空飛ぶ少女の恋(3)
『佐南、ここどこだろ?』
いつもの淡々とした青子の声に、佐南は言いようのないものがこみ上げる。
「青子か? 青子だよな!?」
柊がハッとして、佐南を見た。
佐南はその視線に気付かず、スマホの向こう側にひたすら神経を集中させる。
『うん』
目の前にいないのに、いつものようにうなずいている青子の姿が浮かぶ。
「お前、なぁ……」
怒鳴ろうとして言葉が詰まった。体から力が抜ける。
思わずしゃがみこむと、柊がまたスマホを奪っていった。
「青子さん!」
悲鳴のような声だ。
「今、どこですか!? 無事!? 怪我してないですか!?」
『柊?』
「そうですよ! もー、なにしてるんですか!?」
『……柊』
青子の声が弱々しいものに変わる。
その変化に、柊はまた不安が込み上げた。
「青子さん?」
声ににじんだ不安に気付いているのかいないのか。青子は言った。
『柊の、言う通りだった。あたしは、やっぱり駄目だ』
「……は? え、なに!? どういうこと。なにがあったの!?」
『もう、駄目なんだ。見捨てられた』
「なに、なにが駄目なの。見捨てられたって誰に!?」
青子は答えない。
沈黙が怖くて、柊は慌てて言う。
「青子さん、そこがどこだか分かりますか? みんなで迎えに行くから」
『……分かんない。でも、いいよ。飛んで帰る』
「ダメ! それじゃ目立つから! 動画がアップされてるんですよ。これ以上、目立つようなことはしないほうがいいです」
後半、柊は声をひそめて言った。
『そっか。……でも、もういいよ。どうでもいい』
「どうでもよくない!」
投げやりな発言に、柊はもどかしくて叫ぶ。
「青子さん。お願いだから、わたしたちのこと待ってて。これ以上、心配させないで」
『…………もしかして、あたし、柊にも見捨てられるの?』
「はあ!? なに言ってるんですか! どうしてそうなるの。そんなわけないでしょ!」
「おい、落ち着けって!」
ヒートアップして声が大きくなる柊は、チラチラと周りの視線を集め出す。
しかし、柊はそんなこと気付かない。
「わたしがあなたを見捨てるわけない! あなたと会ったときからずっと、あなたはわたしの特別な人です。わたしにとってたった一人の人です! だから、そんなこと言わないで!」
今にも泣き出し、縋りつくような……懇願と言っていいほどに切ない声は、どこまでも柊が本気だと伝わってくる。
思わず何も言えず、固まってしまう佐南の前で、柊は祈るようにたった一人の人の言葉を待っていた。
『…………そうかな。それって本当なのかな?』
ポツリと、こぼれ落ちたような言葉は、迷子のような心許なさがある。
だから、柊は力強く言い切った。
「本当に決まってるでしょ! 青子さんだって分かってたでしょ! 分かってるでしょ! 分かってないなんて絶対に言わせない」
『でも……でも違ったんだ。滉くんは違った。……柊だって違うかもしれない』
「滉くん? 滉くんに何か言われた?」
『…………もう関係ないって言われた。どうでもいいって』
「はあ? 本当に? 本当に滉くんがそう言ったの!?」
『………………』
「それ、絶対になにか理由がありますよ。たぶん青子さんが思っているようなことじゃないと思う。滉くんが本気でそんなこと思ってるわけない」
『………………』
「……じゃあ、いいです。滉くんのことはそれでいい。よくないけど、今はそれでいいです。ただ、わたしのことは信じてくれますよね? わたしが青子さんを大好きなことは分かりましたよね? だから、わたしが迎えに行くから。絶対にそこに行くから。だから待ってて」
『………………うん』
青子の返事に、柊はホッとして息を吐く。
「じゃあ今から電車に乗るんで、一回電話切りますよ。また連絡するから、絶対に今度は出てくださいね」
そうやって念押しすると、柊は電話を切った。
そしてスマホの画面をハンカチで拭くと、佐南にスマホを返す。
「青子さんと滉くんの間で、なんか誤解があるみたいです。とりあえず、わたしだけ青子さんを迎えに行ってきます」
「ちょっと待てよ。滉くんを待たないのか?」
今、滉征は駅に向かっているはずだ。青子を探すために。
だが、柊はうなずく。
「待たない。たぶん、今、滉くんが青子さんを迎えに行っても、青子さんが混乱するだけだと思う。……なにがあったか知らないけど、滉くんの姿を見た途端に青子さん、また飛んでっちゃうかもしれないし」
「それで……お前、一人でいくつもりか?」
「そうだけど」
佐南はわずかな苛立ちを感じつつ、言った。
「俺も行く」
一瞬、柊はキョトンとした。
「え?」
「俺だって、もともとそのつもりでここに来たんだ」
なんとなく自分が部外者にされてしまっている気がするが、もともと佐南も青子を心配してここまで来たのだ。今更、引き返すつもりもない。
「……ありがとう」
柊が、ポツリと言った。なんだかんだ、柊の不安も完全に消え去ったわけではないのだろう。一人で向かうには心細かったのかもしれない。
とりあえず隣の市の駅までの切符を買う。青子の飛行時間がどれくらいだったのか分からないが、電車では六分くらいの距離だ。
次の電車が来るのが五分後。
二人は改札を抜けて、ホームへと入っていく。
ホームには制服姿の高校生がポツポツと立っている。
そのとき、佐南のスマホがメッセージの受信を告げた。
『今どこにいる?』
滉征だ。
「滉くんからだ」
柊に言って、佐南は電話をかけた。
ワンコールで繋がる。
『佐南、今どこだ?』
「今、高野と駅のホームに入った。青子を迎えに行ってくる」
『柳さんと連絡がついたのか!?』
安堵と驚きの混じった滉征の声に、佐南は何度もうなずいた。
「うん。自分がどこにいるのかは分かってないみたいだけど」
『分かった。とりあえず、俺もそっちに行くから』
「あ、待って。滉くんはそこで待ってて」
『え?』
「青子が、その、今は滉くんに会える状況じゃない? みたいで……。俺と高野だけで行ったほうがいいと思う」
『……柳さんが言ったのか? 俺に会いたくないって?』
「俺が直接聞いたわけじゃないけど……。たぶん、青子もなんか勘違いしてるっぽい? みたいだし、今は俺たちに任せてくれよ」
『………………。柳さん、まだ自分がどこにいるのか分かってないんだよな?』
「そうなんだよ。ただ新しい動画がアップされてて、映ってたビルの名前も分かったからそれをなんとか頼りに……」
『それより地図アプリで自分の居場所がどこか確認してもらったほうがいい。位置情報で自分の場所が分かるはずだから』
「あ、そっか」
『それで住所でも建物の名前でも、なにか教えてもらえれば、そこから移動手段とか考えられるから。なにか分かったら俺にも教えてくれ』
「うん、分かったよ。滉くん、ありがとう。……あ、そろそろ電車来るから電話切るよ。また連絡するから」
『…………佐南』
「なに?」
『悪い。柳さんのことも、柊のことも頼むな』
「……うん」
滉征との通話を切る。
柊がじっと佐南を見た。なにかを探ろうとしているようだ。
「……滉くんはなんて?」
佐南は首を横に振る。
「青子に地図アプリで居場所が分からないか聞いてくれって」
その手があったかと、柊もハッとしたようだ。全然思いつかなかったが、これで青子の居場所が分かるかもしれない。
「分かった。聞いてみる」
柊はスマホを取り出す。向こうから電車が見えてきた。
「滉くん、他にはなにか言ってた?」
「特になにも……。ただ、滉くんもやっぱりショックを受けてるみたいだ」
青子が飛んで行ったのは自分のせいだと言っていた滉征。
滉征には会いたくないと言っていた青子。
「なにがあったんだろうな……」
「分からないけど……。とりあえず青子さんを見つけるのが先決だから」
「そうだな」
そのとき、ホームに電車が入ってくる。
二人はふと顔を見合わせると、口を開けた電車に入っていった。




