232話 隠された性質、新たな疑惑①
ーーユグアッシュ王国・郊外
「こんな時間にごめんなさい」
私はそう言いながら牧場の敷地内へと入っていく。
「いや、全然かまわないよ」
一拍。
「それよりこの間の調査結果はどうでした?」
牧場主さんはにこりと笑みを浮かべる。
「特に問題はなさそうでした」
「そうかい。それなら安心したよ」
牧場主さんは胸を撫で下ろす。
「ただ、今日はその調査とは別に確認したいことがあって来ました」
「別のこと?」
「はい。あの鳥型の魔物について、もう一度詳しく調べさせてもらいたいんです」
「それは構わないけど……」
牧場主さんは少し不思議そうな表情を浮かべる。
「この間もかなり詳しく調べてなかったかい?」
「調べたのは主に病気についてですから」
アルファインフルエンザに感染していないか。
他に病原体を持っていないか。
周囲の動物へ感染するような異常がないか。
そこばかりを重点的に調べていた。
でも――
今回知りたいのは違う。
「今日は、この子たちの生態について調べたいんです」
「生態?」
「例えば、どういう環境を好むのか。他の個体と一緒にいることを嫌がらないのか。それから――」
私は少し考えてから付け加える。
「強いストレスを受けた時に、身体にどんな変化が起きるのか」
「ストレス……?」
「はい」
手帳には、輸送開始から一週間で五羽のうち二羽が体調を崩したと書かれていた。
その翌日には一羽が死亡。
さらに翌朝にはもう一羽が死亡し、別の一羽もかなり弱っていた。
感染症だけが原因なら、それでも説明はできる。
だけど――
『鳥型の魔物はとても繊細』
以前聞いたその言葉が、どうしても引っ掛かっていた。
「この子たちって、普段はどういう感じで飼育していますか?」
「うーん……」
牧場主さんは鳥型の魔物がいる区画へ視線を向ける。
「この子たちの場合は、二羽で飼育しているね」
一拍。
「どういうわけか離そうとすると暴れてね」
「離そうとすると?」
「そうなんだよ。最初は一羽ずつに分けようとしたんだけど、片方を別の区画へ移した途端、二羽とも大暴れしてね」
「そんなに……」
私は二羽へ視線を向ける。
確かに。
互いを警戒している様子はない。
それどころか、身体を寄せ合うようにして過ごしている。
「じゃあ、この二羽は相性がいいんですね」
「多分ね。ここまで仲がいいのは珍しいけど」
「普通は鳥系の魔物は縄張り意識が強い個体が多いはずなんだけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。特に同性同士だとね」
牧場主さんは二羽を眺めながら続ける。
「同じ場所に入れると縄張り争いを始めることも珍しくない。異性でも相性が悪ければ同じだよ」
「じゃあ、この二羽が珍しいだけなんですね」
「そういうことだね」
私は改めて二羽を見る。
身体を寄せ合い、片方が動けばもう片方もその後を追う。
少なくとも、この二羽については一緒にいること自体がストレスになっているようには見えない。
「……ちなみに」
私は少し考えてから尋ねる。
「少し実験をしたいのですが、短時間だけ飼育環境を変えてもいいですか?」
「まぁ……いいけど……何か気になることでもあるのかい?」
「少しだけ確認したいことがあるんです」
私は二羽を見ながら答える。
「この二羽、とても仲がいいんですよね?」
「ああ。さっきも言った通り、離すと暴れるくらいにはね」
「なら丁度いいです」
「丁度いい?」
牧場主さんが首を傾げる。
「少し手がかりになるものを見つけて確認したいんです」
「よくわからないけど......設備はこっちで調整するよ」
そう言いながら牧場主さんは飼育スペースに入り私は外から確認する。
「指示を出してくれー!」
「まず初めに別々になるようにしてください」
そう言い意図的に距離を離し一羽ずつになるようにする。
「準備OKだ」
牧場主さんのその言葉に私は鑑定スキルを発動する。
「......どうやらそのようですね」
鑑定結果は若干のストレスと怒っているという表記ーー
そしてこのままの状態では危険とまで書かれている。
「牧場主さん! 次は狭い空間に二羽いるようにしてください!」
「わかった!」
そう言い牧場主さんは仕切りを調整し狭い空間に二羽いるように板を嵌めていった。
「準備完了だ」
その言葉を合図に再度鑑定スキルを発動する。
「......」
「......」
「……やっぱり私の仮説は合っていたみたいですね」
「何か分かったのかい?」
「はい。でも――」
私は鑑定結果をもう一度確認する。
おかしい。
先ほど二羽を離した時。
鑑定結果に表示されていたのは、若干のストレスと怒り。
それに、この状態が長時間続けば危険だという警告だった。
だけど今は――
「……違う」
「違う?」
「さっきとは反応が違います」
二羽は一緒にいる。
相手に対する怒りもない。
むしろ離した時より、精神的には落ち着いている。
それなのに。
ーー強いストレスを感じている。
そう鑑定結果に出ている。
「牧場主さん、もう少しだけそのままでお願いします」
「分かった」
私は鑑定を続ける。
一分。
二分。
三分。
鑑定結果を常時発動し確認しているが特に状態が変わることはない。
「とりあえずあと二分このままにしてみましょう」
そう言った直後だった。
鑑定結果が何の前触れもなく突如変わった。
体内に非常に強い毒素が生成・蓄積されているーー
「――っ!?」
思わず鑑定結果を二度見する。
見間違いじゃない。
先ほどまで表示されていなかった項目が、明確に追加されている。
――体内に非常に強い毒素が生成・蓄積されている。
「牧場主さん! すぐに元へ戻してください!!」
「えっ!? わ、分かった!」
私の声に驚きながらも、牧場主さんはすぐに仕切りを外す。
狭められていた飼育スペースが元の広さへ戻ると、二羽は待っていたかのように羽を広げ、その場から離れていった。
「…………」
私はその様子を見ながら鑑定を続ける。
強いストレス。
そして――
体内に蓄積された毒素。
「エレノア様、何があったんですか?」
牧場主さんが静かに問いかける。
「......どうやらこの子たちはストレスに弱いみたいです」
「というと?」
「ストレスの限界に達すると体内に毒素を生成・蓄積するみたいです」
「……毒素?」
牧場主さんの表情が固まる。
「この子たちが?」
「はい」
私は再び二羽へ鑑定スキルを発動する。
広い飼育スペースへ戻したことで、先ほどまで表示されていた強いストレスは徐々に弱まっている。
しかし――
「毒素はまだ残っていますね……」
「それって大丈夫なのかい?」
「今のところ、この子たち自身に異常はありません」
少なくとも鑑定結果を見る限り、生成された毒素によって自分自身が害を受けている様子はない。
となれば――
「自分を守るための性質なのかもしれません」
「自分を?」
「はい。ただ、どういう目的で生成しているのかまでは分かりません」
そもそも。
問題はそこだけじゃない。
「牧場主さん、この子たちが毒素を作ることって知っていました?」
「いや……初めて聞いたよ」
「やっぱり……」
私は小さく呟く。
この魔物は元々、東の国で特産物として扱われている。
食用にもされている以上、もしこの性質が向こうでも知られていないのなら、今まで何度も問題が起きていてもおかしくない。
なら――
「東の国では、この性質が知られている……?」
そう考える方が自然だ。
そしてもう一つ。
私の頭から離れない記述がある。
――死骸を運んでも仕方がないし今日の夕食にでもしよう。
「…………」
もし。
輸送されていた鳥型の魔物たちも、狭い場所に長時間閉じ込められていたのなら。
同じように強いストレスを感じて。
同じように毒素を生成していたとしたら――
「……最悪」
アルファインフルエンザに感染していた可能性のある個体。
そのうえ体内には、正体すら分からない強力な毒素。
それを――
輸送に携わった人たちは食べている。
「牧場主さん、ありがとうございました」
「もういいのかい?」
「はい。ここで確認したかったことは確認できました」
むしろ。
新しく調べなければならないことが増えた。
この毒素は何なのか。
人間族が摂取するとどうなるのか。
加熱すれば無害になるのか。
どれくらいの期間、体内に残るのか。
そして――
東の国では、この魔物をどうやって飼育しているのか。
「次は文献を調べます」
牧場でこれ以上実験する必要はない。
というより、これ以上この二羽に負担を掛けたくない。
「王宮に戻ります!」
今度は――
図書室だ。
ーーユグアッシュ王宮・中庭
牧場での調査を終えた後私は王宮内の図書室に籠り片っ端から文献がないかを探した。
よっぽど集中をしていたのか時計は気づいたら朝6時を指していた。
「そろそろ馬車に戻らないと心配されるし戻ろう」
そう静かに呟き一冊の本を抱え馬車へと向かい始める。
「朝日が目に染みる......」
今日は雲一つない晴天ーー
徹夜明けの体にはとてもキツイ。
「帰ったら少しだけ仮眠をとろうかな......」
そんなことを呟いていると見覚えのある姿が目に入った。
「……リュシアさん?」
私が声を掛けると、その人物がゆっくりこちらを振り向いた。
「……エレノア様?」
やっぱりリュシアさんだ。
ただ――
「…………」
「…………」
お互い、何も言わない。
リュシアさんの手には大量の資料。
そして目元には、昨日よりも濃くなったクマ。
一方の私は、一冊の分厚い本を抱えて図書室から出てきたところ。
「…………」
「…………」
なんとなく。
お互いが何をしていたのか察してしまった。
「……リュシアさん」
「はい」
「もしかして、今まで調査してました?」
「…………」
「…………」
「エレノア様こそ、こんな時間まで何を?」
「図書室で調べものを……」
「何時からですか?」
「…………」
「エレノア様?」
「昨日からです……」
「…………」
「…………」
朝日だけが、容赦なく私たちを照らしている。
「……昨日」
リュシアさんが静かに口を開く。
「私に『ちゃんと寝てください』って言いましたよね?」
「…………言いました」
「『急いで調べてほしいとは言いましたけど、寝ないで調べてほしいとは言ってません』とも」
「……言いました」
「…………」
「…………」
「エレノア様にだけは言われたくありません」
「今回は反論できません……」
完全にブーメランだった。
「でも、リュシアさんだって寝てないじゃないですか!」
「私は昨日六時間寝ました」
「私だって――」
「寝ました?」
「…………」
「…………」
「話を変えましょう」
「駄目です」
なんでこういう時だけ強いんですか。
「とりあえず戻りましょうか……」
「そうですね……」
何故か少し気まずい空気のまま、私たちは並んで馬車へ向かう。
別々に調査へ向かったはずなのに。
まさか二人揃って朝帰りすることになるとは思わなかった。
「……エレノア様」
「なんですか?」
「昨日、私にちゃんと寝ろって言いましたよね?」
「言いましたけど、リュシアさんは六時間寝たじゃないですか」
「そういうエレノア様は?」
「…………」
「何時間寝ました?」
「…………」
「エレノア様?」
「図書室で調べ物をしていただけです」
「答えになってませんよ」
「……ゼロです」
「ほら!!」
「でもリュシアさんだって朝まで調査してたじゃないですか!」
「私は六時間寝ました!」
「そのあと徹夜してるじゃないですか!」
「エレノア様はその六時間すら寝てませんよね!?」
「うっ……」
言い返せない。
そんな言い争いをしているうちに馬車へ到着する。
「と、とりあえず報告を――」
私は何事もなかったかのように扉を開けた。
「ただいま戻りました――」
「エレノア様」
「…………」
聞こえてきた声に、身体が固まる。
馬車の中にはメルとエリシアがいた。
「お、おはようございます……」
「おはようございます、エレノア様」
エリシアは笑顔だ。
ものすごく綺麗な笑顔。
だけど。
何故だろう。
ものすごく怖い。
「リュシアさんも、おかえりなさい」
「……ただいま戻りました」
リュシアさんまで声が小さい。
「ところで――」
メルが私たち二人を見る。
「お二人とも、昨日の夜からどこにいたんですか?」
「…………」
「…………」
私とリュシアさんは顔を見合わせる。
「私は図書室で……」
「私は調査を……」
「朝まで?」
「「…………」」
「朝まで?」
「「……はい」」
その瞬間。
メルの頬が膨らんだ。
「エレノア様!!」
「ひゃいっ!?」
「昨日リュシアさんにちゃんと寝てくださいって言ってましたよね!?」
「い、言いました……」
「じゃあなんでエレノア様が寝てないんですか!!」
「調べてたらいつの間にか朝に……」
「それ昨日のリュシアさんと同じです!!」
「うっ……」
完全に正論だった。
「リュシアさんもです!」
「はい……」
「六時間寝たからって、そこからまた朝まで調査していいわけじゃないですよ!」
「ですが、急いだ方が――」
「駄目です!」
「……はい」
強い。
今日のメル、ものすごく強い。
すると今まで静かだったエリシアが、二つの椅子を引いた。
「では、お二人ともこちらへ」
「…………」
「…………」
嫌な予感がする。
「エリシア?」
「座ってください」
「報告が――」
「座ってください」
「…………はい」
「……はい」
私とリュシアさんは仲良く隣同士に座る。
そして。
「まずエレノア様からです」
「はい……」
「研究や調査が大切なのは分かります。ですが、ご自身の身体を蔑ろにしていい理由にはなりません」
「……はい」
「それからリュシアさん」
「はい……」
「昨日あれだけエレノア様に注意されたのに、どうして同じことを繰り返しているんですか?」
「六時間は寝たのですが……」
「そういう問題ではありません」
「……はい」
逃げ道がない。
ちらりと隣を見る。
リュシアさんと目が合った。
『どうしましょう』
そんな視線を向けられる。
『私にも分かりません』
視線だけで返す。
すると――
「二人とも聞いてますか?」
「「聞いてます!!」」
こうして。
朝まで別々に調査して仲良く朝帰りした私とリュシアさんは、メルとエリシアから仲良くお説教を受けることになったのだった。




