突貫工事ここに極まれり
茶碗を持ち、大きめのスプーンで中身を掬う。
黄色い卵と白色の米が、熱に溶かされたことでくちなし色になっていた。フワトロ卵あんかけのような……いや、そんなわけがない。しょせんはたまご粥だ。そんな、立派なものじゃない。ただの病人食。食が細い時に無理して食べるだけの存在だ。
だが、しかし、色合いが餡かけそのものなのだ。ここにカニカマとか入ってたら絶対に美味しそうって見た目なのだ。
「たまご粥ね……食べるの久しぶりだなぁ。……それじゃあ、いただきまーす。」
木原さんは手を合わせた後、スプーンでたまご粥を掬い口に運ぶ。
「………むむむっ、これは…………」
粥を飲み込んだ後、少しだけ顔を曇らせる。
「あ、あ、あの!きは、きはら、きき、木原ざむっ!!」
「…………プッ」
おい誰だ。今誰笑った。
「いった!いったぁあ!!肉絶った肉絶った!!」
田所君は口を押さえて、壁や机に寄りかかりながらドタバタとする。
「………どうしたの?幸雄。慌てちゃって。そんなに料理の感想を聞きたいの?」
木原さんはくすくすと苦笑いを浮かべる。
「いえ、そんなわけじゃ!いや、そうなんですけどそうじゃないです!むしろそうです!」
「…………プッ」
おい誰だ。今誰笑った。
「……りょ、料理の感想の前に聞いて欲しいことが1つあります!聞いていただけないでしょうか!」
田所君は両手を机にくっつけ、思いっきり身を乗り出して、木原さんに迫る!
「う、うん……何かわかんないけど聞いてあげる。だから落ち着いてね。」
木原さんの言葉を聞いて、田所君は姿勢を正し深呼吸をした。「スゥ、ハァ」と大きな呼吸音が部屋に響く。
そして、田所君の目つきが変わった。
「ぼ、僕と結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか!!」
彼はすごい勢いでお辞儀をした。上半身と下半身の角度が完璧に90度だ。なんという美しいフォルムだろうか。
「な………な、なに言い出すのさ幸雄。結婚って………冗談でしょ?高校生の身分で言う言葉じゃないと思うんだけど」
「本気です!真面目です!大真面目です!高校生だろうとなんだろうと関係ありません!結婚したいぐらい貴方のことが好きです!」
頭を下げたまま、田所君は大きく声を張り上げる。
「確かに僕はまだ貴方ほどの調理技術は持ってはいないです!貴方の理想からすれば程遠いかもしれない!でも、僕がもし夫になったのなら、貴方が倒れた時に健康にいいものを作って食べさせることができる!たまご粥とか、栄養バランスに優れたものを作ってみせます!お金だって、今からちゃんと勉強して大手企業に勤め上げて稼いで来ます!貴方が一日中料理に勤しめるような環境を作ります!作ってみせます!そして家族をきちんと支えていきます!!」
木原さんの理想は[自分以上の調理技術を持つ人間と付き合うこと]。それはあまりにも高い壁だ。正直飛び越えるなんて不可能だ。ぶち壊すことなんて不可能だ。
……だったら飛び越えなければいいじゃん。なぜ真っ正面から体当たりして死ななければいけないんだ。回り込めばいいじゃん。[調理技術]じゃなくて[素直な感情]をぶつければいいのだ。
たまご粥なんてのはただのアクセントだ。この秘策の最重要部分は田所君の想いである。
料理なんかで人の感情は測れんのよ。人の感情は言動に表れる。そして、人の心を動かすのはいつだって人の感情だ。
「100回でも200回でも言います!僕は、貴方のことが好きです!人生を捧げて尽くしてもいいと思えるぐらい、貴方のことが大好きです!」
…………
長い沈黙が訪れた。誰も、鼻で笑うものはいなかった。全員、頭を下げ続ける田所君の方を凝視していた。
息がつまるような静けさ。もしかしたらこの間俺はずっと息を止めていたかもしれない。俺の呼吸音がこの空気をぶち壊してしまうような気がしたからだ。
「ふーーん………私のことが好き……ねぇ。変わった人もいたものね。」
木原さんがお粥を口に運び咀嚼する。
「………ちょっと味が濃いわね。こんなのを寝込んでいる病人に食べさせたら胃がびっくりしてしまう。」
「…………」
田所君は顔を上げずにただひたすら待ち続ける。
「それに煮込みも不十分。弱火の期間が長すぎるのねきっと。」
「…………」
「それに長ネギなんて………大きさバラバラじゃない。私が教えた技術がこの1ヶ月で完璧にパーになってるわ。」
「…………」
あわわわ………なんかすんげえ辛辣なコメントを頂いているのですが!?頂いているのですがぁぁあ!?!?
「私目線からすればこの出来は不合格ね。部活動に再入部は不可能よ。」
「…………」
なおも黙り続ける田所君。
黙り続ける宏美、イリナ、翔石君、雪さん、姫崎さん。そしてアワアワと周りを挙動不審に見渡す俺。
「こんなんじゃ家族を支えるなんて不可能。もし私が寝込んで、そして子供がいたのなら、私の料理が美味しすぎるから子供の舌が肥えちゃって幸雄の料理じゃ満足できなくなる。無理よ無理。子供を栄養失調で殺す気?」
やばばばばば………なんて貶し方だ。俺だったら泣いてぶっ倒れるわ。
「これじゃ練習が必要ね……仕方ないわね。試験は不合格だけれど私の推薦ってことで部活に再入部させてあげる。」
「…………え?」
田所君が顔を上げた。
瞳にはうっすらと涙が……きっと諦めてたんだろうなぁ。
「今のままじゃ、家族を支えるなんてことを言うのは実におこがましいわ。私の元でしっかりと、みっちりと勉強して、ちゃんとした実力を持ってから改めて判断してあげる。」
「………えっと、それはつまり…………」
「………脈ありと言うことよ。よかったね、幸雄。」
「…………ま、ま、」
顔だけ真っ正面を向いた非常に奇妙なお辞儀の格好で田所君は固まった。
「マジでブッ!!!!」
「いったぁぁあああ!!!」と叫びながら暴れまわる田所君。どことなく嬉しそうだ。いや、嬉しそうだじゃないか。嬉しいんだよなぁ。喜びで満ち溢れている。
「そうと決まれば早速練習開始よ!!のたうちまわってる暇はないよ!」
「は、はい!!」
田所君は泣きながら起き上がると、バッグからエプロンを取り出した。
「………それじゃあ俺達は邪魔にならないように退散しますね。……あっ、後輩方の登録手続きもしとくんで集中して料理してくださいねー」
俺達はそそくさと調理準備室を後にした。
「………なぁ宏美。お前いつ木原さんに入れ知恵したんだ?」
生徒会室に向かって歩いている途中、俺は隣にいる宏美に話しかけた。
「………入れ知恵?なんのことかよくわからないな。」
宏美は首をかしげた。
「[脈なしなら木原さんに演技をしてもらう]。そんなことを作戦会議中に言ってたよな?あれをしたんじゃないのかなって俺は思っているのさ」
姫崎さんと翔石君、イリナが俺達の前方で楽しそうに会話をしている。雪さんは3人の傍でボーッとしている。
………本当、雪さんの性格がイマイチ分からないんだよなぁ。ミステリーすぎる。
「だっておかしいだろ?俺の情報の伝達ミスのせいで、完璧に木原さんに、俺達に何かしらの意図があると言うことを見破られていたもんな。それできっと、田所君の告白の時に気づいたはずだ。[あ、こいつらグルで私と幸雄をくっつけようとしている]ってさ。他人に頼って場を整えてもらうような狡い人間を木原さんが認めるかね?俺はそうは思えない。」
「………はぁ、つまりあれか?告白した時には、お前は絶対にこの告白は成功しないって思ってたのか?」
「……まぁな。木原さんに不信感を与えた時点で敗北していたと俺は思っていたよ。」
「…………ふーん。」
宏美のことだ。俺が至るような結論になどすぐに辿り着くに違いない。そして、その可能性を潰すために個人で動いて、木原さんに[オッケーしたつもりで部活に引き入れて]みたいな作戦を与えていたとしたら、俺としては非常にスッキリするのだ。
「わたしが思うにさ。お前って他人に迷惑かけるのを極度に嫌うよな。……みんながみんなそうだと思わない方がいいと思うぞ。」
宏美は立ち止まり、後ろを振り返った。
「私は何も言ってない。ただ明美ちゃんと楽しく雑談していただけさ。………つまり、明美ちゃんの判断っていうのは、そういうことだろ。」
「………へぇ」
俺も立ち止まり後ろを振り向いた。
その先には調理室がある。姫崎さんに頼んで連絡を入れた調理愛好会元部員の3人が既に走って来ていた。
「わかんねぇなぁ人間って」
俺は笑いながら、また歩き出した。
力量が足りてないですね。もっと練習せねば………
重要関連作品
カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/
カイが死んだあの事件とそれ以降を狩虎視点で追っていった作品。全15話約60000文字→https://ncode.syosetu.com/n1982dm/
小さな村で起こる不思議な事件。それを機にグレンと亜花が出会い、そこから始まった彼らのゆったりとした物語を書きました→https://ncode.syosetu.com/n4920ek/




