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第19話:崩壊のワルツ

広間を支配していた華やかな旋律は、無残に断ち切られた。

シャンデリアの眩い光さえも、今は冷徹な審判の光のように、フロリナたちの青ざめた顔を白日の下に曝け出している。


「な……何を馬鹿なことを! 殺人教唆だと? 証拠はあるのか!」


ハインリヒ・フォン・ローゼンタールが、震える声を絞り出して叫んだ。彼は椅子を蹴るようにして立ち上がり、ディートリヒ殿下を鋭く睨みつける。その顔には、長年権力の座に居座り続けた男特有の、醜い傲慢さが張り付いていた。


「証拠なら、ここにありますわ」


私はディートリヒ殿下の手を離れ、一歩前へ出た。

手にした殺害依頼書を高く掲げる。そこには大公家の象徴である「双頭の鷲」の印章が、赤黒い蝋と共に鮮明に刻まれている。


「先ほど、我が邸宅に侵入した暗殺者ギルド『黒蠍』の実行犯から回収いたしました。……ハインリヒ様、ご自分の印章を、まさかお忘れになったわけではありませんわね?」


「そ、そんなものは偽造だ! あの女が私を陥れるために作った偽物に決まっている!」


「偽造かどうかは、魔法騎士団の鑑定官が判断することですわ。それに……」


私は視線を横にずらし、震えながら立ち尽くすフロリナとギルベルトを射抜いた。


「お二人も、この『祝宴』の意味を本当はご存知だったのではないかしら? 明日の法廷で、私が『不慮の事故』で欠席することを期待していたのでしょう?」


「ち、違うわ! 私は何も知らない! ハインリヒ様が、ただお祝いをしようって言ったから……!」


フロリナが絹を裂くような声で叫ぶ。彼女は助けを求めるようにギルベルトの腕にすがったが、ギルベルトはそれどころではなかった。彼は迫り来る近衛兵たちの威圧感に気圧され、ただガタガタと歯を鳴らしている。


「見苦しいな、ハインリヒ。そしてギルベルト殿」


ディートリヒ殿下が、氷点下の声を響かせた。

彼は腰の剣の柄に手をかけ、威風堂々と広間の中央へと歩み進める。


「王立高等裁判所の最高法官として、そして王室の正当な継承者として命じる。ローゼンタール大公、およびその共犯者たちを拘束せよ。抵抗する者は、反逆罪と見なしてその場で処刑することを許可する」


「ひっ……!」


ギルベルトが情けない声を上げて床に膝をついた。

周囲を囲んでいた保守派の貴族たちも、ディートリヒ殿下の放つ圧倒的な「王の威光」の前に、次々と頭を垂れ、武器を捨てる。

権力という虚像で塗り固められていた彼らの団結は、真の王権と、揺るぎない証拠の前ではあまりにも脆かった。


ハインリヒは顔を真っ赤にして何かを言い返そうとしたが、近衛兵たちに両脇を固められ、無様に床を引きずられていく。


「メルセデス……! 貴様、ただで済むと思うなよ! 魔力結晶の権利など、貴族社会が認めなければただの石ころだ!」


「いいえ。価値を決めるのは社会ではなく、それを必要とする人々ですわ。……さようなら、ハインリヒ様。古い秩序と共に、歴史の闇へとお帰りなさい」


私は冷徹に言い放ち、連行されていく彼を見送った。


広間に残されたのは、豪華なドレスを着たまま呆然と立ち尽くすフロリナと、腰を抜かしたギルベルト。そして、彼らの「後ろ盾」を失った、ベルンハルト伯爵――私の父だ。


父は、遠巻きにこの光景を見ていた。

彼は、自分が愛したフロリナが再びどん底へ落ちようとしているのを、ただ指をくわえて見ているしかなかった。いや、彼自身もまた、大公家との不適切な癒着を疑われ、審議の対象となることは避けられない。


「お姉様……お姉様、お願い!」


フロリナが這うようにして私の足元にすがりついてきた。

ドレスの裾が床にこぼれたワインで汚れ、かつてあれほど誇っていたピンクのシルクが無残に染まっていく。


「私、騙されていたの! ハインリヒ様が、お姉様を殺そうとしているなんて知らなかったの! 全部あの人が勝手にやったことなのよ! だから、助けて、ねえ……!」


私は、足元で泣き叫ぶ義妹を見下ろした。

あの日、夜会で私を嘲笑い、ギルベルト様を腕に絡めて勝ち誇っていた時の輝きは、微塵も残っていない。

今の彼女は、自らが支払うべき対価の重さに耐えきれず、壊れてしまった哀れな人形に過ぎない。


「フロリナ。あなたは言ったわね、自分には華やかな暮らしこそがふさわしいと」


私は冷たく、けれどどこか慈悲深くさえある声で告げた。


「でも、その華やかさを支える『価値』を、あなたは一度でも生み出したことがあったかしら? 誰かから奪い、誰かに与えられることでしか飾れない美しさは、こうして一瞬で剥がれ落ちるものなのよ」


「嫌あぁぁ! 行きたくない! 牢獄なんて嫌よ!」


兵士たちがフロリナの腕を掴み、無理やり立たせる。彼女は狂ったように暴れたが、その抵抗は虚しく空を切るだけだった。

ギルベルトもまた、抵抗する気力すらなく、魂が抜けたような顔で連行されていった。


広間には、割れたグラスの破片と、踏みにじられた料理の残骸、そして重苦しい沈黙だけが残った。


「……終わったな、メルセデス」


ディートリヒ殿下が、私の隣に静かに立った。


「ええ。ですが、明日の法廷が残っていますわ。彼らが公に、自らの罪を認め、私との『契約』を精算するまで、私の戦いは終わりません」


「ああ。明日は私が、最高法官として君の正当性を世界に知らしめよう」


殿下は、私の肩に優しく手を置いた。

その手の温もりが、張り詰めていた私の心をわずかに和らげる。

けれど、私の視線はすでに、ここではない場所――未来へと向いていた。


***


翌朝。王立高等裁判所。

王都中の貴族、商人、そして平民までもが、この世紀の裁判を一目見ようと詰めかけていた。


被告席に座るのは、昨日までの傲慢さを失い、ぼろ布のような罪人服を着せられたハインリヒ、ギルベルト、そしてフロリナ。

対する原告席には、一点の曇りもない白銀のドレスを纏った私、メルセデス・フォン・ベルンハルト。


裁判官席の最上段にディートリヒ殿下が座り、廷内が静まり返る。


「これより、被告たちの罪状認否、および魔力結晶の権利帰属に関する最終審理を行う」


その宣言と共に、廷内の壁一面に魔法投影が映し出された。

それは、ハインリヒたちが密かに行っていた魔力結晶の密輸ルートの地図であり、フロリナたちが私から不当に奪おうとした資産の正確な内訳。

そして、私とフロリナがかつて交わした『等価交換の誓約』の、真実の記録だった。


「……被告フロリナ。汝は、メルセデス・フォン・ベルンハルトとの誓約に基づき、自らが望んだ『一番大事なもの(ギルベルト)』を受け取った。だが、その対価として汝が差し出したのは、汝自身の『誠実』であり、『家の誇り』であった」


ディートリヒ殿下の声が、審判の鐘のように響く。


「魔術天秤の判定によれば、汝が受け取った価値(負債を抱えたギルベルト)に対し、汝が支払った代償は著しく不足している。その差額は、汝の生涯をかけた労働、および全権利の剥奪によって補われるべきであると……法と魔術が結論づけた」


「そんな……っ!」


フロリナが絶望に顔を覆う。


この瞬間、彼女たちの負けは確定した。

法律だけでなく、彼女たちが私を陥れるために使おうとした「魔法」そのものが、彼女たちの罪を断罪したのだ。


私は、ディートリヒ殿下を見上げた。

彼は優しく頷き、最後の一言を放つ。


「判決を言い渡す。被告らの全資産を没収し、永久に王都から追放する。――この裁きに、異議を唱える者はいないな?」


廷内は、嵐のような静寂に包まれた。

誰一人、声を上げる者はいない。

保守派の重鎮たちも、いまや自分たちが巻き添えになるのを恐れ、目を伏せて縮こまっている。


私は、深く息を吐き、静かに目を閉じた。

復讐の天秤は、いま、完璧な均衡を保って静止したのだ。


「――お取引、終了ですわ」


私は心の中で、かつての自分に向けて、静かに別れを告げた。

ここから始まるのは、誰かに奪われることも、誰かを呪うこともない、私自身の力で切り拓く、真に自由な人生なのだから。

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