空飛ぶ少女と飛べない少年(2)
「俺、俺はさ……俺は! 柳さんが……」
滉征自身にも分からない気持ちが、勝手に言葉になろうとしたとき――
「青子さん!!!」
柊が遊歩道から飛び出して来た。――本当に空を飛びながら、飛び出してきた。
そのまま青子に突進すると、ぎゅうっと青子を抱きつく。
「なんで卒業するんですかぁ!」
涙声で理不尽なことを言っている。
「中学行かないで残ってくださいよ。青子さんならまだ小学校で勉強することありますよ!」
「それ、失礼ってやつじゃね?」
そう言いながら姿を見せたのは、佐南だった。
滉征は呆然とその光景を見る。
強引にストップさせられた言葉に、気持ちだけがぐるぐる胸の中を渦巻いている。
佐南が滉征と青子を見て、少しだけぶっきらぼうに言った。
「滉くん、青子、卒業おめでと」
「……ん、うん。ありがと」
渦巻いていたものもそのままに、なんとか滉征は返した。
青子も「ありがとー」と軽く返している。
「それで……二人はなんでここに?」
聞いている内に、滉征はなんだかイライラしてきた。
声にも苛立ちがこもってきたが、誰も気付かない。
柊は泣きながら青子に引っ付いたままだ。なにも答えようとしない。
佐南は柊をチラッと見たが、「別に」と言いつつ、視線を下ろす。
「卒業だし、今日で最後だし、青子がここにいるかなと思って……」
青子にわざわざ会いに来たらしい。
滉征、柊、青子。この場にいる全員の視線が、佐南に集まった。
それに気付いて、佐南は眉根を寄せた。
「……なんだよ」
「「なんでも」」
滉征と柊の声が重なる。
青子はまたへらりと笑った。
「そっかぁ。わざわざありがとー」
「別に」
「んー、じゃあ、最後に飛ぶ?」
青子が佐南へと手を伸ばした。
飛行の練習と言ってここに通っていた佐南だが、結局まだ飛べていない。
練習といっても、柊のいない木曜日しかしていないのだ。
佐南はどうやら、誰かに飛行練習を見られるのが嫌だったらしい。滉征と青子は仕方ないとはいえ、飛べなくなったことなど誰にも知られたくないというのだ。
だから、今だって佐南は躊躇している。まだ青子に抱き付いている柊をチラッと見る。飛べない姿を見られたくないのだろう。
「佐南は柊の前じゃ飛べないよ」
「ちょ、滉くん!」
「そっか……。柊、離して」
「えーっ、嫌です! なんで!? やだ!」
柊はますます青子にしがみついた。
「もー」
ため息つきつつ、それでも無理やりはがそうとしないで、青子は佐南へと両手を伸ばした。
「佐南。飛ぼうか」
「……あ、俺は」
「大丈夫。飛べるよ」
なんてことないように、青子は言う。
あれから一回も飛べない佐南に、それでも。
何度でも青子は言うのだ。
「飛べるよ」
そして、その言葉に吸い寄せられるように、佐南も手を伸ばす。
佐南の手を掴むと、ただ浮かぶだけだった青子が後ろに進み始めた。
佐南は引っ張られて走り出す。
二人の飛行練習は、いつもこうだった。
飛ぶ青子に、引っ張られる佐南。
そうして助走をつけて、一気に土を蹴って宙へと飛び出すが……。
佐南はいつも引っ張られて飛ぶだけで、自分の力で飛んでいる感覚じゃないらしい。
今日も、佐南の足は重力に捕まったまま。
このまま飛べないだろうと、滉征はもう諦めればいいのにと思っていたが……。
「今日が最後だ」
青子の淡々とした静かな声が、滉征の体に突き刺さる。
それは佐南も、柊も同じだった。
ショックを受けた顔を浮かべる三人とは違い、青子はふわりと笑う。
「……佐南。飛べるよ」
青子が引っ張り上げるのと、佐南が唇を噛んで地面を力強く蹴ったのはほぼ同時だった。
「あ……」
佐南の目が見開かれる。
滉征にも今までとは違うことがすぐに分かった。
佐南が飛んだ。
「はは……はははははっ……!」
佐南から笑いがこぼれていく。
木々の間からこぼれる光を地上より高い場所で受ける。
重力から解放されている。
体がこんなにも軽い。
また、飛べた!
「さいっこおおおだああああああああ!」
満面の笑みを浮かべて叫ぶ佐南に、青子も楽しそうに笑い、なにも知らない柊はポカンとしている。
滉征はと言うと……。
「いいな……」
なんだか空を飛ぶ青子たちがまぶしくて、羨ましくなった。
滉征は、実は高所恐怖症である。
数センチの高さで飛ぶだけでも怖いため、飛んだことはあまりない。
だから、ここに来ても青子と一緒に飛ぶことはしなかった。
それなのに今は……青子と一緒に自分も空を飛びたいと思った。
そんな風に思ったのは初めてだ。
「滉くん」
空中で立ち上がって浮かぶ青子が手を差し出す。
滉征が背伸びしたって届かない位置。
「滉くんも飛ぼうよ」
木々に覆われた空間。
大人たちには秘密の場所。
佐南。柊。青子。みんなと飛ぶなんて、これがきっと最初で最後だ。
滉征は走り出す。
加速をつける。空へ飛ぶための助走。
こんなにも空に焦がれたのも初めてだ。
「柳さん!」
走っていた足が宙を蹴り始めると一気に心許なく感じて、滉征は思わず手を伸ばした。
その手を、青子が掴む。
へらりと笑みを浮かべた青子を、好きだなと思う。
さっき自覚したばかりの感情がまぶしくて、滉征は目を細めた。
※ ※ ※
『今日が最後』
青子の言葉は、自分たちにそのまま当てはまるものだと思っていた。
小学校を卒業した青子と、在校生の佐南と柊。
別々の中学を行く滉征と青子。
みんなが、青子と会うのが今日で最後になる。
それでもまた会いたいと、滉征はそのとき願った。
再会の約束はしなかったが、ただ「またね」と別れた。
二人が再会したのは、それから二年後だった。
次回更新は明後日の25日になります。よろしくお願いします。




