126_【閑話】破滅と執着の果て
更新予約の設定を間違えてしまって木曜日に更新できませんでした。申し訳ございません。
以降、一回分ずらすかたちで掲載を行っていきます。
引き続き本編をお楽しみください(内容的に楽しむという表現が正しいのかは微妙ですが……)。
ルクレツィアは三人姉弟の次女で、二番目の子供である。
上の姉とは十歳、下の弟とは八歳離れており、弟とは母親が違うという複雑な家庭環境の下で育った。
彼女の生家は都内の高級住宅街に所在し、旧財閥系の大手有名企業の役員を代々務めてきた。一家は創業時から仕えてきた家格を誇りにしており、特に最年長の家長的役割を担う彼女の祖母にその傾向が顕著に見られ、固執とも言える祖母の思想は、旧時代的で今日の時分には全くそぐわないものでありながら、家の中を支配し、そのことは幼少期の彼女の心を大いに捻じ曲げた。
「大体、女だからって家を継がせないとか、男の当主じゃなければダメなんて、あの婆さん頭がおかしいのよ」
この台詞は、家を出た彼女の姉がルクレツィアに会うたびに吐く悪態である。そして、台詞は必ず決まった文句で締められる。
「あなたもさっさとあの家を出て独立しなさい。自分の才覚で自分の道を切り拓けば私みたいにいくらでも未来なんてついてくるのだから」
―――そんなことはお姉ちゃんだから言えるのよ。二十代で准教授になれるお姉ちゃんだから言えるの!
実際、彼女の姉は傑出した人物で、海外の大学で飛び級に飛び級を重ねて二十代前半で博士課程を早々に修了し、その後驚異的な本数を発表したギンブナだかキンブナだかの研究論文が認められ、国内最高峰の大学における准教授のポストを獲得してマスコミ等でもたびたび紹介されるほどの有名人であった。
そんな姉の活躍ぶりに比べると、いくら慈聖学院の高等部において成績上位で剣道参段の部内のホープだった経歴があったとしても、そんなものは勝負にすらならず霞んでしまう。最も学業にしてもノエルやシアンにはかなわず、部活動にしたって、大会で実績をあげられない自身よりもビームライフル部に所属し、全国大会の出場経験があるナーカの方が活躍という面では秀でており、グループ内においてさえ何かに優れているという訳では無かった。
姉のような才覚も無く、グループ内でも誰かに勝てるものを見出せない彼女が唯一優位に立てるもの……。それはグループのリーダー格であるエスメラルダの「親友」という位置付けだった。
エスメラルダとの運命的な出会いは、慈聖学院初等部在籍時まで遡る。
エスメラルダは、ルクレツィアの父親が務める旧財閥系企業の会長の一人娘で、幼少期から常に大人子供問わず大勢の取り巻きに囲まれていたのを彼女は記憶している。
本来だったら行く末輝かしい大企業の会長令嬢と、家庭からも性別が女であるというだけで疎まれ、自己肯定感が低く内気な日陰者のルクレツィアが接点を持つことはまずあり得ない。しかし、運命の皮肉か二人はある事件をきっかけに繋がりを深めていく。
その事件は、ルクレツィアが初等部三年生の出来事だった。
ある日の放課後、忘れ物をたまたま取りに戻ったクレツィアが、隣の組の教室から慌てて飛び出してきたエスメラルダを目撃した。何故この時間にエスメラルダがひどく興奮した様子で教室から出て来たのかその時は疑問に思ったものの、大して気にも留めていなかったが、これは重大事件の端緒だった。
事件とは、エスメラルダが窃盗犯の疑いをかけられたことである。
何でもエスメラルダと同じ組の児童が、家から内緒で学校に持ってきていた宝石が無くなったということであり、この話はしつこく聞いてきたエスメラルダだけに嫌々教え、その話を知っている彼女こそ犯人だと被害に遭った児童は騒ぎ立てた。
有名企業の会長で、しかも学院に多額の寄付金を納める有力者を親に持つエスメラルダが犯人として名指しされたことは、教師達も相手が相手だけに手を焼き対応に苦慮していたが、同日同時刻にルクレツィアが忘れ物を取りに来ていたことを思い出し、証言を求めてきたのだった。
あの時は何故あのような証言をしたのかを彼女は覚えていない。面倒事に巻き込まれるのは御免だと思ったのか、それとも無意識のうちにエスメラルダの実家の権力に恐れを抱いていたのか、今となってはどうでもいい。最終的にルクレツィアは、エスメラルダは現場にいなかったと嘘の証言をして彼女を庇った。
結局ルクレツィアの証言が決め手になり(教師達も内心エスメラルダ有利で事件の幕引きが図れる材料が手に入ったことを喜んでいたようだ)、エスメラルダは無実であり、逆に彼女を窃盗犯と告発した児童が嘘をついているということで決着した。潔白が言い渡されたエスメラルダの安堵した顔は今でも鮮明に記憶に残っている。
自分自身では、特に考えもせず軽い気持ちで証言をしたに過ぎないと思っていたが、その日の夜、エスメラルダの家からルクレツィアのもとに贈り物が届けられた。
銀座の某有名菓子店の洋菓子の詰め合わせは、子供の頃の自分にとって嬉しい贈り物だった。しかし、それ以上の喜んだのは彼女の祖母だった。最も、会長の家から感謝の印を下賜されたことは、仕える我が家にとって栄誉なことであり、尚一層の忠節を全うしなければならないと滔々と姉妹に説き、洋菓子に手を付けさせず神棚に飾り続けるのは、さすがにやりすぎだと感じたのだが(姉は祖母の目を盗んでこっそり中身を食べたそうだ)。
いずれにしても、この一連の出来事がルクレツィアの家庭内における立場を向上させ、また、エスメラルダとの深い繋がりを持つことを決定づけた。
以後、エスメラルダはルクレツィアを「親友」と呼び、今までの取り巻きを全員交換して側に置き続ける。一方のルクレツィアも丁度この時期、義理の母が男の子を出産し、待望の男児誕生に狂乱する我が家に居づらくなった事情もあり、エスメラルダに依存するようになっていった。
このような経緯を経て、エスメラルダの隣に常にいるルクレツィアの存在感は日を追うごとに増していく。世の中にはエスメラルダの権力に媚びる人間に欠かず、それらはルクレツィアの御機嫌を同時に伺うことも忘れない。周囲にいる人間はエスメラルダ以外頭を下げ、過度の要求にも応えてくれることに、当人の知らない世界にこのような高みがあるのだと高揚感を覚え自尊心を大いに満たした。このような実体験を経て彼女は身の丈を忘れ感覚を麻痺させていったのである。
ただし、この世の春を謳歌するような状況においても一つだけ不安に感じる要素があった。自身の権勢はエスメラルダによって保証されているものであり、もし、その保証を失った場合、すぐさま家や学校で払われている敬意も失うことを意味している。エスメラルダは飽きっぽく、一度興味を失うと、以降はどんなことがあっても顧みることがない性格を熟知していたルクレツィアは、自身に対する興味が失われることを極度に恐れた。こうして彼女がエスメラルダの「親友」となったその瞬間から、自分にとって代わる危険がある人物を片っ端から潰すことが始まった。
その方法は、エスメラルダの興味を引きそうな人物の悪口を彼女の耳に入るように広げるというものが主であったが、時には直接対象に精神的、肉体的な苦痛を与える手法を用いたりもした。質の悪いことに、ルクレツィアは被害者に対して自分を追い落とそうとする意図の有無を問わず危害を加えたのである。このような暴挙は、エスメラルダも薄々気付いていたが、彼女も自身の意志を代弁し、積極的に汚れ仕事を引き受けるルクレツィアに利用価値を見出していたので、咎めるようなことはせず放置をし続けたのも多くの被害者を生み出す結果となった(ルクレツィアも汚れ仕事を上手くこなせる人間が、自分にとって代わる者になると知っていたので、自身がそれに最も適任であることをアピールするために他人に任せず自ら進んで行う必要があったし、何より彼女自身そのことに対して密かに楽しみを見出していた)。
被害者の大半は同じ学院に通う女生徒だったが、ルクレツィアによる加害のせいで不登校になったり、転校を余儀なくされたりするケースもあり、最もひどい場合は、人を使った暴力によって、心身に残る傷を負う者もいたことは、決して看過できるものでは無い。最近では、ノエルの高い社交性と見た目に反する頭の回転の速さに脅威を感じ、精神的な追い込みをかける一方、機を見て暴漢を差し向けようと密かに考えていたことからも、彼女の「親友」に対する執着は、真っ当な域をとっくに逸脱していた。
しかし、その後の彼女の凋落は、先のアヤセ達との対立の顛末を見てのとおりである。最終的にルクレツィアはゲーム上とはいえ、最も意向に逆らってはいけない人物の不興を買ってしまった。この影響はすぐさま現れ、「親友」のポジションには彼女が以前追い落とした者が据えられ、グループの構成員も総入れ替えされた。ルクレツィアが十年以上にかけ多くの人間を犠牲にして守り抜いてきた地位はあっけなく消失したのである。
彼女の最大の誤算は、「アヤセを侮ったこと」に尽きる。
最貧弱職業で絶滅危惧種とまで言われる「あの」アイテムマスターでありながら、トロワーヌ公国やドゥ=パラースにおいて自分達の先を越しキーアイテムを次々と獲得し、最終的に星見の大地で完敗を喫した相手の実力を見誤ったのは致命的であった。
ただ、アヤセに宣告されたPVPによる勝負が運営の横槍で流れてしまったことは幸運だった。あの時、渾身の面打ちを簡単に抜かれたことで力の差を実感し、演武だけのお遊びと馬鹿にしていた居合に確実に敗れたのを不本意だが認めざるを得なかった。アヤセにかかれば自分の打ち込みなんて、躱わすか受け流すかした後に反撃を食らわせるのは簡単だろうし、だからと言って相手の出方を窺い待っていたら最終的に追い詰められ、こちらは打つ手を失くしてしまう……。つまり再戦したところで勝算が見出せない中で面目を潰さずに済んだのだ。
「お前はもう終わりだ」
「今更『エスメラルダに従うしか道が無かった』という言い訳は通用しないぞ」
「所詮はエスメラルダと同じ穴の狢だ」
アヤセの言葉は、まるで鋭い刃のように今でも彼女の心を斬り刻む。最もここで言う「心」は良心ではなく自尊心であったのが、彼女の改心が全く見込めないことを意味している。ルクレツィアは自身の間違いを認めはせず、屈折した心には、決して慚愧の念が宿ることは無い。
……実力で勝てないのであれば、他の手で勝てばよい。
そう考えていたところで、ブラックリスト入りとエスメラルダとの間における「親友の終焉」は彼女のプライドと存在価値を粉々に打ち砕いた。その結果、ルクレツィアの感情には、アヤセに対する憎悪はもとより、アヤセという共通の敵を倒す目的を忘れ、自身を用済みとばかりに簡単に切り捨てたエスメラルダへの不信が生まれた。
エスメラルダ。
自身を引き立てた親友、彼女の手を汚すことは全部引き受け、嗜虐性を満たさせることに心血を注いだ親友、結局はアヤセの言う「お友達ごっこ」の上でしか成り立たなかった親友……。今思えば彼女のために本当につまらないことで多くの時間を費やしてきたものだ。こうなる結末は予想できていたのではないか? 彼女との出会いの中で思い返すと次々と心当たりが浮かんでくる。
盗難事件騒ぎが決着した翌日、彼女の家にお呼ばれした際にリビングのガラスケースに目立つように飾られた小さな緑色の宝石は、学校で盗まれたと言われる宝石の特徴とよく似ていた。エスメラルダを告発した児童は、本来学校が持参を禁止している物を持ってきたということで教師に叱責され、それを期にいじめの対象になったようで、ルクレツィアが気付かぬうちに学院から姿を消したことを考えると、当時は軽い気持ちで証言したことが実はとてつもなく重大なことだったと思い知らされた。エスメラルダは私に他人の運命をも変えさせた。そこまでして庇った私を切り捨てたことが益々許せなくなる。
それに短期大学への進学だってそうだ。彼女は二十代前半までに婿を取り跡取りを生むのが役割だった。彼女の人生はレールに敷かれた空虚なもので、それは自分自身でも知っていた。だからやる気も失い、学力の高い高等部までの生徒が他の難関大学へ進学したのと入れ替えに、慈聖学院のブランドに引き寄せられた程度の低い学生しかいない短期大学部にしか進学できなかったのだ。他の進路を考えていたのに、それに付き合わされた私はいい迷惑だった。
あの子の行動は動機や結果の良し悪しを問わず必ず誰かがフォローを入れていた。何をしたって叱られないし、ツケを払う必要が無い。あの子は退屈だった。善悪の区別もできなくなったあの子は退屈しのぎに他人が苦しむ様子を見て楽しんでいた。自分が汚れ仕事をして苦心する有様を傍らで見ているのだってその退屈しのぎの一環だったのだ。それなのに私に対するこんな扱いは許されるものでは無い!
彼女の憎悪はエスメラルダだけに向けて益々強められていく。
―――私が間違っていた? 笑わせないで。誰も私を見ていなかった。姉は天才、弟は待望の男児。私はただの「次女」。祖母の言葉が今でも耳に残る。「女は家を継げない」? 「男が家を守る」? そんな家で、私がどうやって自分の価値を証明できたっていうの? あの日、エスメラルダに出会った。盗難事件の証言をしたあの日、私は初めて「選ばれた」と思った。彼女の隣に立つことで、私は誰かに必要とされていると感じられた。あの証言がすべての始まりだった。嘘だったけど、誰も気づかなかったし、誰も私を責めなかった。むしろ、褒められた。祖母は神棚に菓子を飾った。あれほど滑稽なことなんて無いわ。それから私は彼女の「親友」になった。彼女の笑顔のためなら、何だってした。噂を流し、心を折り、時には苦痛を他人に与えた。だって、私の居場所は彼女の隣しかなかったから。でも、乗り気じゃないのに付き合わされたゲームの世界で、アヤセに出くわしてすべてが崩れた。あんな職業で、どうしてあいつが私達を打ち破れるの? どうしてエスメラルダは、あいつに仕返しせず私を切り捨てたの? 私の十年数年に及ぶ苦労は、何だったの? 「お前はもう終わりだ」……アヤセの言葉が、今も胸に刺さっている。でも、終わったのは私じゃない。終わったのは、私を切り捨てたあの子の方。あの緑色の宝石をリビングのガラスケースで見たとき、私は気付いていた。彼女は最初から、私を利用するつもりだった。私が誰かを傷つけるたび、彼女は笑っていた。退屈しのぎに、私の人生をも弄んだ。私が壊れていくのを、楽しんでいた。それなのに、私を捨てた。何の言葉もなく。何の感情もなく! 私の存在を、ただ「不要」と判断しただけ! 私は悪くない。私は悪くない! エスメラルダ、あなたは私を壊した。だから今度は、私があなたを終わらせる―――
取り出した鋭利な刃物が不気味な光沢を見せる。
この時間、エスメラルダは一人で化粧室に入る。この習慣は自身が「親友」をしていた時から変わることは無い。
「覚悟して。そして…………『親友』として、さようなら。」
―――この日の夜、新聞各紙やテレビニュース等で以下の事件が一斉に報道された。
【名門学院で傷害事件 同級生に刃物で切りつけ】
〇月△日午後十二時三十分頃、東京都X区私立慈聖学院短期大学部で、女子生徒が同級生に刃物で切りつける事件が発生した。被害者の女子生徒(20)は顔面に重傷を負い、病院で治療を受けている。加害者の女子生徒(20)は現行犯で逮捕された。
警察によると、事件当時、校舎内の女子トイレで口論となり、加害者が持っていた刃物で切りつけたという。加害者と被害者とは長年親しい関係にあったが、最近二人の間で大きなトラブルがあったという。被害者は顔面に二十針を縫う裂傷を負い、現在も療養中。加害者は警察の取り調べに対し、終始興奮した様子で「自分は裏切られた。悪いのはあの子」と供述している。
慈聖学院は「事実関係を確認中」としており、今後の対応については未定。創立百二十周年を迎える名門校で発生した重大な事件は、学院に通う生徒と保護者の間に大きな動揺をもたらし、社会にも波紋を広げている。




