決断ってなんなんだ
「本当さ、狩虎。お前はなんでこう好奇心というものに歯止めが効かないんだよ。なぁ?嫌がってたよな私。どっからどう見ても嫌がってたよな。」
ペチペチと宏美に頬っぺたを叩かれる。
「…………本当なんでなんでしょうね。自分でも行動原理が分からないといいますか、そもそも自分がなぜあんな行動に至ったのか、そもそもあそこに至るまでに自分は一体何を考えていたのか………皆目見当もつきません。」
「それ全部行動原理だからな。」
「………いや、本当、自分で自分がわかりません。なんであんなことをしたのか………」
「あ、ダメだこいつ。逃げやがった。」
宏美は俺から視線を外しいまだ伸びている田所君の方を向く。
田所君はぶん投げられた俺にガードもせずにぶつかってしまった為絶賛気絶中である。当たりどころが良かった。もし衝突部位が首とかだったら気絶じゃ済まなかった。
本当ね、初めてだよ。地面とほぼほぼ平行で飛んだのなんて。だいたい野球ボールですらそんなこと難しいのに、人間だ。投げる対象が人間のくせにそんな速度を出すのだから宏美は恐ろしい。確実に人間じゃない。人間を超えた生物。ここに究極生命体がいるぞ!!
「しかし結構早くにきたな。私達が部屋を出てから1時間も経ってないじゃないか。」
「確かに、俺の予想よりも遥かに早い。………うーむ、誰かからアドバイスでも聞いたのかな?」
俺は腕時計を見ながら呟いた。
いつも通りなら20分ぐらい前に翔石君達が生徒会室に来ているはずだ。優秀な翔石君なら田所君の話である程度の状況を把握できるから的確に助言を与えられるが………うーん、翔石君がするかなぁ。彼、自他に厳しいからヒントなんて与えないと思うんだけどなぁ。
………まぁ、分からないから置いとこう。
「かもな………まぁそろそろ起こすか。こいつからは答えを聞かないとな。」
ペシペシと田所君の頭を叩く宏美。
なんともまぁ乱暴な起こし方でしょうか。
「う、うーー…………んん。」
バタバタと手を振って宏美を遠ざける田所君。
あ、これ、完璧に寝ぼけてるな。
「………狩虎、さっさと起こしてくれない?これ以上拒絶されたらグーが出てしまいそうだ。」
「………分かった分かった。分かったからその手をしまえ。お前のグーとか洒落にならんから」
宏美をどかして田所君の傍に立つ。
完璧に寝ているときの顔だ。夕暮れの光が少し鬱陶しそうに顔をしかめている。
こういう時に起こされたらイラつくんだよな。よーく分かるぜ。
俺はしゃがみこみ、田所君の耳元に口を近づけ、宏美には聞こえないぐらいの小さな声で、
「[そ、そんな……ダメ………]こじんまりとした台所で、木原さんは妙に熱気を帯びた声で囁いた。彼女の側には好青年。服装からして配達員だろう。それが木原さんの両肩を掴んで木原さんを見つめていた。本当に小さな台所だ。2人の体がくっつかないと、立っていられない。だから、2人は、互いに身を寄せ合い触れ合っていた。[はぁ、はぁ………]熱い吐息と鼓動が肌越しに伝わる。それは2人の衝動を加速させるのに十分であった。スルリ………配達員の細長い指が裾から入り込み……………体験版はここまで!続きが気になったら起きてね!」
ガバッ!
田所君が跳ね起きる!
「よし、起きたな。それじゃあ話を始めようか………」
ガシ!
田所君が俺の二の腕を掴む!
「………生徒会長。起きたんですけど話の続きは?」
田所君の目が爛々と輝いている。
「………仕方ない。1週間待ってくれれば10万文字の小説にしてデータを送ってやる。」
「よし、わかりました!」
俺と田所君は熱い握手をかわした!
「………狩虎、お前また下世話な手段を使っただろ。」
俺と田所君の行動を見て、眉をひそめる宏美。
「下世話?何を言っている。俺はあれよ、下ネタがこの世で最も嫌いな人間なんだ。そんな、忌み嫌う端材を利用すると思っているのかね?なぁ田所君。」
「そうですね。僕達二人は健全を愛するモラルマンです。そんな、下ネタを利用するなんてことも、まして下ネタに釣られるようなこともありません。これは絶対です。」
俺と田所君は宏美に向かって親指を立てる。
「………はぁ、そういうことにしてやる。んで幸雄。ここに来たってことは、お前が何をしたいのか、何をするべきなのかの折り合いをつけて来たってことだろ?その結果を聞こうじゃないか」
宏美もどさりと地面に座った。胡座をかいて下着が見えないようにだ。
「まぁまぁ宏美。こう言っちゃなんだが決断ってのは急かされたら間違えることが多いんだ。もう少し考えてもらってもっと自分に適した答えを探してもらおうじゃないか。それの方が悔いは残らないだろうからさ。な?田所君。」
俺は笑いながら田所君に話を振った。
「………正直、生徒会長の話にはウンザリですよ。まるでこの僕が優柔不断のナヨナヨ人間みたいに言うじゃないですか。」
田所君は笑いながら応えた。
「[もう少し考えたら……]、[無理だろうな。]、ありえないですね。ありえないですよ。このセリフ、まるで僕を惑わして楽しんでいるかのようだ。」
………ふーん。
「そうやって僕を間違った方向へ導こうとしているんでしょ?分かりますよそんなこと。[告白しないでウジウジして高校生活を浪費する。]ことがどれだけ無駄なことかなんて考えなくても分かりますよ。」
「無駄ねぇ………無駄って言ってるけどさ、無駄じゃないだろ。だってほら、君がもし告白してフラれでもしたら愛しい木原さんと結ばれることはないんだぞ?そしてそうなる可能性は大きい。それならほら、告白しないことは無駄でもなんでもないんじゃないかな?」
「いやいや無駄ですよ。無駄というか勿体無いですね。別にフラれたところで、この世には何十億と女性がいるわけで、木原さん以外にも魅力的な女性はいるわけですよ。結ばれることなんて簡単簡単。むしろ新たな出会いに巡り会えて僕の人生が豊かになるに違いないですよ。」
「………とか言ってるけどさ、それでもやっぱり木原さんと付き合えないのは辛いことだろ?こんなに思い焦がしているんだからさ。失恋のショックは君が思っている以上に大きいと思うな。」
恋愛も失恋もしたことがないから全て想像なのだが、失恋の衝撃というのはとてつもないもののように思う。多分宏美のパンチ3発分ぐらいだ。まぁまず2日は立ち直れない。酷い吐き気、目眩、脈不全に襲われ最悪死に至る。
そんなもの、俺なら絶対に味わいたくない。
「………失恋のショックなんかよりも、告白しないで実質諦めた気持ちで木原さんと接することの方が辛いですよ。ただの生き地獄だ。それに、また同じ後悔をしたら多分僕は立ち直れない。」
「同じ後悔をするぐらいなら、失恋することの方が楽ってことね………ふーーん。OK。ある程度筋は通ってるな。」
俺は宏美の方を向く。
「宏美。なんか田所君に言うことある?」
「………そうだな。」
俺の問いを少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。幸雄をまるで睨み殺しそうな目で。
「幸雄、お前さ、今の話を聞く限りまるでフラれるの前提みたいじゃないか。つまらない。実につまらん。[負け戦になったとしても俺はなんとか生き延びることができる]なんて話を長々と聞かされているような気分だ。どうな……」
「何言ってるんですか。付き合うのが前提ですよ。今僕が最初に言ったのは、万が一。本当に万が一が起きた時の自分の対処法を話しただけですよ。」
…………なんだろうな。一応彼の話に説得力が増したが、どこか嘘くさい。まるで見栄だ。虚栄だ。
「………おい田所君。本当に、覚悟を決めたんだよな?本当に告白するんだよな?……お前の選択に、一切合切後悔はないんだな?」
「…………後悔はないですよ全然。これは僕が選んだ決断です。そこに後悔なんて微塵もありません。」
田所君が真面目な視線を向けてくる。
………なんかなぁ、おかしい。どことなく気持ち悪い。………ん?
俺は田所君の指先を見る。田所君は自分の指の皮をむしっていたのだ。
そういえば確かに自傷行為の痕があったな………確か皮を剥いたりするのって心的要因なんだよな。ストレス、焦り……んで、恐怖だ。
「田所君さ、怖いんだろ?フラれんの。いまだに。」
ビクゥ!!
田所君の体が大きく跳ねる!!
「………べ、べ、べつに!?怖くなんか全然ないですけど!?むしろ快活!?」
むしろ快活!?ってなんだよ。
「……なぁ田所君よ。別に怖がる事はダメなことなんかじゃないんだぞ。むしろ怖がらないやつの方が危険だ。リスクをしっかりと見ようとせずに奢ってつけあがる。そして自滅する。そう言うのをバカっていうんだ。」
田所君の場合はリスクが大きすぎるのだから、恐怖しないなんて事はあり得ないのだ。それだと言うのにさっきまでの彼の言動はまるで恐怖がないかのようだった。それはやはりただの見栄だ。そんなことをしたら心が上ずって変なミスを起こす。
「………正直怖いです。中学生の頃からずっと積み上げてきたものが、僕の一言でもしかしたら全てなくなってしまうのかと思うと。………そして、それ以上に、木原さんの、僕に対する想いを知るのがとっても怖くて!もし嫌いとか言われたら………」
田所君が、その光景を想像したのか体が震え出した。
………やっぱ怖がってたんじゃないか。俺の言葉一つで、たった言葉一つで浮き彫りにされるほどの克明とした恐怖じゃないか。そんなものを隠したふりか………そりゃ言葉が嘘くさくなるわ。
「怖がれ、大いに怖がれ。リスクと恐怖を自覚しろ。そして心に刻みつけろ。」
俺は田所君の肩を優しく叩いた。
「そして、それ以上の勇気を振るい出せ。[絶対にこんな想いはしたくない!]って心で叫べ。いいか、恐怖を自分の後ろに隠すのと、勇気と自信で恐怖を埋め尽くして制御するってのは別物だ。それを理解しろ。」
恐怖何が凄いって、怯えさせるだけじゃなくて味方につければとてつもない力を生み出すことができるところだ。恐怖は無視するべきものじゃない、見つめて握りつぶして自分のものに還元するべきなのだ。
「………はい!」
「よーーっしいい返事だ。それじゃあ再度聞くぜ田所君。君は、木原さんに告白したいのかい?したくないのかい?どっちだい?」
俺はしっかりと田所君の目を見た。ここで目を逸らしてしまったら、俺が彼の意志から逃げたことになる。そんなこと、していいわけがない。
「………怖いです。凄く怖いです。フラれたら、木原さんとの関係が一瞬で壊れて、僕の気持ちも全部崩れる………そんなことを想像したら今でも涙が出ますよ。」
田所君は右手で目を擦る。
「でも、それ以上に僕は木原さんに告白して付き合いたい!ほんのちょっとの可能性だろうと、なんとかして滑り込んで掴み取りたい!それに、これ以上後悔もしたくない!自分の気持ちにこれ以上嘘をつきたくないんです!!!」
しっかりと俺の目を見てくる田所君。
………これじゃ、彼の決断は折れないな。もう俺が彼を揺さぶる必要もないな。
「よっしゃぁあ!!いいぜいいぜ田所君!!今君は大きな決断を下した!!君の人生で最も大きな決断と言ってもいいだろう!!」
大袈裟?馬鹿を言え。結婚とか仕事探しの方がもっと大きい?アホぬかせ。
決断の大きさはいかに悩んだか、どれほどそれに真剣に向き合ったかで決まる。いかに自分を見つめることが出来たか、それによって決まるんだ!
「そして、それほどの大きな決断だ!君はその選択が正しかったって、最高だったって、イカした判断だって思わなきゃならない!思うためには成功するしかないじゃないか!てなわけでよ、これから特訓だぜ特訓!!料理の特訓をするぞ!!」
俺は屋上の扉にまで走る!
早くことに取り掛かりたかったからだ。
「特訓ってお前な………確かに生徒会には料理上手は多いが、木原さんに匹敵するほどの料理技術を持つ人間なんて………」
「ふっふっふっ………甘いぜ宏美。こう言っちゃなんだが、家庭科室で木原さんの料理を食べた時、[味噌汁だけなら俺の方が美味いな]って思った。思うことができたんだ。これがどういうことかわかるか?」
「え、えぇえぇえ!?生徒会長が!?そんな、テリヤキソースの味すらイマイチわからなかった生徒会長が!?」
俺の言葉に田所君が驚く。
「ああ、あれ嘘な。仲良くなるのに最も手っ取り早いのって優越感を持ってもらうことだからさ、それを利用させてもらった。」
「えぇぇええ…………なんか恥ずかしくなってきたんですけど。」
「騙したのは俺の方なんだからさ、君が恥ずかしがるのはおかしいことだ。もっと堂々としてな。」
「………つまり、狩虎が料理を教えるってことだよな?」
宏美が、手を組んで唸りながら聞いてくる。
なので、俺は立ち止まって宏美の話を聞く。
「ああ、そうだ。俺は狭く深くをもっとうに料理をしていてな。10品ぐらいしかレパートリーはないが全部味噌汁並みのクオリティだ。そのうちの一品を教える。」
「それでも短期間でお前らレベルにまで幸雄を押し上げることは出来るのか?………部活に加入していたって言ってもさ、話聞く限り才能あるってわけでもなさそうだし………」
「ふっ、なんだ、そんなことか。お前の不安事項はたったのそれだけか。」
俺は宏美の言葉を鼻で笑った。
やれやれ、全くこれだから。俺が何も準備をしていないと思っているのかい?まったく、付き合いが長いのだから察してくれよ。
「安心しな。君の為に何十時間無睡で用意した。絶対に成功する……とは言えないけれどさ、成功確率を飛躍的に跳ね上がるものだ。期待していてくれ。」
俺は宏美と田所君に笑いかけると再度走り出した。
「さぁ田所君!モタモタしてらんないぞ!君の決心を固めるのに時間をかけすぎたからな!!」
「は、はい!!」
さて、やっと土俵に田所君が立ったと言ったところか。こっからが勝負なんだよな。
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