腹……減ったなぁ
タタタタタンン!!
まな板の上で玉ねぎと包丁が踊る。細切れにされた玉ねぎが、ほどばしる輝きのようにステージを彩る。包丁と玉ねぎが2人で情熱的なタンゴを踊っているかのようだ。高速で繰り広げられる緻密で、それでいて腕や脚を大きく振り上げられるダンス。
グツグツグツグツ
そして、その間にガスコンロの上でお味噌汁が激しく沸く。まな板の上で繰り広げられる華麗なダンスに鍋から熱狂的な歓声が送られる。湧いて沸いて沸きまくる。あまりにボルテージが上がりすぎて鍋から飛び出てしまうやつがいるぐらいだ。
だが、この歓声はすぐに鎮火する。それもそのはずだ。次のダンスに熱い声援などいらない。震えるような、燃えたぎるような歓声などいらない。ねっとりとまとわりつくような優雅さと気品ただそれだけが必要なのだ。
グッグッグッ
豚のひき肉と細かく刻まれた玉ねぎが、今度は社交ダンスを始めた。ボウルの中でグニグニと混ざり合い、回り続ける。密着しあい、たまに名残惜しいように離れ………そうになるが手は結んだままだ。また引き寄せあい互いに接しあい、そして回り続ける。ああ、2人のゆったりとした余裕ある足取りが思い浮かぶようだ。赤と白のドレスが、細々とボウルの中で回り、踊り続ける。なんと美しい舞であろうか。最初の、激しい躍動的な踊りは見たものの心をざわめかせ、心を躍らせた。けれど、今のこの舞はその逆だ。心が落ち着いていくのが感じる。いや、落ち着いているのではない。感じる前に、その美しい光景が俺の目に奪われてしまって、頭にまだ到達しないのだ。目がその光景を独占したがるのも頷ける。
ジュウウウウ
そして、丸く形を整えられた玉ねぎと豚のひき肉がフライパンの上で燃えるように互いに深く深く結ばれあう。パチパチ、パチパチ、と汁が溢れ出し、それがまた彼らの熱に拍車をかける。なんという熱気だ、目も当てていられないほどだ。身を焦がすような真っ赤な情熱が、彼らの愛をより強固にしていく。
クルッ
なんと!ひっくり返した!今度は別の体位でことをな………
ベチン!!
俺が木原さんの調理を真剣に見ていると、横から思いっきり頭を叩かれた。
「………狩虎ってさ、擬人化好きだよな。よくもまぁそんな風に私達が食べるものを見ることができるな。驚きでしかない。」
俺はちらりと視線を向けると、俺を冷めた目で見下している宏美がいた。
「…………褒めないでくれ給えよ宏美。」
「褒めてねーし」
…………ですよねーー
俺は体を起こし、改めて木原さんの方を見た。
うむ、もうそろそろ終わるな。あとは余熱でほんのちょっとだけ蒸してその間に野菜を切って皿に盛り付けるだけだもんな。
「しかし凄いよな。俺は料理なんて10品だけ作れるような初心者だから深いところまでは分からないけれど、木原さんの調理技術が凄いってところは分かる。あ、でも、専門用語とかは分からないな。………ジェラートみたいは切り方なかったっけ?」
「…………ジェリエンヌですか?」
イリナから答えが出た。
………やっぱ料理に精通してるんだな。ジェリエンヌってなんだよ。人命かよ。
「確かにしていますねジェリエンヌ。」
「していますけれど、わざわざジェリエンヌなんてまどろっこしい呼び方をする必要ないじゃないですか。千切りでいいじゃないですか千切りで」
そして、すかさず追加情報を言ってくる姫崎さん。へーー千切りって意味なのか。驚きだわ。
「千切り………ってことはあのキャベツの切り方がジェリエンヌってことだよな?」
木原さんがまな板の上でキャベツを高速で千切りにしている。速い!
「キャベツをジェリエンヌ………うーむ、料理は深いな」
「はーーいお待たせー!ハンバーグを作っちゃったよ!」
ドン!ドン!ドン!ドン!と俺達の目の前にハンバーグとお味噌汁と野菜が置かれた。
………ここまで来ると米が欲しいな。
「お米は炊いてなかったんだ。ごめんねー」
「ああ、いいですよいいですよ。俺達も事前にお知らせしておけばよかったんです。こんな、抜き打ちなんてしないで」
俺は箸を取り料理に向き合う。
確かに調理に関しては上手かった。プロの技術を見たことがないから根拠はないが、プロ並みだったんじゃないか?切る速度もアホみたいに速かったし、調理を同時にこなすその集中力にも驚きだ。さらに料理をしながら片付けをしているってところも凄い。調理に関しては申し分がない。何も俺達は口答えができない。
…………だが、調理がなんだというのだ。確かに調理は大切だ。その美しさで人を魅了することができる。でも、やはり1番大切なのは作った料理がどれだけ美味いかってことだ。
生徒会室でも言ったが、実績を残せない所ってのは大抵実力が足りていない。結果を残すことができていないのだ。調理姿は美しかったが入賞していない。それ即ち料理が不味いってことだ。無冠の帝王なんてよく分からない称号が確かにあるが………俺から言わせればそんなものクソの価値もない。あってないようなものだ。いや、価値はあるか。相手の同情をひき[可哀想だね]って慰めをかけてもらい傷を舐め合うにはうってつけだ。
俺は箸を使いハンバーグを切った。
所詮は無称号の人間の料理。どうせ愛好会レベル。たかが趣味の領域だ。そんなもので俺の心を動かすなどと………!?
俺は切った部分を見て固まった。
肉汁が溢れてきたのだ。まるでアマゾン川のようだ。ジュワーーっと中の方から止めどなく溢れ出す。一体どれだけの水量を持ってやがるんだ……………
「コンソメですよコンソメ。コンソメをハンバーグの中に入れたんです。そしたら肉汁みたいな旨味成分が大量に生み出されるんですよ。………よく知られていることですが」
ふ、ふん。なんだ。なるほどね。ようは小手先のテクニックってわけね。まぁそうだろう。プロみたいに火加減やタイミング、焼きの実力で肉汁を生かして焼き続けるなんてことは高校生ができるわけがない。それにここは学校の厨房だ。火力なんて一般家庭レベルだし、お肉だって高いのを使っているわけがないのさ。
ふっ、驚かしやがって。所詮はつまらない虚仮威しよ。そんなんでこの俺を唸らせることなど………
俺は、木原さんがもってきたソースを切ったハンバーグにつける。赤みを帯びた黒色のソース。それに、少し弾力というのか粘性がある。水分少なめって感じだ。デミグラスソースよりも濃い………のだろう。
俺は、ハンバーグのカケラを箸でつまんで、そして、口の中に……
パクっ
入れた。
「こ、これは…………!!」
外はしっかり目に焼かれているというのに中が柔らかい!でもレアって訳ではないのだ。一応は火が通っている!あの、生肉を食っているような舌触りと味はない!てか柔らかすぎるだろ!歯なんていらないじゃないか!唇だけでいいだろ!
それにこのソース!見た目以上に濃厚だ!甘みが強いのだ。それでいてほんの少し奥から酸っぱさを感じる………うーーむ。不思議だ。
俺はまた箸を伸ばしてハンバーグを摘み口に放り込む。
「ふふふ………実は、壁山先生に頼んでここの調理器具の火力を上げておいてもらったの。」
木原さんは、コンロを雑巾拭きしながら自慢げな顔をして言った。なぜだろう、あの顔を見ると壁山先生の[どうよ俺、凄くない?]って感じのドヤ顔を思い出してしまう。
………あんのバカ教師なんてことやってんだよ!生徒会の顧問のあんたがそんな、学校の備品を改造するようなまねはすんなよ!点検の時にバレて生徒会に非難の矛先向いて怒られるだろうが!
「壁山先生のお陰で色々な料理に挑戦できるようになったんだ。あの人には頭が上がらないよ」
………まぁ、あの人のお陰で感謝している人もいるんだ。否定ばかりはしていられないな。
「ささ、お味噌汁ものんでよ。熱々が何よりも美味しいんだからさ」
笑いながら俺にお味噌汁を促す木原さん。
…………確かにハンバーグは美味しかった。ああ、認めよう。超美味かった。サランラップで包んで家に持って帰って食べたいぐらいだ。
「サランラップあるけどどうする?」
……………とかまぁ、言ってるけどね、実際そんなことを俺がするわけがない。非常識だ。なぜ俺がハンバーグを手に持ちながら外を歩かなければいけないのだ。常識的に考えてそんなことあり得るはずが
「何カッコつけながらサランラップでハンバーグを包んでるんだよ。もっと堂々とやれ。………ああ、ほら。ちょっと長さ足りてないじゃないか」
…………これはあれだ。光輝達に食べさせて上げたいなと思っただけで、何も俺が食べたいからじゃないんだ。仕方なくなんだ。仕方なく彼らに……ってか簡単に俺の心を読んでくるんじゃねぇ!
俺は包みを終わった皿をテーブルの端に寄せ、お味噌汁が入ったお椀を手元に引き寄せた。
確かにハンバーグは美味しかった。けれどな、それは俺の専門外だ。
俺の専門は味噌汁!
誰よりも味噌汁を愛し、常に味噌汁の頂点を探求している。一回の食事で3回はお味噌汁をおかわりしてしまうほど味噌汁が大好きだ!
俺はまず、手で仰ぎ味噌汁の匂いを嗅いだ。
………赤だしか。まぁ、妥当だな。一般的だ。味噌汁といったら普通は赤味噌の赤だしだもんな。
次に俺は箸で味噌汁をほんの少しだけかき混ぜる。
よく溶けている。ダマになっていない。まぁ、当たり前か。そして具材は豆腐………ふむ、勝ちにいってるな。ここでジャガイモとかだったら飲む前から失格だったな。
俺は味噌汁のお椀を持ち上げ、口に近づける。
ズズズズズ………
そして俺は、一口だけ啜った。
………赤だしにしては甘いな。それにしょっぱさも足りない。まるで白味噌だ。それに、味噌だけじゃないな?何か別のものが入っている。鼻に広がるこの芳醇で、ほんの少しだけ感じるクリーミーな香りは………
「……………そういうことか。」
俺はお椀を机の上に置いた。
「今回使ったのは赤味噌じゃない。白味噌ってことか。味がマイルドだからな。それにカツオと昆布、もしかしたらハマグリで出汁を取っているな。白味噌なのに香りが赤味噌によっていたからな。そして、隠し技、ちょこっとの裏技として一切れのバターを入れている。………違いますか?」
この味の重なりは赤味噌の赤だし[だけ]じゃどうしても成り立たない。ただ、赤出汁にバターやハマグリなんて入れたらただですらしょっぱいのにさらにしょっぱくなって飲めたものじゃない。それを克服するための白味噌。白味噌は塩分濃度が赤味噌よりも小さい。バターやら海鮮出汁をいれても赤味噌程度の塩分濃度で済むし、甘みも加わる。
「………はぁ、凄いな生徒会長。全校生徒の前じゃかみかみなのにお味噌汁に関しては堂々としてる………生徒会長っていっつもこんな感じなの?」
木原さんが食事中の宏美やイリナ達に話しかける
「そうだな。いつもこんな感じで変だぞ」
「どうでも良いところで変って感じです」
「いやーー流石は飯田さん!惚れちゃいますよ!ヒューー!!」
「へーー………まぁ、そうだよ。正解だよ。バターを3グラムほど入れたんだ。いやーー男にバレるなんて初めてだ!女々しいなー生徒会長は!」
わははーっと笑う木原さん。人に料理を提供できたことが嬉しいのか、本当に快い笑顔だ。
「……うん!いやーー流石は調理愛好会って感じだな!すっごく美味しかった!私じゃ後10年ぐらい練習しないと辿り着けない境地だわ!」
宏美は食べ終えた料理の食器を流しに持っていく。
「そうですね。私もこんなに美味しいものを即興で出すのは無理だと思います。木原さんの技術の高さに脱帽です」
イリナも食べ終えた料理の食器を流しに持っていく
「美味しかったですけど、私も同じぐらい美味しいのを作れます。………どうですか飯田さん。私の手料理食べてみたくありません?」
姫崎さんもお皿を流しに置いた。そして、そこにある食器を全部洗い始めた。
手早い動き………慣れているな!1枚、2枚とあっという間に皿の全てが洗い終わってしまった!
「そうですね。確かに興味があります。その食器洗いの手さばきも素晴らしかったですからね。将来良いお嫁さんになれますよ。上から目線でこんなことを言って失礼かもしれませんが……」
「キャーー!!!別に良いですよそんなことー!!私を良い妻のように見てくれてるだなんて………脈あり!脈ありですねこれは!」
姫崎さんはニヤニヤと笑いながら顔を俺に背けた。
「…………で、どうなの?生徒会長さん。他のみんなさんは良い評価をくれてるんだけど、あなたは私にどんな判断を下すの?」
木原さんは、姫崎さんの奇行を尻目に、俺に問いかける。
「調理愛好会は………どうなるの?」
木原さんの真剣な眼差し。下手なことを言ったら殺されそうなほどの視線。この部活にかけているんだな…………
「…………部活動を存続させることは生徒会からすればひどく面倒なことで、出来ることならば拒否したい。どんなに美味しくても、どんなに上手でも、消したいと思うんですよ。イチャモンでもなんでもつけてね。人間なんてめんどくさがり屋ですからね。俺なんて特にそうだ。」
俺は笑いながら、ラップで包まれたお皿を持った。
「けれど、たまーに、めんどくさいけれど手伝いたいって思う時があるんですよ。面白いですよねーー。面倒くさいだけなのに、その人の夢を手助けしたいって思ってしまう時があるんです」
「…………つまり?」
「つまり?これまでの話の流れでわかるじゃないですか。」
木原さんの目の色が変わった
「………私達生徒会はこの調理愛好会をサポートする事にしました。よかったですね。」
ホッ………どこからともなく、大きなため息が聞こえた
重要関連作品
カイが死んだあの事件とそれ以降をイリナの視点で追っていた作品。全4話約94000文字→https://ncode.syosetu.com/n6173dd/
カイが死んだあの事件とそれ以降を狩虎視点で追っていった作品。全15話約60000文字→https://ncode.syosetu.com/n1982dm/
小さな村で起こる不思議な事件。それを機にグレンと亜花が出会い、そこから始まった彼らのゆったりとした物語を書きました→https://ncode.syosetu.com/n4920ek/




