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幕間3:伯爵の独白と、崩れ落ちた偶像

ベルンハルト伯爵家の、以前よりも人手が減って静まり返った執務室。

私――ベルンハルト伯爵は、一人、深いため息をつきながら、先代から受け継いだ家の紋章が刻まれた印章を見つめていた。


「……私は、どこで道を間違えたのだ」


かつて、この屋敷には活気があった。

先妻である亡き妻が生きていた頃、そしてその娘であるメルセデスが私の傍にいた頃は、伯爵家の運営に何の不安もなかった。

メルセデスは、まだ幼い頃から恐ろしいほどの知性を発揮し、私の指示を待つまでもなく、領地の問題や王都での社交を完璧にこなしていた。


私はそんなメルセデスが、正直、怖かったのだ。


あの子の澄んだアイスブルーの瞳に見つめられると、まるで自分の内面にある「父親としての無能さ」を見透かされているような気がしてならなかった。

だからこそ、あとに嫁いできた後妻エルナと、その連れ子のフロリナの、自分を無条件で慕ってくれる「甘さ」に逃げてしまった。


フロリナがメルセデスに嫌がらせをしても、私は「妹の可愛らしい悪戯」として見て見ぬふりをした。

メルセデスなら、どんな苦境も自分で解決できるだろうと、勝手に思い込んでいたのだ。

そして、あの婚約破棄の夜会。

私は、フロリナがメルセデスからギルベルト殿を奪ったと聞いた時、心のどこかで「これでメルセデスも、少しは父親である私を頼るようになるだろう」と、歪んだ期待を抱いていた。


だが、現実は違った。


メルセデスは私を頼るどころか、淡々と私の手を離れ、家の資産と、エルナの隠し資産を手に、あっという間に私の手の届かない高みへと昇っていってしまった。


「……まさか、エルナがあのような裏金を溜め込んでいたとはな」


私は机の上に置かれた、エルナの過去の取引記録の写しに視線を落とした。


彼女は、我が家を乗っ取ろうと、裏で多くの大貴族や商人と繋がり、違法な高利貸しを行っていた。

それを、メルセデスはすべて知っていたのだ。

そして、私がフロリナばかりを溺愛し、先妻の遺産をフロリナに横流ししようとしていたことも、あの子はすべて見抜いていた。


『お父様、言葉が過ぎますわ。私はただ、フロリナと交わした『約束』を果たしているだけ。……等価交換ですよ』


あの日のメルセデスの言葉が、今も私の耳の奥で呪いのように響き続けている。


メルセデスは、ベルンハルト家を破滅させるために動いたのではない。

私という無能な父親と、フロリナという邪悪な義妹が、勝手に自滅していくように、ただ天秤の均衡を保っただけなのだ。

あの子が手を引いた瞬間から、我が家の財政は一気に傾いた。これまであの子がどれほど多くの犠牲を払い、この家を支えてくれていたかを、私は失って初めて痛感した。


「メルセデス。……私は、お前を正しく評価することができなかった」


私は印章を強く握りしめた。

もはや、フロリナを助け出す力は、私には残っていない。

伯爵家の家督をメルセデスに返還したことで、辛うじて家名だけは存続できたものの、今の私は、娘の情けによって生かされているだけの、ただの抜け殻に過ぎないのだ。


「お前は、本当に完璧な私の娘だったよ。……だが、父親としては、あまりにも価値のない男だったな」


私は窓の外、かつてメルセデスが手入れをしていた、今は手付かずのまま放置された庭を眺めた。


あの子が去った庭には、もう二度と、美しい花が咲くことはない。

私は自らの手で、伯爵家にとって最も価値のある宝を手放し、代わりに「破滅」という名の粗大ゴミを抱え込んでしまったのだ。


この割に合わない等価交換の結末を、私はこれからも、この寂れた屋敷で一人、生涯をかけて味わい続けるしかないのだ。

悔恨の涙が、私の乾いた頬を静かに伝い落ち、机の上の書類を小さく濡らしていった。

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