235話 南部へ出発、湖畔を目指して
ーーユグアッシュ王国・南部方面街道
私とリュシアさんの仮眠を七時間程挟んだのちユグアッシュ王宮から出発した。
馬車の外には以前より活気が戻っているものの、依然として感染症の影響で閉まっているお店が多い。
「来た時よりはだいぶ良くなりましたね」
「噂によると、そういうお店も営業を再開したらしいですよ?」
「濃厚接触者がいたら再パンデミック待ったなしなんですが!?」
……なんだろう。
下のお世話をしてもらった結果、病院のお世話になってしまう光景が頭に浮かぶんだけど!?
笑えない。
「でも、全部閉めてしまうのも難しいと思いますよ?」
「どうしてですか?」
私が尋ねると、リュシアさんは少し考えるように窓の外へ視線を向ける。
「ああいうお店が全部なくなった結果、街中で性犯罪が増えるよりはマシじゃないですか?」
「比較対象が物騒すぎません!?」
「でも実際、治安維持という意味では無関係とも言えませんよ」
「それは……」
否定しづらい。
欲求そのものを禁止したところで、それが消えてなくなるわけではない。
だからといって感染症が流行している最中に、濃厚接触を前提としたお店を通常通り営業させていいのかと言われれば――
「……どっちに転んでも問題しかないじゃないですか」
「だから難しいんですよ」
「うぅ……」
感染症対策だけを考えるなら閉めた方がいい。
でも、街全体のことを考えれば、それだけでは済まないらしい。
「せめて感染対策を徹底した上で営業してくださいよ……」
「その辺りは衛生局も条件を付けているそうですよ?」
「最初にそれを言ってください!!」
「聞かれなかったので」
「リュシアさん!?」
「まぁ無許可で再開したお店もあるらしいですが……」
リュシアさんが今恐ろしいことを言ったような気がしたが聞かなかったことにした。
……私は知らないからね!?
そんなことを思いながら馬車の窓に目を向けると強烈な違和感を覚える。
「……騎士さんこんなに多かったっけ?」
「言われてみれば多いですね……」
私の屋敷の護衛棟に常駐する隊員さんとセレディア王国の騎士団が一緒に来るのはわかる。
同じ理由でユグアッシュ王国内の騎士団が来るのもわかるーー
周りの市民を威圧するレベルで騎士団がいるのは聞いていないんですが!?
「……リュシアさん」
「はい」
「ざっと何人くらいいるように見えます?」
「そうですね……」
リュシアさんは窓から外を覗き込む。
「騎士だけなら、前後を合わせて二百人近くいるんじゃないでしょうか」
「にひゃく!?」
思わず声が裏返る。
「なんで村へ行くだけで二百人規模の騎士団が付いてきてるんですか!?」
「私に聞かれても……」
「戦争に行くんじゃないんですよ!?」
「分かってますよ!」
私はもう一度窓の外を見る。
馬車の前方にはユグアッシュ王国の騎士団。
後方にはセレディア王国から同行している騎士たち。
そして私の屋敷から派遣されている王命錬金護衛隊。
……多い。
どう考えても多い。
しかも――
よく見ると騎士だけじゃない。
少し離れた場所には衛生局の人たちが乗った馬車。
その後ろには医療関係者。
検体や薬品を運ぶ荷馬車。
食料や野営道具を積んだ補給用の馬車まで続いている。
「…………」
「…………」
「リュシアさん」
「はい」
「これ、関係者まで含めたら何人います?」
「……確認します?」
「怖いですけどお願いします」
リュシアさんは手元の資料を捲り始める。
「ユグアッシュ王国の騎士団、セレディア王国の騎士団、王命錬金護衛隊……」
「はい」
「衛生局の調査員と医療関係者……」
「はい……」
「御者、補給担当、物資管理、それぞれの随行員を含めると……」
「…………」
「四百人近くになりますね」
「…………」
「…………」
「よんひゃく?」
「はい」
「村の調査ですよね?」
「そのはずです」
「四百人で?」
「……そうなりますね」
「軍事遠征じゃないですかぁぁぁ!!」
思わず頭を抱える。
何なんですか、この大所帯は!?
「村の人、絶対びっくりしますよね?」
「びっくりで済めばいいですけどね」
「え?」
「突然四百人近い集団が村に向かってきたら、普通は何かやらかしたと思いません?」
「…………」
想像する。
静かな湖畔の村。
いつも通りの日常を送る村人たち。
そこへ突然――
騎士。
騎士。
騎士。
騎士。
その後ろから衛生局。
医療関係者。
大量の荷馬車。
そして私たちの馬車。
「……討伐される村みたいになってません?」
「言わないでください。私も今そう思いました」
「減らしましょうよ!?」
「今からですか?」
「今からです!!」
私は慌てて御者席へ続く小窓を開ける。
「すみませーん!!」
「はい!」
「一旦止まってもらえますか!?」
「何かありましたか!?」
「人が多すぎます!!」
「…………はい?」
そりゃそういう反応になりますよね。
私だって、まさか移動中に同行者が多すぎるという理由で馬車を止めることになるとは思わなかった。
しばらくして馬車がゆっくりと停車する。
するとすぐに、護衛隊の隊員さんが駆け寄ってきた。
「エレノア様、どうされました!?」
「どうされたも何も――」
私は周囲を指差す。
「なんでこんな大所帯になってるんですか!?」
「護衛と調査要員ですが?」
「それは見れば分かります!!」
「今回は感染源となった可能性のある地域へ向かわれるとのことでしたので、念のため増員を――」
「増員しすぎです!!」
「ですが、ユグアッシュ王国側からも警護と衛生局の人員を増強すると連絡がありまして……」
「…………」
「こちらも他国に任せきりというわけにはいかないと、セレディア王国の騎士団と医療関係者が増員されまして……」
「まさか……」
嫌な予感がする。
「ユグアッシュ王国が増やしたから、セレディア王国側も増やした?」
「はい」
「それを見て護衛隊も?」
「感染源候補地へ向かわれるエレノア様の護衛が手薄になるわけにはいかないので、念のため増員しました」
「それで衛生局も?」
「現地で多数の感染者が確認された場合に備えて、念のため」
「医療関係者も?」
「その場で治療が必要になった場合に備えて、念のため」
「補給部隊は?」
「四百人近い人数が移動することになりましたので、念のため」
「最後のは前の『念のため』が原因ですよね!?」
「…………」
「全員が『念のため』で増やした結果がこれですかぁぁぁ!!」
誰か一人くらい相談してください!!
「流石に村の人がびっくりするので、もう少し減らしてください!」
一拍。
「村の人たちが『俺たち何かやらかしたか!?』って確実になります!!!!」
「ですが――」
隊員さんは困ったような表情を浮かべる。
「我々の判断だけで人数を減らすことはできません」
「なんでですか!?」
「王命ですので」
「…………」
出た。
最強の言葉。
王命。
「ではユグアッシュ王国の騎士さんたちは!?」
「国王陛下からの命令だそうです」
「…………」
「セレディア王国騎士団も同様です」
「…………」
「衛生局については?」
「現地で感染が確認された場合、即座に封鎖と調査を行える人数が必要とのことで」
「…………」
「医療関係者も――」
「もういいです!!」
逃げ道がない!!
私は頭を抱える。
「どうするんですかこれ……」
「このまま向かうしかないのでは?」
馬車から降りてきたリュシアさんが、なんとも言えない表情で答える。
「四百人で?」
「四百人で」
「小さな村に?」
「小さな村に」
「…………」
「…………」
「絶対怖いですよ!!」
「でしょうね……」
想像してみる。
いつも通りの朝。
畑仕事をする人。
湖へ漁に出る人。
家の前で話をする人。
そんな平和な村の街道の向こうから――
四百人。
騎士団。
王命錬金護衛隊。
衛生局。
医療関係者。
大量の荷馬車。
「…………」
駄目だ。
どう考えても駄目だ。
「村長さん、遺書を書き始めません?」
「エレノア様、それ以上想像しない方がいいと思います」
「でも絶対『国が村を潰しに来た』って思いますよ!?」
「否定はできませんね」
「否定してくださいよ!!」
しかし。
人数を減らせない以上、どうしようもない。
「……せめて村へ入る時だけ人数を分けません?」
「それなら可能かもしれませんね」
「ですよね!?」
よかった。
ようやく解決策が――
「先遣隊を百人ほど先に向かわせて――」
「多いです!!」
「では五十人?」
「まだ多い!!」
「三十人」
「…………」
「エレノア様?」
「十人でお願いします」
「護衛として少なすぎます」
「村人を威圧しない人数を考えてください!!」
なんで私は感染症の調査へ向かう途中で、村を怖がらせない騎士団の適正人数について話し合っているんだろう。
そして協議の結果――
「「「「では行って参ります」」」」
騎士五人、衛生局五人、医療関係者十人の計二十人が先遣隊として向かうことになった。
目的は村への事情説明。
それから感染者や体調不良者がいないかの確認。
もし感染が疑われる人がいた場合、その場で簡単な診察も行う。
「これなら大丈夫ですよね?」
「二十人でも小さな村なら十分目立つと思いますが……」
「四百人よりマシです!!」
「比較対象がおかしいんですよ」
「私に言わないでください!!」
私が四百人集めたわけじゃない。
全員が『念のため』を積み重ねた結果だ。
「では我々はどうしますか?」
「のんびり向かえばいいんじゃないんですか?」
「ここからロンバス湖の畔の村へは五日程で着くのでーー」
一拍。
「逆算すると、そこまでゆっくりと移動することはできないですね」
「……五日?」
「はい」
私は街道の先を見る。
目的地はロンバス湖のほとりにある村。
地図で見た時からそれなりに距離があるとは思っていたけど――
「思ったより遠いですね……」
「王都からですからね」
「じゃあ、先遣隊の人たちは?」
「騎馬で先行しますから、私たちよりはかなり早いですよ」
「なるほど」
それなら意味はある。
先遣隊には先に村へ向かってもらい、事情を説明してもらう。
その間、私たちは通常の速度で移動する。
「でも……」
私は後ろを見る。
延々と続く馬車と騎士。
「結局、この人数で五日間移動するんですよね?」
「そうなりますね」
「…………」
四百人。
五日間。
「食料って大丈夫なんですか?」
「そのための補給部隊ですよ」
「あっ」
そうだった。
人数が増えた。
だから補給部隊が増えた。
そして補給部隊が増えたことで――
「……もしかして、その補給部隊を守るための騎士さんもいます?」
「いますね」
「…………」
「…………」
「増員が増員を呼んでません?」
「今頃気付いたんですか?」
「薄々気付いてましたよ!!」
なんだろう。
最初は感染症の調査へ行くだけだったはずなのに。
気付けば四百人近い大所帯で、五日間の遠征になっている。
「途中の街や村にも泊まりますよね?」
「もちろんです」
「…………」
嫌な予感がする。
「宿、足ります?」
「足りないでしょうね」
「即答!?」
「四百人ですよ?」
「ですよねぇ……」
どうやら。
ロンバス湖へ辿り着く前にも――
色々と問題が起きそうだった。




