空飛ぶ少女の恋(2)
「え、なに言ってるんだ?」
『青子が落ちた』と言われても、滉征はよく理解できなかったらしい。
ただ驚いている滉征に、佐南も焦りながら説明する。
「青子が落ちたんだよ。そんな動画があって、高野がそれ滉くんに送ったって……」
『見てない……。え、それ本当に柳さんか? 柳さんが落ちるわけないだろ』
「本当なんだよ。小さくて、顔なんてまともに見えなかったけど、でも、あれは青子だ。高野だってそう言ってる」
『え……でも……なんで……』
「滉くん!」と柊が、佐南からスマホを無理やり奪った。
「滉くん、なんで!? なんで青子さんがこんな時間に飛んでいるの!? 滉くん、一緒にいたんじゃないの!?」
「おい、そんなの滉くんに聞いても分かんないだろ」
パニックのせいか、柊の口調は滉征を責めているようだ。
佐南は無理やり柊からスマホを取り返す。
『悪い。俺のせいだ……』
スマホを耳元に当てると、滉征が震える声でそう言っていた。
「……青子となんかあったのか?」
『…………』
滉征は答えない。
でも、それは肯定だ。青子と滉征の間になにかがあった。
「滉くん……どうしよう。俺たち、どうすればいいんだ?」
青子が落ちたと知っても、佐南たちに出来ることはなにもない。
でも、もどかしくて、どうしてもジッとしていられない。
「探さなきゃ……」
柊が言う。
潤んだ目は、しかし弱さを誤魔化すように厳しいものになっていた。
「探さなきゃって……場所も分かんないだろ」
スマホを耳元にあてたまま、思わず佐南は言っていた。
佐南の言葉に、滉征もこちらの状況を察したらしい。
『探しに行くのか? 場所が分かるのか!?』
「……動画の撮影は隣の市みたいだけど、そんな詳しい場所は分かんないよ」
滉征にも柊にも答えるように言うが、柊はふるふると首を振る。
「でも、このまま連絡を待ってたってどうにもなんない。だったら探しに行った方がいい」
「探しに行ったって見つかるとは限んないだろ。もしかしたら、また飛んで帰ってくるのかもしれないし」
「それならそれでいいの。無事ならそれでいい。そうじゃないなら……探しに行かないと」
柊はただムキになっているように見える。
なにか動いていないと不安なだけに見える。
それでも……気持ちはよく分かった。分かってしまう。
「……滉くん、俺たちはとりあえず青子のこと探しに行ってみる。なんも分かんないかもだけど……」
『待て。それなら俺も行くから!』
慌てたように滉征が言った。
とりあえず駅で待ち合わせて、電車で隣の市まで行くことを決める。
滉征との通話を終えると、佐南は柊を見た。
「とりあえず駅で滉くんを待とう」
滉征はバスで駅まで向かうと言っていた。三十分ほどかかるらしい。
この図書館から駅までは、自転車で十分ほど。
柊も自転車でここまで来ていたらしく、二人で自転車置き場まで向かう。
「滉くんはさっきなんて言ってたの?」
その途中で柊が言った。
「さっき?」
「青子さんと滉くんってなにかあったの?」
あのときの電話での会話だと分かった。
滉征が言ったことを柊に話してもいいのか迷う。
だが、柊の誤魔化しを許さない雰囲気を感じて、佐南は正直に話した。
「……どういう意味で言ったのかは分かんねーけど……『俺のせいだ』って滉くんが言ってたんだよ」
「なにが? 青子さんが空を飛んで行ったこと? 空から落ちたこと?」
「そこまでは分かんねーよ」
「なにしてんの、滉くんは」
滉征を責めるような声に、佐南はカチンときた。
「そんな言い方すんな。滉くんが本当に悪いかなんて分かんないだろ。責任感が強いから、そう思ってるだけかもしれないし」
「そんなこと知らない。わたしは青子さんの味方しかしない。青子さんになにかあったら、滉くんのこと一生許さない」
本気が伝わる声に、佐南は言葉を失う。
大袈裟だと言いたかったが、もしかしたら本当に青子に『なにか』あったかもしれないのだ。
もしそうだったら……滉征も柊も、佐南だってどうなってしまうのか。
宇宙飛行士にもならずに、もし青子が空の向こうになんて行ってしまったら……。
恐怖が心臓を握りつぶす気がして、佐南は首を振る。
それから二人の間に会話もなく、ただ黙って自転車に乗り駅まで向かった。
※ ※ ※
駅に着くと、二人は入り口で滉征の到着を待った。
その間も、柊は青子にメッセージを送っているようだった。
佐南はあの動画の続きがないか、SNS上で探していく。
他のアングルで撮られたものがあったが、空を飛んでいるところがほとんどだ。
それも顔がはっきりと分かるものではなく、米粒のような遠い姿のものまである。
ただ落ちていく瞬間のものはない。
しかし、動画を見た誰かが、あのビルの近くに行ったらしい情報があった。
「おい、これ!」
思わず柊に声をかける。
SNSの画面上には
『少女落下のビルの裏行ってみたけど死体はナシ。落ちたのはフェイク?』
そんなコメントと一緒にビルの裏の写真がアップされている。時間は五分前。
佐南の画面をのぞきこんだ柊が、は、と息を吐いた。
ほんの少しだけ安心したのだろう。
しかも、このメッセージはビルの名前にハッシュタグを付けて投稿してある。
これで青子を探す手がかりがつかめる。
ほんの少し希望が見えた気がして、佐南も強張っていた肩から力が抜けた。
「もー……無事なら連絡してよ」
泣きそうになりながら言った柊は、ビルの名前をさっそく検索しだしたようだ。
滉征はまだ到着しない。
佐南は無駄だと思いつつ、青子にメッセージを送った。
『今、どこにいる?』
青子と連絡先を交換したのは、青子が中学校を卒業した後。
偶然、空を飛んでいる青子を見かけたのだ。手を振れば、降りてきた。そこで話をして、スマホを買ってもらった青子と連絡先を交換した。
あのとき交換しておいて良かったと心底思う。
返信はないだろうと思っていたが……。
「え?」
既読マークがついた。
そして、『わかんない』とメッセージが送られてくる。
佐南はすぐに電話をかける。
佐南の様子に気付いたのか、柊が顔を上げた。
柊に説明することも忘れて、呼び出し音を聞く。
――――――――――――繋がった。
『佐南、ここどこだろ?』
聞こえた声は間違いなく青子のものだった。




