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第四話『御三方の内でキリゥさんが一番本格的なマスター殿のお弟子さんです。死霊術ではなく考え方のですが』
「バカなっ」
キリゥは飛びつくようにして隠し金庫を開いて覗き込む。
その中には確かに七色に光る宝石があった。
しかしその輝きはキリゥが持ち込んだ模造品にすら遠く及ばない。
真っ赤なニセモノである。
「んだっ……このっ……美意識の欠片もねえパチモンはっ……!」
キリゥの目線が金庫の中をまさぐるように泳ぐ。
声を潜めてはいるが、抑え切れぬ焦りと動揺が口調と表情の端々に滲んでいた。
「くそっ ボヤボヤしてられねえっ」
彼はサッと偽の七色水晶を持ち込んできたものとすり替える。
二人は室内の全てを入る以前の状態に戻し、慌しくも一切の痕跡を残さずに屋敷を脱出した。
◆
二人は屋敷から屋根一つはなれた建物の上で出来の悪い偽物を睨んでいた。
「いつどこですり替わった……?……この出来損ないが競売人をだまくらかすなんざ有り得ねえ。受け渡しには連中がこの屋敷に直接出向いてる……っつーことはタイミングは少なくとも……いや、待て」
キリゥは同じようにじっと偽宝玉を睨むアーリヤを見た。
「アーリヤ、お前どうして開ける前に偽物だって気付いた?」
「これには魔力が宿っていません。いえ、何か…その残り香のようなものが漂っているのですが、もう消えそうです」
「魔力の残り香……!……アーリヤ、こう、魔力ってのは臭いみたいに染み付いたり、移ったりってのは、あんのか!?」
アーリヤはハッとして首を縦に振る。
「ならまだチャンスは残ってる!」
キリゥはレイシアニルから預かったエメラルドグリーンの魔石に囁く。
「姉さん、アクシデントだ。すぐに一番集合地点に集まるように二人に伝えてくれ」
◆◇◆
青い夜の月明かりの下、水面のように風そよぐ草原を一人の旅人が馬で駆けていた。
すっぽりと被ったフードから表情は伺えないが、きつく握られた手綱とぎこちない姿勢が旅人の緊張を物語っている。
旅人は追われていた。
そのことは旅人にとって得心も行き、同時に不可解でもあった。
自分は上手くやった筈である。
屋敷の誰にも気付かれなかった筈である。
だと言うのに、後方から猛然と追い上げてくる何者かの気配を背筋にビリビリと感じていた。
旅人は手綱を引いて進路を変えた。
真っ直ぐ『塔』へ向かうつもりだったが致し方ない。
森を通って追っ手を巻くとしよう。
旅人は馬の横腹を蹴って急き立てた。
速く、もっともっと速く。
瞬く間に草原を駆け抜けて森へ飛び込む。
自分が良く知る細い小道、馬が走り抜けられるだけのギリギリの間隙を縫って疾走する。
ここならば撒ける。
とても追いつけはしまい。
「おいついた」
――――ッッッッ!!!!??
不意の声。眼前に現れた黒い靄。
左斜め前から放たれた砲弾のような一撃を回避不可と覚悟した旅人は、僅かに体を右へ逸らして身を屈める。
短い詠唱の直後、殺人的な衝撃が旅人を襲う。
成すすべも無く体は宙を舞った。
草陰から突如として現れた黒いコボルトの剛拳が馬の首を叩き折ったのだ。
馬は断末魔を上げる暇すらなく即死し、根元をへし折られた木のように地面へ倒れ伏せる。
馬の背から毬のように跳ね飛ばされた旅人は木の幹に全身を強く打ち、一瞬呼吸を失った。
旅人は激しくえづきながらも息を整え、枝にしがみつく。
眼下にそのコボルトが立ち塞がっていた。
大きい。これは本当にコボルトか?
犬のような顔付きの他は全く常識の埒外だ。
立ち上がったヒグマを凌ぐ巨躯、鋼のような筋肉と黒毛。
命を容易く刈り取るであろう鋭い牙と爪。
目の前で『死』が巨大な黒い煙となって立ち上っているかのようだ。
「石を出せ。出せばころさない」
旅人は吹き出しそうになった。
死神の如き黒いコボルトの声は妙に間延びして、たどたどしい。
緊迫からの落差に思わず膝の力が抜けそうになる。
しかしそれは見かけだけとも、旅人は理解していた。
既に周囲は追っ手の気配で囲まれていたのだから。
◆
「お見事だぜ、ヘイヤン」
キリゥとアーリヤは犯人の退路を塞ぐようにヘイヤンと挟み撃ちの姿勢を取った。
宝玉がすり替えられてまだ間が無いと気付いた彼らはヘイヤンの嗅覚を頼りに犯人を追跡したのである。
ただ追いかけただけでなく、キリゥとアーリヤが背後からプレッシャーを掛けて犯人の進路変更を迫った。
そして最も俊足であるヘイヤンが犯人の迂回進路に先回りして、森で待ち受けていたのだ。
足の遅いレイシアニルとメレルは後から馬で追いかけて来ている。
「間違いありません。本物を持っています」
魔力を見通すアーリヤの瞳はもはや直に確認する必要も無く、煌々と放たれる七色の魔力を視界に映していた。
唇の端が吊上がる。黒い長手袋の下で指先が嗜虐の興奮に震える。
大義名分を前にして真っ黒な殺戮欲が吹き上がる寸前だ。
アーリヤは僅かに重心を前に倒した。
「アーリヤ、ヘイヤンの警告をオジャンにするのは勘弁だぜ。契約書どおり、殺るか殺らねえかの判断は俺らの仕様範囲ってやつだ」
「ええ。もちろんです。もちろんですよ」
アーリヤの口ぶりは殊勝だが我慢の限界が近いのは明らかだ。
爛々(らんらん)と輝く焔色の瞳が何よりそれを訴えていた。
このいたいけな少女は常に血に飢えている。
普段それを行動に移さない理由は自らの主が喜ばないからという一点に尽きる。
それゆえ最も危険なのは『主の為』という正当化が許される場面だ。
キリゥはグリムとの付き合いでそれをよく知っていた。
アーリヤが自分達に表面上好意的なのは『今のところ』グリムに益する存在であるからに過ぎない。
アンデッドたる彼女の鋭敏な生命感知能力は索敵に最適であったため同行を求めたが、この場面になってキリゥは己の見通しが少々甘かったことを認めざるを得なかった。
キリゥは懐から出来の悪い贋作を取り出す。
「ヘイ、俺達ゃアンタが落っことしたこのお遊戯会の小道具を届けに来てやったんだぜ。ゴッコ遊びならこっちでやりな」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」
「あ?」
旅人がフードを下ろした。
長い蜂蜜色の髪と碧眼、白磁のような肌、そして長く尖った耳。
エルフの女である。
端正だが冷めた眼差しと響くようで刺すような声にはエルフ特有の尊大さと多種族への侮蔑がありありと溢れていた。
「やれやれね……耳が遠いのかしら? この宝玉はヒト未満の野蛮な亜人風情には分不相応と言ったのよ」
「おい、言葉にゃ気を付けな。俺ぁ親切で忠告してやってんだぜ」
これは半分事実だ。
キリゥの隣で膨らみ続ける殺気は暴発寸前である。
少女の全身は引き絞られた弓のように放たれる瞬間を待ち侘びている。
もう半分はキリゥ達自身の安全のためであった。
だがエルフの女はまるで意に介さぬように、物憂げな面持ちで美しい髪をかき上げた。芝居がかった仕草だ。
「下等な未開の蜥蜴男にも分かるように易しく教えてあげるわ。
この宝玉はね、万物の霊長たるエルフの偉大な魔力があって初めて真価を現すのよ。
あの汚らわしい豚はもちろん、お前達のようなケダモノにも無用の長物だわ。
分かったら道をお開けなさい。慈悲を与えてあげる」
「マジでその辺で止めときなよ。悪いこた言わねえから」
「私達の道具に過ぎない家畜風情は身の程を知りなさい。
ノミとシラミだらけの汚らしいコボルトと、尻尾の折れ曲がったリザードマンに……
フフッ……暴走しかけの死肉人形? 作り手の程度が知れるわね」
「あっ馬鹿ッ」
キリゥが『あっ』と言う間にアーリヤは飛び掛っていた。
侮辱の憤怒と殺戮の歓喜に身を任せた鬼が顎門を開く。
十歩以上の距離を刹那の飛翔で縮めた死鬼は真直ぐに突っ込み、獲物の首を刈り取るべく腕を薙いだ。
しかしエルフの女は鮮血を吹き上げることもなく、消し飛ばされた煙のように掻き消える。
『幻影』の魔術。
そうと確信する前に、既にヘイヤンとキリゥも臨戦態勢を取っていた。
キリゥは両手に片刃の短剣を構える。
二振りの刀身は青ざめた月明かりの下で波打つ刃紋を浮かび上がらせた。
ヘイヤンは深く深く腰を落とし、殆ど這うような姿勢を取っている。
全身の筋肉を緊張させた、狼が跳躍する寸前の構えだ。
タイミングを外されたアーリヤは怒り心頭だ。
灰銀の髪がゆらりと立ち上り、焔色の瞳から紫電の魔力が火花を散らしている。
傲慢極まるエルフの魔術師が己に歯向かった亜人を生かして逃がす筈が無い。
三人はそれぞれで神経を研ぎ澄ました。
頭に血が上っていたとは言えアーリヤの生命感知と魔力探知を欺いた幻影魔術の精度は高い。
木々の合間から冷笑が木霊する。
「追い詰めたつもり? 救いようの無いお馬鹿さんね。お前達は誘い込まれたのよ」
そして一斉に、女魔術師の無数の幻影が現れた。
四方八方から凶刃が放たれる。
三人は皮一枚でそれを回避した。
物体を加速して放つ『投擲』の魔術だ。
魔力の消費が少なく術式と詠唱も平易で短い。
魔術師の護身に用いられるポピュラーな魔術である。
ただし投擲物は軽いものに限られる上、短距離で速度が激しく減衰するため護身以上の物ではない。
しかし飛ばす物と有効射程内においてはそれなりの脅威となり得る。
女エルフが飛ばした物は小振りの投擲ナイフ。
ただし独特の刺激臭と鱗に掠った時の引きつるような痒みから、キリゥはそれをカエンシシバもしくはそれの近縁種の毒と判断した。
カエンシシバとは牙だらけの怪物が口を開けたような恐ろしげな花である。
その姿に恥じぬ激烈な毒草であり、葉先が僅かに肌に擦れただけでヒューマンならば激しい炎症を引き起こす。更に微量の経口摂取で幻覚から呼吸困難、そして心臓麻痺に至る。
アーリヤは言うまでも無く、コボルトもリザードマンもひ弱なヒューマンとは比較にならぬ毒への強靭な耐性を備えている。
だがキリゥが直に肌で味わった感触では毒性を魔術や錬金術で強化している可能性があった。
刺さる数によっては無事ではいられまい。
「アハハハッ! さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら? 野蛮な亜人風情がこの『賢者の塔』きっての天才、アグラリエル・ロスイアルベンの魔術に掛かって死ねることを光栄に思うのね」
キリゥは最小限の動きでナイフをかわし続けていた。
すり足、仰け反り、ナイフによる逸らし。
派手に動くほど毒は速く回る。
消耗を極力抑えながら観察を続ける。
アーリヤは先ほどから女の幻影に果敢に飛び掛っていくが、いずれも触れた途端に霞のように消えてしまう。
ナイフを掠らせもせず疾風の如く幻を消し去っていくが、同じ速度で補充されていく。
女の声にも焦りは見られない。
ヘイヤンは的が大きいせいでキリゥよりも多くのナイフを身に浴びていた。
だが琥珀色の瞳は深く静かに澄んでいる。
時折鼻をヒクヒクと動かしながら周囲の動きを探っていた。
キリゥは彼とアイコンタクトを取る。
幾多の修羅場を共に潜った相棒は数瞬でキリゥの意図を汲み取った。
◆
塔出身の魔術師にして都会の錬金術師、そして偉大なるハイエルフの血脈を汲むアグラリエルは三匹の獣をどう料理するかを考えていた。
極大七色水晶を片手に塔へ凱旋しようと思っていたが、こいつ等を錬金術の素材にするのも良いかもしれない。
アトリエの大失敗は思い出したくもないが知識は無駄にならない。
そうだ。ただ運が悪かっただけだ。
私の才能なら本当はもっと偉大な成功を収められたはずだ。
コボルトの脂肪とリザードマンの肝は持ち帰ることにしよう。
それにあのフレッシュゴーレム。
信じられぬほど希少な素材を使っている。
特に素体と、血液と、心臓。
金に飽かせたか、途方も無い時間をかけたか。
いずれにしろこの程度の調律しか出来ない術師が持っていて良いものではない。
こちらも解体して手土産としよう。
――そうよ……あれはただの悪い夢だわ。私は塔の『大魔女』にだって……きっとなれたはずなんだから――
そのためにはあの街の忌まわしい記憶と共にさっさと処理してしまうに限る。
万が一追っ手を始末するために森中に仕掛けておいた投擲の術式の残量はまだ十分だ。
魔力は七色水晶によってむしろ有り溢れている。
あいつらは私が見えていない。
魔力を探知する? 生命反応を察知する?
それとも犬らしく地面の臭いを嗅ぐか?
蛇がすると言うように熱を見るか?
どれも無駄だ。
全てを操るこの私の幻影の前では、その影を踏むことすら出来まい。
「と、思うが負けよ」
アグラリエルはその声にハッとする。
リザードマンが妙な構えを見せた。
背を丸めて右腕を体に巻きつけるように屈んでいる。
と、思った瞬間に刃は放たれた。
リザードマンは頭上へ大きく腕を振り払い、拾い集めていた投擲ナイフを同時に多方向へ飛ばした。
無数のナイフは殆どあらぬ場所へ飛んで行き、木々の間を通り抜ける。
だが、しかし、ただ一本だけはアグラリエルの腕に刺さった。
――しまっ――
「見つけた」
コボルトは高く跳躍し、一見して誰も居ない枝の分かれ目の前に躍り出る。
“気”を込めた剛拳が空を貫くように伸び、みしぃと魔術師の鳩尾に沈んだ。
『隠蔽』の魔術を解かれて姿を現したエルフの魔術師は反吐を噴出させながら木から落下する。
既に意識は無かった。
茂みに落ちた魔術師を金色の瞳で見下ろしながらリザードマンはせせら笑う。
「幻影の魔術なんて使うビビリがナイフの射線上に居るわきゃねえ。
おまけに俺らを狙うにゃ肉眼で捕らえなきゃならねえ。
となりゃ、引きこもってる場所はおのずと絞られるってもんよ。
熱源と臭いまで再現した幻影は上出来だったが咄嗟に血の臭いまではカバーできなかったみてえだな。
アンタが負けたのは魔術どうこう以前のオツムの問題ってわけ。
なあ、ヘイヤン?」
「かゆい」
中途半端に毒が回った体をボリボリと掻く相棒を見てキリゥは爆笑した。
が、笑ってばかりも居られない。
すい、と彼の横を通ろうとしたアーリヤの肩を掴む。
エルフの女に止めを刺そうとしたのだろう。
キリゥを睨む目は抗議の色がありありと浮かんでいる。
「離して下さい」
「そうもいかねえや、ヘイヤン」
ヘイヤンは素早くアーリヤを羽交い絞めにした。
彼は純粋な力比べでアーリヤを上回る数少ない強力の持ち主である。
「いいか、御嬢ちゃん。お前はコイツをしとめるにゃ何一つ貢献しなかった。コイツをどうこうする権利があるのは俺とヘイヤンだけだ。違うか?」
本当はアーリヤの行動はある種の囮としての効果を発揮していたが、キリゥにそれを評価する気は一切無かった。
アーリヤはヘイヤンのフサフサの胸の中でキリゥを睨む。
「不満アリアリだな、おい。グリムの野郎の気苦労が知れるぜ」
キリゥはごりごりと頭の裏の剥がれかけた鱗を掻く。
そこへ、ポクポクと軽い蹄の音が聞こえてきた
「お~い! キリゥ~! 終わっちゃったぁ~?」
「メレルさん、状況も分からないうちに余り大きな声は……」
後から追いついたメレルとレイシアニルである。
二人はすぐキリゥ達を見つけて駆け寄ってきた。
「よっ お二人さん。こっちゃ今しがた片付いたぜ」
「お~っ さっすが~! で、アーちゃんはどうしたの?」
「ソコで伸びてるアホがこいつの目の前でグリムをディスりやがった」
全てを察した二人は『『あっ…』』とハミングする。
キリゥは手の平で出来の悪い七色水晶を弄びながらエルフの魔術師へ近づく。
「さ~ってと……エルフ専門の高級奴隷商に売り飛ばすか、それとも親類縁者を探して身代金をせしめるか」
「おお~ キリゥ容赦なぁ~い」
「ったりめーだろ? 俺らの仕事を邪魔しただけじゃあねえ。俺ぁコイツみてえのが大っ嫌いなんだ。見ろ、このパチモンをよ」
キリゥはギッと石を握り締めた。
石は容易くヒビだらけになる。
「魔術にしてもそうだ。こいつは底が浅ぇんだよ。
上っ面の小手先だけで美学がねえ! いいか?
騙すなら!全身全霊で!誠心誠意!
そいつを一生騙しきろうって気迫で臨むもんだ!
それでこそお互いハッピーで居られるってもんだ!
そうだろうが!?」
「キリゥかっこいい~」
熱弁をふるうリザードマンにダークエルフがパチパチと拍手を送る。
レイシアニルは軽く引き、アーリヤも些か毒気を抜かれていた。ヘイヤンはアーリヤを抱き締めながらあくびをしている。
「かっこいい……でしょうか」
「どうでもいいです。さっさと石を持って帰りましょう」
「はらへった」
オーディエンスの期待に応えてキリゥは倒れ伏したエルフの女に手を伸ばした。
「馬鹿な奴だ。おとなしく渡してりゃ、痛い目見る事もなかったろうによ」
「……すな」
「ん?」
「豚が!! 獣が!! 家畜如きがぁ!! この私を!! 見下ろすなぁぁあああああっっ!!!!」
虹の閃光が迸る。
すみません。
本当は続きを明日投稿する予定なのですが実はまだ書きあがってません。
遅くとも今週末までには、何とか書き上げます。
本当にすみません。




