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第二章『教会騎士ハルディーン』
第一話『マスター殿は定期的に持病の発作を起こします』
宝石箱をひっくり返したような見事な夜空だった。
光砂ひしめく天球の天辺で、満月が真昼にも劣らぬ煌々とした明かりを降り注いでいる。
城壁の上でラッパが鳴った。
「き、来たぞぉーっ!」
見張りのうわずった声が兵士達に恐怖を伝播する。
ざわめきかけた兵士達の乱れを騎士の一喝が引き締めた。
「弓矢、構え!」
月明かりを浴びて冷ややかに輝く白の甲冑。
グレートヘルムの教会騎士は面覆いの向こうから張りのある美声を響かせる。
城壁に並ぶ兵士達はもたつきながらも矢を番え、街を取り囲む怪物達に狙いを定めた。
「放てェーッ!」
一斉に飛び立つ鳥のように、無数の矢が夜空へ広がる。
そして怪物達の上へと降り注いだ。
城壁では間髪入れず次矢の構えを取り始めている。
しかしそれは騎士の指示を待たずに手を動かす、半ば恐慌状態によるものである。
城壁に攻め寄る夥しい怪物達、スケルトンの軍勢は一向に矢を恐れる様子など無かったのだから。
◆◇◆
一週間後、白い靄に包まれた街を小高い丘から見下ろす二つの影があった。
「現実ってやつはどうにも悪辣で残酷で理不尽で思わずケチの一つも付けたくなるのが人情というもんで、さりとて百の文句を並べ立てたとてどうにもならんというのも正しく現実なのだが、かくいう俺自身がその現実とやらに易々と従っているかと問われれば答えは断固としてノーだ」
「その長ったらしくて鬱陶しい口調は何でありますか?」
自他共に認める美少女フレッシュゴーレムのアーリヤは、岩に足をかけて膝に腕を乗せ、ニヒルを気取る主を眺めた。
主たる王宮付き死霊術師グリム・レッドハートが振り返る。
白い歯がピカッと輝いた。
「知らないのかいアーリヤ君。これはね、今流行の独白システムってやつさ! コイツを実装するだけでどんなクソ野郎もいっぱしの主人公に早変わりって寸法よ」
高らかに笑う主人をアーリヤは黙って見つめている。
彼女の悲しそうな目が語っていた。
――――気の毒に――――ここまでこじらせて…――――
「そんな目で俺を見るんじゃあないっ」
「大丈夫であります。マスター殿が心の御病気でも、カワイイ小生はお傍にお仕えしますからね」
「ええい黙らっしゃい、白いワニもピンクのゾウもお呼びじゃないぞ。俺はいつだってすこぶる正気だっ」
「それからマスター殿にクソ野郎の御自覚があるのが意外でありました」
「混ぜっ返すんじゃあないっ」
この美少女めっとグリムはアーリヤを捕まえようとした。
アーリヤは彼の手を触れるや否やの紙一重でするりと躱す。
追いかけっこする主従は丘の上でクルクル回った。
「マスター殿、先ほどから小生は一つ気がかりでして」
「何かねアーリヤ君っ」
二人はグルグル回りながら声を掛け合う。
「ここで街を見下ろしていると、マスター殿が一件の首謀者に見えてしまうのでは?」
グリムはピタリと足を止めた。
併せてアーリヤも静止する。
彼女の目の前でグリムの顔は蒼くなり白くなり、最後にブワッと汗が噴き出した。
「や、ヤバい! 誤解なんぞ慣れっこだが、今この時点でのそいつは面倒極まる。行くぞアーリヤ!」
二人はそそくさと森の影に隠れながら尾根を下った。
死霊術師の男とフレッシュゴーレムの少女は街を目指す。
亡者の軍勢から人々を救うために。
事は大臣閣下からの指令書から始まった。
曰く、とある領地が亡者の群れに襲われているため原因究明と対策に当たるべし、とのお達しである。
普通ならば領地の騎士団が当たるべき事態なのだが些か厄介な事情があった。
最近生じた近隣の領地とのいざこざで領の兵力は半減、更に無理がたたった領主の急逝による突然の代替わり。
しかも王国に先んじていざこざの仲裁に入った教会の聖騎士達が教徒保護と教会設立の監督という名目で街に駐屯しているのである。
王国としては即座に直轄の騎士団を援軍に送り込みたいのだが、それでは教会との衝突は避けられない。
かといって手をこまねいていれば教会が権力を拡大してしまう。
おまけにその街は流通の一大拠点である。
「そこで俺の出番ってわけだ」
グリムの実力は既に大臣閣下の知るところとなっている。
出来る限り秘密裏に亡者騒ぎの原因を特定解決し、教会のこれ以上の介入の口実を潰す、これが彼の任務である。
そうして稼がれた時間で王国が教会と穏便な交渉に当たるプランなのだ。
「経緯だけ見ると生臭坊主共に都合が良過ぎでは? 領地同士のくだらないケンカからして既にマッチポンプ臭いであります」
「きっと大臣閣下も同じ事を考えてるよ。真相が分かれば追加ボーナスぐらいは出るかもな」
二人は音も無く街の城壁に近付いた。
アーリヤは容易く城壁を蹴って駆け上がり、速やかにロープを下ろしてグリムを引き入れる。
朝靄に紛れた二人は怯えた目つきの警邏の兵達をかいくぐり、誰にも気付かれることなく街へ侵入したのだった。




