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空飛ぶ少女と奇跡の男(3)


 私立山央学園高等部には、普通科と進学科がある。

 成績上位の、国立大、有名私大を目指す生徒が在籍するのが進学科。

 それ以外の生徒が普通科。

 進学科も外部受験はもちろん可能だが、中等部の進学試験の上位者は半ば強制的に進学科に在籍となる。

 そして、中学三年の夏休みからマイペースに勉強を頑張ったのが良かったのか悪かったのか、滉征の成績は進学科を勧められるほど良くなってしまった。

 担任や両親は滉征が進学科に行くと思っていた。それはもう喜んで行くと思っていたらしいが、滉征は嫌がった。

 当たり前だ。

 進学科には青子がいない。

 青子が目指すのは普通科であり、成績が上がっているとはいえ進学科に行けるほどではない。

 普通科を選択する滉征を担任や両親は説得するが、滉征は絶対に聞くつもりはなかった。

 しかし、滉征は進学科に入学することになる。

 それもまた青子の一言がキッカケになった。

「滉くんは進学科じゃないの?」

 あるとき、青子がそう言ったのだ。

 山央に普通科と進学科があると知って――あるとき柊に言われて、初めて二つの科が存在していることを知ったのだ――『頭のいい』滉征は進学科に行くのだと思ったらしい。

「やっぱり、滉くんはすごいね」

 へらりと気の抜けた笑いとともに言われれば、滉征は照れ笑いを浮かべつつ進学科に進むことを決意した。

 単純だ。分かっている。単純なのは分かっている。

 でも自分の心の思うままに生きようと思えば、そうなってしまうのだから仕方ない。

 二人のやり取りを見ていた柊から「なにやってんだか」と冷めた目で見られても、まったく気にならなかった。


 そうして二人は、普通科と進学科に分かれてしまった。


   ※   ※   ※


 青子の教室は学校の二階、中庭に面したところにある。

 そのため窓際の席に座る青子は、授業中でも休み時間でも、ぼんやりと中庭を見ることが多い。

 今も休み時間に体操服に着替えた生徒が中庭を横切っていくのを見ていた。更衣室から運動場に出るには、中庭を突っ切るのが一番の近道なのだ。

 中庭を突っ切っていく生徒の群れ。一人で歩いている生徒もいるが、大抵が数人で群れを作っているように見える。その中で、男子三人組がなにかを話しながら歩いてくるのが見えた。

 その中に、体操服の滉征を見つける。

 金髪だったらもっと見つけやすいかも、と思いつつ、黒髪ももうすっかり見慣れてしまった。

 じっと滉征の方を見ていると、その視線に気付いたように滉征もふと顔を上げた。そして、青子のいる教室の方を見る。

 そのとき、目が合った。

 滉征の頬がゆるみ、嬉しそうに笑って手を振る。

 青子もへらりと笑い返して、手を振ろうと軽く上げたところで。

「冴木くーん!」

 青子の二つ前の席で話していたはずの女子三人が、窓の外に向かって手を振っていた。

 青子は降り返そうとあげた手を、なんとなく下ろす。

 滉征も声につられたように彼女たちを見た。

「今から体育ー?」

「頑張ってねー」

 親し気に声をかける彼女たちに、やっぱり滉くんはモテるな、と青子はのんびりと思っていた。

 滉征が運動場へと向かっていったのだろう。クラスメートの女子三人は窓から視線を外した。

「いやー、やっぱり冴木くんはイケメンだわ」

 一人がしみじみと言うので、青子も心の中でうなずきつつ、机の上に伏せて寝る態勢を取る。

「むっちゃ優しそうだし。あれで昔、荒れてたとか信じられないよね」

「中等部の頃は、何度も警察に補導されたっていうんでしょ?」

「高校生相手に大乱闘してたんだよね」

「えー。でも、それって本当なの!? 信じらんないけど」

「あたしはヤクザにも顔が利くって聞いたけど」

「それは話盛りすぎでしょ!」

 キャッキャと楽しそうに三人は笑った。

「でも中学の時に荒れてたのはホントでしょ? 金髪に染めてたのを見たことあるって子いるし」

「それはあたしも聞いたわ」

「中学の時、成績は最下位グループだったってのもマジだよね。中等部から一緒だった子が言ってたし」

「中学時代は荒れてて、喧嘩も強くて? それが更生して、今はエリートの進学科にいるってんだからスゴイよね」

「しかも他の進学科の生徒みたいに、普通科のこと見下してる感じも全然ないし」

「中身も外見もマジカッコいい! さすが奇跡の男!」

『奇跡の男』

 滉征は高校でそう呼ばれている。

 中等部では成績最下位グループ。

 そのせいか荒れた生活を送っていたのに、いきなり進学科に入学できるほど成績をあげた。

 そのことが中等部時代からの同級生から伝わり、それから『奇跡の男』なんて呼ばれるようになった。言われた本人は「馬鹿にされてるとしか思えない」と言っていたけど。

 青子がその噂を初めて聞いた時は、中学時代から頭のよかった滉征が成績最下位グループって、どれだけみんな頭がいいんだと一番驚いた。

 滉征はそれよりも気になることがあったようで、「金髪と成績を上げたこと以外は全部嘘だから! 荒れてないから! 危なくないから! 俺、安心安全な男だから!」と必死に言っていた。滉征が危ない男だと思ったことはないので、それを正直に伝えると「……少しは危険を感じてほしい」とどこか情けない顔で言われた。滉くんの言うことは難しい。

 それはともかく。

 そんな噂も関係あるのか、滉征はやたらとモテている。

 今も滉征に手を振っていた女子の一人が「マジでかっこいいー。冴木くんみたいな人と付き合いたい」と言っていた。

 そんな話は、高校に入学してからの三ヶ月、何度も聞いた。

 学校の中、滉征が女子生徒に話しかけられているのだって何度も見たことがある。

 青子と廊下で話しているときでさえ――進学科と普通科は接点がほとんどなく、学校内で会うことは滅多にないのだが――女子生徒が滉征に挨拶したり、話しかけたりするのだ。その中には上級生の女子もいた。

 本当に。


 青子はしみじみと思う。


 本当に滉くんはよくモテる。


   ※   ※   ※


「滉くんがモテるのは嫌?」

 

『部屋に遊びに来てもいいですよ』と柊からメッセージが入った青子は、その誘いに乗って夜の空中散歩の目的地を柊の部屋にした。

 高校入学前の春休み、青子はスマートフォンを手に入れた。

 使い方も分からない青子に色々と教えてくれたのが柊であり、一番初めに連絡先を交換したのも柊だった。

 中学と高校に別れたせいか、柊からは一日一回はメッセージが入る。それに返信したりしなかったりしていたが、柊からは返信しろと怒られていた。

 今も言われたとおり柊の部屋に行ったのに、「来るなら来るって返事してくれればいいのに!」と怒っている。「怒らなくてもいいじゃん」と言うと、「もーっ!」と怒って、それでおしまい。

 青子がベッドの上に寝そべると、その枕元の床に柊は座った。

 横向きになった青子と、柊の顔が少しだけ近くなる。

 柊が高校の話を聞いてくるので、それにポツポツと答えた。

 滉征が『奇跡の男』と呼ばれていることはもう言ってあり、柊は「なにそれ」とどこか呆れたように言っていたものだ。

 話の中で滉征のことも聞かれたので、今日の休み時間にあったことを話した。

 滉くんと付き合いたいと言っていた女子生徒。相変わらず滉くんはモテる、と言ったとき、柊が言ったのだ。

「滉くんがモテるのは嫌?」

 最近、柊はよくそんなことを聞いてくる。

 そんなとき、青子はいつも同じ答えを返す。

「嫌じゃない」

 青子がそう返すと、いつしか柊は苦笑するようになった。ちょっと悲しそうで寂しそうで、安心しているような……どこか大人っぽい笑み。

「相変わらずの即答。迷いなしですね。……ヨユーだなぁ」

「ヨユーって?」

 思わず聞き返すと、柊は目を細めた。今度は年相応の意地悪い表情だ。

「滉くんに彼女が出来たらどうします?」

「……さあ? どうもしないんじゃないかな」

「それが余裕ってことですよ」

「…………なんで?」

「だって、それって滉くんが彼女を作らないって分かってるからでしょ」

「……柊は、思う? 滉くんが彼女を作るって」

「思わない」

「それもヨユー?」

「わたしは違います。わたしと青子さんじゃ違う。……実は青子さんもちゃんと分かってるんでしょ」

「なにを?」

「……青子さんのそういうところ、ちょっとズルイかもって思う」

「ズルイ?」

「そう、ズルイ。滉くんが可哀想って思うときがある。……少しだけね。ほんの少しだけ。たまにだけど、そう思う」

 キョトンとする青子に、柊はまた大人っぽく、寂しそうに笑った。


「分かってるくせに」と。


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