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第二話『マスター殿曰く「我欲を煽り恐怖で従え大儀をもって率いるべし」とのことです。どうせ誰かの受け売りであります』
街は静まりかえっていた。
多くの人々が亡者を恐れて街を離れた上に残された住民も窓を閉め切って家の中で震えている。
朝の市場も開いている店はまばらな上、品数は少ない。
足しげく街へ通っていた交易商人達も寄りつかなくなってしまっているのだ。
ほんの一月ほど前までは有数の交易都市として名を馳せていたのが嘘のようである。
通りを行き交うのは殆どが張り詰めた面持ちの兵士達だった。
大改築が始まったばかりの教会も職人達が逃げ出してしまったとあっては、造りかけの痛々しい骨組みを雨風に晒すばかりである。
古びた礼拝堂の中で一人の老人がせかせかと、行ったり来たりを繰り返している。
軋む骨の上に薄皮を纏わせた痩せぎすの身体は、造りかけの教会に似ていた。
部屋に響いた丁重なノックの音が老人の往復運動を止めさせる。
「司教猊下、失礼致します」
部屋へ通されたグレートヘルムの教会騎士は兜を被ったまま恭しく頭を下げた。
教会騎士の兜は例え教皇の前でも滅多に外されない。揃いの甲冑は神への忠誠と滅私の象徴である。
「おお、ハルディーンよ。遂に聖都からの援軍が到着したのか!?」
老人は静かに入ってきた騎士に縋り付くように駆け寄る。
しかし騎士は頭を垂れたまま、静かに首を横に振った。
「そ、うか……」
期待を裏切られた老人はがっくりとうな垂れ、僅かによろめいた。
教会騎士が身体を支えようと手を伸ばしたが、老人は押しのけるように手を振り払う。
「司教猊下、やはり王国の援軍を…」
騎士が言いかけた瞬間、枯れ木のようだった老人の相貌は鬼と変じた。
「ふざけるなっ ここまで計画を進めておいてむざむざ奴らめを引き入れろというのか! 神を敬う事を知らぬ、魔術院などとうそぶくやつばらを擁する邪悪な者どもだぞ! ようやく始まったばかりの神の家の修繕とて、差し出がましい口を叩くに決まっておるわ!」
「しかし当領地の兵達はもちろん、我ら教会騎士達にも疲労が見えております。事ここに至っては計画をより良いものへ再考するのも、また一手かと」
「黙れ!! そもそもこの事態は不甲斐ない貴様等に端を発しているのだ! 貴様に信仰心があるならば行け! 行って即刻あの忌まわしい不死者どもを打ち払ってこい!!」
既に老人は両目の焦点が定まっていない。
発狂の気配を見て取った教会騎士は慇懃に一礼して退出した。
「こんな……こんな、神の光も届かぬ異教の地で死んでなるものか……! 私はいずれ、枢機卿にすら手が届くのだぞ……おお、神よ……」
◆◇◆
貧民窟の宿場でグリムは血の気が多そうな男と対面していた。
「一晩銀貨十枚だ」
「え?銅貨十枚? やっす」
「出てけ!」
「あんだって?(難聴)」
「マスター殿! 頭の病気の発作はいい加減にして謝って下さい! 店主さんも出刃包丁をしまって下さい!」
必死なアーリヤの取りなしでグリムは貧民窟の宿を取ることに成功した。
幾つもの宿をたらい回しにされた挙げ句辿り着いた部屋は、一つの小さなベッドがすっぽり収まる間取りと床に開いた穴が隠れ家的ムードを醸し出し、天井裏でネズミがオーケストラを奏でるスイートである。
「ひっでえ部屋」
「ベッドがあるだけでも感謝して下さい! アホマスター殿のせいで危うく野宿だったであります!」
「え?あんだって?(難聴)」
アーリヤはグリムの顔面にパンチをお見舞いした。
「おごぇッ! ち、違うんだアーリヤ! 鈍感難聴はモテ男鉄板の必携スキルだと聞いて」
「しゃらくせえであります! 歯ァ食いしばりやがれであります!!」
アーリヤはグリムの支離滅裂な言い訳を一蹴し、鮮やかに懐へ踏み込む。
流れるような体重移動から脇腹とみぞおちにワン・ツー繰り出し、とどめに顎へアッパーストレートを決めた。
カンカンカーンとゴングが聞こえてきそうなほど美しいコンビネーションであった。
◆
宿を確保した二人は街の探索に繰り出した。
よそ者であることが明らかな二人は警らの目を避けて路地裏を練り歩く。
万が一にも兵士達と遭遇しないように、アーリヤが先頭に立って気配を探り、グリムがその後に続いた。
「はたらけど はたらけどなお わが生活 楽にならざり ぢっとアーリヤを見る…」
「血走った目でカワイイ小生のお尻をガン見しないで下さい」
振り返ったアーリヤにジト目で睨まれる。
グリムがサッと顔を背けるとアーリヤは溜息を一つ吐いて前を向いた。
グリムは閃いた。
「躓いた振りで小生の腰に抱き付こうとしていますね? 実行したら顎を蹴り上げて粉砕します」
アーリヤは振り返りもせずに死の宣告をした。
どうやら彼女は主人の機微を鋭敏に察する優秀な従者の素質を備えているらしい。
グリムは「おっと」の一言を飲み込んだ。
だがアーリヤは相変わらずキュッと引き締まった小ぶりなヒップをフリフリしながら前を歩く。
目と鼻の先でぴっちりとしたホットパンツの裾から伸びる瑞々しい太ももが誘うように揺れる。
グリムはギシギシ歯ぎしりしながらアーリヤを創り上げた己の天才を呪った。
二人は街をぐるりと一周し、大まかな道と住人の配置を確認した。
路地裏の一角で街の見取り図を睨み、状況を書き込んでいく。
街で今一番活気があるのは貧民窟だった。
「マスター殿の読み通りですね。流石であります」
「もっと褒めてくれたまえ」
「さすマス」
「雑な褒め方は止めてくれたまえ!」
貧民窟で暮らす彼等は街から逃げ出す力が無い。
いつの時代も取り残されるのは、行く当ての無い者と抜け出す力の無い者達なのだ。
また、併せて行った調査により領主はここしばらく邸内に篭って公に姿をみせていないとのことだった。主だった騎士達も同様であり、現在は教徒保護の名目で残った教会騎士達が代理として兵を率いている。
「領主とやらはとっくに夜逃げしていますね」
「やっぱり?」
「端的に言って、この街は既に詰みでは?」
「や……あながち、そうとも言い切れんのじゃないか?」
教会騎士達の練度は比較的高いようだ。
この状況では貧民窟の住人達が略奪に走ってもおかしくないのだが、それが見られない。
援軍が望めなければ崩壊は時間の問題だが、今のところは規律が保たれている証拠である。今しばらく持ち応えてくれればその間に問題を解決出来る見込みは十分ある。
しかしアーリヤの見立てはもっと深刻だった。
「この手勢と士気で何度も襲撃を凌げるとは思えません。最悪次で瓦解します」
更にそれを裏付けるのが天候だ。
一見すると空はからりと晴れている。
だがアーリヤの鋭敏な感覚は急速な気圧の低下と遥か風上から届く遠雷の音を察知していた。
「十中八九、一雨来ますね。それも夜半に。火矢が使えなければ終わりであります」
魔術も祈祷の技も持たない者が最も単純且つ強力に亡者を打ち払う力が炎である。
逆に言えば、組織的に大量のスケルトン達を対処する他の手立てはそう多くない。
グリムは壁に背を預け、ぼへーっと宙を眺めながらあくびをした。
彼の指先が無意識に何かを探るように動いている。
アーリヤはぽふっと彼の胸に抱きついた。
アーリヤは知っている。
こんなときこそ彼に甘えるべきだと。
グリムはアーリヤの顎をくすぐりながら青い空を見上げて呟く。
「うーん……アーリヤの戦力判定は外れた試しが無いんだよなぁ……しゃーない。切り替えていく」
二人は作戦を開始した。
◆
孤児の少年達の前に素晴らしい獲物が通りかかった。
こんな時だと言うのに歩きながら厚切り肉のサンドイッチを頬張る身なりの良い少女である。
貧民窟に暮らす彼らは腹を空かせていた。
もう口に入れられるなら革靴でも構わないぐらいお腹が減っていた。
そんな彼等の前にこんなご馳走が通りかかれば襲うに決まっている。
飯だ!
少年達は黒いフード付きローブの少女に飛びかかった。
しかし少女は彼等が思っていたよりもすばしっこく、可愛らしく悲鳴を上げはしたが服を剥ごうとする手をひょいと躱して逃げ出した。
だが少年達も見事にサンドイッチと背嚢の強奪に成功する。
背嚢を開いた少年達は驚きおののいた。
中には金や食料、高価そうな薬草などがぎっしり詰まっていたのである。
この余りに大きな収穫を独り占めしたことがリーダーにバレれば、リンチを喰らってしまうかも知れない。
そうでなくとも貧民窟に暮らす孤児達のチームは共同体である。
特に縄張りの中の秩序は守らなければならない。
まして今は街全体が緊急事態の最中だ。
賢く弁えた少年達はリーダーの元へ戦果を運ぶことにした。
舌舐めずりする狼に後をつけられているとも知らず……
◆
十分後、アーリヤが一撃で昏倒させたリーダーを椅子代わりにしたグリムが平伏する少年達を見下ろしていた。
「諸君、よく集まってくれた」
アンタが押しかけてきたんだよ!
とツッコむような蛮勇を少年達は持ち合わせていない。
グリムはどす黒いクマに縁取られ焦点の合わない目をらんらんと輝かせながら手のひらでナイフを弄んでいる。
ぶっ飛んだヤク中そっくりだった。
「お腹ペコペコのところ悪いんだけど、ちょっと手伝ってもらいたいんだよねぇ」
グリムは少年達の前にどさりと袋を落とした。
中には白いロウ石がぎっしりと詰まっている。
続けて懐から街の地図と、奇妙な文様の図案を取り出した。
「このマークを地図の印を付けた所に描いて来い。期限は日没まで。報酬は金と食い物、そして……」
グリムは気絶するリーダーの首元にナイフの刃を当てて笑った。
「コイツと、お前らの命さ」
少年達の背筋に冷や汗が走る。
目の前のイカれた男がマジなのが嫌でも分かった。
自分達が指示に従わなければ、ちょっとでも手を抜けば、ガチで恐ろしいことになる。
スラムを生き抜いてきた少年達の本能がそう告げていた。
グリムは地図と図案を放り、袋を蹴る。
少年達の前に紙とロウ石がばらりと散らばった。
「行け」
紙とロウ石を掴んだ少年達は蜘蛛の子が散らばるように駆け出した。
そしてグリムとアーリヤは同じ手口を各区画で繰り返し、街中のストリートチルドレンを総動員してグリムの魔力が篭ったロウ石による刻印を完了したのだった。
正しく人海戦術のなせる技である。
グリムは目の周りに塗りたくっていた煤をごしごし拭って達成感の溜息を吐く。
「アーリヤもお疲れ様。名演だったぜ」
「当然であります。何しろ小生はマスター殿の最高傑作でありますので!」
ふふん、と胸を張るアーリヤの頭をグリムは撫でた。
「それぞれのリーダーにはちょいと迷惑料を上積みしないとなあ」
「マスター殿の悪どさにはほとほと感心いたします」
「最終的に街の為だからセーフ。皆で幸せになろうぜ」




