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幕間2:落ちぶれた鳥たちの塒(ねぐら)

王都の片隅、貴族街から遠く離れた下町の、薄暗く湿った安アパート。

その一室から、金切り声のような叫びと、何かが床に叩きつけられる鈍い音が響いていた。


「どうして! どうして私が、こんな固いパンを食べなきゃいけないの!?」


フロリナは、安物の木製テーブルの上に置かれた黒パンを睨みつけ、涙を流して叫んだ。

かつて彼女の艶やかな肌を包んでいた最高級のシルクのドレスは、今やすっかり色褪せ、裾が薄汚れた古着に変わっている。

愛らしかったピーチピンクの髪も、まともな手入れができないせいで艶を失い、パサついていた。


「文句を言うな、フロリナ。それを買うのだって、今の私にとっては精一杯なんだ!」


向かい側に座るギルベルトもまた、かつての「白馬の王子様」の面影はどこにもなかった。

自慢だったシルバーアッシュの髪は乱れ、無精髭が伸び放題になっている。

彼は貴族としての地位も、公爵領も、そして煌びやかな屋敷もすべてメルセデスに奪われ、いまやただの平民として、日雇いの事務仕事でその日暮らしの糊口をしのぐ日々を送っていた。


「精一杯って何よ! あなた、クロフォード公爵家の次期当主だったんでしょう!? どうしてこんな街の片隅で、お姉様に怯えながら暮らさなきゃいけないの!? 私、あなたと結婚して、公爵夫人になるはずだったのに!」


「うるさい! それを言うなら、君こそどうなんだ! 君がメルセデスを追い出すような真似をしなければ、私は今でも公爵家の嫡男として、贅沢な暮らしを続けていられたんだ!」


ギルベルトがテーブルを叩き、怒声を上げた。

かつてあれほど愛し合い、夜会でメルセデスを見捨てて手を取り合った二人は、いまや顔を合わせるたびに、お互いを罵り合うだけの醜い関係に成り果てていた。


「私のせいだっていうの!? 私はお姉様から、あなたという『最高の宝物』を奪ってあげたのよ! あなたを愛して、あなたを救ってあげたのは、この私なのよ!」


「宝物だと? 笑わせるな! 君が私を奪ったせいで、メルセデスは怒り、私の家の借用書をすべて買い取って、屋敷ごと私たちを追い出したんだ! 君が私に持ち込んだのは、愛などではない! 破滅だ!」


「ひどい……ひどいわ、ギルベルト様! そんなの、あんまりですわ!」


フロリナは顔を覆って泣き崩れた。

だが、その涙を見ても、ギルベルトの心に湧き上がるのは、かつてのような庇護欲ではない。

ただただ、目の前の女の浅はかさと、自分の愚かさに対する、どす黒い嫌悪感だけだった。


(……ああ、私はなんて馬鹿だったんだ)


ギルベルトは、頭を抱えて暗いアパートの天井を見上げた。


メルセデスと婚約していた頃の自分は、どれほど恵まれていたことか。

彼女は言葉こそ少なかったが、常に完璧な手腕で公爵家の財政を支え、不祥事を揉み消し、自分を輝かせるための舞台を裏で整えてくれていた。

彼女がいてくれたからこそ、自分は「完璧な次期公爵」として、社交界でちやほやされていたのだ。


それを、自分は「冷たい」と評し、鼻で笑って切り捨てた。

そして、ただ甘えてくるだけの無能なフロリナを選んだ。

その結果が、これだ。


「……メルセデス。君は、今頃あの大きな屋敷で、私を笑っているのだろうか」


ぽつり、とギルベルトの口から漏れた言葉に、フロリナが敏感に反応した。


「今、お姉様の名前を呼んだの!? あなた、まだあの方に未練があるのね!? 私という妻がいながら、お姉様を……!」


「いい加減にしろ、フロリナ! 私たちはもう、夫婦ですらないんだ! 結婚式も挙げていない、ただの同居人だ!」


「嫌! 私は絶対に認めないわ! 私はベルンハルト伯爵家の令嬢で、あなたの妻なのよ! お姉様なんかに、私の人生を壊されてたまるもんですか!」


フロリナは立ち上がり、狂ったように部屋の壁を叩いた。


彼女はまだ、信じている。

いつかお父様が助けに来てくれる。いつかお姉様が自分の過ちを認めて、お金を返しに来てくれる。

そんな、絶対に訪れることのない「都合の良い未来」に縋り付かなければ、彼女の精神は、いまや一瞬たりとも保たないところまで崩壊しかけていた。


湿った風が、隙間だらけの窓から吹き込み、二人の冷え切った背中を撫でていく。

かつてメルセデスからすべてを奪い、勝ち誇っていた二羽の小鳥たちは、いまや自らが招いた籠の中で、互いの羽を毟り合いながら、ゆっくりと腐り落ちていくのだった。

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