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[毎日更新中]転生したら錬金術が得意な貴族家の女の子でした  作者: 双葉アリア
第二章 アトリエ開業編

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85話 十歳の誕生日、やがて芽吹くもの

分割するにも中途半端になりそうだったので強行突破w

今回長いです。

季節はすっかり春へと移ろい、職業付与の儀も無事に終わったある日のこと――。


 私たちは、これまで暮らしていたレーヴェン子爵家の屋敷を後にし、

 新たに私の屋敷となるセレスティア伯爵家の屋敷へと引っ越した。


 庭先には春の花が咲き始め、柔らかな風が頬を撫でていく。

 新しい屋敷はまだどこか落ち着かず、見慣れない景色ばかりだけれど――


 それでも、不思議と嫌な気はしなかった。


 なぜなら。


「エレノア様、本日のご予定の最終確認でございます」


 控えめに声をかけてきた使用人に、私は振り返る。


「はい、お願いします」


 差し出された書面に目を通す。


 そこに書かれているのは――


「……やっぱり、やるんですね」


「はい。本日は、エレノア様の十歳のお誕生日でございますので」


 そう。


 今日は、私の誕生日。


 しかも、ただの誕生日ではない。


 節目となる、十歳の誕生日だ。


「大規模な催しは控えめに、とのご意向は反映されておりますが……それでも相応の準備は整っております」


「……ですよね」


 小さく苦笑する。


 控えめ、とはいえ――貴族の“控えめ”が控えめであった試しはない。


 屋敷の中を見渡せば、既にその気配はあちこちに現れていた。


 飾り付け、整えられた調度品、忙しなく行き交う使用人たち。


 どう考えても、“静かな一日”にはならなそうだ。


「……まあ、仕方ないか」


 小さく息をつく。


 それでも、少しだけ――楽しみだと思っている自分も、確かにいた。


「それと、エレノア様」


「はい?」


 使用人が、わずかに声の調子を改める。


「本日は、王城より陛下ならびに宰相様がご来訪されます」


「……はい?」


 一瞬、思考が止まる。


「え、今なんて?」


「陛下と宰相様が、本日お越しになられます」


「……どうして?」


 思わず素で聞いてしまった。


 いや、どう考えてもおかしい。


 誕生日だ。確かに節目ではある。

 だが、それでも――


「さらに、ヘルガー様、並びにオスバルト伯爵様もご来訪予定となっております」


「増えましたよね?」


「はい」


 即答だった。


「……いや、ちょっと待ってください」


 思わず額に手を当てる。


 陛下に宰相。

 そこにヘルガーさんと、オスバルト伯爵。


 どう考えても――


「誕生日の規模じゃないですよね?」


「左様でございます」


 あっさり肯定された。


 否定してほしかった。


「……控えめ、とは」


「貴族基準でございますので」


「なるほど、理解しました」


 理解はした。納得はしていない。


 むしろしたくない。


「……逃げたらダメですよね」


「難しいかと」


「ですよね」


 小さくため息をつく。


 もう、覚悟を決めるしかない。


「……分かりました。準備、進めましょう」


「かしこまりました」


 恭しく一礼し、使用人は去っていく。


 残された私は、もう一度だけ屋敷の中を見渡した。


 慌ただしくも整えられていく空間。

 着々と“誕生日の準備”が整っていく気配。


 ――いや。


「……どう考えても、規模がおかしいんですよね」


 思わず本音が漏れる。


 陛下に宰相様。

 さらにヘルガーさんにオスバルト伯爵。


 どう考えても、“家族で祝う誕生日”ではない。


「……まあ、今さら言っても仕方ないか」


 小さく肩をすくめる。


 ここまで来たら、もう流れに乗るしかない。


 それに――


「……ちょっとだけ、楽しみかも」


 そう呟いた自分に、少しだけ驚いた。


 盛大すぎる誕生日。

 普段なら絶対に落ち着かないはずなのに。


 なぜか今日は――悪くない気がしていた。


 そんなことを考えていると。


「エレノア嬢」


 聞き慣れた声に、ふと顔を上げる。


「大丈夫そうか?」


 そこにいたのは、いつも通りの様子のアルだった。


「アル様。ええ、まあ……大丈夫、だと思います」


「顔が微妙だが?」


「気のせいです」


 即答する。

 気のせいではないけれど、認めたら負けな気がした。


「……無理しなくていいと思うけどねぇ」


 気の抜けた声が横から差し込まれる。


 いつの間にか近くの椅子に腰かけていたクロノアが、だらりと頬杖をついていた。


「どうせ面倒なんでしょ? そういうの」


「……否定はしません」


「ほらね」


 やる気のない声で頷く。


「エレノアって、いかにも社交向きじゃなさそうだし」


「言い方」


「事実でしょ?」


「……そうですけど」


 言い返せないのが悔しい。


「まあでもさ」


 クロノアはそのまま、気だるげに視線だけこちらへ向ける。


「適当にやってればいいんじゃない? どうせ周りが勝手に気を遣うし」


「雑すぎませんか?」


「だって事実だし。君、立場的に守られてる側だよ?」


「それはそうですけど……」


 納得したくないけど納得してしまう。


「ほら」


 クロノアが小さく欠伸を噛み殺す。


「頑張るのは周りの人の仕事。僕らは適当に流す係でいいんだよ」


「いや、それはどうなんですか……」


「いいんだよ、疲れるし」


 完全に開き直っている。


「……お前はもう少しちゃんとしろ」


 アル様が呆れたように口を挟む。


「えー、面倒」


「即答するな」


「だって面倒だし……」


 本当にやる気がない。


 けれど――


「まあでも」


 クロノアがちらりとこちらを見る。


「終わったら休めばいいよ。今日は大変なんでしょ?」


「……そうですね」


 その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。


 ――と、その時。


「来訪者です!」


 玄関の方から、はっきりとした声が響いた。


 空気が、わずかに引き締まる。


「……来たみたいですね」


「最初は誰だろうねぇ」


 クロノアは相変わらず気だるげに呟く。


「お前も来い」


「えー、面倒……」


「来い」


「はいはい……」


 アルに促され、クロノアもようやく立ち上がる。


 私たちはそのまま、玄関ホールへと向かった。


 既にそこには、レーヴェン子爵家の面々も揃っている。


 そして――


 扉が、ゆっくりと開かれる。


 次の瞬間。


 ふわりと、土と若葉のようなやさしい香りが広がった。


 姿を現したのは――


 大地の精霊王様。


 大地の色を宿した長い髪。

 その身には蔦や葉が絡みつき、肩から腕にかけては枝葉が静かに揺れている。


 だが、その佇まいは威圧ではなく、どこか穏やかだった。


「少し、早かっただろうか」


 開口一番、そんな言葉が落ちる。


「いえ、大丈夫です」


「そうか。それなら良かった」


 真面目に頷いたかと思えば――


「途中で良さそうな土を見つけてな。少し寄り道をしたら、この時間になった」


「寄り道してこれなんですか?」


「うむ」


 誇らしげに言われても困る。


 横を見ると――


「……相変わらずだな、ルヴァリオン」


 アルが呆れたように呟いた。


「でしょ?」


 クロノアはくすっと笑いながら頷く。


「こういうとこあるんだよ、この人」


「……そうなんですね」


 思わず納得してしまう。


 ――ルヴァリオン。


 今の会話で、名前だけは覚えた。


 少しズレているけれど、不思議と嫌な感じはしない。


「改めて――誕生日おめでとう、エレノア」


 大地の精霊王様が、真っ直ぐにそう告げた。


「ありがとうございます」


 自然と背筋が伸びる。


――そして。


「続いてのご来訪です!」


 再び声が上がる。


「今度は人間側だねぇ」


 クロノアがぼそりと呟く。


 扉が開き、姿を現したのは――


「久しぶりだな、お前さん。……いや、今はセレスティア伯爵家のほうがいいか?」


 軽く笑いながらそう言ったのは、ヘルガーさんだった。


「どちらでも大丈夫ですよ、ヘルガーさん。お久しぶりです」


「そうか。ま、堅苦しいのは抜きでいこうや」


 変わらない調子に、少しだけ安心する。


 その後ろから、落ち着いた足取りでオスバルト伯爵が進み出た。


「本日はお招きいただき、誠に光栄に存じます」


「十歳のお誕生日、心よりお祝い申し上げます」


「ありがとうございます」


 丁寧な一礼に、こちらも自然と礼を返す。


(……やっぱり、ちゃんとしてますね)


 心の中で小さく呟く。


 だが、それも束の間――


「――陛下、ならびに宰相様のご到着です!」


 その一声で。


 場の空気が、明確に変わった。


「……本命、来たねぇ」


 クロノアが小さく呟く。


 今度ばかりは、さすがに少しだけ姿勢を正している。


 扉が、ゆっくりと開かれる。


 静かな足音が響き――


  陛下と宰相が、姿を現した。


 その瞬間、空気が一段と引き締まる。


 誰もが自然と姿勢を正す中――


 陛下はゆっくりと視線を巡らせ、場の様子を一瞥した。


「……なるほど。随分と顔ぶれが揃っているな」


 静かにそう言い、わずかに口元を緩める。


 そして。


 その視線が、まっすぐエレノアへと向けられた。


「エレノア嬢」


「はい、陛下」


 呼びかけに応じ、エレノアは一歩前へ出る。


「十歳の誕生日、誠にめでたい」


 簡潔で、無駄のない祝辞。


 だがそこには、確かな重みがあった。


「ありがとうございます」


 丁寧に礼を返す。


「これまでの働きについては、既に報告を受けている」


 淡々とした口調。


 しかし、それは評価が前提である声音だった。


「年齢を考えれば、特筆すべきものと言えるだろう」


「……過分なお言葉です」


「謙遜は美徳ではあるが――」


 わずかに間を置き、続ける。


「評価されるべき働きまで否定する必要はない」


 きっぱりと言い切る。


 その言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。


「そなたの功績は、既に一個人の域を超えている」


「……」


 思わず、言葉を失う。


「ゆえに――」


 陛下は静かに一歩、前へと進み出た。


「本日は、この国の王としても祝いの意を示そう」


 その言葉のあと――


 陛下は、わずかに視線を巡らせた。


「本来であれば、このような席には多くの貴族を招くのが通例である」


 静かな声音で、そう前置きする。


「だが……」


 ほんのわずかに、表情が緩んだ。


「それを許せば、そなたに不用意に近づこうとする者が増えるのも事実だ」


「……」


 否定はできない。


「中には、少々度を越す者も現れるだろう」


 穏やかだが、はっきりとした線引き。


「ゆえに、本日はこの顔ぶれとした」


 選ばれた者だけがいる場。


 そう言外に示される。


「今後もしばらくは、同様の形を取る」


 そこで一度、言葉を切り――


「無理に関わる必要はない」


 わずかに声音が和らいだ。


「そなたは、そなたの為すべきことに専念すればよい」


「……はい、陛下」


「それで十分に、国の益となっているのだからな」


 静かに締めくくられる。


 重い言葉だった。


 けれど――どこか、守られているような感覚もあった。


 その空気を。


「――ま、そういう難しい話はこの辺でいいだろ」


 あっさりと崩したのは、ヘルガーさんだった。


「今日は祝いの席だ。堅くなる必要はねえよ」


 肩を竦めながら笑う。


「せっかくの誕生日なんだ。もっと気楽にいこうぜ」


「……ふむ」


 陛下が小さく頷く。


「確かに、その通りだな」


 わずかに空気が緩む。


「本日は祝宴である」


 今度は、先ほどよりも柔らかな声音で。


「各々、存分に楽しむがよい」


 その一言を合図に――


 控えていた使用人たちが一斉に動き出した。


 料理が運ばれ、グラスが満たされ、場に彩りが加わっていく。


 人々の間に、ゆるやかな会話が広がり始める。


 先ほどまでの張り詰めた空気は、いつの間にか和らいでいた。


「……始まりましたね」


 小さく呟くと、


「だねぇ」


 クロノアが気の抜けた声で返す。


「ほら、言ったでしょ。適当にやってればいいって」


「適当はどうかと思いますけど……」


「大丈夫大丈夫、誰も君に無茶振りしないから」


「それはそれでちょっと複雑なんですが」


「ははっ」


 アルが小さく笑う。


「まあ、肩の力を抜け。今日は祝われる側なんだからな」


「……そう、ですね」


 ゆっくりと息を吐く。


 気づけば、さっきまでの緊張はだいぶ薄れていた。


 視線を上げると、楽しげに談笑する人たちの姿。


 色とりどりの料理。


 穏やかに流れる時間。


 ――そして。


「……誕生日、か」


 小さく呟く。


 こんなに賑やかな誕生日は、きっと初めてだ。


 落ち着かないはずなのに。


 不思議と――


「悪くない、かも」


 そう思えた。


 ――こうして。


 エレノアの十歳の誕生日を祝う宴は、穏やかに幕を開けたのだった。


 宴もたけなわ――という言葉が似合う頃。


 賑やかだった会場も、少しずつ落ち着きを見せ始めていた。


 料理は一通り行き渡り、談笑の声もどこか柔らかいものへと変わっている。


「――さて」


 静かに口を開いたのは陛下だった。


「祝いの席である以上、形だけでも順序は守るとしよう」


 そう言うと、軽く視線を送る。


 すぐに宰相が一歩前に出た。


「こちら、我々からの贈り物にございます」


 無駄のない所作で差し出される箱。


「派手さは控えた。日常で使える物の方が良いと判断した」


 陛下が淡々と補足する。


 開けると――


「……可愛い」


 思わず声が漏れる。


 主張は控えめ。


 けれど、細部まで丁寧に作られた調度品。


「気に入ったか」


「はい、とても」


「ならば良い」


 それ以上は何も言わない。


 それが逆に、陛下らしかった。


「次は、私たちですね」


 お父様が柔らかく笑う。


「実用的なものにしたよ」


 差し出されたのはエプロン。


「どうせ研究ばかりしているのだろう?」


「……否定できません」


 お母様がくすっと笑う。


「だからこそ、ちゃんとしたものを用意したの」


 手触りがいい。


 動きやすさも考えられている。


「……ありがとうございます」


 これは、素直に嬉しい。


「じゃあ、次は私たちね」


 すっと一歩前に出たのは、アメリアお姉さまだった。


「お誕生日おめでとう、エレノア」


 優しく微笑みながら、小さな箱を差し出してくる。


「実用的なものも考えたのだけれど……」


 ちらりと視線を逸らし、


「今日は“可愛いもの”を優先したわ」


 開けてみると――


「……綺麗」


 繊細な装飾の施されたアクセサリー。


 上品で、それでいて主張しすぎない。


「似合うと思ったのだけれど」


「……はい、とても」


 自然と頬が緩む。


「ありがとう、お姉さま」


「次は俺だな」


 ルーカスお兄様が軽く手を挙げる。


「正直、かなり悩んだ」


「そうなんですか?」


「ああ。下手なもん渡すと、お前すでに持ってそうだからな」


「否定できません」


「だろ?」


 苦笑しながら差し出されたのは――


「……これ、魔道具ですか?」


「補助系だな。負担軽減と集中力の維持に特化してる」


「実用全振りですね」


「お前にはそれが一番だろ」


 即答だった。


「……ありがとうございます」


 これは、かなり嬉しい。


「はいはい、次俺たち!」


 カイルが割り込むように出てきた。


「絶対似合うやつ選んだからな!」


「押し付けがましいね......」


「いいだろ別に!」


 メルとリリアが呆れつつも頷く。


 開けると――


「……あ」


 好みど真ん中。


「だろ!?」


「ええ、似合うと思いましたので」


「……ありがとうございます」


 ちょっと悔しいけど嬉しい。


「はい、次」


 アル様が雑に袋を投げてくる。


「うわ」


 慌てて受け取る。


「金だ」


「雑ですね?」


「選ぶの面倒だった」


 横でクロノア様がだるそうに頷く。


「僕も同意見。外さないし」


「それはそうですけど……」


「好きなの買いなよ。僕らよりセンスいいでしょ」


「……否定できません」


 妙に納得してしまう。


「さて、次は――」


そう言いながらヘルガーさんは席を立ち綺麗に梱包された中くらいの箱を渡してきた。


「開けていいですか?」


「開けなきゃ中身わからんだろ」


「そうですね!」


「……わあ、いい香り……!」


 箱の中には、バレンシア名産品の詰め合わせが並んでいた。色とりどりの果実や香辛料、手作りの菓子まで。手に取るだけで、食欲だけでなく、心まで温かくなるような贈り物だった。


「気に入ったか?」


「はい! 本当にありがとうございます、ヘルガーさん!」


 ヘルガーさんは肩をすくめ、にっこりと微笑む。


「喜んでもらえたなら、それで十分さ。改めて誕生日おめでとう!」


 次に、オスバルト伯爵がゆっくりと前に出る。


「エレノア様、改めて本日はお招きいただき感謝する」


 深々と頭を下げ、丁寧に差し出されたのは――マグカップのセットだった。


「……素敵……!」


 手に取ると、見た目の美しさだけでなく、手触りまで考えられているのがわかる。


「これは、日常で使えるようにと、領内で一番腕の良い職人に作らせたものだ!」


「ありがとうございます、伯爵様……」


 自然と礼を返すと、伯爵は満足そうに頷く。


 続いてミストルティン様が静かに歩み出る。


「私は、エレノアが好きそうな物と錬金術で使えそうな物を選んだよ!」


そう言うとミストルティン様は、空間収納から電子量りと大量の本を床に置き始めた。


「すごい量ですね......」


「多分本だけで100冊はあるかな?」


「……え、100冊!?」


 思わず目を見開く。手に取っただけでもずっしりと重く、背表紙の色とりどりの本が整然と並ぶ。


「ふふ、数えたわけじゃないけどね。でも、楽しんでもらえると思うよ」


 ミストルティン様は軽く笑みを浮かべ、電子量りを手に取りながら続ける。


「錬金術の合間だったり寝る前とかに丁度いいかなって


それにエレノア本読むの好きでしょ?」


「……ありがとうございます、ミストルティン様」


 少し顔を赤らめながら礼を言う。


「無理にお礼を言うことはないよ。楽しんで使えばそれで十分だから」


 その言葉は、まるで背中をそっと押してくれるようだった。


 私はゆっくりと電子量りを手に取り、視線を本の山に移す。


「……どれから読もうかな」


 思わず小さく呟くと、ミストルティン様は満足そうに頷いた。


「……ふふ、楽しんでね」


 静かに微笑むミストルティン様の姿に、エレノアは自然と胸が温かくなるのを感じた。


 最後に、大地の精霊王が静かに一歩前に出る。


「エレノア」


 落ち着いた声。手には小さな鉢を持っている。土の香りと若葉の香りが混ざった、春の匂い。


「これは……?」


 小さな鉢の中には、瑞々しい緑の芽が顔を出していた。小さく柔らかい葉が、手の届く距離で揺れている。見ているだけで心が和む。


「君が気に入りそうなものだと思った。それに、研究材料としても使える」


 静かな口調だが、どこか温かみがある。


「……研究材料……ですか?」


 芽をそっと撫でる。土のぬくもりと葉の柔らかさが手に伝わる。目に映るのはただの苗木――だが、どこか特別な気配を感じる。


「どう扱うかは君次第だ。飾りとしても、研究の素材としても、自由にしてよい」


 言葉通り、押し付けられるものではなく、選択権は自分にある。


「……ありがとうございます」


 小さく頭を下げると、精霊王は微かに笑みを浮かべた。


「楽しんでくれるといい」


 芽に視線を落とす。緑の小さな葉は、まるで応えるかのようにそっと揺れた。


(……ただの木じゃない……かも)


 うっすら特別さを感じながらも、エレノアにはそれがどれほどのものなのか、まだ理解できなかった。


 ――その秘密に気づくのは、もう少し先の話である。

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