125_運営の始末
ログインしたアヤセが目を覚ましたのは、事務机が無機質に並んだ事務所のような場所だった。
こうも何度も呼び出されていれば、今更戸惑うことは無い。自身に用がある者が現れるまでは、備え付けのソファーにかけて待つことにする。実際、相手は数分もしないうちに出現した。
「今日は『アイ』ではなく、『運営AI』として話されるのでしょうか?」
いつものように前触れも無く目の前に現れたパステルピンクの事務服を着用した若い女性に対し、アヤセは立ち上がりながら問いかける。
「はい。本日も御足労くださいまして、ありがとうございます」
ルクレツィアに最後通牒を突き付けた後、こうなることは予想がついていたが、今回はその対応が早かったのが予想に反していた。先方が事の重大さに気付いたのだろうかとアヤセは思う。
「アヤセ様のことですから、もうこの場にお越しいただいた理由はご存知のことと思いますので、本題を申し上げます。エスメラルダ、ルクレツィア及びそのパーティーメンバーのリアルマネートレード行為において、違法性が確認されこの度正式な処分が下り、当事者全員のブラックリスト入りが決定しました」
「……」
「当該処分には、先日アヤセ様や他の方々より聴取した、被処分者のハラスメント行為も理由として含まれています。皆様からの御協力により、今回の事案を処理することができました。お礼を申し上げます」
(……処分が先に下ってしまったか。これならルクレツィアに二日も猶予を与えなければ良かった)
既にブラックリスト記載が実行され、エスメラルダとルクレツィアがこのゲームから抹消された以上、ルクレツィアをPvPで下し、情報を漏洩した運営スタッフの名前を吐かせることは事実上不可能になったとアヤセは悟る。
「連中の行いから鑑みるに、処分の内容は妥当だと思います。当方も決着をつけることができました。まぁ、最も自分の思惑が外れてしまった点がありますが」
もしかしたら、運営側がアヤセの動きを察知し、告発による重大インシデントが明るみになるとことを未然に防ぐために、今まで渋りに渋っていた取引先企業の親族である、エスメラルダに対する処分を先回りして断行したことも考えられる。その推測が当たっていたら尚更、アヤセが望む外部に情報漏洩した運営スタッフの排除も難しくなるだろう。
(しかし、自分には告発に足る証拠が無い。シアンさんとナーカさんは既に脱退した後の話だろうから、この件は知らないだろうし、ロッジオ達のような金で雇われた男性プレイヤーの線も辿る術も無いから難しいだろう。まさかエスメラルダやルクレツィアが自身のことを証言するとは思えないし。ここまでが個人レベルの限界か)
諦めがアヤセの思考を支配し、その顔も自然と厳しいものに変わる。一方で対面のソファーにかける運営AIは、アヤセの様子を気にかけつつ、優しく声をかける。
「思惑が外れたことは、大きな損失でしょうか?」
「……」
「アヤセ様がそのような顔をされる際は、お一人で抱え込んで悩んでいるサインです。これでも付き合いは長い方だと自認しているので推測できます」
「はぁ、いや、しかしプレイヤーの動向を気にする立場にいる方が、特定の人物との関わりの長さを公言するのは公平性を疑われる気がします」
「そして、いつもそのように他の方を気遣われます。私も自らの役割を自覚しているつもりです。全てのプレイヤーが安心して安全なゲームをプレイすることができる環境を作り出す……。そのプレイヤーの中にはアヤセ様も当然含まれるのです。ですから、今私はアヤセ様のお力になりたいと思っています」
「自分の力に、でしょうか?」
「アヤセ様が今気にされていることは、私共の中にいる情報漏洩者についてですね」
「えっ!? 御存知なのですか?」
「はい、実を申しますと、かねてより行動不審なスタッフがおりまして、監視していました。そして、アヤセ様のプレイヤー情報の抜き出しが決め手となり、発覚したのです」
「……」
「情報漏洩者は、先日お話した『出資者』の企業より出向していたスタッフでして、言わばエスメラルダのスパイのような役割を担っていました」
「そんな人物が機密情報を扱っていたのですか?」
「念のため申し上げますが、各プレイヤーの氏名や住所等の個人情報は最高機密でセキュリティが何重にも施され、閲覧はごく限られた者しか行えません。あくまでゲームプレイヤーとしての情報です」
「それでも、自分の装備品の情報や要注意人物リストの掲載有無が漏れることは大問題です」
情報漏洩者がどの程度エスメラルダとルクレツィアに情報を流していたかは分からない。しかし、アヤセが南方三公国を巡って素材を集めていた目的が「タマモの思念」の召喚であることを知られていたら、その点に付け込まれ今頃思念はバヤン川の川底に沈んでいた可能性もある。流した情報次第で結末は大きく変わっていたかもしれないのだ。
「勿論です。この件の重大に受け止め、当社も厳正に対応します。先ほど申し上げたスタッフは懲戒解雇、情報漏洩の件も公表し、今後の対応策を徹底させることをお知らせします。また、エスメラルダ達のブラックリストへの記載理由に情報漏洩のコンプライアンス違反も公式に記録いたします」
「……」
「この度は、当方の不手際により、アヤセ様に多大なるご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳ございません。謝罪をさせていただくことと共に今後このようなことが無きよう努めて参りますので、ご容赦くださいますよう何卒ご理解のほどお願い申し上げます」
運営AIはそう言いながら立ち上がり、アヤセの前で深々と頭を下げる。アヤセが告発しようとしていたことは、運営側が先に手を打ち、処理を済ませた。こちらとしては処分と謝罪、今後の再発防止を約束してもらえるのであれば他に述べることは無い。
「もし、アヤセ様が望まれるのでありましたら、責任者による直接の謝罪や、ゲームを続ける上で御希望の措置等を特別に取り計らいいたします」
「御報告ありがとうございます。当方としましては、今後の対応等をしっかり行っていただければ他に申し上げることはありません。今後もゲームを楽しみたいと思いますのでよろしくお願いいたします」
アヤセが謝罪を受け入れたことと、今後もゲームを続けて行くことを述べると運営AIは少しほっとしたような表情を見せた。
「私共の謝罪を受け入れてくださいましてありがとうございます」
「ここからは私的な会話になるのですが、出資元からの出向スタッフを懲戒解雇してエスメラルダの『実家』から圧力はかからなかったのでしょうか?」
「懲戒解雇したスタッフは、もしかしたら出向元で受け入れられるかもしれません。実際出資元からは強めの抗議がありましたが、最終的に私の裁定を承諾し、今後もAI事業の出資を続けることを再度相互確認しました」
「つまり、『今回の不正を発見し、裁定の内容も考えたのは、貴社の出資で開発した運営AIによるもので、このような高度の判断ができることは、開発が順調に進んでいる証左です。今後も両社にとって有益な成果が得られるよう手を取り合って励んで参りましょう』ということでしょうか? 出資元を立てているようにも見えるし、もしここで喧嘩別れしても別の企業と手を組めるくらいの技術を持っていることを匂わせれば、相手も強く言えなくなる巧妙な方便ですね。上手く手打ちに持ち越みましたね。……これも貴女の『戦略』ですか?」
「それは、アヤセ様のご想像にお任せします」
アヤセの問いに運営AIはにっこりと笑い、曖昧な回答を返す。これに対しアヤセは苦笑するのみで、それ以上言及しなかった。
「それで、他に何か用事が無いようでしたら、そろそろゲームに戻らせていただきたいのですが?」
「あっ、それは失礼しました。長い間引き留めてしまい申し訳ございません。すぐに復帰措置を取らせていただきます。あと、最後になりましたが、アヤセ様の要注意人物リストの記載は今をもって削除いたします」
「本当ですか? それは有難いです」
「アヤセ様の記載が不要であることは、私の裁定だけでなく運営チームの判断も含まれています。誰よりもこのゲームを愛されているアヤセ様に今後もそう思っていただけるよう、私共も努力いたしますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします。それではこちらからも最後に……」
おもむろにソファーから立ち上がり、アヤセは天井をしばらく見上げ、何も無い空間に頭を下げる。
「この度の裁定及び御配慮、ありがとうございます。自分もお役に立てて良かったと思います」
「……」
その後、アヤセが事務室から消失し、ゲームの世界に戻るのを運営AIはお辞儀をして見送っていたが、転移完了を確認すると頭を上げ、元の姿勢に戻った。
「戻ったか」
事務所に一人のスーツ姿の男性が、アヤセの転移が完了したのと入れ替えに出現した。
「チーフ、お疲れ様です」
「ああ、君もご苦労様。……見ているのを気付かれていたか」
「はい。初めから気付かれていたと思います」
「出資元とのやり取りも大体彼の推測の通りだし、おまけに自分が『大物』を釣り出す餌にされたことを見抜いているような口ぶりだったな。……全く何もかも見透かされているようでやりづらい相手だ。もし、ルクレツィアとPVPをして、コンプラ違反のスタッフの名前を聞き出していたら、どんな動きをしたのやら。少なくても今回のように穏便にいかなかっただろう」
「はい。あの方の行動パターンから、大胆な手を打ってくる可能性がありました。私はあの方からは多くのことを学び、これからも学ぶべき点は沢山あると思います。今回の出資元とのやり取りの際にも随分と参考にさせていただきました」
「『頼れるアタッカー・アイ』という評価が定着したのも彼の『剣術指南』のお陰だったな。でも、あまり肩入れするなよ」
「承知しています。人に対する思いやりや駆け引きの上手さは尊敬すべきところがありますが、潜在的な強い攻撃性が見え隠れします。それがあの方に影を落としている点ですので注意が必要です。最も私は、これからも『一番弟子』として寄り添って見守っていきたいと思いますが」
「だから肩入れはするなと……。まぁ、こちらにとっては、敵にも味方にもなり得る相手だから警戒が必要だな。今後も監視を継続する必要があるだろう」
「それでチーフ、アヤセ様に何かお詫びの品等を差し上げなくてよろしいのでしょうか?」
「本人がいらないって言うのだから仕方がないだろ。それに彼は対等の関係を望んでいる。俺が頭を下げたら向こうが有利になるし、お詫びの品とかを贈呈したら向こうも何か引け目を感じるんじゃないかな。多分そういうのは彼が最も嫌うことだと思うぞ」
運営AIはチーフと呼ばれると男の見解に当初は不満な様子を見せるが、それも一理あると考え直し小さく頷いた。
「ゲームのプレイ自体は『あの』アイテムマスターでありながら、南部攻略の新ルートの発見や、数える程度しかいない称号獲得者の仲間入りをしたり、創意工夫でタマモ召喚の一歩手前までたどり着いたのは見事としか言いようがない。それにNPCにあれほど丁寧に人格を認めて接しているプレイヤーもいないだろう。ヴァロア家関係者の好感度は『超えた』か?」
「はい。ダミアン、マルグリット、ルネ、ギー、ランベールの各NPCの諸条件は全て揃っています。他、ゲンベエ師匠、オサキ、ベン場長、シクリッドらとも交流を深めています」
「全く、僅かな期間でよくもここまで、キーキャラクター達と人脈を築けたな。……いよいよ『風』が吹くか。帝国一強の大陸情勢が大きく変化するかもしれない。『あの』アイテムマスターがどこまでやれるか見物だ」
「チーフも少し楽しそうですね」
「そう見えるか? 俺は今の帝国の一人勝ち状態が面白いと感じなくてな。トップクランが軒並み揃って帝国に加担している現況も気に入らない。まぁ、だからと言ってゲームに介入するのはルール違反だからしないが」
「そういう意味ではあの方は注目株ですね」
「ああ、注目株だからしっかり見張っておくように。あと、彼が以前申告していた件についても進めておいてくれよ」
「はい、その件については対象の動向を見定めていますが、その機会がもうすぐやってきそうです」
「これも調査次第では、今回以上の対応を求められそうだ」
「そちらはお任せします」
「分かっている。出資元も当分おとなしくしているだろうし、今が立て直しのチャンスだろう。ここで是正できなければ次に何かあった時にはもう手遅れになりかねん。これから部下達に発破をかけて『火消し』に当たるぞ」
運営AIとチーフがそのような話をした翌日、ゲームの掲示板に一件のお知らせが掲載された。
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【お知らせ】不正行為および情報管理不備に関するご報告
平素より当社サービスを御利用いただき、誠にありがとうございます。
このたび、一部プレイヤーによるリアルマネートレード(RMT)行為及びハラスメント行為並びに当社スタッフによる情報管理上の不備が確認されました。
調査の結果、以下の対応を行いましたので御報告いたします。
○当該プレイヤーのアカウントをブラックリストに登録し、利用を停止しました。
○情報管理に関与したスタッフを懲戒処分し、再発防止策を徹底いたします。
なお、個人情報(氏名・住所等)の漏洩は一切ございません。
プレイヤーの皆様に御心配と御迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
今後も安心してゲームをお楽しみいただけるよう、運営体制の強化に努めてまいります。
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―――アヤセは静かに画面を閉じる。掲示板に掲載された告知文は、彼が予想していた通りの内容だった。処分の対象、情報漏洩の事実、そして再発防止策の提示。どれも形式的ではあるが、必要な情報は揃っていた。
彼はしばらく空を見上げる。事がここまで進んだ以上、最早自分が動く余地はない。ルクレツィアとの直接対決も、情報漏洩者の名を聞き出す機会も、既に失われた。
「……終わったか」
その声は感情を覗かせない。
運営が先手を打ったことで、彼の思惑は外れた。だが、結果として不正は是正され、運営も一定の責任を果たした。これ以上を望むのは、ただの執着だろう。
「さぁ、次だ。タマモが自分達を待っている」
そう呟くと、アヤセはラタスの街を歩み始める。
告知文は既に過去のものとなり、彼の視線は未来を見据えていた。




