表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/37

空飛ぶ少女の恋(5)


 夜がやってきた。

 辺りが薄暗くなる中で、いつまでも立ち話なんてしていられない。

 バス停へと三人は移動した。

 その間、柊はずっと青子の手を握っている。

 バス停でバスを待つ間に、柊は自販機で買った水でハンカチを濡らした。

 それで青子の目を冷やしはじめる。

 なんとなくその様子を見守っていた佐南だったが、唐突に思い出した。

「あ、滉くんにも連絡しておかないと」

 青子を見つけたというのに連絡するのをすっかり忘れていた。

 しかし、滉征の名前が出ると、青子がビクッと震える。

「滉くんに連絡するの?」

 目元をハンカチで冷やしたまま、頼りなく言った。

「当たり前だろ。……青子も滉くんに謝るんだろ」

「うん」

 青子は力なくうなずいたが、「ちょっと待って」と柊が言う。

「滉くんへの連絡はわたしがしておきます」

 そう言うとスマホを取り出して、素早く操作する。

「……はい、送っておきました。これで松田くんからは連絡しなくても大丈夫だから」

 軽く笑って言った柊のスマホが、ピロンとメッセージの受信を告げる。しかもピロンピロンと続けて鳴った。柊はスマホの画面をチラッと見ると、バイブに切り替えたらしい。ブブッ、ブブッとスマホが何度も震える。

「…………滉くんになにを送ったんだ」

「真実しか伝えてません」

「…………」

「本当ですよ」

 しばらくしてバスがやってきた。

 バスの中は人が少なかった。青子と柊は隣り合って座り、佐南はその後ろに座る。

 三人はずっと無言だった。駅について、電車に乗って、そして滉征の待つ駅に到着するまで、ずっと。

 そのままホームに降りて、改札までの階段を下りる途中で、青子が足を止めた。

 手を繋いでいた柊も足を止めて、二人の後ろを歩いていた佐南も足を止める。

 三人の横を何人もの人が通り過ぎる。立ち止まった佐南たちをチラッと見ていく人もいた。

「青子さん、どうかした?」

 柊が青子の顔をのぞきこむ。

 ずっと冷やしていたおかげか、青子の目の腫れは引いていた。頬の残る涙も、柊によって拭われている。

 黙っている青子に、柊は優しく聞いた。

「滉くんに会うの、怖い?」

 青子は眉尻を下げて、情けない表情を浮かべる。

 これは、肯定しているということだ。

「大丈夫ですよ。絶対、大丈夫。わたしが青子さんを絶対に見捨てないように、滉くんも絶対に青子さんを見捨てるなんてできないから。心配かけたことを謝れば、それだけでいいから」

「……だから、それが甘いって言ってんだろ」

 佐南はつい言葉を挟む。

 青子が振り返って佐南を見た。迷子みたいな表情に、なぜか佐南まで心許ない気分になる。それでも、言った。

「許すかどうかは滉くんが決めることだろ。それくらい心配かけたんだからな」

 青子の隣では、柊が佐南を睨んでいた。

 必死に毛を逆立てて怒っている小型犬のようだ。青子を守るためなら、いつでもキャンキャン吠えて、相手に噛みついていくだろう。

「ん」

 しかし、青子は佐南の言うことを受け入れるように、小さくうなずく。

 分かっていても怖いということだろう。

 佐南も色々とはっきり言ってしまうが、青子の弱々しい姿を見たいわけでもない。むしろ、いつも淡々、飄々としている青子のそんな姿に戸惑いが強かった。

「青子は、なんでそこまで怯えるんだよ。俺だって本当は……滉くんが青子を見捨てるとは思わない。青子が謝って、見捨てられたくないって伝えれば分かってくれると思う。それなのに、なにがそんなに怖いんだ?」

 佐南は思わず聞いていた。

 滉征を知っていれば、そんな風には考えないはずだ。

 しかし、青子は、ふと笑う。へらりとしたいつもの笑みじゃなくて、どこまでも吸い込まれそうな深い色を湛えた目を細めて、口元にただ笑みを貼り付けただけの、そんな笑い方。

 あまりの似合わなさに、背筋が寒くなる。

「佐南の言う通りだから。決めるのは、滉くんだよ。どんなに見捨てられたくないって思っても、嫌だって泣いても、わたしの気持ちは関係ない。決めるのは、滉くんだから」

 だから、怖い。

 続けられなかった言葉が、そのまま聞こえてきたようだ。

 それに何を思ったのか、柊が両手で青子の手を握った。

 じっと青子の目を見る。

「わたしは青子さんのこと好きですよ。わたしは青子さんに見捨てられたくない。青子さんはいつかわたしを見捨てますか?」

「そんなわけない」

 青子は断言した。

 そして、情けなく眉尻を下げる。

「あたしは、柊にも見捨てられたくないよ。だから、あたしから見捨てるなんてない」

「うん。……うん」

 柊は泣きそうな顔で、微笑んだ。どこか大人っぽい表情だ。

「滉くんも、きっとそう思ってます。青子さんに見捨てられたくないって。だから、避けられて、関係ないって言われてショックを受けたんだと思う。青子さんが飛んじゃうほどショックを受けたのと同じように、滉くんもショックを受けて、だからあんなこと言っちゃったんですよ。だから、ちゃんと滉くんと話そう? 滉くんは優しい人だから、話を聞いてくれる。それは信じられるでしょう? わたしもいるし、あと松田くんもいるから。心配することなんて、なにもないですよ」

 青子は柊の手を握り返すと、ふ、と息を吐く。緊張も一緒に吐き出すように。

 そして、また振り返って佐南を見た。

「あたし、佐南にも見捨てられたくないよ」

「…………おう」

 妙に照れくさくなって、佐南の返事はぶっきらぼうなものになる。

「青子はボーっとしてるからな。見捨てるなんて俺にもできねえよ」

「ん…………ありがと」

 握った柊の手も持ち上げて額に当てて、青子はポツリと言った。

 それは柊と佐南の二人に向けた言葉だと分かる。

 思わず青子を見つめた佐南と柊だったが、同時に顔を上げると目を合わせた。

 ここから先は、滉征に任せるしかない。

 二人はそのとき同じことを感じていただろう。

「青子さん、行きましょう」

「行こうぜ、青子」

 頼りない背中を押すように、三人は階段を下りて、その先の改札を抜けた。

 そこには、滉征が待っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ