃんとした工房で作るもんじゃないの」
玲は座っている椅子の端に両手を付けた。乗り気には見えないが蓮真の話にはとりあえず付き合ってくれるらしい。
「届くのは十二年後だそうだ」
「それ詐欺に引っかかってない?」
「それまでパン生地作って待とうかと思ってる」
「届く頃には生地が原型留めてなさそう」
「冷凍保存するから大丈夫だろ」
「届いてから作れば?」
蓮真と会話しつつ、玲は背を伸ばして両腕を後ろ頭にやった。
「大体、アンタそんなパン好きなの?」
「いや、別に」
「えー……」
言葉が出ないと言わんばかりの声が返ってきた。蓮真はもう少し補足する。
「店のレイアウトとか雰囲気が好きになったんだ」
「それパン屋じゃなくていいじゃん」
「でも昨日観たパン屋は基本的にパンしか無いのが不満でな」
「パン屋を何だと思ってんだ」
「俺が開いた暁には蕎麦とか洗濯のりとか置いて品揃えを豊富にする予定だ」
「どんな客をターゲットにしてるんだ」
パン屋を経営する際の懸念事項やその解決案を上げたつもりだったが、やはり玲には伝わらないようで鋭い声音が蓮真を刺してくる。
「うーん、繁盛までの道のりは険しそうだな」
「アンタが障害物を置きまくってるからね」
「そうだ、俺がパン屋を開いたらお前も協力してくれないか」
「え」
玲の身体が一瞬固まり、彼女の座っていた椅子の脚が少し音を立てて揺れた。
「何かアイデアくれると助かるし」
「うーん」
玲は唸ってわざとらしく顎に手を当てた。推理ものの主人公の真似をしたくなったのか。
「ちょっと考えとくわ」
そしてこう返事した。先ほどまではつまらなそうな様子だったが、このときの玲の表情にはテーマパークを楽しみにする子供のように前向きな期待感が見えた。




