空飛ぶ少女の恋(5)
夜がやってきた。
辺りが薄暗くなる中で、いつまでも立ち話なんてしていられない。
バス停へと三人は移動した。
その間、柊はずっと青子の手を握っている。
バス停でバスを待つ間に、柊は自販機で買った水でハンカチを濡らした。
それで青子の目を冷やしはじめる。
なんとなくその様子を見守っていた佐南だったが、唐突に思い出した。
「あ、滉くんにも連絡しておかないと」
青子を見つけたというのに連絡するのをすっかり忘れていた。
しかし、滉征の名前が出ると、青子がビクッと震える。
「滉くんに連絡するの?」
目元をハンカチで冷やしたまま、頼りなく言った。
「当たり前だろ。……青子も滉くんに謝るんだろ」
「うん」
青子は力なくうなずいたが、「ちょっと待って」と柊が言う。
「滉くんへの連絡はわたしがしておきます」
そう言うとスマホを取り出して、素早く操作する。
「……はい、送っておきました。これで松田くんからは連絡しなくても大丈夫だから」
軽く笑って言った柊のスマホが、ピロンとメッセージの受信を告げる。しかもピロンピロンと続けて鳴った。柊はスマホの画面をチラッと見ると、バイブに切り替えたらしい。ブブッ、ブブッとスマホが何度も震える。
「…………滉くんになにを送ったんだ」
「真実しか伝えてません」
「…………」
「本当ですよ」
しばらくしてバスがやってきた。
バスの中は人が少なかった。青子と柊は隣り合って座り、佐南はその後ろに座る。
三人はずっと無言だった。駅について、電車に乗って、そして滉征の待つ駅に到着するまで、ずっと。
そのままホームに降りて、改札までの階段を下りる途中で、青子が足を止めた。
手を繋いでいた柊も足を止めて、二人の後ろを歩いていた佐南も足を止める。
三人の横を何人もの人が通り過ぎる。立ち止まった佐南たちをチラッと見ていく人もいた。
「青子さん、どうかした?」
柊が青子の顔をのぞきこむ。
ずっと冷やしていたおかげか、青子の目の腫れは引いていた。頬の残る涙も、柊によって拭われている。
黙っている青子に、柊は優しく聞いた。
「滉くんに会うの、怖い?」
青子は眉尻を下げて、情けない表情を浮かべる。
これは、肯定しているということだ。
「大丈夫ですよ。絶対、大丈夫。わたしが青子さんを絶対に見捨てないように、滉くんも絶対に青子さんを見捨てるなんてできないから。心配かけたことを謝れば、それだけでいいから」
「……だから、それが甘いって言ってんだろ」
佐南はつい言葉を挟む。
青子が振り返って佐南を見た。迷子みたいな表情に、なぜか佐南まで心許ない気分になる。それでも、言った。
「許すかどうかは滉くんが決めることだろ。それくらい心配かけたんだからな」
青子の隣では、柊が佐南を睨んでいた。
必死に毛を逆立てて怒っている小型犬のようだ。青子を守るためなら、いつでもキャンキャン吠えて、相手に噛みついていくだろう。
「ん」
しかし、青子は佐南の言うことを受け入れるように、小さくうなずく。
分かっていても怖いということだろう。
佐南も色々とはっきり言ってしまうが、青子の弱々しい姿を見たいわけでもない。むしろ、いつも淡々、飄々としている青子のそんな姿に戸惑いが強かった。
「青子は、なんでそこまで怯えるんだよ。俺だって本当は……滉くんが青子を見捨てるとは思わない。青子が謝って、見捨てられたくないって伝えれば分かってくれると思う。それなのに、なにがそんなに怖いんだ?」
佐南は思わず聞いていた。
滉征を知っていれば、そんな風には考えないはずだ。
しかし、青子は、ふと笑う。へらりとしたいつもの笑みじゃなくて、どこまでも吸い込まれそうな深い色を湛えた目を細めて、口元にただ笑みを貼り付けただけの、そんな笑い方。
あまりの似合わなさに、背筋が寒くなる。
「佐南の言う通りだから。決めるのは、滉くんだよ。どんなに見捨てられたくないって思っても、嫌だって泣いても、わたしの気持ちは関係ない。決めるのは、滉くんだから」
だから、怖い。
続けられなかった言葉が、そのまま聞こえてきたようだ。
それに何を思ったのか、柊が両手で青子の手を握った。
じっと青子の目を見る。
「わたしは青子さんのこと好きですよ。わたしは青子さんに見捨てられたくない。青子さんはいつかわたしを見捨てますか?」
「そんなわけない」
青子は断言した。
そして、情けなく眉尻を下げる。
「あたしは、柊にも見捨てられたくないよ。だから、あたしから見捨てるなんてない」
「うん。……うん」
柊は泣きそうな顔で、微笑んだ。どこか大人っぽい表情だ。
「滉くんも、きっとそう思ってます。青子さんに見捨てられたくないって。だから、避けられて、関係ないって言われてショックを受けたんだと思う。青子さんが飛んじゃうほどショックを受けたのと同じように、滉くんもショックを受けて、だからあんなこと言っちゃったんですよ。だから、ちゃんと滉くんと話そう? 滉くんは優しい人だから、話を聞いてくれる。それは信じられるでしょう? わたしもいるし、あと松田くんもいるから。心配することなんて、なにもないですよ」
青子は柊の手を握り返すと、ふ、と息を吐く。緊張も一緒に吐き出すように。
そして、また振り返って佐南を見た。
「あたし、佐南にも見捨てられたくないよ」
「…………おう」
妙に照れくさくなって、佐南の返事はぶっきらぼうなものになる。
「青子はボーっとしてるからな。見捨てるなんて俺にもできねえよ」
「ん…………ありがと」
握った柊の手も持ち上げて額に当てて、青子はポツリと言った。
それは柊と佐南の二人に向けた言葉だと分かる。
思わず青子を見つめた佐南と柊だったが、同時に顔を上げると目を合わせた。
ここから先は、滉征に任せるしかない。
二人はそのとき同じことを感じていただろう。
「青子さん、行きましょう」
「行こうぜ、青子」
頼りない背中を押すように、三人は階段を下りて、その先の改札を抜けた。
そこには、滉征が待っていた。




