勇者召喚と、五人目の異物
「……商人?」
その言葉が、広い謁見の間に響いた。
誰かの呟き。
しかし、その一言だけで十分だった。
周囲にいた騎士や魔導師達の視線が、一斉に神崎悠真へ向けられる。
【職業】
商人
【固有スキル】
なし
浮かび上がった文字を、悠真は静かに見つめていた。
突然、異世界へ召喚された。
魔王。
勇者。
そんな現実離れした話を聞かされた。
普通なら混乱して当然だ。
だが、長年店舗運営の現場に立ってきた経験が、悠真を冷静にさせていた。
まず確認する。
自分の状況。
周囲の状況。
そして、自分に何ができるのか。
「商人……ですか」
老いた魔導師が困惑した表情を浮かべる。
「陛下、これは……」
「召喚陣は四名の勇者を呼ぶために調整されていたはずです」
王は眉をひそめる。
「つまり?」
魔導師は言葉を選ぶ。
「……召喚事故の可能性が高いかと」
召喚事故。
その言葉を聞いて、悠真は小さく息を吐いた。
なるほど。
自分は選ばれた勇者ではない。
間違えて呼ばれた存在。
そういうことらしい。
しかし。
悠真の隣に立つ四人には、明らかな違いがあった。
彼らの前には、別の文字が浮かんでいる。
【職業】
剣聖
【固有スキル】
剣神適性
最初に光を受けた青年。
アレス・ヴァルディア。
自分の手を見つめながら、戸惑った表情を浮かべている。
【職業】
聖女
【固有スキル】
聖なる癒し
少女。
リシェル・アリア。
自分の中に宿った力に驚いている。
【職業】
大魔導師
【固有スキル】
無限魔力
黒髪の青年。
カイル・レグナード。
興味深そうに魔法陣を眺めている。
【職業】
聖騎士
【固有スキル】
聖盾
最後の男。
ゼノ・グランハルト。
その目には、自分の使命を理解した覚悟があった。
四人。
誰が見ても英雄だった。
王は立ち上がる。
「勇者様方」
「この世界は現在、魔王の脅威にさらされている」
「どうか我々の世界を救っていただきたい」
四人へ向けられる視線。
期待。
希望。
歓声。
その中で。
悠真だけは違った。
「陛下」
悠真は口を開く。
「確認したいことがあります」
「俺は、この世界では必要とされていないという認識で合っていますか?」
周囲が静まる。
王は少し苦しそうな表情をした。
「……正直に言えば」
「魔王討伐という目的において、そなたの力は想定されていない」
正直な答えだった。
だからこそ、悠真は納得した。
商売でも同じだ。
必要とされる場所でなければ、価値は生まれない。
だが。
価値がないことと。
価値を作れないことは違う。
「分かりました」
悠真は頷いた。
その姿を見ていた聖女リシェルが、小さく呟く。
「……強い人ですね」
しかし。
聖騎士ゼノは腕を組んだまま、冷静に言った。
「だが現実は変わらない」
「俺達は魔王と戦うために召喚された」
「戦えない者を連れていけば、全員が危険になる」
厳しい言葉。
だが、間違ってはいなかった。
悠真は苦笑する。
「その通りだと思います」
「俺でも、同じ判断をするかもしれません」
その返答に、ゼノは少し驚いた顔をした。
しばらく話し合いが続いた後。
王は一つの袋を取り出した。
「せめてもの償いだ」
「この世界で生活を始めるために使ってほしい」
中には貨幣が入っていた。
銀貨。
数枚。
そして数日分の食料。
簡単な旅用品。
「十分です」
悠真は頭を下げた。
「ありがとうございます」
王は尋ねる。
「これからどうするつもりだ?」
悠真は少し考える。
剣はない。
魔法もない。
特別な力もない。
ならば。
自分にできることを探すしかない。
「商人になります」
一瞬、周囲が静まる。
「商人?」
悠真は頷いた。
「それしかないからではありません」
「俺には、それができると思うからです」
その言葉に、王は少し驚いた。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「……良い顔をしているな」
「商人とは、本来そういう者なのかもしれぬ」
悠真は深く頭を下げた。
そして。
王城を後にした。
背後では、四人の勇者達が魔王討伐へ向けて動き始めている。
剣の力。
聖なる力。
魔法の力。
騎士の力。
世界を守るための力。
その一方で。
一人の商人が、静かに歩き出す。
まだ誰も知らない。
後にこの商人が、
人間と魔族。
国と国。
種族と種族。
その間に新しい繋がりを作る存在になることを。
勇者が世界を守る。
商人が世界を繋ぐ。
これは、
ハズレ職業と呼ばれた商人が、
世界一の商人を目指す物語である。




