愛を知る少女と愛を知った少年
駅の改札口前。それなりの人がいる中で、固まっている四人は目立つ。しかもその中央にいる人間が浮いているのだから尚更だ。
最初に気付いたのは佐南だった。
一人が周りの視線を気にするようになれば、その空気は伝わるもので。
柊も滉征もここが公共の場所だったと思い出す。そうなれば周りのことが気になってくるものだ。
しかも、青子は浮かんでいる。
浮かぶ青子を隠すように――隠すことなど全然できなかったが――四人は駅から逃げ出した。
そして、今。
佐南と柊は自転車をこいで、家へと帰っている最中だ。
滉征と青子はバスで帰っている。
「もう暗いし、俺が自転車乗って家まで届けるから。悪いけど、佐南の自転車は明日届けるし。二人は青子ちゃんとバスで帰った方がいいよ」と滉征からは言われていた。青子からも「一緒に帰らないの?」と首をかしげられたが、柊は頑なに断った。自転車で出かけたのに、乗って帰らない方が親に変に思われるから、と。
佐南もこれくらいの時間なら、普通に自転車で帰れるので断っている。
滉征はそれでも心配そうだったが、最終的には諦めたようだ。
佐南に「柊のこと頼むな。二人とも気を付けて」と言って、青子は「またね」とあっさりと手を振って――いつもと変わらない態度にホッとしたくらいだ――バス停に向かって行った。
地元が一緒なので、当然ながら二人の帰り道は同じである。
まっすぐに海まで伸びる大通りは、市内の大動脈の一部だ。それだけに車通りも多い。
その横の広い歩道を自転車で走る。
佐南の前を柊が走っていた。
「滉くん、絶対に今、青子さんに告ってますよ。付き合ってくださいって!」とか。
「だいたい今日のことって冷静に考えたら、痴話喧嘩みたいなものじゃないですか!?」とか。
「わたしにも原因はあったかもだけど、それでも、滉くんだってもうちょっと余裕を持ってくれてたら、こんなことにならなかったのに!」とか。
「青子さんもだいたい鈍感すぎなんですよ、もー!」とか。
柊はさっきからずっとぼやき続けている。
いつもの佐南ならいい加減、苛立ちそうなほどにいじっかしい。
しかし、今の佐南に苛立ちはない。ただ、どうしようもなく困っていた。
青子の前でしか感情をあらわにしない柊が、佐南の前でこんなことを言うくらいだ。
柊も今回のことで、おかしくなっているのだろう。
「だいたい、青子さんも滉くんも酷いですよ。わたしからの連絡は全然返事してくれないのに、松田くんからの電話は取るなんて……。酷い酷い酷い!」
「それは仕方ないだろ」
佐南は思わず言っていた。
動画を発見した後に、柊は青子にも滉征にも何回も連絡した。それなのに返信はなくて、でも佐南が二人に電話をしたときは繋がった。
そのことに柊が本気で傷ついている気がした。
佐南の声は柊にも届いたようだが、火に油を注いだだけだった。
「仕方ない! 青子さんがわたしより松田くんの方が好きだから!? 滉くんがわたしより松田くんを信頼してるから!? 青子さんとはわたしのほうが一緒にいる時間が長いのに!」
今は柊のほうがやけっぱちになっている。
「そうじゃなくて!」と、佐南も少し語気が強くなった。
「もともと三人で約束してたんだろ。それがあんなことがあって、原因が原因だから滉くんだって高野からの連絡は避けるだろ。気まずいだろうし、高野は青子の味方だって分かってるんだから尚更だ。青子と連絡がついたのは、完全にタイミングの問題だろ。あのタイミングだから繋がったってだけだ」
「でも、青子さん、松田くんのこと好きだって言ってたし!? イケメンって褒めてたし!?」
「なんの話だよ」
「青子さんはわたしより松田くんのほうが好きなんだ!」
その言葉が、佐南の心に引っかかっていたものを吐き出させた。
「高野は青子が好きなのか?」
ずっと聞こえていた柊の声が止む。
しかも急ブレーキをかけて自転車まで止めたから、佐南も慌てて止まった。
柊は顔を伏せていた。ハンドルから手を離して目元を何度も拭っている。もしかしてずっと泣いていたのかと、佐南は改めて困ってしまった。
柊が振り返った。
「好きですよ。特別な人です。たった一人だけの特別で、唯一の人。でも……」
行き交う車のヘッドライトで、柊の顔もよく見える。
青子のように腫れてはいないが、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど目は潤んでいた。
「でも、それは佐南くんも同じでしょう?」
柊が言う。
「滉くんや佐南くんがどうしてそうなのか、わたしには分からないけど、でもわたしと同じでみんな、青子さんを特別に想ってる。違う?」
違わない、だろう。
佐南にとっても青子は『特別』ではある。
なんせ、命の恩人なのだから。
だが……。
「俺が青子を特別だと思ってるのと、滉くんが青子を特別だと思ってる気持ちは別物だ」
「佐南くんはそうでしょうね」
「高野は……どっちの特別なんだ?」
柊は眉間にしわを寄せて笑うと、またペダルをこいだ。
答えはないのかと、佐南もまた後を追う。
柊は速度を落として佐南の隣に並ぶと、言った。
「ずっと怖かったんです。青子さんが誰かを好きになることが……」
佐南はチラっと柊を見る。
柊はまっすぐに前を見ていた。
「そうなったら、青子さんとはもう一緒にいられなくなると思って……でも、わたしには青子さんの気持ちは止められない。高校に入ってから、滉くんは気持ちを隠そうとしなかったみたしだし。青子さんは気付いてなかったけど、学校の話を聞くと分かったから……。いつかそれで青子さんも滉くんの気持ちに気付いて、青子さんもいつか滉くんを好きになるかもしれないって思うと……」
ふと柊は笑った。明らかな自嘲だった。
「怖くてたまらなくなって、早くその時がくればいいとすら思ったの。それで青子さんを追い詰めちゃうとは思わなかったけど」
滉くんが可哀想、と柊は青子に言ったらしい。
そうやって少しずつ、柊は自分の恐怖をまぎらわせていたのかもしれない。
「青子さんはわたしにとって特別な人です。たった一人の人。……わたしの特別はきっと滉くんとは違う。でも、佐南くんとも違う」
そして、柊は言った。
「わたし、青子さんのこと愛してるんです」
柊はポカンとした佐南を見ると、どこか楽しそうに笑う。
柊はサドルから腰を上げて、ペダルの上の足を伸ばして立ち上がった。
「滉くんの愛と似てて、でもたぶん違うと思うけど……。でも、愛してるって思っちゃってるから」
惰性で走る柊の自転車を追い越して、佐南が少し前に出た。
思わず振り返れば、サドルに座った柊がまた自転車をこぎ始めている。
このまま佐南の後ろを走ることにしたようだ。
「……だから、青子は特別なんだな」
佐南は前を向いて、言った。
その声は柊にもちゃんと届いたようで、「そうですよ」と返事があった。
「そっか」と返して、佐南は納得した。
青子を愛している。
そう言われれば、その通りなんだと思える。
今日、青子を迎えに行ったときに見せた柊の表情はとても大人っぽくて、甘くて柔らかくて、優しい。
あのとき佐南は、柊の愛を見たのかもしれない。
そう思ったが、思考のクサさにちょっと恥ずかしくなる。
だが、いいな、と佐南は純粋に思った。
あんな表情を向けられる青子が、こんなふうに愛されている青子が羨ましいと思ってしまった。
このときから佐南の『特別』は柊になったのだが……このときは柊はもちろん、佐南自身も気付いていなかった。




