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空飛ぶ少女と飛べない少年(6)


 冴木滉征。中学三年。現在十四歳。

 夏休みに入って、小学校の時に憧れた同級生と再会した彼には悩みがあった。

(全然、青子ちゃんに会えないんだけど……)

 青子と再会してから一週間。

 よく空を見ては、青子の姿を探すようになってしまった。

 いや、いくらなんでも青子だっていつも飛んで移動しているわけではないと思うが、彼女を探そうとするとどうしても空に目が行く。

 夜にコンビニに行くときはもちろん、自室にいるときだって、いつも空を見てしまう。

 一度は、小学校裏の防風林の広場――いつも放課後に飛んでいたあの場所にまで行ってしまった。

 しかし、あれから彼女の姿を見かけたことはない。

(やっぱり番号教えておくんだった)

 そんな後悔ばかりが胸の中を吹き荒れる。

 一週間前のあの海で、滉征は青子と連絡先を交換しようと提案した。しかし。

「あたし、スマホないよ」

 その言葉に撃沈した。

 どうやら青子の家では高校に入るまでは、スマートフォンは買ってもらえないらしい。

 別になくてもいいんだけど、と続けられて、それは困る、と思わず言ってしまった。

 キョトンとした青子に、「ほら、あったら便利だから」とか誤魔化して言ったが、単純に滉征が青子と気軽に連絡を取りたいだけだ。

 アプリでメッセージを送りあいたい。電話したい。なんか気軽に会えるようにしたい。

 しかし、その願いはすべて叶えられない。

 撃沈した滉征に追い打ちをかけるように、せめて自分の電話番号だけでも教えておけばよかったと後悔が生まれたのは、自分の部屋のベッドに潜りこんだときだった。

 そして、その後悔が一週間続いていたが――後悔が終わるときがきた。


「滉くん?」


 いつものように夜に行ったコンビニ。

 中を冷やかすように見回ってコーラを買って外に出る。

 コンビニの前でふたをあけて一口飲んだとき、一週間前に聞いた声がまた聞こえた。

 ハッとして、視線を上げる。

 そこには滉征の頭一つ分だけ背が高くなっている青子がいた。もちろん急に身長が伸びたわけではなくて、またふわふわと浮かんでいるのだ。そして、また裸足だった。

「柳さん!」

 滉征の声にはどうしても嬉しさがにじむ。

「どうしたの、またこんな時間に……。コンビニに買い物?」

「んーん、滉くんみたいな人がいると思って来ただけ」

 このコンビニに来たのは滉征を見かけたかららしい。

 ニヤケそうな口元を押さえながら、滉征はもう一度聞いた。

「じゃあ、こんな時間になにしてるの? また散歩?」

「うん。滉くんは?」

「俺は買い物」

「そっか。なんか、こんなところにいると不良みたい」

「なにそれ? 不良のイメージ古いよ」

 滉征はどこか楽しそうに苦笑を浮かべた。

 金髪の少年がコンビニの前にいること=不良と結びついたのだろう。

 責めるでもなく馬鹿にするでもなく、ただ思ったことを言っただけと分かるふわふわした口調では怒る気も起きない。

「あ……」

 青子が視線を横へとずらす。

 滉征もつられて同じ方向を見れば、親子連れがいた。娘のほうは小学校高学年くらいか。その二人が、滉征と青子を見ている。母親の方は迷惑そうに、娘のほうはジロジロと不躾に青子を見ていた。

 滉征はコンビニの自動ドアの前に――自動ドアのセンサーが反応しない位置ではあるが――立っていたのだ。邪魔になっていたのだろう。

 青子がふよふよとわずかに移動したので、滉征も一緒になって横に避けた。

 母親が娘の肩を抱いてコンビニに入ろうとする。

 ずっと青子を見ていた娘のほうが、ふと嗤ったのが見えた。

 癇に障り、その背中を視線で追う。

「ねえ、おかーさん。あの人、まだ飛んでる」

 母親にこっそり言ったつもりだが、音量調節が間違っている。

 その声は、しっかりと滉征の耳に届いた。

 完全に、分かりやすく馬鹿にした言い方だった。

 子供は空を飛ぶことが出来るが、中学に上がる頃にはほとんどの子供は飛べなくなっている。

 まず小学校の高学年になれば、何人か『飛べなくなった』子供たちが出てくる。そうなると、まだ飛べるのに『飛ばない』子供まで出てくるのだ。

 飛行=子供っぽいという認識になり、飛ぶことがカッコ悪いことのように思うらしい。

 その意識は男子より女子のほうが強いように思う。

 だから、その年齢の少女たちの中には『飛べること』を馬鹿にする子も多い。今のように。

「ひっ……」

 視線を感じたのかチラッとこちらを振り返った少女が、小さな悲鳴を上げて母親の腕に抱き付いた。

 母親も驚いて振り返る。

 そして、滉征の顔を見ると気まずそうに視線をそらした。そして娘の肩を強く引き寄せる。

 滉征の視線は、よほど極悪になっているらしい。

 確かに極悪な視線を向けるくらいには苛立った。

 ふざけるな。

 青子はお前なんかに馬鹿にされるような存在じゃない。

 どこまでも高く。

 どこまでも自由に。

 空を飛ぶ彼女を誰にも否定なんかさせない。馬鹿になんかさせてたまるか。

「滉くん」

 ハッとして振り返ると、青子はどこか困ったように眉尻を下げていた。

「なんか、顔怖いよ」

「え、あ……ごめん」

 青子に怯えられたくはない。

 滉征は地面を見ると、一回頭をかいた。

「柳さんも気にすることないから。あれはなんにも分かってない馬鹿の言ってることだし。柳さんが気にすることなんて、ほんとなにもないからね」

「……? なんのこと?」

 青子は本当に分からないのか、小首をかしげた。

「え、っと……なんか、さっきコンビニに入った子供が、なんか馬鹿にしてた感じだったでしょ」

「あー……そっか。そんな感じか」

 もしかして馬鹿にされていると気付いてなかったのだろうか。

 そうなると、滉征が今まさに傷つけることをしてしまったことにならないか。

 滉征に妙な焦りが生まれたが、それ以上に焦ることを青子が言った。

「でも、よく言われてるしなぁ……。滉くんも前にそんなこと言ってたでしょ?」

「ええっ!? 俺、そんなこと言った!? え、いつ? マジで!?」

「一週間前に会ったときに、子供だからまだ飛べるんだって感じなこと? 馬鹿にされるよ的なこと? 言ってなかったっけ?」

「え、言った!? 言ったの!? 俺、そんなこと言ったの!?」

 青子と再会したときは、滉征もイライラしていたため、なんか八つ当たりしたような気がする。

 滉征はサーっと青ざめた。

「ご、ごめん。あのときは俺もおかしくて……俺、そんなこと思ってないから! 青子ちゃんのこと馬鹿になんかしてないし! 飛んでる青子ちゃんのこと、マジでスゲーって思ってるし、青子ちゃんがまだ飛べてるの嬉しいし、飛べなくなったら俺もショックだと思うし、俺、本気でスゲーって思ってるから!」

「ははっ。滉くん、めっちゃ焦ってる」

 誤解されてはたまらないと必死になる滉征とは反対に、青子は楽しそうに笑って言った。

 結構真剣に笑い事じゃないんだけど……。

「いや、焦るよ! 焦るでしょ!」

「気にしなくていいよぉ。滉くんに馬鹿にされてるなんて思ってないもん」

 青子はヘラヘラと笑う。

「本当のこと言ってただけでしょ。あたし、まだ飛べるし」

「事実を言うことと、それで人を貶めようとすることは違うでしょ」

「滉くんの言ってることは難しいなぁ」

 全然分かんないや、と青子はまた笑った。

 なんだか、もどかしい気持ちになる。

「俺は、柳さんを馬鹿にされたくないだけ。誰かが柳さんを馬鹿にするようなことをしたら、柳さんは気にしなくても俺は気にする」

「……滉くんは優しいね」

 これは……滉征の言いたいことは、本当に伝わっているのだろうか。

 それだけ青子は滉征にとって大切で特別なのだ、と。

 青子の様子を見ると分かっていない気もするが、とても嬉しそうなので、それはそれで良しとした。

 またあの親子が出てくるときに鉢合わせたくないので、二人はコンビニから離れることにした。

 滉征は歩きで、青子は地上から数センチ上を飛んで、二人であてもなく進む。

 視線を軽く下げて滉征を見ると、青子はへらりと気の抜けた笑いを浮かべた。

「でも、滉くんと会えて良かったよ。また会えないかな、って思ってたんだ」

「え!?」

 青子も滉征と同じように思っていたのか。

 喜びを抑えきれなくて、にやける口元を押さえる。

 滉征の様子に気付いていないまま、青子は言った。

「滉くん。昼間に会えないかな?」

「え?」

「明日とか。ダメ?」

「ダ、ダメじゃない!」

 若干、食い気味に答えてしまった。

「そっか。良かった」

 明日の午後一時に、さっき会ったコンビニで待ち合わせしようと決める。

 すると青子は「じゃあ、また明日ね」と、あっさりと空を飛んで行ってしまった。

 滉征は少し呆然としたままその後ろ姿を見つめる。

 今のって、今のってもしかして……。


 デートのお誘い!?


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