心ここにあらねば惚れているのである
ああ、くそ。こう、良い感じにみんな窓側の方向かないかなぁ………ああ、惜しい!あと16人だったのに!
俺は教室のドアに張り付いて教室の中を見ていた。
昼休みだからだろうか、教室がざわついている。
「あれ見た?」「………あれ?」「あれだよあれ」「………ああ、あれね。」
うむ、やはり教室で交わされている会話を聞く限り、日常的な会話だ。やっぱり昼休みはこういう他愛ない会話で盛り上がるよなー
「あのーどうしたん?」
俺が教室を覗いていると、後ろから声をかけられる。
ひゃあ!!心臓飛び出すかと思ったぁぁあ!!
俺は後ろを振り返ると、このクラスの生徒だろうか?よく分からないけれど、迷子の子供を諭す大人のような顔をした女性が声をかけてきてくれた。
「あ、あ、ああ…………」
俺は、なんて言ったらいいのか、どう言葉を発したらいいのか分からずに口をパクパクしていた
「な、何その魔王を目の前にした村人Aみたいな表情…………」
そして、そんな俺を前にして一体全体何をしたらいいのか、てかそもそもこんな高校生がいるのかよ。みたいな表情で困惑する女子生徒。
「どうしたどうした?」「なに、なんかやらかした?」
そして、この、俺達のあわあわしたやり取りを、廊下の人達が気づき、声をかけてくる。どんどんどんどんと人数が増えていく。
ああ、やばい。逃げ場がない………ど、どうすればいいんだ!怒った宏美を目の前にしたような気分だ!しようがねぇ!今の俺はまさしく食べられことをただ待つのみの無力な軽鴨。いつ首をかっさばかれるのだろうか。いつ太股から切り飛ばされるのか。いつ美味しいチキンにされてしまうのだろうか。おっと?そう言えば俺はそもそも元から弱虫じゃないか。変わるも何も変わりようがねぇよ!!あっはっはっはっはっ!!
「遅いから来てみたら………狩虎、案の定だな」
俺が大勢の前であばあばしていると、人達の波を押し分けながら宏美が来た。若干呆れ顔だ。
「ひ、宏美さんだ………」「副生徒会長や………」「いや、もう生徒会長でいいんじゃないだろうか」「ぶっちゃけ生徒会長って誰だよ」「あいつだよあいつ、ほら、ナヨナヨしたやつ」「ナヨナヨ………?ダメだ、顔が全然思い出せねぇわ」
………と、まぁ、このようにね、宏美を慕う声が多く聞こえてくる。もちろん生徒会長とやらを罵倒する声も多く聞こえてくる。まったく、生徒会長とは一体誰のことなのだろうか。散々な貶されようだ。そいつはきっと情けなくて情けなくて、そしてチキンなのだろう。おっと?そう言えば確か俺はチキンだったな。そうだったそうだった忘れてたぜ。そうです、私なんです。生徒会長は俺なんですよ!いやーー笑っちまうぜ!!こんな情けない野郎が生徒会長とか笑っちまうよな!!あっはっはっはっ!!
「宏美さん!何か用ですか!?」
そして、周りの人達が宏美の役に立とうと自分から率先して用を聞いていく。
なんたる人望。本当、もう、宏美が生徒会長でいいんじゃない?
「ん?……ああ、ちょっと人から話を聞こうと思ったんだ。このクラスに田所幸雄っているよね。」
「はい!そりゃこのクラスにいますよ!もう、そこかしこに!今から連れて来ましょうか?1人と言わずに5人でも10人でも!」
…………何を言っているんだお前。人数が増えれば評価が上がるってわけじゃないんだぞ
「そんなことしてくれるの?それは助かるなー」
宏美が発言者に笑いかける。
それを見た発言者は、それを見ると顔を満面の笑みで満たして、そして、教室の中に駆けていった。それに続いて大量の生徒達が教室に流れ込む
「………狩虎、わたしは切実にその性格を直すべきだと思うんだ。」
人がいないのを見計らって、宏美が俺に話しかける
「それさえなければ狩虎は……」
「宏美さん!連れて来ました!!こいつが田所幸雄です!!」
宏美の言葉を遮って、大量の生徒達が教室から出てくる。
その中心に困惑した顔の男が立っていた。
確かに、困惑するよな。これじゃまるで何かの重要事件の容疑者だ。扱いが酷いなんてもんじゃない
「よし、それじゃ田所君。君が所属していた部活動について聞きたいことがあるんだ。ちょっと、生徒会室まで来てくれない?」
宏美の言葉に、渋々頷く田所君。
宏美は一応許可というか、この行動が任意であることを確認させたが、正直この状況は強制という言葉が正しい。周りを取り囲む者は全て宏美を慕う者達であり、目の前には絶対的な権力と人望を持った宏美がいるのだ。この状況で断るなんて不可能だ。よく見知った俺でも多分断らないと思う。
このように宏美の権力は絶対だ。正直この学校の生徒の中で1番力を持っているといっても良い。全然言い過ぎじゃない。むしろ全然まだまだ言って良いぐらいだ。この学校の教師も含めた。と付け加えても良いかもしれない。
「………あ、あの、副生徒会長。部活動の事について何か聞きたいとか言ってましたけど、僕、その、なんかヤバいことでもしちゃいましたか?僕、部活なんてもうやってないので心当たりがなくて………」
生徒会室にたどり着き、部屋の中で俺達は向かい合い、田所君と話を開始する。
「宏美でいいよ宏美で。会話ってさ、やっぱり対等な状況じゃないと上手くできないもんだろ?だからさ、私も君のことを幸雄と呼ばしてもらいたいんだけど。」
わぁおガツガツいくなー。さすが宏美だ。社交レベルが(俺の社交レベル+100)×100ぐらいだ。半端じゃないぜ。
「い、い、いやいや!とんでもない!副生徒会長を呼び捨てなんて出来るわけがないじゃないですか!畏れ多くて!」
畏れ多くて?恐れ多くての間違いだろ。呼び捨てなんてしたらクラスから袋叩きだ。そんなの火を見るよりも明らかだ。
「そう?それじゃあ自由に呼んで。私は幸雄って呼ばしてもらうけどな」
俺は2人の会話を無言で聞き続けていた。
「そんで幸雄。君は何も悪いことはしてないんだ。本当に部活のことなんだ。本当に部活のことを聞きたいんだ」
宏美はしっかりと幸雄の目を見ながら話す
「幸雄。単刀直入で悪いんだが、調理愛好会に再加入してくれない?」
俺達が田所君を生徒会室に呼んだのは他でもない。部活に再加入してもらうためだ。
部活を立て直す、なんて言っても、それはとても難しいことだ。いままで木原さんがマカロンやらと人の気を引きそうな物を作って販売しても人が集まらなかったぐらいだからな。人を簡単に集められるのであったら、部活の方々が人集めに頭を悩ますことなどないのだ。………が、俺達はそれをやり遂げなければいけない。やると言ってしまったのだ。公約してしまったのだ。
それじゃあどうするか?……簡単だ。辞めた部員をもう一度引き込めばいい。一度部活に入ったってことはその部活に対して興味を持ち合わせているというわけだ。けれど、辞めた。それはつまりその部活の活動方針もしくは体制になんらかの不備、至らない点、不満を抱くような点があるということになる。でもね、その辞めた人はその部活に対して興味があるわけだから、その[汚点]さえ直してしまえば辞めた人間が再加入するのはまぁまず間違いないことだ。
料理に興味があって、しかも新しいメンバーを全校生徒から探し出して説得して見繕う。しかも4人も!そんなの大変だ。労力と結果が釣り合わない。バカバカしいったらありゃしない。使いすぎて少しめり込んだコンセントを探す並みにバカバカしいことだ。
「…………」
田所君は下を向いて言葉を詰まらせた。
………まぁ、そうなるわな。辞めてたった1ヶ月で再加入しろと言われるんだもんな。そうなるに違いない。予想通りの反応だ。
「幸雄。君が1ヶ月前に調理愛好会を退部しているのは十分承知している。君が調理愛好会に何かしらの嫌悪感やら不快感やらを感じていたってことも十分に感じ取れる。辞めたぐらいなのだからとてつもないことだろう。そんなことはわかっているんだ。私は鈍感じゃないからな。それでも幸雄には調理愛好会に再か………」
「あ、あ、あああ!!ちょ、ちょっと待って下さい!いきなりなんか色々と言われちゃってよく分からないんですけれど…………」
宏美の次々と送られる言葉に困惑する田所君。
「………幸雄。そうだよな。ちょっと混乱しちゃうよな。それじゃあじっくりと、ゆっくりと説明するからな」
そして、宏美は約5分程かけて今日に至るまでの事を簡単な言葉でまとめあげ時系列ごとに説明した。なぜ俺達が調理愛好会の為に動いているのか。それをとにかくじっくりと説明していた。
「昨日私も彼女の料理を食べたんだけれど………凄く美味しかった。私は料理なんて全然できないから深い事は言えないけれど、素人でもよく分かる。明美ちゃんの料理に対する情熱と知識と技術がどれだけ熱く、厚いのかを。」
…宏美………やっぱり料理ができないんだな。そりゃそうだよな。お前、なんでも出来るくせに家庭科だけ4だったもんな。しかもその評定も他の評定が良いからそれによって持ち上げられた好成績者の特権ってやつで得たものだからな。本当の評定は2か3ぐらいだ。お世辞にも得意とは言えないものだった。
「参考にしようだなんて思って見に行って、自分の軽率さを恥じたね。私なんかじゃ参考にできないレベルだ。明美ちゃんのレベルは私みたいなど素人じゃ理解が及ばないものだからね。」
なるほどね。勉強のためについてきたのか。さすが宏美だぜ。
「どんな天才も、条件が整わなかったら誰からも評価されずに腐ってしまう。勿体無いんだ。せっかくの逸材が認められないなんてさ、悲しすぎるだろ?」
宏美がチラリと俺の方を見た。
………なんだ?俺らの周りにそんな、認められていない天才がいるって言うのか?………うーむ、心当たりがないな。全員ちゃんと認められてるもんなぁ。………俺とかあったりして………ないな。絶対にないな。勉強ができるだけだもんな。勉強なんて才能とかじゃねーよ。どれだけ早く始めたのか、ただそれだけだろ。
「だから、部活に再加入して欲しいんだ。幸雄の意思をまるで無視しているようでこちらとしては本当は心苦しいんだ。けれど、私はあの部活を残してやりたい。もし部活になんらかの不満があるのなら言ってくれ。私達が全力で調理愛好会の不備をなくすように努力するからさ」
宏美が机に両手をつけて頭を下げる。
………宏美が頭を下げているシーンって全然見たことがないな。頭を下げさせているシーンとかならよく見るんだが………てか俺が頭を下げているシーンとしか遭遇したことがない。
「あ、あの、顔を上げてくださいよ。僕なんかのために頭を下げるなんてことしないでください。」
それを見てギコチナイながらも宏美に顔を上げさせようとする田所君。
俺よりは幾分かマシであるが、男らしさを全く感じられないな。
「別に僕は、その、調理愛好会に対してう、うんざりしたから辞めたとか、調理愛好会がキツすぎて辞めたくなったから辞めたとかはな、ないんです。むしろた、た、楽しかったぐらいです。木原さんは僕みたいな初心者に丁寧に教えてくれて、技術が上達していくのが実感できたんですから」
「………それじゃあ一体なんで辞めたんだ?聞く限りやめる要素ないだろ」
宏美が首をかしげる。俺も首をかしげる。
「い、いや、その。辞めたくて辞めたんじゃなくて………えーっと、その、木原さんも本当に良くしてくれましたし、僕には勿体無いぐらいの部活ですし………」
言葉が堂々巡りに陥った田所君。辞めた人間らしからぬほど、元いた部活を褒めまくっている。しかもその褒める対象は必ず木原さんだ。[木原さんの技術は凄くて][木原さんは僕みたいな奴にも優しくしてくれて][木原さんのおかげで頑張ってこれたようなもので]。こんな言葉をずっと喋り続ける田所君。
「……………ははぁん?田所君。君、もしかしてあれだろ。」
俺は今日、初めて、まともな言葉を発した。
「木原さんのおかげで心の傍から葱が離れられなくなっちまったんじゃないの?」
が、少し、俺からすれば実にマトモではない言葉ではあったが。だってそうだろ?こんな俺が、
「………?どう言うことですか?」
俺の言葉に困惑する田所君。
………せっかくぼかして言って上げたんだけどなぁ…………まぁ、宏美は勘付いてしまっているのだろう。ニヤニヤと笑ってしまっている
「………心を現すのはりっしんべんだ。小さいったらありゃしないよな。目に見えないほど小さいなんて面白い話だ。……それで、葱は葱だ。漢字を思い描いてくれ。……思い描いたか?その2つの漢字をくっつけてみてほしい。そして出来た漢字が俺が言いたいことだ。まぁ、一角や草冠が多いけれどそこは愛嬌ってことでさ」
俺の言葉の途中で合点がいったのだろう。みるみる顔が真っ赤になっていく田所君。
………ビンゴだな。
「君さ、木原さんに惚れてるんだろ?」
恋バナをするなんて実に俺らしくない。気持ち悪い。恋バナをする自分なんて気色悪い状況を想像しただけで吐きそうだ。俺だぜ?俺みたいな人間が、趣深い恋バナをしてるんだぜ?似合わないったらありゃしない。冴えない間男が趣味で裁縫を嗜んでいるくらい似合わない。
が、表情を見る限り当たりのようだ。………くっくっくっ。ようやく、田所君を部活に再加入させる道筋が見えてきたな。
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