表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/37

空飛ぶ少女の恋(1)


 現在、佐南たちが通っている中学校はテスト期間中である。

 その間は部活も休みのため、佐南はテスト勉強をしようと部活仲間と一緒に図書館に来ていた。

 図書館に来て勉強がはかどるかと言えばそうでもなく。

 騒ぐことも出来ない場所で、部活仲間四人と勉強したり、勉強しているフリをしたり、マンガを読んだりしていた。

 佐南たちは学習スペースの奥の机を陣取っているが、スペースの手前、窓側には柊もいた。

 ここに来たとき佐南は気付いたが、柊は気付いていないようだ。

 たまにチラチラと様子を見ていると、真面目に勉強しているが、ときどきスマホでなにかを確認しているようだ。

 柊はクラスでは同じ美術部の友達と一緒にいるが、今は一人で来ているらしく隣には誰もいない。

 小学校の時、青子が卒業した後にたまに学校で見かける柊は、いつも一人でどこか寂しそうに見えた。青子と一緒にいてはっきりと感情を表す柊を見たせいか、おとなしい柊には違和感すらあった。

 そして、中学に入学してから青子と一緒にいるところをたまに見かけると、そのときの柊は素直に感情をぶつけていた。それが青子の前限定だと気付いたのは同じクラスになってからだ。

 柊は同じ美術部の友達と一緒のときすら、どこか一歩引いているように見える。ただのクラスメート――佐南含む――だと、十歩くらい引かれているのではないだろうか。

 そんなだから、滉征も柊を心配するのだろう。

 去年の夏休み、金髪にした滉征と偶然会ったとき、「たまに柊のことも気にかけてやってほしい」と言われた。

 深い意味はないけどと誤魔化していたけど、優しくて面倒見のいい滉征は、青子が卒業した後の柊のことを心配していたのだろう、と今になって分かった。

 しかし、青子が中学を卒業してからも、柊はあまり変わらなかったように思う。小学生のときのように、あからさまに寂しそうな様子は見せていない。

 ただ、友人にもクラスメート――佐南含む――にもどこか引いた様子なのは変わらない。

 滉征に頼まれたこともあって、佐南はときどき柊を気にかけていた。それがなにかの行動につながることはなかったが――。


「きゃあっ」


 小さな悲鳴に、佐南は思わず顔を上げた。

 柊の声だった。

 柊はスマホを握り、その画面を呆然と見ている。

 佐南だけでなく、一緒に来た友達も他の利用者も柊のほうを見ていたが、その視線にはまるで気付いていない。

 近くにいた図書館員が柊に近付いていった。

 おそらく「どうかした?」とか「大丈夫?」的なことを聞かれたのだろう。柊はゆるく首を振る。その顔色は、佐南の位置からでも分かるほど青い。

 柊は慌てて広げていた教科書やノートを片付けると、スマホを握りしめて図書館から出ていく。その足取りはどこか覚束ない。

「あれって、うちの中学の奴じゃね?」

「え、俺知らねーけど……。知ってる?」

 友人たちが話す中で、佐南は立ち上がった。

「便所」

 友人たちにはそう言って、佐南は柊を追いかけた。


   ※   ※   ※


 佐南が図書館を出ると、入り口から少し離れた先で、柊が図書館の壁に半身をあずけてしゃがんでいた。

「大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄り、柊の横にしゃがみこむ。

 スマホを握りしめていた柊は、ゆっくりと佐南を見た。

 柊の目はいつも潤んでいるが、今はいつも以上に潤み、涙がこぼれそうだった。

「松田くん……」

 柊は震える声で、佐南を認識する。

「こ、これ……」

 柊が差し出したスマホの画面には、静止になっている動画がある。

 わけが分からないまま画面中央の再生マークを押すと、動画が再生された。

 画面に映し出されたのは、空とビルの屋上。そのさらに上にいる人間。

 顔も見えない、姿も小さいものだ。

 それなのに見た瞬間、青子だと思った。

 この高さまで飛べるのは、青子しかいない。

『すげー。マジであんな高さまで飛べんの?』

 撮影者の声が入りこんでいる。

『あれ、子供か? 結構でかくね?』

 もう一人別の声が聞こえた。『この距離じゃ分かんね』と答えたのは撮影者。

 その場には二人以上いるらしい。

 風に流されるように飛んでいるのを追っていたが……その身体が空中で止まる。

 そして、急に落下した。

 下に向かって飛んでいるわけではない。

 本当に、落ちている。

 小学生のとき、佐南が落ちてしまったように。

『え、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。ヤバイって!』

『ビルにぶつかる!?』

 撮影者たちの焦った声。

 頭から落ちていく青子は、そのまま行けば確かにビルの屋上にぶつかりそうで……佐南はひゅっと息をのんだ。

『うわあああ』

 撮影者たちも悲鳴を上げる中で、しかし、青子の身体はビルにぶつかることなく、その裏側へと消えていった。

 動画はそこで終わっている。

 静止した画像を見ながら、佐南は確認するように言った。

「……青子、だよな」

「青子さんだよ」

 柊は震える声で肯定する。

「あんなに高く飛べるのは青子さんしかいない」

「これ、続きは?」

「投稿されてない。でも、目撃した人は何人もいるみたい」

 動画が投稿されたのが三十分前。動画のコメント欄には、確かに他の目撃情報が寄せられている。

 しかも、どうやら隣の市で映されたものらしい。

 そんな距離を青子が飛んでいったなんて信じられない。

 それになにより……


「青子が、落ちたのか?」


 あの青子が?

 小学生の時、空から落ちた佐南を助けて、そして佐南をもう一度飛ばせてくれた、誰より高く誰より自由に空を飛んでいた青子が。

 落ちた?

 それがなによりも信じられない。

 衝撃ですらある。

 それに……。

「青子が落ちたら、誰が助けられるんだよ……」

 佐南は青子に助けられた。

 ならば、青子が落ちたとき、一体誰が助けられるのだ。

 この動画に続きはない。

 落ちた青子は再浮上したのか、それともそのまま――。

 足のつま先から頭の先まで、恐怖が走る。

 柊を見れば、左手で右手を握り口元に当てていた。そうやって、恐怖に耐えているように見える。

「青子に連絡……」

 ハッとして、佐南は自分のポケットを漁る。

 しかし、スマートフォンは図書館に置いてきたリュックの中だ。

「連絡つかない。メッセージは既読にならないし、電話にも出ないし……」

 柊が顔を伏せて言う。もう青子に連絡はしていたらしい。

「滉くんとも……連絡つかない。青子さんのこと聞こうと思ったのに……。今日、二人とここで会う約束してて……それなのに全然来ないし、連絡もないし……」

 柊との約束を無視する二人ではない。

 それなのに青子は空を飛び、そして滉征とも連絡がつかないというなら、一体なにがあったというのか。

「その動画、滉くんにも送ったのか?」

「送った。……でも、見てるのか分かんない」

「俺からも連絡してみる。ちょっとここで待ってて」

 佐南は図書館の中に戻る。

 学習スペースにいた友人たちが「遅かったな」とか「大丈夫か?」と聞いてくる中で、さっさと荷物をまとめる。

「悪い。先に帰るわ。ホント、ごめん」

 リュックの中からスマホを取り出すとそれを握って、驚く彼らの声も聞かずに背を向けた。

 歩きながらスマホを操作して、滉征に電話をかける。

 呼び出し音が鳴ったとき、佐南は図書館から出ていた。柊は同じ場所で、体を丸めたままだ。

 そのとき、呼び出し音が切れた。そして。

「…………佐南?」

 繋がった。

 その瞬間、佐南から情けない声が出た。


「滉くん、青子が落ちた!」


 電話の先で滉征が息をのみ、佐南の声が聞こえた柊が縋るように顔を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ