スマートフォンはゲーム機ではありません
「……………遅い」
宏美とのいつもの待ち合わせ場所で立ち尽くすこと10分。宏美が現れる気配が何もない。
今日はテスト3日目。昨日はぶっ倒れた後にお城に運ばれたようで起きた時に天井にシャンデリアがあったのはすこぶる驚いた。
しかも、さらに驚くべき事にお城の布団で寝れば怪我が一瞬で治るという事も判明した。だがしかしどうやらお城のベットは無料ではなく、使用量1874角(税抜き)請求された。まぁ俺はそんなお金は持っていなかったので出世払いということでなんとかツケておいてもらったが…………どうしよう、あの世界にバイトとかってあるのかな?
まぁとにかくお城で起きて今日また会う約束をして家に帰って勉強して寝て起きて今に至る
さてまぁ、そんなことは置いといて。おかしい……………今まで寝坊したらすぐに電話をかけてきたのに…………こいつは家で何かあったか、それともまだ起きてないとか?テスト勉強のために徹夜したら起きれなかったとか…………………すっげーありそう。
こいつはインターフォンを押して宏美の安否を確かめなくちゃいけないな
門をくぐり(と言っても頑張って手を門の上から伸ばせば直ぐに鍵が開いてしまうような、立派なものではないけれど)扉の前に立ちインターフォンを鳴らす
ピンポーン……………
軽快な音が鳴り響く
ガチャリ
そしてすぐに扉は開かれた
あら?宏美のやつ、もしかしたら今まさに出るタイミングだったのかな?
「ごめんなさいごめんなさい、準備に少し時間がかかってしまいまして……………それじゃあ学校に行きましょうか」
だが扉から出てきたのは宏美ではなく、宏美に似た誰かだった
「…………………ああ、双子のお姉さんですか。そのような存在がいるとは聞いていなかったもので少し驚いてしまいました」
はっはっはっ
一応作り笑いをしておく。初対面ではファーストインプレッションが大切だ。
てか双子の姉がいるなんて聞いてないぞ?今までどこにいたんだ?こんなに家に遊びに来てたのに全く見かけたことがない
「それで、宏美はまだですか?もうそろそろ行かないと走る羽目になるのですが」
いつも早めに家を出ているから時間に余裕があるとはいえさすがに10分待つと余裕もなくなる。このままあいつが出てこないようでは俺一人で走っていかなくてはいけなくなってしまう
扉から玄関の方を覗き込んでみるが宏美が来る気配はない。
これは俺一人で行くパターンか……………
「何を言ってるんですか、宏美は私ですよ?あなたが思い描いている宏美と全く同じ、照合率100%の正真正銘の相内宏美です」
くるっとその場で一回転する宏美
あぁ、そうか。こいつ勉強のしすぎでノイローゼになったんだな?可哀想に……………お悔やみ申し上げます
「…………………そうかそうか、テスト勉強のしすぎで気が病んでしまったんだな……………なるほど、ちょっと今日は休んだほうがいいぞ」
これ以上宏美の脳が痛んだらこれ以上の壊れっぷりを見なきゃいけないわけだろ?冗談じゃない!今ですら俺は十二分に見るのが辛いってのにこれ以上のものを見せられたら今度はこっちが発狂して狂ってしまう。
俺の頭もお花畑になってしまう
「何言ってるんですか、今日はテストですよ!ズル休みなんてしたら私の学歴に傷がついてしまいます!」
足を大股に開き、腕を腰に添えてポーズをとる。なんていうのかな?私怒ってますよプンプン!みたいな感じ
「いや、お前が何を言ってるんだよ。これがずる休みだという神経が信じられない。これのどこがズルなんだ?受験ノイローゼになって性格が変わるぐらいなら少し休んだほうがいいんだよ」
息抜きは大事だ。勉強のしすぎで脳がとろけてしまうぐらいならある程度冷却期間を与えて固めるべきなのだ。
そう、勉強と脳は大切なパートナー。使いすぎると脳は使い物にならなくなり閃くものも閃かない。
だけど、脳はゼリーとも同じだ。冷却しすぎたら硬くなってしまってすぐに知識を出すことができない。
要は適度に休息を取ろうぜって話さ……………まぁ、俺たち若い衆は少し寝れば大抵はOKなんだけど
「私のどこがノイローゼなんでしょうか?ほら、顔の色も良いですし目だってちゃんと貴方のことを見れてますよ」
そう言うとこちらをじーっと見てくる宏美。
大きなぱっちりお目々が俺をずっと見続ける…………ひぃ!?な、なんでだ!?なんでこんなにも恐怖を感じるんだ!?
「あれ?こんな所にご飯粒が…………」
ズズズズズ………………宏美の魔手が俺の顔元まで伸びてくる。どうやら俺の口元にご飯粒がついているようだ
そんな馬鹿な!?俺は外をご飯粒をつけながら歩いてきたっていうのか!?
あっ、そういえば確かに通り過ぎる人たちが笑ってたもんなぁ………………てっきり俺の顔が面白いと馬鹿にされてると思ってたが違ったのか
いや違う!ここで宏美にご飯粒を取られてパクッと食べられるような美味しい展開になってしまうのは嬉しい!
間違えた!そういうことじゃない!こんな長時間も外に放置されていたような物を頭が狂っているやつに食わせるのは危なすぎる!そもそも不衛生だ!
「馬鹿野郎!これはご飯粒じゃねぇ!!」
グニン!
体をひねり、無理矢理に宏美の魔手からかわす!
ほあっ!腰がいったいなー!無理矢理曲げすぎた!腰と胴体の角度が90°ぐらいでかつ、腰に平行で腰を通り、体と垂直な平面上をまるで円を描くように体を捻じ曲げたせいだ
「これはあれだ!ご飯粒じゃなくてだな……………アリの卵なんだ!さっきお前を待ってる時にあまりにも暇すぎて蟻塚に顔からダイビングしてしまったんだよ!!」
アリクイもびっくり!アリに正面から堂々と勝負を挑む人間がここにはいるんだぜ?舌?はっ、遠距離からネチネチ攻撃するなど男がすることではない。男なら太刀か大剣かハンマーだろ!
そもそもヘビィーボウガンとかライトボウガンでソロでクエスト行くとか辛すぎるんだよ!リロードしてる間に攻撃されてthe end!どうしても倒せなくて結果太刀に移行して続けるというオチ……………儚いかな、これが自然のスパイラル。俺たち子供にはどうすることも出来ない絶対的法則なのさ
「日本に蟻塚なんてありますかね?」
辺りをキョロキョロと見渡す宏美。
今がチャンス!ご飯粒をつまみアリの巣付近にこっそりと投げる
「ああ、間違えた。蟻塚じゃなくて有島武郎だった」
「有島武郎ってもう死んでるじゃないですか!どうやって突撃したんですか!?」
宏美が目を見開きながら驚く
……………だめだ、気持ち悪い。字面だけ見るとまるでイリナそっくりだ。
「いや、空中にフワーッと漂っていたから全速力で走って突撃したら当たっちゃってさ!消えちゃったんだよね!あっはっはっ!」
頭をかき、空を見ながら笑う
いやー本当、飯田ちゃんったらお茶目なんだからぁ〜。幽霊に突撃とかやめてよね!もぉ〜う…………………はぁ、気持ち悪い。
「そ、そうなんですか……………あれ?それじゃあさっきの白いのはアリの卵じゃないんですか?」
「あれは有島武郎に突撃して消え去る時に出現したものでさ……………もしかしたら有島武郎の成分を凝縮したもの。言わば有島武郎の卵。有卵武郎だったのかもしれないな」
あっ、くそ!それなら捨てずに取っておくべきだったな!……………いやいや、よく考えると俺が今言ってるのって出鱈目だから別に捨てていいのか。てか捨てたほうがいいのか。そんなもの持ってたってクソの役も立たない
「そ、それは大変でしたね」
口元を手で覆い隠しながらこちらを労わるように見つめてくる
……………やめてくれ。お願いだ、いつものように適当に笑い飛ばしながら俺をぶん殴ってくれ。頼むから………………
「突っ込めよ!俺を労わないで全力で突っ込めよ!いつものように後ろ回し蹴りを俺の顔面に叩き込んでくれよ!」
「そんなこと私にはできません!」
両腕を前に構えて顔をこちらに突き出す
「出来ないじゃねぇ!やるんだよ!」
何ぶりっ子してやがんだよ!宏美らしくない!乙女なんて似合わねぇ!お前は乙女じゃなくて全てを力でねじ伏せるような漢の方がお似合いなんだよ!元に戻ってくれ頼むから!!
「さぁ俺をブン殴れ!俺の胸が張りさけるほどの威力でブン殴れ!頼むからお願い!お願いします!どうかわたくしめの肉体を痛めつけてください!」
宏美の肩をガッと掴みワッと捲したてる
「え、えーっと、そんなことしたら死んでしまいますよ?」
「いいんだ!死んでも構わない!お前が元に戻るのならば俺の命など捨ててやる!俺の魂は9個あるからな!」
「それは猫の話ですよ………………」
「いいんだよ!俺は猫みたいなもんだ!ペットだペット、俺を好き放題に弄り倒してくれ給え!どんなにされても俺は何も言わん!」
飼い主のためなら命を賭して助ける忠犬のように、俺はお前のためならいくらでも体を張ってやろう。
だってこの口調の宏美ってすっごく気持ち悪いんだもん。
あれだ、眼鏡かけてる幼馴染が急に髪の毛染めた時の心境に似ている。あれ?君ってそんな男の子だったっけ?て思いながらも一応相手を気遣って何も言わずに気まずい雰囲気になるやつ。
イメチェンするのなら一言報告してくれないとこちらとしても反応に困る。そして何よりサポート出来ないじゃないか、友達としてとっさにフォローが出来るほど俺はよくできていない。
てかね、馬鹿にしないから。イメチェンしたいと相談されても俺は馬鹿にしないから。もっと幼馴染を信じて欲しい。全面的に肯定するよ?イエスマンかの如く全力で肯定してやるよ?
「どちらかといえば私はペットを甘やかすタイプなんですけど…………………」
「そんなんダメに決まってるだろうが!お前は動物を何だと思っているんだ!?高級で美味しい餌を与え続けブクブクと太らせるような優しさはな、優しさって言わないのよ!?」
ブクブクに太った猫を見ても俺は全然心を和まずことができない。かわいそうだと思ってしまうのだ
「わかるか?犬に服を着せるのもあれイジメだからな?着てるときどんだけ脱ぎたがっているか………………また靴も然りだ。嫌がってるだろうが!犬が脱ぎたいって必死に訴えかけてるだろうが!しまいには最近、なんだっけ、ベビーカーに犬を乗せて散歩?それは犬の散歩とは言わねーんだよ!犬的に言えばドライブだよ!原付で倒れるか倒れないかわからないような速度でドライブしてるのと同じなんだよ!」
犬の散歩に行ってくるって言って家を出て行くのに、それ…………お前が散歩してるだけじゃないか!言葉が違うんだよ言葉が、犬のドライブがてら散歩してくるわ。なんだよ!
「人間のエゴイズムのせいで動物達の健康と自己決定権が失われつつある!甘やかすということはつまり甘い男にするという事だ!甘やかすという事はつまり砂糖をドバドバと注入し健康と体に悪害をもたらすということだ!動けばまだ改善されるだろうがベビーカーに乗せることにより動物達の肥満化は加速されている!本当にいいのだろうか!?現代社会におけるこの人、ペット、動物、森羅万象に対する接し方は改善されるべきなのではないだろうか!?」
そうだそうだ!
俺の頭の中でリトル飯田達が賛成の声を張り上げる
「もっと厳しく接するべきなのではないだろうか!甘やかしてドロドロどぐされ野郎にするのではなくてガチガチのハード律儀男に育てるべきなのだ!厳しく、激しく、まるでなぶるかのように痛めつける必要がある!飴とムチじゃねぇ!ムチとムチとムチだ!飴を沢山あげるのはハロウィンだけで十分だ!ムチでビシバシ躾をして厳しく育てようじゃないか!いや、ムチだけじゃ飽き足らない。三角木馬、ロウソク、麻縄などを駆使して調教していき全てのことに順応できるパーフェクトパーソンへと作り上げるべきなんだ!!!」
宏美の肩を全身全霊をかけてゆする!
ぐおぉぉおお!!俺の二の腕が悲鳴をあげている!…………がしかし、そんなことでへこたれる俺ではないわ!お前を正気に戻すためならいくらでもお前の肩を揺すりつけてやろう!
「つ、つまり今私は貴方を全力で殴ればいいって事ですね?」
おずおずと退きながら答える宏美
「ああそうだ!来い!どんと来い!お前の全力を俺に見してみろ!」
さぁ来い!偽りの仮面を被りし乙女宏美、略して乙美よ!俺が割れんばかりのパンチを俺にかまして正気に戻るのだ!コンクリートの壁を倒壊させた力を俺に見せるのだ!さぁ、さぁ。さぁ!
俺は宏美の肩から手を離し自由にする。勿論俺を殴らせるためだ!
「それでは行きます!てーい!」
ぽす。
宏美の拳は優しく俺の胸に受け止められた。
「ま、まだだ!お前ならやれる!お前は俺が見込んだ漢だ!こんなんじゃないはず。さぁ、もう一丁!」
「て、てぇーい!」
ぽす
またも宏美の拳は俺の胸に優しく受け止められる。それはまるで駄菓子屋で売っている安い水鉄砲を食らったときのような感触だった
だが宏美は続けて俺の胸をポカポカピチャピチャ殴り続ける
「…………………宏美もういい、もういいんだ。俺が悪かった、俺が悪かったからもうやめてくれ……………頼むから」
俺を殴り続ける宏美をぎゅっと握りしめる
ああ、だめだ。もうだめだ。もう昔の宏美は戻ってきてくれないのだろうか?いつものように馬鹿な事をやって笑いあえる友達はもういなくなってしまったのだろうか?……………悲しいなぁ、涙がこぼれ落ちそうだ。こういう時は上を向いて歩こうか、涙も愚痴も零れないように………………
「あ、あの…………痛いです」
落ちる寸前の格闘家の如く俺の肩をタップする
「そ、そうだな………………そろそろ学校に行かないと危ないな」
宏美をパッと離し腕時計を見る…………あちゃーこれは走らないと間に合わないぞ
「そ、そうですね」
名残惜しそうに地面を見つめ続ける宏美
……………悲しいなぁ、宏美はもう戻ってきてくれないのだろうなぁ。宏美じゃなくて乙美のままで俺は接しなくちゃいけないのか。
俺は雑念を振り払うように学校まで全速力で走った。
「いやーー本当、君達って面白いよね。新手の漫才師か何かなのかい?」
昼休み、遼鋭とご飯を食べながら今日の宏美の異常について話し合っている。
本当はイリナも誘いたいのだがファンクラブの方々に包囲されていてとてもじゃないが会話、てか誘う事ができない。声かけようとしたら殺気が飛んでくるからね
「こっちは真面目だっての、真面目に不真面目頑張ってるんだぞ?」
「まぁ、頑張ってるんだと思うけどさ。それが空回りしているというか、現実を見ていないというか………………面白いよね。だから僕は1日ごとに君達の面白日記をつけさせてもらっているんだ」
「なんだそれは初めて聞いたぞ!!」
「いやー仕方ないよ。面白すぎるんだからさ…………砂上でバックドロップむちうち事件の時とか僕もう思い出し笑いで眠れなかったからね」
今もまた思い出したのかくっくっくっと笑う遼鋭。くそっ、人の不幸を笑いやがって
「そこまで面白いか?当事者としては真面目に論争して理不尽にバックドロップを食らっただけだから苦い思い出ででしかないぞ」
タケノコとキノコ。この言葉を出すだけで察してくれる人がいるに違いない。
永遠の論題。悪魔の方程式と同等、またはそれ以上の厄介さを孕んだ化け物だ。
「見ていた方は本当面白かったよ。もうね、笑いすぎて腹筋が6つにわれたからね」
「そこまで!?抱腹絶倒なんてもんじゃないだろ!割腹絶倒じゃないか!」
シックスパックってそんなに簡単になれるの!?初めて知ったよ!
「まぁ冗談なんだけどさ、比喩みたいなものだよ比喩。でも筋肉痛になったのは確かでね、インナーマッスルが半端じゃないよ今」
確かに遼鋭って細い見た目とは裏腹に結構筋肉質だよな。細マッチョってやつ?俺は全然筋肉がないから羨ましいよ
「ちなみにそのノートの名前ってあるの?」
実は少しだけ興味があったりする
「大海虎の巻って言ってさ、ノートに書いてるんだけど只今絶賛53冊目突入だよ」
「多いな!どんだけ書き連ねてるんだよ!」
「まぁ8、9年書いてるからね。どちらかと言うと少ないんじゃないかな?」
それって何!?出会った時ぐらいから書いてるの!?どんだけ書いてるんだよ!!
「……………ちなみにそれは全部保存しているのか?」
「もちろん」
もちろん!?まさか小学生の頃からのノートとか教科書を取っておくタイプの人間なのか!?てかそんなやついるの!?初めて聞いたんだけど!
「……………まぁ、なんだ。その話は置いといてだな。宏美よ宏美。あれどうすんのよ、勉強のしすぎで頭飛んじゃったぞ」
そのノートがすごく気になるがそんな場合ではないのだ。幼馴染である1人の頭がぶっ壊れたなんて洒落にならない
早急に対策を練らなば!
「ああ、いいんじゃない?何もしなくてもさ」
「なんっっでだよ!!!」
ブニュッ
箸で掴んでいた卵焼きが真っ二つに割れる
予想外すぎるぞ!お前ならこの危機感を共有できると思っていたのに!
「なんでも何も良いじゃないか。宏美は女の子なんだよ?あれが本来あるべき姿なんじゃないのかな…………ねぇ狩虎、これ何色?」
俺に向けて舌を出す。別にからかっているわけでなく、飴の色を確認するためだ。
なんか人の形をしていて舐めてたら色が変わる飴を遼鋭はいつも昼食中に舐めている。
遼鋭はこの飴が結構と気に入っているようで小学生の頃から舐めていた。本当、変人だぜ。でもまぁしかし、俺もよく遼鋭からその飴を貰っていたものだ、遠足の時とか宿泊学習の時とか。だからズケズケと言うつもりはない。あっ、そういえばその時々にいつも俺は蒲焼さんをあげていたなぁ…………そういえば俺も毎日蒲焼さんを持って行ってたか、人のこと言えないな
「あーー金箔ついてるぞ」
「おおいいねぇ。きっと今日は素敵な1日になるに違いない」
「いや、もうすでに素敵じゃないことが起きてるんだけどな」
宏美の性格が激変というのは素敵とは言えない。なんと言ったって紛らわしい。もうね、イリナと丸被り。本当に見分けがつかない
「だからさ、何度も言ってるじゃないか。あれが彼女の本当の姿なんだって………………そもそもボーイッシュな幼馴染なんて幻想なんだから、ちゃんと現実見ようよ」
「…………………いや、俺が言いたいのはそういうことじゃない。1日で性格変わるなんて普通ありえないだろ。だからさ、何かしら無理とか変な事とかやってしまったんじゃないかって心配なんだよ」
昔ある事件のせいで性格が変わった人を題材とした小説を読んだことがある。不幸にもそれは孤独な最後を遂げるというバッドエンドを迎えたわけだけれども……………つまりはそういう事が宏美の身に起こるんじゃないかと思うと不安なのだ
「まぁ受験ノイローゼではないよ。………うん、受験ノイローゼでないのは確かさ。なんと言ったって昨日はほとんど一日中僕とメールをしてたし」
はい。と自分の携帯のメール履歴?分からんがそんな感じなのを見せてくる
それによると確かに宏美と遼鋭は1日中メールのやり取りを行っていたようだ………………いや、ちょっと待てよ。なんでだよ、なんで俺を省いてるんだよ。なんで2人だけなんだ?いつもの集まりの2/3しか集まっていないじゃないか。そうやって1/3を省くと後々の絆とか信頼とかに影響するんだぞ?分かっているのか?
「したかったのは山々だけどさ。狩虎、連絡全然繋がらないんだもん。君ちゃんと携帯電話を携帯してる?自宅用受話器とかになってない?」
カバンに携帯をしまいながら話しかける
「まぁ、携帯してるっちゃあしてるかな」
あっちの世界に行ってる間は携帯電話に触れないからな、携帯しているようなしていないようなひどく曖昧な所だ
「そもそもちゃんと有効活用してるの?携帯電話なのなら携帯電話らしく連絡帳を埋めないと」
「…………………10人以下ですが何か?」
相内宏美、飯田光輝、飯田父、飯田母、飯田花華、イリナ=ヘリエル、岩村遼鋭、翔石飛也、原田雪、あと1人は容疑者Xとでもしておこうか。こう見るとあれだ、飯田性が半分ほど占めてるな……………泣ける。
あと容疑者Xというのは別に罪人だとか恨みを抱いてるとかじゃなくて、ただ名前がわからないだけなのだ。
なんか迷子になっていた男の子に話しかけたらお礼だって電話番号を教えられた。
電話番号を教える事がお礼になるのか?とその時思ったが…………いや、今も思っているけれど、だれかからお礼を頂く機会などそうそうなかった俺はそんなことでも凄く嬉しかった記憶がある。
だからその日は家に帰ったあと嬉しさのあまり長風呂をしたんだよぁ。
でもまぁ遠い過去の記憶だ。小学生ぐらいの頃だったはずだし
「ああ、あの時の子供ね…………あれから連絡とかきてないの?」
「きてないなーー。あの子は一体誰なんだろうね、結構気になっちまうよな」
「そうだね、親とはぐれたとかなんとか言ってたけど無事に会えていることを心から願うよ」
「だな、合流してオムライスを食べれていたことを願うのみだ。」
「なんでオムライス?」
「なんでって…………迷子のあとはオムライスって決まってるだろ」
めでたい時に赤飯を炊くのと同じ原理だ
「初めて聞いたけどね…………僕は迷子のあとはガムをあげるって聞いたけど」
「ほう?それはなんでだ?」
「よく噛むってね」
「……………………?どういう意味だ?」
よく噛むって、よく噛むじゃん。たくさん噛んでるだけじゃん。
ただ遼鋭は俺の言葉を聞くとはっはっはっと軽やかに笑い出した
「幼稚な発想だよ。親父ギャグにすらもならない幼稚なギャグ。[よく]を[well]にして[噛む]を[come]にして足すんだよ。そしたらほら、[wellcome]ってね……………まっ、Lが1個多いんだけど、そこは愛嬌ってことでさ」
…………ああ、分かるような分からないような。しかしまぁ遼鋭がこんなギャグを言うとは驚きだ
「なるほどなぁ、今度から使わさせて貰うぜ」
「こんなんでいいなら幾らでも使えばいいさ。……………話を戻さなくていいのかい?」
「ああ、そうだな。話を戻そう。…………で、受験ノイローゼじゃなかったら一体なんなんだ?皆目見当もつかないぞ」
「だーからー。あれが本来の姿だって言ってるだろ?年頃の女の子っていうのはね、宿題を家でやってくる人は本来内気で真面目だって広辞苑に載ってるんだから」
「おいおい遼鋭。お前ってそんなにふざけた事をバンバン言うタイプだったか?いつものお前なら今頃ツッコミと的確なアドバイスをくれているはずだ」
なぜかは分からないが話を逸らされている気がする。でもそれは何か隠したいことがあるからとかじゃなくて、これ以上話しても意味がないって感じでめんどくさがっているように思える
「そう。別に僕は宏美の性格の激変の理由を隠したいとかそういうのじゃないんだ。確かに、僕は理由を知っている。いや、たいていの人は知ってるだろうね。ここまで顕著に表れているってのは稀だし……まっ、その点から考えれば確かに僕は隠したがっているのかもしれない。なぜだと思う?」
頬杖をしながら戯けたように俺に問いかける……………この顔だ。遼鋭の顔が出てきた時は大抵大変なことが起こるんだ。
いつもそう。これから起こることをまるで予期しているかのように俺を労わり、しかしながら楽しんでいるかのように俺に微笑みかけるのだ。
「……………分からないな。生憎今まで俺は普通の宏美しか見たことがなくてね。探そうと、掴み取ろうとしてもすり抜けて何処かに行っちまうんだ。」
「まるで一握の砂だね……………じゃあさ狩虎に聞くけど君にとっての普通の宏美とは一体なんなんだい?教えて欲しいなー」
「……………そうだな、俺が見た限りでは乱暴で男勝りでひどく強くて、でも良い奴といったところかな」
「うん。確かにその通りだ。それは的確に宏美を表してるね」
「だろ?確実に当てはまるだろ?」
「だけどさ、それは君が見た時だけの宏美なんだ。確かに君の言葉は的を得ている。それは認めるね、でもそれは無数にある内の一つの的に過ぎないんだよ。」
そう言いながら遼鋭はポケットからトランプを取り出す。
「僕がカードをバーーッとするから狩虎は好きなところでストップっていてくれ」
バーーッと上で持ったトランプを下へと落としていく
「んんーー…………ストップ」
カードが切れるか切れないか、ギリギリのところでストップと言ってみた
「それじゃあそのカードを確認したらデッキの真ん中付近に入れて欲しい」
カードを取り確認してみると4のクローバーだった。それを遼鋭が示したデッキの真ん中付近に入れる
「んっふっふっ、それじゃあ狩虎。適当にシャッフルしてくれ」
俺にトランプの山を手渡す
「えっ、いいのか?マジックってのは自分でシャッフルしないと成り立たないんじゃないのか?」
「誰だいそんなことを言ったのは?一流のマジシャンはね、眼力だけでカードを操れるんだよ」
「………………お前マジシャンだっけ?」
「魔法の定義によるね。手先だけの技術の事をマジックというのなら僕には当てはまらないけれど、頭を使って無理な事象を引き起こすのをマジックだと言うのなら僕はマジシャンさ」
キザな事をよくもまぁそんなにダイレクトに言えるなぁ……………俺も少しその性格を貰いたいぜ
俺は2分ほどかけてグシャグシャに混ぜ合わせた。正直ここまで時間をかける必要はなかった気がするが念には念をだ、もう俺ですらどこにあるかは分からない
「すごく混ぜたね。これ成功するかなぁ…………気を取り直して、それじゃあ今から僕が指を鳴らします。するとなんとこのデッキのどこかにある君が選んだカードが一番上まで上がってくるんだよ」
パチン
教室中に乾いた音が響き渡る
「それじゃあ一番上のカードをめくって欲しい」
おいおい嘘だろ?まさかカードが指を鳴らしただけで上がってくるなんいう怪奇現象が起こるわけがないよな?そもそもそんなのマジックじゃないもんな……………でもこの遼鋭っていうやつはなんでもやってしまうんだよな…………あーやだやだ。カード見たくねーよ
心での葛藤を経て俺はカードをめくる決心をした。しゃーない、腹をくくろうじゃないか
「4つ葉のクローバーじゃありませんように!」
遊○王で切り札を引くときのように静かにかつ素早く引き抜く。小学生の頃によくこれの練習をしていたからフォームの美しさは完璧なはずだ
そして俺はカードを横目でチラッと見た
「………………遼鋭。何をした?いったいどんなテクニックを使ったんだ?」
カードには4つのクローバーが描かれていた…………こえーよ!4つ葉のクローバーではないけれどそれに近い存在のマークがこんなに怖く感じるなんて!
「んーー、成功しちゃったねぇ。まさに今日は幸運の日だ。まさかこんなに簡単狩虎がひっかかってくれるなんて………………いつもの君ならこんなのすぐに見破ってたろうに」
種明かしをするね。と言うや否やデッキをひっくり返す………………あーそういうことか
「全部が全部クローバーの4ってやつか。古典的だな」
「でしょ?少しでも疑われてデッキを見られたらオジャンなマジックだよ。まっ、一応対策として手のひらに別のカードを隠していたから一時しのぎぐらいにはなっただろうけど…………………うん。やっぱりこれは粗末でマジックとは呼べないくだらない代物さ」
全てが4のクローバーのデッキをシャッフルしながら俺に話しかける
「でもさ、裏向きじゃあ全てが同じなんてことは分からない。でも、それはわからないんじゃなくて見えてないだけなんだ。ひっくり返せば全てが同じなんてことは簡単にわかってしまう。」
カードを一枚取り出し折り目をつけるとデッキの中腹に入れる
「僕たち人間の心だって同じさ。今まで見えていなかった部分を見た時、別人だと思ってしまうかもしれないけれど……………それは紛れもなく同一人物なんだよ。君が知っている宏美を、君が引いたクローバーの4だとするね。狩虎はそれが1枚しかないと思っていたかもしれないけれど実は全てがクローバーの4だった。ただ見えてないだけ、ただ分からないだけ。全てを遍く裏返して見てみればなんてことはない、簡単に見破れる」
パチン。その音の後にデッキを見てみると折り目のついたカードが上に来ていた。
うわっ、気持ち悪い。全然タネがわからない
「最初はまず理解することから。目の前の論題と向き合う時の鉄則さ。どんなところにだって昔に見てきた物との相似点がある。そこから解きほぐすことだね…………はい。このカードあげる」
折り目がついたカードを俺に手渡す
「僕のヒントはここまで。あとは自分で考えて行動してよね。宏美もそれを望んでいるしさ。それじゃあ僕は売店でパンでも買ってくるよ」
椅子から立ち上がり教室を出て行く。
手渡されたカードを見てみるとハートのジャックだった
「………………本当、あいつはなんでこうも出来てカッコいいんだろうな。これじゃあ男も惚れちゃうぜ」
俺も席を立つ。周りがテスト勉強をしてるがそんなこと知るか。俺は今から行かなきゃならないところがあるんだ
「少し宏美と話す必要があるな」
少しのヒントを得た俺は宏美の教室へと向かう。
出る時にイリナの席をチラリと見てみるとイリナはまだ沢山の人に包囲されていた。
……………これも対処しないとな。
「あーーやだやだ。俺の人生、周りの奴らが問題起こしてばっかりで困る」
扉を開けて廊下へと踏み出す。この論題を解くためにまずそうだな。相似点を見つけ出そうか…………………




