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第14話:仕掛けられた罠と、静かなる誓い

一方、その頃。王都の旧クロフォード公爵邸――かつての公爵家の栄華を象徴するこの壮麗な屋敷は、いまやメルセデス・フォン・ベルンハルトという新たな主を迎え、以前とは比べ物にならないほどの整然とした美しさと、冷徹なまでの静寂に包まれていた。


メルセデスの執務室。大きな窓からは、手入れの行き届いた庭園が見下ろせる。彼女は、セバスチャンが淹れた香り高いダージリンティーに軽く口をつけながら、机の上に広げられた何通もの密偵からの報告書にじっと目を通していた。その瞳からは、一切の感情が排除されている。


「……なるほど。ローゼンタール大公家は、ついにギデオンを法廷弁護士につけましたか」


メルセデスの声は、夜の湖面のように静かだった。


「はい、お嬢様。ギデオンは、法廷での感情論と、裏での根回し、そして証人への徹底的な口封じと演技指導を得意とする、非常に老獪で悪辣な男です。すでにフロリナ様には、自分がどれほど虐げられ、どれほど苦しんできたかを裁判官たちの前で涙ながらに訴えるための、徹底的な演技指導が行われているとのこと。また、今回の審理を担当する保守派の裁判官たちに対して、大公家から莫大な裏金と将来の便宜を図るという約束が交わされていることも確認しております」


セバスチャンが、慇懃に頭を下げながら報告を続ける。彼の表情には、フロリナたちの動きをすべて掌の上で転がしている者だけが持つ、絶対的な自信と余裕があった。


「感情論と、裏金による根回し。……いかにも、あの古臭い保守派の重鎮たちが好みそうな、安っぽくて浅はかな手法ね」


メルセデスは、ふっと氷のように冷ややかな微笑を浮かべた。


「彼らは、自分たちが何十年も前に捨てたような古い手口が、今のこの王都で通用するとでも思っているのかしら? この世界を動かしているのは、いつだって確かな数字と、逃げようのない証拠、そして何より『正確な価値』なのに。フロリナとギルベルトという使い捨ての駒を使って、私から魔力結晶の権利を奪えるなどと、あまりに楽観的だわ」


メルセデスは羽根ペンを手に取り、机の上に広げた真っ白な羊皮紙の上に、サラサラと滑らかな筆致で文字を書き込んでいった。

彼女が書き出しているのは、かつて義母である後妻エルナが犯してきた違法な金融取引の全記録、そして今回の訴訟の黒幕であるローゼンタール大公家が、王国の法を犯してまで進めている『魔力結晶の密輸計画』の、詳細な取引ルートと関係者のリストだった。


そこへ、部屋の扉が控えめにノックされ、緋色の髪を持つ青年――ディートリヒ・フォン・アルスハインが入室してきた。彼は王家の中でも特異な存在感を放ち、その理知的な眼差しは、常に王国の未来を見据えている。


「やあ、メルセデス嬢。調子はどうかな? 騒がしいネズミたちが、ずいぶんと大きな罠を仕掛けてきたようだが」


「ディートリヒ殿下。ご足労いただきありがとうございます。……ちょうど、一ヶ月後の裁判に向けた『お土産』の整理が終わったところですわ」


メルセデスが優雅に一礼すると、ディートリヒは彼女の向かいに腰を下ろし、差し出された書類に深い興味を抱きながら目を通し始めた。その翡翠の瞳が、書類に記された数字や名前を追うごとに、驚きから確信へと、そして最後には鋭い怒りへと変わっていく。


「……これは、素晴らしいな。大公家が秘密裏に進めていた、魔力結晶の闇ルートの証拠か。……ここまで正確に、かつ組織的に掴んでいたとは。これがあれば、あの老人たちがどれほど法廷で取り繕おうとも、一撃でその仮面を剥ぎ取ることができる」


「ええ。彼らは私の魔力結晶事業を奪うために訴訟を起こしたつもりでしょうが、私にとっては、彼らの長年にわたる不正を白日の下に晒し、王国の経済からその悪影響を排除するための最高の機会です。殿下、王家としての準備はいかがですか?」


ディートリヒは、頼もしげな笑みを浮かべて深く頷いた。


「ああ、抜かりはない。大公家が金で買収しようとしている裁判官たちのリストは、すでにこちらで把握している。当日の法廷では、私が最高法官として直接審理を取り仕切ることにした。彼らの不正な根回しは、すべて法廷の場で無効化し、逆に彼らを断罪するための材料に変えてやろう」


「心強いですわ、殿下。……これで、あの子たちが望んだ『悲劇のヒロイン』という舞台は、彼ら自身の墓場へと変わるでしょう」


「それに、メルセデス嬢。君の言う通り、これはただの姉妹間の訴訟ではない。腐敗しきったローゼンタール大公家という、王国の古い病巣を外科手術で切り取るための、正当な戦いなのだ。君と私が結んだ『同盟』が、どれほど強固なものであるか、あの保守派の老人たちに思い知らせてやろう」


ディートリヒが差し出した手。

それは、かつてギルベルトが差し出してきた、中身のない虚飾と傲慢に満ちた手とは全く違っていた。そこにあるのは、互いの実力と知性を認め合い、利害を完全に一致させた「対等なビジネスパートナー」としての深い敬意と誓いだった。


メルセデスは、ディートリヒの真っ直ぐな翡翠の瞳をじっと見つめ返した。

彼女の胸の奥で、再び冷徹な計算が始まる。

王家との正式な同盟。それは彼女の事業に絶対的な安定をもたらすだけでなく、かつて自分を虐げ、捨て去った者たちを、今度こそ二度と這い上がれない奈落の底へと叩き落とすための、最大の武器になる。


メルセデスは、少しだけ口元を緩め、その手を静かに、しかし確かな力で握り返した。


「喜んでお受けいたします、ディートリヒ殿下。……割に合わない等価交換を、今度は国家規模で実行して差し上げましょう。あの子たちが信じ込んでいる『偽りの救済』が、どれほど残酷な現実へと繋がっているか……一ヶ月後、王立高等裁判所の法廷で、しかと見届けていただきますわ」


復讐の天秤は、いまや個人的な恨みを離れ、王国の命運を賭けた戦いへと大きく動き出した。

一ヶ月後に迫る、運命の法廷。その舞台裏で、メルセデスは着々と糸を紡ぎ、獲物たちが自ら罠へ飛び込んでくるその瞬間を、氷のような微笑みと共に待ち続けていたのである。

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