231話 残された手帳、繋がる手がかり
ーーユグアッシュ王宮・中庭
夜通しの調査を終えたリュシアさんを半ば強制的に睡眠させてから6時間が経過したーー
私もその間にできる調査を行い、時間を潰した。
「やっぱ何度やっても出ない……」
「そりゃあそうよ……」
パルシア様は、おかわりの紅茶を差し出しながら苦笑する。
「時間が経てばウィルスが活発化することもあるので……」
「それはそうなのかもしれないけども……」
そんな話をしているとリュシアさんが起きてきた。
「うーん!!! よく寝たー!!!」
伸びをしながら歩き、馬車の出入り口の方へ向かう。
「再調査してきまーす!」
「リュシアさん寝癖治ってないです!!!」
私がそう声をかけるとーー
「調査にオシャレは不要なので!」
そう言いながら扉を開け外に出てしまった。
「……年頃の女の子があれでいいのかしら」
「リュシアさんはそういうのに無頓着だなーとは思っていましたが……」
「エレノアにもブーメラン刺さってるわよ?」
「うっ……」
思わず言葉に詰まる。
「わ、私は最低限身だしなみくらい整えますよ?」
「研究に夢中になってる時は?」
「…………」
「髪が跳ねてても気付かないことあるわよね?」
「…………」
「服に薬草の葉っぱ付けたまま歩いてたこともあったわよね?」
「もういいです!!」
なんでそんなことまで覚えてるんですか!
「まあ、似た者同士ってことね」
「一緒にしないでください!」
「今の話を聞いて、どこに違いがあったのよ?」
「…………」
何も言い返せない。
私は誤魔化すように紅茶へ口をつける。
「と、とにかく!」
カップを置き、机の上に並べていた検体へ視線を戻す。
「リュシアさんが調査している間に、私は私のできることを進めます」
「一旦休憩したほうがいいわよ?」
一拍。
「それに何日も経ってるのに出ないってことは、可能性は薄いと思うわよ?」
「……それは私も分かってるんですけど」
私は並べられた検体を見る。
何度調べても結果は同じ。
アルファインフルエンザに関係する異常は確認できない。
それどころか、時間を置いて再度調べても結果に変化はなかった。
「そうですよエレノア様!」
そう言いながらメルがクッキーを運んでくる。
「クッキー食べながらこの間買ったボードゲームで遊ぼー!」
「えぇ……」
私は思わず検体とメルを交互に見る。
「なんですかその反応!」
「だって、まだ調べたいことが……」
「さっきパルシア様も休んだ方がいいって言ってたじゃないですか!」
「そうよ」
味方がいない。
「でもリュシアさんが戻ってくるまでに――」
「戻ってきてからでいいじゃないですか!」
「…………」
正論である。
というより。
昨日、寝ようとしないリュシアさんに私が言ったことと、ほとんど同じだった。
「……なんか今朝の私に怒られてる気分」
「なら尚更休みなさい」
「はーい……」
私は渋々検体から離れる。
するとメルは満足そうに笑い、持ってきたクッキーをテーブルへ並べ始めた。
「今日は何味?」
「バターとチョコと、こっちが蜂蜜です!」
「蜂蜜!」
「急に元気になったわね……」
パルシア様が呆れたように私を見る。
仕方ないじゃないですか。
美味しいものは美味しいんだから。
「それで、ボードゲームは?」
「これです!」
メルが嬉しそうに箱を持ってくる。
「この間街で買ったやつ!」
「ああ、あれですか」
買ったはいいものの、調査やら何やらで結局一度も遊べていなかった。
「リュシアさんが戻ってくるまでですよ?」
「はーい!」
「あと一回だけ、も無しですよ?」
パルシア様がすかさず付け加える。
「私、そんなこと言いませんよ?」
「研究の時に『あと一回だけ』を繰り返してる人が?」
「…………」
「エレノア様、早くやりましょう!」
「分かりましたよぉ……」
私は諦めて椅子へ座る。
ほんの少しだけ。
リュシアさんが戻ってくるまでの暇潰し。
――そのつもりだった。
二時間後ーー
「わーい!まった勝ったー!」
「「メル強すぎ!!」」
麻雀のようなゲームでメルは今のところ全勝している。
「NTEの麻雀が強いだけあるわね」
パルシア様は紅茶を飲みながら静かに言う。
「ルールは全然違いますけどね」
「運要素のほうが大きいものね」
そんな話をしているとーー
「エレノアー!」
「エレノア様ー!」
ミストルティン様とリュシアさんが同時に帰ってきた。
「「「お帰りなさい」」」
「……何やってるんですか?」
「あら、面白そうなことしてるじゃない」
「麻雀っぽいゲームです」
私がそう言うとーー
「後で混ぜて」
「……その前に、調査結果を報告してもいいですか?」
「もちろんです」
「じゃあ終わったら私も混ぜて」
「ミストルティン様!?」
「……とりあえずどうでしたか?」
私がそう言うと、リュシアさんは咳払いをし、資料をテーブルの上に置く。
「まず結論から言います」
そう前置きするとリュシアさんの表情が一気に曇る。
「既に自宅で亡くなっており遺体も腐敗していました」
一拍。
「腐敗具合も進んでおり身元の確認も困難と結論づけました」
「やはり私の想定通りでしたか……」
「直接的な死因はわかりませんが死後一週間から2週間半といったところですね」
「鑑定で身元判明するでしょ」
ミストルティン様がそう呟くとーー
「鑑定で身元がわかればこんな報告しませんよ……」
リュシアさんは苦笑を浮かべる。
「それくらい腐敗が進んでいたんですよ……」
一拍。
「一般の鑑定士で、魔力の残滓まで解析できる人はそうそういません」
「ここにいるじゃない」
そういってミストルティン様は、私の方を振り向く。
「ミストルティン様? お言葉ですがそんな光景をエレノア様に見せられると思いますか?」
そういってミストルティン様に視線を向ける。
「腐敗臭もすごかったですし、何より遺体が溶けるほど腐敗していたんですよ? それこそ危険すぎます」
「じゃあ私が残滓を見る?」
「そういう問題じゃありません!!!」
「正体不明の感染症を疑ってる腐乱死体に近づくなって言ってるんです!!」
「神族だし関係ないわよ?」
「ユグアッシュ王国の衛生局の人たちが既に回収したので不要です!」
「チェッ」
……なんで残念そうなんですか。
そう心の中で思っているとーー
「野次馬感覚で話さないでください!!」
「野次馬じゃないわよ?」
「じゃあ何なんですか!?」
「好奇心?」
「もっと悪いです!!」
そんなやり取りをしている二人に私は咳払いをする。
「とりあえず話がずれているので戻してもらっていいですか?」
「……失礼しました」
リュシアさんは気まずそうな表情を浮かべる。
「何か手がかりになりそうなものとかはありましたか?」
「死因についてはある程度見当がついていますが、アルファインフルエンザに直接結びつくものは、現時点では見つかっておりません」
そういってリュシアさんは少し間を置く。
「ただーー手がかりになりそうなものは回収してきました」
そういって一冊の手帳をポケットから取り出す。
「衛生局の方から許可と消毒を行いましたので問題はありません」
そう言ってリュシアさんは私に手渡す。
「確認しますね」
私はパラパラとページをめくり何かないか必死に探す。
「これはーー」
残り数ページというところで、一か月前の日付が目に留まった。
「なんて書いてありますか!?」
私はそのままページをめくる。
「……ありました」
そう言って私はそのページを全員に見せる。
◯月◯日
新しい鳥型の魔物を輸送開始から1週間が経過。
五羽のうち二羽が体調を壊した。
恐らく長くは持たないだろう。
〇月〇日
夜が明け確認してみると一羽は既に事切れていた。
死骸を運んでも仕方がないし今日の夕食にでもしよう。
そう書かれていた。
「……まさか」
リュシアさんの表情が強張る。
「この鳥型の魔物が……?」
「まだ分かりません。ただ――」
「何かしらの病原体を持った動物を食べている以上、通常より感染する危険性は高いはずです。それに、一度に大量の病原体へ曝露していたなら、重症化に関係している可能性もあります」
私はそう言いながら次のページを捲る。
◯月◯日
夕食で食べたがあまりうまくなかった。
今朝、また一羽が事切れていた。もう一羽もかなり弱っていたため、二羽とも近くの村に置いていくことにした。
村人からは感謝された。
たまにはいいことをするものだな。
「……最初の感染って港町ですよね?」
「そうですね……」
「一週間が経過しているってことは港町から結構離れているはずです」
私が静かに呟く。
「言われてみれば辻褄が合いませんね……」
私は今までに判明した情報を頭の中で整理し始める。
ーー最初の感染源は港町であること。
ーー輸送に携わった関係者が口にし村の住民も口にしている可能性が極めて高いこと。
ーー輸入した数と実際の飼育数があっていないこと。
ーー鳥型の魔物はとても繊細だということ。
そしてーー元は東の国では特産物とされていたこと。
「……あれ?」
私は強烈な違和感を覚える。
そして私は机の方へと走りペンと紙を持ってきて再度整理する。
「どうかしましたか?」
リュシアさんの言葉は今の私に聞こえていない。
ただ、違和感を確認するかのようにひたすら整理する。
「……やっぱりおかしい」
「エレノア様……?」
「輸入数って何羽でしたっけ?」
「……待ってください」
リュシアさんが資料を慌てて捲る。
「……到着時は六羽です」
「やっぱり……」
バラバラだった情報が、一つの線として繋がった。
つまりーー
『六羽目は港町で輸送から外されている。そして――それが港町での感染拡大に関係している可能性が高い』
「リュシアさん!! 大至急、港町で最初に感染したと思われる人物の記録と、この人が立ち寄った村を調べてください!!」
「わかりました!!」
そう言ってリュシアさんは走り出す。
「私ももう一度牧場に行って調査してきます!!」
そして馬車に残ったのはミストルティン様とパルシア様にメルだけ。
「なんか報告するタイミング失ったわね……」
ミストルティン様のその静かな一言が馬車内に微かに響くのだった。




