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第二話『小生、汚い所は大嫌いであります。しょっちゅうマスター殿に集るダニと時々縋り付いてくるドブ猫と同じくらい嫌いであります』
グリムは研究室で指令書を眺めながら首をかしげていた。
「スライムやゴブリンならともかく、ゾンビとはなあ……あまり聞いたことがないな……」
思わず独り言が漏れる。
王都の地下には古い地下水路が網の目のように張り巡らされている。
王国の歴史が始まる以前から存在する広く巨大なそれを、人々は上下水道として活用していた。
下水道の掃除は駆け出し冒険者定番の仕事である。
詰まったゴミを取り除くのはもちろん、下水を養分にしてスライムが大量発生したり、知らぬ間にゴブリンが住み着いていたりするのでこれも退治しなければならない。
また、時々出くわす浮浪者などはなるべく穏便に出て行ってもらう。
しかし亡者が出るというのはただ事ではない。
「はぐれ死霊術師が根城にでもしたか? だとしたら面倒だ」
グリムは指令書の文字を追う。
亡者は竜脈の通じるダンジョンか、せめて墓地や古戦場のような魔力や瘴気が集う場所でなければ現れない。
王都は確かに竜脈が集う“竜穴”の上に築かれているが、その力の殆どは王城地下迷宮に注がれているはずだ。
ごく浅い場所に埋まっている下水道がその影響を受けるとは考えにくい。
普通の出来事ではない。
であれば、普通でない何かが下水道に生じているということだ。
取るに足らないことかもしれないが、王国の足元をひっくり返しかねない事件かもしれない。
大臣閣下がわざわざ死霊術師を動かすのもそういった危惧からだろう。
指令書には冒険者が亡者に出くわした経緯が綴られ、例によって『秘密裏に原因を調査せよ』の文句で締めくくられていた。
付随するジルバーシュタイン魔術院長の資料には、より詳細な状況と彼への小言が並んでいる。
『こんな仕事に仮面を使うなよ。
大臣閣下はお前を壊れない道具か何かと聊か勘違いしておられる。
仮面を使わねば解決できん事態ならいっそ協会の冒険者に任せろ。
お前にはもっと重大な仕事がある』
「相変わらず心配性だな……」
と言いつつグリムの口元には微笑が浮かんでいた。
危険の大小はともあれ、下水道の管理問題は王都臣民全員の問題だ。
可及的速やかな解決が求められる事件には違いないだろう。
グリムは腰を上げてアーリヤの部屋に向かった。
◆◇◆
「絶対に嫌であります!!!」
彼女は開口一番そう叫んだ。
「でもな、アーリヤ。下水道が使えないと皆困るだろう? 大臣さんの指令も来てるわけだし」
「嫌であります! 下水道なんて断固拒否であります!」
猛烈な拒絶振りである。
元々綺麗好きなアーリヤのこと、そう易々と了承はしないと覚悟していたが説得は難しそうだ。
アーリヤはまん丸の瞳を見開いて逆にグリムを説き伏せようと挑んできた。
「マスター殿でなければならない理由なんて無いであります。
よろしいですか?ゾンビが出ようと下水道掃除は下水道掃除です。
一山幾らの冒険者どもを十人でも百人でも突っ込ませりゃいいのであります。
大丈夫であります! どうせ冒険者どもなんて畑で取れるみたいに幾らでも沸いて出るであります!」
「そういう考え方はあんまり好きじゃないなあ……」
グリムは、じゃあ仕方がない、と一人で部屋を出ようとしたが、ローブの裾を引っ張られた。
「駄目であります! 下水道臭いマスター殿なんて絶対にイヤであります!!」
「アーリヤ君、俺のこと洗ってない犬の臭いがするとか散々言ってたじゃない」
「過ぎたことを蒸し返すなんて最低であります!」
「えぇ…」
理不尽な理屈はいつものことだが、アーリヤは軽く涙目になっている。
どうやら本気で嫌がっているらしい。
グリムはしゃがんでアーリヤと目線を合わせる。
「アーリヤ、つまりどうしろと?」
「小生は絶対に行きませんし、マスター殿も絶対に行っちゃ駄目であります」
アーリヤはまん丸の大きな目に涙をにじませて『うーっ』と唸っている。
グリムは苦笑しながらアーリヤを抱きしめ、頭を優しく撫でてやった。
「大丈夫だよ。臭いは体丸ごと消毒液に浸かってれば落ちるし、今日一日だけのことだ。
それに俺達は居候だからね。軒下を借りてる義理は果たさないと。
下水道が使えないとみんなが困るのは事実だ。
アーリヤもエルフィル工房のケーキが食べられないのは嫌だろう?」
「そういう理屈は卑怯であります」
グリムのうなじにアーリヤの鼻先がこすり付けられる。
少し冷たく濡れた感触だった。
「……マスター殿、いいですか?」
「いいよ」
首筋にチクリとした甘い感触が走る。
興奮した子犬のようにふぅふぅと息を荒げるアーリヤの頭をグリムは優しく撫で続けた。
渋々ながらも下水道調査に同意したアーリヤを連れてグリムは各所に応援を頼んだ。
しかしレイシアニル嬢には数日前から始まった魔術学校入学試験の対応中とのことでにべもなく門前払いを食らい、キリゥ達に至っては依頼で出かけていてそもそも王都にいなかった。
結局グリムとアーリヤは二人でマンホールの前にやってきたのだった。
「ウフフ…アーリヤちゃん……二人っきりだネ……」
「全ッ然、嬉しくねえであります!!」




