230話 消えた足取り、僅かな手がかり
ーーユグアッシュ王宮・中庭
リュシアさんに調査をお願いした翌日ーー
「エレノア様ー!」
一晩中調査をしていたのだろうか、疲れは感じさせないものの若干目にクマが寄っていた。
「……リュシアさん寝てないんですか?」
「色々確認していましたので」
一拍。
「このくらいならどうってことないです」
「どうってことあります!!」
私は思わず声を上げる。
「目にクマできてるじゃないですか!」
「このくらいなら少し休めば消えます!」
「そういう問題ですか!?」
まったく。
私が研究に集中して食事を忘れそうになると止めるくせに、自分のことになるとこれなんだから。
「報告が終わったらちゃんと寝てくださいね?」
「分かりました」
「本当に?」
「はい」
「…………」
「なんですか?」
「リュシアさんの『分かりました』って、たまに信用できないんですよね……」
「エレノア様にだけは言われたくありません」
「なんでですか!?」
「昨日、同じ検体を何度確認しました?」
「…………」
どこで見てたんですか。
「まあ、それは置いておいて」
「置いておくんですね……」
リュシアさんは苦笑すると、持っていた資料を机の上へ置いた。
その瞬間。
私も表情を戻す。
「……分かったんですね?」
「はい」
「商会の人についてですか?」
「それだけではありません」
「え?」
リュシアさんは資料を何枚かに分ける。
「商会関係者が最後に確認された日時と場所。その直前の行動。そして最後に接触したと思われる人物からも話を聞くことができました」
「本当ですか!」
「それと、護衛を担当した冒険者についても、冒険者ギルドに残っていた記録を可能な限り確認しています」
「…………」
一晩でそこまで?
「リュシアさん」
「はい?」
「やっぱり絶対寝てくださいね?」
「報告が先です」
「終わったらですよ!」
「分かっています」
……本当かな。
だけど今は、確かに報告の方が先だ。
「それで――」
私は資料へ視線を落とす。
「どうでした?」
「まず、商会関係者についてですが……」
リュシアさんの声色が変わった。
「エレノア様の予想は、一部当たっていた可能性があります」
「…………」
嫌な予感がした。
「詳しく教えてください」
「はい」
リュシアさんは一枚目の資料を開いた。
「まず商会の方からですがーー」
そう言って資料の一部分を指差す。
「エレノア様の懸念通り、やはり感染し現在入院しているようです」
「やっぱり……」
「加えて現在意識不明の重体のようなので、調査は不可能だと結論づけました」
「意識不明……」
最悪の事態ではなかった。
少なくとも、生きている。
そのことには少しだけ安心した。
だけど――
「……やっぱり感染していた」
「はい」
私が昨日感じた違和感。
鳥型の魔物を輸送した時期と、商会の人の所在が分からなくなった時期が重なっていたこと。
そして、その人が感染した魔物と長時間接触していた可能性が高かったこと。
偶然ではなかった。
「いつから入院しているんですか?」
「そちらも確認しています」
リュシアさんが資料をめくる。
「約三週間前です」
「三週間前……」
私は頭の中で時系列を組み立てる。
鳥型の魔物が輸入されたのがおよそ一か月前。
そして、その約一週間後には入院していたことになる。
「入院する前の症状は?」
「高熱、咳、強い倦怠感。その後急速に症状が悪化したとのことです」
「アルファインフルエンザの症状と一致しますね……」
「医師からも同じ診断を受けています」
「…………」
これで一つ。
昨日の仮説を裏付ける情報が増えた。
だけど――
「リュシアさん」
「はい」
「その人がどこで感染したかは?」
「そこまでは分かりません」
やっぱり。
私は小さく息を吐く。
「因みに馬車を運転した人については、死亡記録も入院記録もありませんでした」
「……ということは?」
「現在も所在不明です」
「…………」
私は思わず黙り込む。
商会の関係者については分かった。
アルファインフルエンザに感染し、現在は意識不明の重体。
だから家にも戻らず、商会にも連絡できなかった。
でも――
「馬車を運転していた人は、何も分からない……?」
「はい」
「最後に確認されたのは?」
「こちらも、およそ一か月前です」
「…………」
まただ。
また、一か月前。
鳥型の魔物が輸入された時期。
感染が広がり始めた時期。
商会関係者が感染したと思われる時期。
そして――
馬車を運転していた人の所在が分からなくなった時期。
「死亡していない。入院もしていない。でも、どこにいるのか分からない……」
「少なくとも、国内の主要な医療施設や死亡記録からは確認できませんでした」
「……それって」
メルが不安そうに私を見る。
「元気ってこと?」
「分かりません」
私は首を横に振る。
むしろ、それが一番困る。
感染していないのかもしれない。
感染しても軽症で済んだのかもしれない。
どこかで倒れて、まだ発見されていないのかもしれない。
あるいは――
感染したまま、今もどこかを移動しているのかもしれない。
「…………」
最後の可能性を考えた瞬間、背筋に嫌なものが走る。
「リュシアさん」
「はい」
「その人の国外へ出た記録と住宅を最優先で調べてください」
「承知しました」
「では私は、住宅内を調査するための許可をいただけるようユグアッシュ陛下へお願いしてまいります」
リュシアさんの代わりに私のそばにいたミィナさんはそういい扉の方へと向かう。
これで――
追わなければならない人のうち、一人は判明した。
商会の関係者は、アルファインフルエンザに感染し現在も意識不明の重体。
そして残るのは――
馬車を運転していた人。
護衛を担当した放浪型の冒険者パーティー。
馬車を運転していた人は、国外に出ていなければ調査結果が判明するのも時間の問題だ。
だがーー
「問題は冒険者パーティーですね……」
私は静かに呟く。
現状一番厄介なのが、冒険者パーティーで拠点を持たない放浪型だと言う点。
この世界では前世のように身分証を細かく確認するわけではない上、写真があるわけでもない。
せいぜい指名手配犯かどうか確認する程度だろう。
「つまり……」
私は腕を組みながら考える。
「普通の冒険者が国境を越えたところで、詳細な記録なんて残っていない可能性が高い……」
「そうなりますね」
リュシアさんが頷く。
「少なくとも商人や貴族のように、出入国の記録を細かく残されることはありません」
「ですよね……」
頭が痛い。
せめて前世のように、本人だと確認できる写真付きの身分証でもあれば話は違った。
でも、この世界にそんなものはない。
冒険者証はある。
名前も分かっている。
所属している冒険者ギルドだって調べられる。
だけど――
「国境で一人一人、冒険者証まで確認して記録しているわけじゃない……」
「はい」
「それじゃあ、入国記録を調べても分からない可能性がありますね」
「残念ながら」
「うぅ……」
私は思わず頭を抱える。
ただでさえ放浪型。
決まった拠点を持たず、依頼や気分次第で各地を転々とする。
それだけでも追跡するのは難しいのに――
「しかもパーティーなんですよね?」
「はい。四名で活動していたようです」
「四人……」
一人ではない。
四人。
もし一人でも輸送中に感染していたら。
同じ馬車で移動し。
同じ宿に泊まり。
同じ場所で食事をしていた仲間たちは、かなり濃厚に接触していたことになる。
そして、その誰かに感染していたとしたら――
「追わなきゃいけない人が一気に増える……」
「そういうことになります」
「…………」
嫌な方向にばかり話が進んでいる気がする。
「冒険者ギルドの記録はどうでしたか?」
「完全に判明したわけではないですがーー」
リュシアさんはそう前置きをし別の資料を机に置く。
「さすらい旅団という名前で活動していて護衛任務を主に受けているそうです」
一拍。
「男性二名、女性二名のパーティーだそうです」
「四人……」
私は資料へ視線を落とす。
さすらい旅団。
名前からして、いかにも一つの場所へ留まらなさそうなパーティーだ。
「活動歴は?」
「かなり長いようです。特定の街を拠点にはしていませんが、ユグアッシュ国内では複数の冒険者ギルドに利用記録が残っています」
「護衛任務が中心なんですよね?」
「はい。商人や旅人の護衛が多く、依頼先によって各地を転々としていたようです」
「……追跡する側からすると最悪なんですよね」
「否定はできません」
護衛任務。
当然、依頼人と一緒に別の街へ移動する。
依頼が終われば、そこで次の依頼を受けることもある。
つまり――
「普段から長距離を移動している人たち……」
「そうなります」
「…………」
ただでさえ所在が分からないのに。
よりにもよって、感染症が広がり始めた時期に行方を追っている人たちがこれとは。
「最後に冒険者ギルドを利用した記録は?」
「そこが、完全には判明していない部分です」
「というと?」
リュシアさんは資料を一枚めくる。
「今回の鳥型魔物の輸送護衛を終えた後も、少なくとも一度は冒険者ギルドを利用した記録があります」
「……!」
「ただし、それ以降については現在各地のギルドへ照会している最中です」
「その一度って、いつですか?」
「輸送任務を終えてから数日後です」
「…………」
生きていた。
少なくとも、その時点では四人とも冒険者として行動していた可能性が高い。
「ただーー」
リュシアさんの表情が僅かに曇る。
「あまり期待はできないと思います……」
「やっぱり記録の問題ですか?」
「はい」
リュシアさんは静かに頷く。
「毎日大量の依頼の受注手続きをしているので特定の冒険者パーティーの情報を見つけるのはたった数日でも難しいのにそれが一ヶ月なので……」
一拍。
「確実に時間がかかりますね……」
「ですよね……」
私は小さくため息を吐く。
一か月。
言葉にすればそれだけだけど、冒険者ギルドにとっては膨大な量の記録になる。
一日に何件もの依頼が貼り出され。
それを何組もの冒険者が受注し。
達成すれば報告され、失敗すればそれも記録される。
しかも調べる必要があるのは、一つの冒険者ギルドだけではない。
「……こういう時、前世みたいに名前を入力したら全部出てくれば楽なんですけどね」
「名前を……入力?」
「なんでもないです……」
無いものを欲しがっても仕方ない。
この世界では、人の手で一枚ずつ記録を確認するしかない。
「でも、調べてもらうしかありませんね」
「はい。既に各地の冒険者ギルドへ照会を出しています」
「お願いします」
時間が掛かる。
それ自体は仕方ない。
問題は――
「その間にも、さすらい旅団が移動している可能性があるんですよね……」
「…………」
リュシアさんは答えなかった。
答える必要もなかった。
彼らは放浪型の冒険者。
しかも護衛任務を中心に活動している。
「期間を見れば隣国のどこかなのは確定なんですけどね……」
一拍。
「任務を受けてない時の移動がどうなのかは未知数ですけど」
「そうですね」
私は頭の中で周辺国の位置関係を思い浮かべる。
一か月という期間を考えれば、どこまでも移動できるわけではない。
少なくとも普通の移動手段を使っている限り、世界の反対側にいるなんてことはまずないだろう。
だけど――
「隣国って言っても、一つじゃないんですよね……」
「はい」
「しかも、どの国へ向かったかも分からない」
「現状では」
「うぅ……」
絞れているようで、全然絞れていない。
「はぁ……」
私は盛大なため息をする。
「……とりあえず馬車を運転した人の調査が先ですね」
一拍。
「ちゃんと休んでからお願いします」
「ですが――」
「駄目です」
私はリュシアさんの言葉を遮る。
「昨日からずっと調査していたんですよね?」
「……はい」
「だったら寝てください」
「ですが、馬車を運転した方の調査も――」
「急いで調べてほしいとは言いましたけど、寝ないで調べてほしいとは言ってません!」
「…………」
リュシアさんは少し困ったような表情を浮かべる。
「数時間休めば十分です」
「ちゃんと寝てください」
「三時間ほど――」
「ちゃんと」
「…………」
「寝てください」
「……分かりました」
よし。
これで一安心――
「では、三時間後に」
「全然分かってないじゃないですか!!」




