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第6話:絡め取られた公爵家の首輪

フロリナとギルベルトが、カフェのテラスで得体の知れない不安に震えている頃。

私は、王都の裏路地にある、かつてエルナの隠し資産を管理していた高利貸しの拠点を訪れていた。


「――で、買い取った借用書は、すべて私名義で処理してあるのですね?」


私は極上のシルクの手袋を指先でなぞりながら、目の前の小太りな男に問いかけた。

男は冷や汗を流しながら、山のように積み上げられた書類の束を差し出した。


「も、もちろんでございます、メルセデス様! 伯爵家名義の債権はすべて回収し、指示通りすべてあなたの個人名義へと書き換えました。これで、クロフォード公爵家が抱える負債の約七割が、あなたの管理下に入りました」


「……七割。もう少し、といったところね」


私は優雅に立ち上がり、男が差し出した帳簿に目を通した。

そこには、クロフォード公爵家がこれまでいかに無計画に金を使い、いかに無責任に借金を重ねてきたかが克明に記されていた。


これまでは、私が「ベルンハルト伯爵家の長女」として、これらを取り繕ってきたのだ。

家督を継ぐための教育の一環として、父に隠れて私が水面下で調整し、クロフォード家が破産しないギリギリのラインを維持してやっていた。

だが、私が伯爵家を去った今、その均衡を保つ防波堤は消滅した。


(ギルベルト様、あなたはご存知かしら? あなたが毎日飲み歩き、フロリナに贈っていたその宝石も、全ては私の手によって貸し与えられていたものだということを)


私は男に告げた。


「残りの三割も、早急に買い取ってちょうだい。……それと、返済期限を最短に設定し直して。彼らが支払えなくなった瞬間に、公爵家の領地の権利が私に移るよう、魔術契約の条項を書き換えておきなさい」


「し、しかし、それはあまりにも……。公爵家が破産すれば、この国の社交界は大混乱に……」


「大混乱? いいえ、そんなことはないわ」


私はふっと微笑んだ。


「彼らが破滅した後は、私が速やかにその債権を『国庫』へと寄付するわ。彼らの無能な経営で領地が荒れるより、王家が直接管理する方が、民にとってもよほど幸福なはずですもの」


男は震え上がった。私の言っていることが、「破産」どころか「公爵家の完全なる社会的な抹殺」を意味していると理解したからだ。


私は満足げにうなずき、店を後にした。


***


数日後。

東部の別荘で、私は優雅にティータイムを楽しんでいた。

手元には、王都から届いたばかりの新聞がある。


そこには、クロフォード公爵家の財政難が公になり、社交界で大きな波紋を呼んでいるという記事が掲載されていた。

ギルベルトが立て直そうと必死になっているという噂や、フロリナが結婚式の規模を縮小せざるを得なくなったという悲痛な知らせが、活字を通して伝わってくる。


(焦っているわね、ギルベルト様)


私は紅茶を一口飲み、窓の外に広がる、魔力結晶の埋蔵量調査を行う人影を眺めた。


この別荘の地下に眠る資源は、正しく精製すれば、現在の王国の魔術技術を数十年分先へ進めるほどの価値がある。

フロリナが「ただのゴミ」として私に押し付けたこの場所が、今や私の最強の武器となりつつあるのだ。


そんな時、部屋の扉が控えめにノックされた。

私の腹心の従者である老人、セバスチャンが入ってくる。


「お嬢様。……王都のフロリナ様から、手紙が届いております」


「あら、わざわざあの子が?」


私は手紙を受け取り、封を切った。

そこには、相変わらずの甘ったるい文章で、私を嘲笑うような言葉が並んでいた。


『お姉様、お元気ですか? 私たちは幸せの絶頂にいます。ギルベルト様はとても優しくて、毎日が夢のようです。お姉様も、その寂しい別荘で、慎ましく幸せにお暮らしになっていることでしょうね。……そうそう、お姉様の持ち物だったあの別荘、あまりに古くて掃除も大変でしょう? もし困っていたら、いつでも帰ってきていいのですよ。私が許してあげますから』


私は声を出して笑った。

この期に及んでまだ、自分の方が上だと信じ込んでいるなんて。

自分が今、崖っぷちに立たされていることも知らずに、よくもまあこんな滑稽な手紙が書けるものだ。


「セバスチャン。返事を書きなさい」


「は?」


「……『ご招待ありがとうございます、フロリナ。ですが、私は今、大変忙しいのです。これから、ある大きな契約を控えておりましてね。それが終わったら、お二人の門出を祝うために、少しばかり『プレゼント』を持ってお伺いしようと思っています』と」


「……かしこまりました」


セバスチャンは表情を変えず、静かに一礼した。

彼もまた、私がこれまで受けてきた理不尽な扱いや、ギルベルトという男の身勝手さを一番近くで見てきた一人だ。

彼もまた、フロリナたちの破滅を誰よりも待ち望んでいる。


私は手紙を火にくべると、燃え上がる炎を見つめながら、静かに呟いた。


「もうすぐよ。……あなたたちが、自分たちの『価値』のなさを、誰よりも痛感する瞬間は」


今の私は、かつての「冷たい令嬢」ではない。

奪われたものを数倍にして奪い返す、計算高い魔術師のようなものだ。


フロリナが婚約者を奪った代償は、彼女が想像していたよりも遥かに重い。

それは、彼女の未来そのものであり、彼女が信じていた「幸福」の崩壊だ。


その夜、私は東部の領地に眠る魔力結晶を少しだけ抽出し、王都のギルベルトに向けて、ある「贈り物」を送ることにした。

それは、彼が今抱えている借金の重圧を、さらに加速させるための魔術的な呪いだ。


彼の領地で収穫される穀物の品質を、ほんの少しだけ下げ、さらなる経営不振を引き起こすという、実に些細で、しかし決定的なダメージを与える呪い。


「これで、クロフォード公爵家は終わりね」


私は鏡に映る自分の顔を見た。

以前よりも、少しだけ表情が柔らかくなっている気がした。

けれど、その瞳には、獲物を追い詰める冷徹な光が宿っている。


私は勝利を確信していた。

フロリナが私に仕掛けた『等価交換の誓約』は、今や完全に、彼女自身の滅びへと繋がっているのだから。


(待っていなさい、フロリナ。あなたのその自信が、絶望に変わる瞬間を見届けて差し上げますわ)


月明かりの下、私は静かに紅茶を飲み干し、次の復讐の計画を練り始めた。

私の氷のような心は、あの日、あの子たちが私の全てを奪い取った時に溶け落ちてしまったけれど。

その代わり、今は復讐という炎が、私の全身を熱く燃やしている。


この炎が消える時、私の手元には、何が残っているのだろう。

そんなことを考えながら、私は再びペンを取り、次の契約書類にサインを書き入れた。


これは、ただの復讐ではない。

私が私の人生を取り戻すための、最初で最後の「等価交換」なのだ。

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