季節外れの薫風
3日遡り土曜日
「さぁ男達よ!とうとう来てしまったぞこの日が!」
「来ちまったっすね………」
「お腹空いたなーー」
俺、黒垓君、亜花君の眼の前には無数の人々。百、千……一万はいるかもしれない。それほどまでの大群。それがまるで軍隊のように乱れることなく移動する。
人間だけではない。ここ周辺を取り巻くこの匂い………ダメだ、これは俺達の脳を刺激する。
そう、この空間は人と空気によってすでに支配されているのだ。
………だが、俺達は臆してはならない。例え全てが支配されていようと俺達は立ち向かわなくてはならない。例え人がいようとも、それをかき分け進み続けなくてはいけない。例え匂いによって空間が支配されていようとも、進み続けなくてはならない。そう、目的のためなら………求めているもののためなら………
「いくぜ野郎ども!」
俺は掛け声とともに、目の前の建造物のいくつかのあたりをつける。
きっと手強い戦いになるだろう。苦戦を強いられるだろう。
そう、だって今日は………
「今日は祭りだ!露店にある欲しい食べ物全部食らいつくしてやろうじゃないか!!その為に、今日まで胃袋を調整して来た!!」
「そうじゃないでしょ。」
ゴツン!!
イリナのゲンコツが、頭頂部に炸裂する!
「私達は戦いに来たんだよ。こんな所で油を売りに来たわけじゃない。」
ここは勇者領の中のお城の門の前。いつもは一通りがなく、人影なんて一切見られなく閑散としているが、今日は屋台が何百とあって人が何千といて、むしろ人影しか見れないような状態だ。
カースクルセイド掃討戦の総指揮権を得るための戦いが今日と明日、2日間行われる。そして、その情報を聞きつけて一般人やら行商人やらがお城の前で屋台を開いて一儲けしようとしているわけらしい。大企業とかもスポンサーとしてついているらしく、上空に大きな飛行船がコマーシャル垂れ流しで飛んでいる。
「何をバカなことを……腹が減っては戦はできぬ。戦う前に油を取っておくんだよ。それが何よりも大切だと思わないかね?」
チョコバナナやホットドック、綿飴、広島焼き、焼き鳥、味噌田楽、フローズンソフト、ラムネ、クレープ、チュロス、フライドポテト、東京ケーキ………くそ、考えただけでヨダレが止まらねぇぜ。
しかも匂いが極悪だ。おたふくソースとマヨネーズ、焼き鳥や田楽の匂いが辺りを満たしていて、勝手にお腹が鳴ってしまう。
丁度お昼時だからな………食いたくてたまらないんだよ!
「そんなの食べて胃もたれされたらこっちがたまらないからね。今日は薬草と兵糧丸で我慢しな。栄養豊富だよ。」
「ヤダヤダヤダヤダ!!油!!俺は油が取りたいんだ!!薬草とか兵糧丸みたいな無味乾燥なものを誰が食うか!!」
ギャアギャア!と俺は暴れる!
それを見て周りの人達が立ち止まり、イリナに気づいた。
「お、おいあれってイリナじゃないか………」「本当だ、イリナだ………」「イリナさんや………」「今回の決定戦に出るって本当だったんだ………」「サイン貰おうかな」「なんだあの駄々こねてるクズは。イリナさんを煩わせやがって」「……うおっ、染島だ。しかも黒垓もいやがる。」「なんだあの子供」「あーーイリナさんマジ天使」
人々がまるで開店前の大型スーパーの入り口みたいに集まり、口々にイリナを褒めまくる。
まぁ、それはそうだよな。だってイリナだもの。イリナですもの。俺とは格が違う。
しかしこう考えると俺の周りって他から褒められる人ばっかだよなぁ。俺とは大違いだ。
「……チッ、めんどくさいなぁ。ミフィー君。口開かないようにね」
「へ?ちょっ、なにを……」
ビュン!!
言い終わる前に、イリナは俺の胴を両手で抱え込み、そのままジャンプした。
あまりにも唐突過ぎて舌を噛みちぎりそうになった。てか速すぎて意識を失いかけた。戦闘機に乗ってたらブラックアウトを起こすとは聞いていたが、それに匹敵するGを受けたということだろう。13だっけ、11?覚えてないけどそれぐらいのGってことか………化け物め。
イリナはお城の屋根まで飛び、窓をかち割って場内へと侵入した。
「さて……ミフィー君。お祭りを楽しみたかっただろうけど、これから受付に行くからさ。残念だったね。」
イリナはスタスタと、なにもなかったかのように下の階へと歩いて行く。俺がふらついて地面に突っ伏しているというのに。頭のこめかみの奥の方がガンガンして吐きそうだと言うのに。胃が下がりすぎて猛烈な嘔吐感があるというのに。
「今日が決定戦だと自分で言っておいて、食べ物を自重させたくせに俺を痛めつけるのか……言動が一致してないと思いません?」
俺は近場に柱を求めて手をばたつかせる。気分が悪すぎて自分1人じゃ立てないのだ。
「大丈夫でしょ。君、身体だけは頑丈だから、寝れば治るでしょ。」
なんて無責任な一言だ。ブラックアウトしかけた人間にかける言葉じゃない。こいつの身体に血は流れてない。絶対に王水とか流れてるぞ。
柱が見当たらないので、自力で起き上がろうとするが、腕に上手く力が入らずにズダーン!と倒れる。
そもそも俺は酔いやすいんだ。半規管、もしくは前庭が人以上に敏感で、ブランコとかで酔うからな。こんな運動されたらまず酔うのは確実だし、感覚がグチャグチャになるのは目に見えてる。
あ、やばい。目の前が歪んでやがる。てか真っ白だ。元に戻るのに最低10分かかるな………
俺は起き上がるのを諦めて床に寝そべった。といっても目の前が真っ白なので床なのかどうかもわからないが、多分床だと思う。
グイ
そうしていると誰かに肩を持たれたような気がした。気がしただけだ。触覚も何もかもが麻痺しているから、目に見えている真っ白な世界の微妙な明暗の差でしか判断がつかない。
でも、多分持たれていると思う。いや、確実に持たれているはずだ。なんだかんだ言って優しいからな、こいつ。
視力が回復して周りを見渡すと、慶次さんがいつも居座っている部屋だった。
受付って慶次さんの部屋でやるのか…………あの人大変だな。てかよくよく考えて、受付ってなんだよ。本人確認だろ?
いつも慶次さんが座っている場所に視線を向けると案の定慶次さんがいた。イリナもいた。黒垓君もいた。染島さんもいた。亜花君は………部屋の端っこでダーツをしていた。
でも3人が妙だ。慌てているというか混乱しているというか………
「おーーい。どうしたんだよ。なんかあったのか?」
俺はフラフラになりながらもなんとか起き上がり彼らがいる方へと歩み寄る。
「し、師匠!それが………」
黒垓君が慌てている………?なんだ、本当なんなんだ。分からんぞ。
「………ポスター見てみ」
イリナがクソジジイがいる部屋につながる扉の上部を指差す。そこにはこの決定戦の案内があった。クソジジイが親指立ててカッコつけているやつ。
………ん?改訂版?
俺は最高に嫌な予感がしたのでポスターをじっくりと読み込んだ。
そして
「………はぁぁああああ!?!?誰だこんなの決めたやつ!!!責任者を呼んでこいやぁぁあ!!!」
決めたやつって言うかいつ決めた!どこで決めた!なんで決めた!何を決めた!どっちを決めた!
どうした5W1H!!!
ポスターには、参加人数が6人ぴったしと書いていたのだ。俺達は5人しかいません。詰みました。
修正前は参加人数は自由だと書いていたのに!狂ってやがる!
「変えたのは私です。変えたのは火曜日です。変えたのはこの私の仕事部屋です。変えた理由は参加者が多そうだったので人数制限を決めるついでに1チームの人数も制限したからです。変えたのはポスターの文章の通りです。どっちを変えたと言われましても、こっちを変えたとしか言えません。」
俺の心の中の疑問を一瞬で答えてくれるできる男、慶次さん。お陰で俺の不安が逃げ場を失ったぞ!
「ど、ど、ど、どうすんのよ!宏美でも呼ぶか!?それとも遼鋭!?」
俺は動揺のあまりズボンのポケットに手を入れて携帯を探す。
「な、何を言ってるのさ!彼ら呼んじゃったら決定戦どころじゃないでしょ!勇者対魔族の全面戦争が勃発しちゃうでしょうが!この会場を血の海にしたいわけ!?」
ああ!!確かにそうだ!!魔王が勇者の決定戦に乗り込むなんて絵面が酷い!!
「じゃあどうすんだよ!!グレンもスカラさんもこの決定戦の案内係なんだから頼ることできねぇぞ!!……黒垓君と染島さんはどうですか!!何かあてが……」
「………あるとお思いで?」
染島さんは腕を組んでニヤリと笑った。
そりゃないですよねー!!あったらこんなにドタバタしてませんものねーー!!
なんてこった!胃もたれとかブラックアウトとかを危惧する前に、まず募集要項を守れてないじゃないか!どうすんだよこれ!こんなんで出場不可とか笑えないよ!
人数制限とか最初の段階でしてくれよ!………ん?
「………慶次さん、今人はどれくらい集まっていますか?制限人数一杯ですか?」
「一杯ですね。」
「ああ、じゃあ大丈夫か。それじゃあ余った人を俺達に紹介してください。」
1チーム6人と決められ、人数制限を設けられたのならばその制限人数は6で割り切れないとおかしい。だって割り切れなかったら結局6人未満のチームが1つできてしまいチームにならないからだ。そして制限人数一杯に人が集まったってことは、1人確実に人が余っていると言うことだ。その人を引き込めばいい、ただれそだけだ。
まっ、簡単な話だよな。こんなの俺じゃなくても誰でも思いつく。
しかしそんなことは慶次さんは既に知っているのだからさっさと教えてくれよって話だ。なんで意地悪するかなーー。
「その人ならもう呼んでますよ。貴方達がこの時間に来ることは既に見えていたので。」
慶次さんはそう言うとくすっと笑いながら書類へと目を向ける。
やはり慶次さんの目はデタラメだ。見えないものがないのだから。
正直この人が王様になるべきなんじゃないだろうか。あんの変態なんかよりもよっぽど相応しい。
「あ、そうそう。亜花君の階級知りたいですか?」
慶次さんは書類に目を向けながら話しかけてきた。
「いきなりですね。………まぁ、知りたいですよ。魔族なのか勇者なのかちゃんと線引きをしておきたかったですから。」
「魔族ですよ。最高幹部です。」
…………困ったなぁ。
「ええ、困りました。このままじゃ殺処分しなきゃいけなくなります。あのような破壊しかできない高水準の魔力が暴走なんかされたらたまったもんじゃないですからね。」
慶次さんは黙々と書類を片付けていく。
「スカラさんから聞きましたが、彼女の学校で彼、暴れたようじゃないですか。幸い死傷者が出なかったようですが………このままじゃあねぇ。」
慶次さんは書類しか見ていないが、なぜかこの人に睨まれているような気がした。ないはずの視線を感じる………
「それに貴方もですよ。いまだに炎に頼っているじゃないですか。勇者で頑張っていくと言っていたはずなのに、情けないですね。………もし今回の闘いで貴方の魔力(炎)を使うことがあったら、勇者の敵だとみなしてお城の戦力全てを使って攻撃しますよ。」
………うわーー本当困ったなぁ。
「亜花君と貴方に釘を刺しておきました。貴方達、れっきとした危険人物ですから。」
………慶次さんが言ってることはほとんど全て正しいから反論ができない。反論できるわけがない。屁理屈ならいくらでもこけるが、こいたところで無駄だしなぁ。
「…………わかりました、以後気をつけます。」
俺はぺこりと頭を下げて、慶次さんの元から数歩退いた。
「大変だねぇ。教育と自制と強化をしなきゃいけないんだからさ。弱いってのは困ったもんだ。」
イリナが笑いながら話しかけて来る。
「………その通りだな。俺は弱っちい。口先だけだ。炎を封じるなんて言っていたのにそれすらも守れずにいた。」
結局封を解いて自分以上の力を手に入れていた。インチキをしていた。
「まっ、でも俺は好きよ、弱いの。天才じゃないからか、もがくのが好きなんだよ。」
だから、炎の封を強めに設定した。自分のためには絶対に使えないような条件を付け加えた。自分のためじゃない、誰かを守れるように
「逆境は慣れっこだ。むしろないと落ち着かない。」
俺は亜花君の様子を見にいく為、彼の元へと行く。
「………やっぱり、私には分からないな。」
イリナが苦笑いを浮かべながら、俺に並行するように歩く。
「………わかんない方がいいよ。俺みたいになられたら困る。クラスの人気者が世界レベルのクズになって欲しくないもん。」
「………」
その後イリナは何も喋らなかった。
顔は………見てない。見たところで、多分俺じゃ分からないからだ。
「どうだい亜花君!スナイパー井上は捗っているかい!?」
フン!と矢を投げ続ける亜花君に話しかける。
「………うん!ちょっとずつ当たるようになって来たよ!矢も的も壊さないようになって来たんだ!」
………確かに、ここ最近矢を壊しているシーンや作っているシーンは見てないな。
「偉いなーー!!流石は亜花君だ!!」
「だけどまだ三回連続で真ん中には当たらないんだ。二回連続なら何回もあたっているんだけど………」
シュンと項垂れる亜花君。
………まったく、可愛いんだよなぁ亜花君。
「………実はな、ここだけの話なんだけど、スナイパー井上もこの練習をしている時、二回連続で真ん中を射抜くことはできるんだけど三回連続では当てることができない時期があったんだ。」
「井上さんにもそんな時期があったんだ」
「そうだよーー。そりゃもう、スナイパー井上は落ち込んださ。自分の努力が全て無駄になっているような気がしてさ。……でも、彼はその時ずっとこう言っていたそうだ。[投げれば投げるほど、俺は成長することができる。諦めて成長しないことなんかよりも何百倍も俺は素晴らしい。]ってな。……亜花君、諦めちゃダメだ。諦めなければ君はずっと変わり続けられる。結果なんかよりもずっとずっと、大切なことなんだよ。」
………少し難しすぎたかな。言葉をもう少し幼化するべきだったな。
「………よくわかんないけど、頑張ればいいってことだね!お兄さん!」
分かってくれたのかどうか分からないけれど、亜花君が笑ってくれた。
………まっ、いいか。元気を取り戻してくれたらそれで良し!
「ひゃああああ!!やっと来たやっと来た!!5人がばっくれて出場停止になるかと思いました!!」
ドタバタとドアの外側が騒がしい………あ、そうか。さっき慶次さんが呼んだっていう余った人だな。声が一種類しか聞こえないから余った人は1人……か。声からして女性だな。
「んっっしょぉお!!」
ギギギギと扉が開いて行く。
バターーン!!
扉が最後まで開かれた!
「どーもどーも!こんにちはです!私の名前は上村春香!バスケ部所属のボーイッシュなガールです!!」
上村さんはピースを横に向けて目にかざして、もう片方の手を腰に置いた。キラーンって感じの効果音が俺の頭の中で響いた。
身長は160前半といったところかな……髪は黒色で………ん?あれ?どっかで見たことが………
「………あーー!!カイさん!!カイさんじゃないですか!!」
上村さんは目を大きく開くと、そのままこっちへと走ってくる!
「カイさんじゃないですかカイさんじゃないですかぁ!!いやーー探したんですよ!!」
ブン!ブン!と俺の腕を思いっきり振り回す!!
うぉぉおお!!ヤバイヤバイ速すぎる!!俺の今の体じゃ保たない!!
「ま、ま、ま、ま、ま、まっ、」
待って。と言おうとしているのだが、体が揺さぶられすぎて上手く発音できなくてよく分からないことになっている。[ま]しか発音できない出来損ないのアナウンスロボットみたくなっている。
「………あーーー!!まさかあんた!!」
俺と上村さんのやりとりを見ていると、イリナが素っ頓狂な声をあげた。
「去年の洗礼の儀式の!!」
…………なにーー!?!?
俺は揺れる視界の中上村さんの顔を見た。薄っすらと目縁に涙が溢れているようにみえた。
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