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空飛ぶ少女と飛べない少年(3)


 冴木さえき滉征こうせい。現在、中学三年。十四歳。

 いわゆる真面目な学級委員長タイプ。というより学級委員長をやっていた。

 頭は悪くない。……正直に言うと、良いほうだ。

 運動神経は普通。目立つほど良くも悪くもない。

 大人の言うことをよく聞いて、年下の面倒だってよく見るような、いわゆる真面目でイイコ……だった小学生時代。

 それが少しずつ狂ったのは中学生になってからだった。

 中学校は私立の進学校を受験して、無事に合格。

 教育熱心な母親は滉征以上に喜んでいたし、銀行員の父も満更でもなさそうだった。三歳下の妹は自慢げにしていた。

 入学したばかりの頃は滉征だって学校生活を楽しんでいたが……だんだんと現実が見えてきた。

 よくある話だ。

 進学校だったこの学校には滉征より頭が良い人間はたくさんいて、滉征は自分のレベルを思い知らされたのだ。

 自分が思っているより、自分のレベルは低すぎた。

 最初の一年は、それでも必死に頑張った。

 塾にも行き、空いている時間は勉強にあてる。学校でも、家でも、なにより勉強を優先させた。

 それでも滉征の成績は思うように上がらなかった。

 ――それは中学二年に進学して、最初のテスト結果が出たときだった。

 この学校では毎回、クラス全員のテスト結果を順位表にして教室の後ろに張り出している。

 このとき、滉征はクラスメート三十二人中十五位だった。


 十五位。


 その順位を見たとき、滉征の中でなにかがプツンと切れた。

 頑張って、頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って、その結果が十五位。

 自分がやっていたことが、すべて無意味だと思った。

 そう思うと、一気にやる気がなくなった。

 勉強もしなくなった。

 すべてがどうでもよくなって、でも苛立ちは胸の中を吹き荒れた。

 そんな滉征に「もっと頑張って」と無責任に言ってくる母親はいつも無視した。父親は滉征に関心がないのかなにも言わない。妹も最初は腫れものを扱うように避けていたが、だんだんと冷めた目で見てくるようになった。

 ただ惰性で学校に行くようになり、授業中もボーっとすることが多くなった。

 成績もどんどんと悪くなっていく。

 クラスメートの中には、そんな滉征を馬鹿にするやつもいた。

 しかし、そういう奴らは睨みをきかせれば、すぐに視線をはずした。

 小学生の頃は可愛い系だった顔も、成長とともに少しは男らしく変わっている。しかもいつも眉間にしわを寄せているから、勉強だけしている同級生たちにも怖い印象を与えられたようだ。

 いわゆる普通のイイコだったはずの滉征は、こうしていわゆる『落ちこぼれ』になっていった。


   ※   ※   ※


 中学三年になる頃には、成績は最下位を争うようなところまで落ちた。

 滉征の通う学校は高校までエスカレーター式で進学できるが、あまりに成績が下だとそれも難しい。

 そして、滉征の成績は進学がヤバイくらいまで落ちているようだった。

 滉征の母も焦りや不安、苛立ちがずっと募っていたのだろう。

 夏休みに入ると――その前から時々言われてはいたが――辞めた塾にまた行けばどうかとしつこく勧めるようになった。

「このままだと高等科に行けなくなるわよ。それは滉征だって嫌でしょう。ここの塾の先生はとても良い方だったじゃない。今も評判がいいのよ。ほら、個別で授業を受けられるから、周りの目だって気にしなくていいから」

 母親も最初は腫れものに触るような態度だったが、滉征が無視し続けるとだんだんと我慢できなくなったのだろう。

「自分の子供が高校にも行けないなんて……お母さん、恥ずかしい!」

「なんでもっと頑張らないの!?」

「滉征ならもっとできるはずでしょ!」

「あなたのために言ってるのよ!」

 ヒステリックに叫ぶようになった。

 居間で顔を合せれば言い、滉征が部屋にこもればドアの前で叫び……。無視しても、怒鳴り返してもうるさい母親だったが、手を出すことだけはなんとか耐えた。

 こんなとき、自室に鍵がついていて良かったと思う。

 部屋に鍵をかけて、ヘッドフォンをつけてしまえば、外の世界はシャットアウト。

 滉征はオンラインゲームの中に逃げ込んだ。

 家族と顔を合せるのを避けるようにすると、生活サイクルが昼夜逆転となる。

 そんな生活になってから、滉征は夜になるとコンビニに行くようになった。

 夜になっても蒸し暑い空気の中で、誰も歩いていない住宅街の中を歩くと、体にまとわりついている何かが一枚一枚剥がれていくような感覚になる。

 夜の雰囲気がそうさせるのかもしれない。

 そんな風に過ごしていた夏休みのある日。


 滉征は髪を金色に染めた。


 コンビニでよく見かける店員が、ある日いきなり金髪になっていたのだ。

「似合わねー」と内心、馬鹿にした。

 でも、滉征もなんだか無性に髪を染めたくなった。

 特に意味なんてなかった。ただ、してみたかったから、しただけだ。

 しかし、母親にとってはそうではなかったらしい。

 勉強の意欲もなく、成績も地の底まで堕ちて、ついには金髪にした滉征のことを、母親は抱えきれずに父親にも色々とぶつけたらしい。

 夜になり、いつものようにコンビニに行こうとすると、父親に呼び止められた。

 しばらく顔を合わせていなかったので、久しぶりに父親を見た気がする。

「お前は自分が恥ずかしくないのか!」から始まる説教と、「このままだとお前はもう終わりだ」となにが終わりだか分からない、脅迫のような言葉を延々と聞かされる。

 最後には「お前のために言っているんだ」と暑苦しく恩着せがましい嘘を言われた。

 ずっと父親から視線をはずしていた滉征だったが、思わず目の前の相手を睨む。

「俺のためじゃなくて、自分たちが恥ずかしいからだろ」

「親に向かってその口の利き方はなんだ!」

「うるせぇ!」

 吐き捨てるように叫ぶと、滉征は家から飛び出した。

 どうしようもない苛立ちが胸の中でグラグラと煮えたぎる。

 いつもはこうして歩いているだけで心がすっと落ち着くような気がするが、今はまるで逆だ。

 苛立ちだけが積み重なっていく。

 もう叫び出してしまいたい。


 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!

 俺のことは放っておいてくれ!


「滉くん?」


 突然聞こえた柔らかな声に「ああ?」と乱暴に振り返れば、


 そこには逆さまの顔があった。


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