決意する少年と見守る少女(2)
『調べたよ』
滉征がそう送ったのは、次の日の昼前。いつもの勉強会の二時間前のことだった。
あれからずっと飛行矯正施設や、飛行する子供のことについての情報や噂を調べていたが、まだなにも整理しきれていない。
それでも青子と会う前に、柊とこの話をしておかなければいけないと思ったのだ。
既読がすぐについたが、なにも返ってこない。
お互いの出方を窺うような時間が生まれる。
『柊はなんでこのことを知ったんだ?』
まずはお互いに核心に触れないほうがいいと……逃げるように、滉征はメッセージを送った。それにはすぐに返事が来る。
『二年前くらい
飛行について調べてたら出てきた
こうくんも知ってると思ってた』
飛行矯正施設の摘発のニュースが出たのは四年前。
滉征が最初に見つけた記事も四年前のものだ。恐らく柊も最初にあの記事を読んだのだろう。
『知らなかった
調べたこともなかったから』
『あたしもなんとなく検索しただけなんだけど
あんな記事があるとは思わなかった
それで気になってた』
ポンポンと連続で送られて来たメッセージが一瞬、止まり。そして。
『青子さんのことがあるから』
核心をついた。
『助走もなしで飛べる理由ってほんとにそうなのかな?』
『あれは決めつけだって話もあったけど
基本的に飛行能力は個人差ってことで片付けられてるし
どれだけ高く飛べるかは個人差
飛び方は個人差
いつまで飛べるかも個人差
そういうの関係なく、助走も無しで飛べる子供もいるかもしれない
飛行年齢が高い子供が全員虐待されているわけじゃないって反論もあったし
助走なしで飛べる子供も発見はされている
その子が実際にはどうだったかまでは分からないらしいけど
すべてを虐待につなげられるほど飛行に関してはなにも解明されていない
あの記事は根拠のない暴論だ
そんなふうに言ってる大学の先生とかもいたみたい』
当時はテレビでも新聞でも大きく取り上げられたらしく、子供の飛行を調べている大学の先生からもコメントが寄せられたらしい。
その中に、そんな意見もあったのだ。
『なにそれ
そんなのなにも分かんないのと一緒でしょ
中3でまだ飛べても助走なしで飛べても個人差?
ほんとに?
こうくんはほんとにそう思う?』
スマホの向こう側にいる柊の気持ちが、滉征にはとてもよく分かった。
怒りのような焦りのような、胸を掻きむしりたくなるようなこの不安をどうにかしたい。
『柊は柳さんからなにか聞いてない?』
『施設に入ってたか聞いたことある
ないって言ってたけど
でも本当のことなんて言わないと思う』
確かにもし本当に施設に言っていたとしても素直に言うことはないだろう。ニュースになっていたような行為があったとしたらなおさらだ。
『柳さんって家族と仲いいのか?
知ってる?』
『家でもアレがあったかってことだよね?』
施設摘発の前にも、家庭内で子供を飛ばさないように縛り付けている家もあったという。
ある調査では、矯正施設が出来る前から、そういうことをしたことがある家庭は少なくないと出たらしい。
『アレがあったかは知らないけど
青子さんはお母さんのこと苦手みたい
嫌いって言ってたわけじゃないけど
なんか家にいづらいみたいな?
弟くんとは仲いいみたいだけど
たまに弟くんの話してくるし』
『弟いたんだ』
『弟と妹
あれで長女
お姉ちゃんだって
なんかビックリした
あたしのことは妹より可愛いって』
妹とはあまり仲良くないのかとも思うが、単純に最後のメッセージは柊の自慢も入っているだろう。
家族仲はあまり良くなさそうだ。少なくとも、柊はそう判断している。
滉征は少しだけ間を置いてから、メッセージを送った。
『このこと誰かに相談した?』
『できるわけない』
当然と言えば当然の返答だ。
こんなこと誰にでも話せるものじゃない。
『さなには?』
『さなって松田君?
なんで?』
『柳さんが飛べること知ってるから』
『言ってない
あたしは松田君と仲いいわけじゃないし
青子さんはたまに話してるみたいだけど
あたしは全然』
飛んでいる青子を知る相手だから相談しやすいかと思ったが、あの頃から佐南と柊はそこまで接点がなかったと思い出す。
だったら、柊はずっと一人で不安を抱え続けていたのか。
今までのやりとりで、滉征がこの一晩調べ続けたことなんて柊もとっくに調べていたことだろう。
調べて、一人で不安を抱えて、それでも――だからこそ変わらず青子のそばにずっといた。
『なんで俺には教えてくれたんだ?』
『青子さんに塾のこと言ったから
もしかして知らないのかと思った』
確かに青子に一緒に塾に行かないかと誘ったが。
『塾に誘うのはまずいのか?』
『青子さんの親がどういう反応するのか分からなくて
なんか怖くなった』
『考えすぎだろ
塾に行きたいって言ったら、親は逆に喜ぶんじゃないか?』
滉征は親に塾に行けと言われているくらいだ。
そもそも子供が塾に行きたい――勉強をしたいと言って嫌がる親がいるのだろうか。
『そんなの分からないでしょ
それに青子さんにとっては言いにくいことかもしれないし
青子さんが辛く感じたら嫌』
親に何か要求することを苦痛に感じる場合もある。
親子仲が良くなく、もし虐待なんてものがあったら、なおさらそう感じるだろう。
昨日の自分の発言に、心が一気に冷えた。
焦る滉征の心を見透かしたように、柊のメッセージが届く。
『昨日の夜の感じだと大丈夫そうだけど』
『夜に会ったのか?』
『泊まりに来るから
部屋にクーラーないって
そのときに塾はダメだったって言ってた
普通に言ってた』
『柊の家に泊まってるのか?
もしかして何回も?』
『親には内緒だけど
ほぼ毎日』
内緒ってどうやって、と聞こうとして察した。
飛んできているのだろう。
柊の家に泊まりに行くのもまた、家にいづらいということなのだろうか。
滉征が夜に青子に会うのは、柊の家に向かう途中だったのかもしれない。
『柊も一人で不安だったろ?
柳さんの隣に柊がいてよかったと思う
ありがとう
これからは俺もいるから』
既読マークがついたが、柊からはしばらく返信がない。
『こうくんにお礼言われることじゃないし
わたしが青子さんのそばにいたいだけだし』
5分以上経ってから来たメッセージは、そんな素っ気ないものだった。
その文面に、滉征は少しだけ笑った。強張っていた肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。
『また後でな』
メッセージを送って、滉征はベッドにスマホを放った。
青子がどうだったのか。
本当のことは、どれだけ考えても滉征にも柊にも分からない。
それでも、もしなにかがあったら。
それで彼女が助けを求めるなら。
いや、なにもなくても、それでも――
彼女のことは守ってみせる。絶対に。




