225話 絶対に負けられないNTEレース大会、決勝戦②
現在の順位は――
一位、パルシア様。
二位、ミストルティン様。
三位、リュシアさん。
そして四位、私。
とはいえ、その差は一秒にも満たない。
「このまま最下位で終わるつもりはありませんからね!」
私はアクセルを踏み込み、前を走る三台との距離を一気に詰める。
「もちろんよ!」
パルシア様が楽しそうに答える。
「追いつけるものなら追いついてみなさい!」
「言われなくても!!」
次のカーブが迫る。
ここから先も、白尾樹山路公道の難所は続く。
そして――
レースもまだ、半分すら終わっていなかった。
「正直ここは誰かしらは遅れをとるんじゃない?」
ミストルティン様がそう言うほどの、このコース最大の難所が目の前まで迫っている。
「あら、余裕をぶっこいているミストルティンが、遅れを取りそうな場所のことね」
この先に待ち構えているのは、かなり急なヘアピンカーブ――
しかも詰む可能性があるというおまけつき。
ここでコースアウトしようものなら、一気に四位確定だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
さっきまであれだけ騒がしかったのに、急に誰も喋らなくなる。
「……皆さん?」
「集中してるのよ」
ミストルティン様が珍しく真面目な声で答える。
「さすがにここは、ふざけながら走れる場所じゃないわ」
「さっきまで余裕そうだったのに?」
パルシア様が楽しそうに煽る。
「余裕よ!」
「声がちょっと大きくなったわね」
「うるさい!!」
……やっぱり余裕ないんじゃないですか。
とはいえ、それは私も同じだった。
目の前まで迫る急勾配。
その先に待ち構えているのは、ほとんど折り返すようなヘアピンカーブ。
ブレーキが遅ければ、そのまま外へ。
逆に慎重になりすぎれば、後ろの誰かに抜かれる。
「エレノア様」
「はい?」
「ここで一気に抜かせていただきます」
リュシアさん!?
「宣言してから抜く人います!?」
「正々堂々と」
「レースでそこだけ正々堂々にしなくていいです!!」
その瞬間。
リュシアさんのポルシェが一気に加速した。
「ちょっ!?」
「仕掛けたわね!」
「なら私も!!」
ミストルティン様まで速度を上げる。
「待ちなさい!」
パルシア様も当然のように追従する。
「結局全員行くんですかぁぁぁぁ!?」
私もアクセルを踏み込んだ。
四台が猛烈な勢いでヘアピンカーブへ迫る。
「そろそろブレーキですよ!?」
「まだ!!」
「もう少し!」
「ギリギリまで行くわよ!」
「この人たち怖い!!」
ブレーキポイントが迫る。
それでも誰も踏まない。
あと少し。
もう少し――
「今っ!!」
四人がほぼ同時にブレーキを叩き込んだ。
キィィィィィィィ!!
四台のポルシェが一斉に横を向く。
「うわぁぁぁぁ!?」
「イン取った!!」
「させないわよ!」
「そこ私のラインです!!」
もはや誰が誰のラインなのか分からない。
四台が狭いヘアピンへ、ほとんど重なるように飛び込んでいく。
「あれ絶対誰か落ちるだろ……」
ルーカスお兄様の呟きが聞こえた。
「私もそう思います……」
カイルまで同意している。
「誰が落ちると思う?」
メルが尋ねると――
「「「ミストルティン様」」」
三人の声が綺麗に重なった。
「聞こえてるわよぉぉぉぉ!!」
「ミストルティン様、前!!」
「分かってるわよ!!」
……こんな状況でもツッコミを入れる余裕があるなら、案外大丈夫なのかもしれない。
そう思った――
次の瞬間だった。
ガシャン!!
パルシア様とリュシアさんのポルシェが接触した弾みで二人は大きく外側へ膨れる。
「「やばい!!」」
その隙に私とミストルティン様は悠々と通過していく。
現在の順位は――
一位タイ、私とミストルティン様。
三位、リュシアさん。
四位、パルシア様。
「よしっ!!」
一気に前へ出た!
しかも隣を走っているのは――
「…………」
「…………」
ミストルティン様。
「なんでよりによってミストルティン様なんですか!?」
「こっちの台詞よ!!」
二台のポルシェがほとんど横並びのまま、ヘアピンカーブを抜けていく。
「エレノア!」
「はい!?」
「さっき私にだけは絶対負けないって言ったわよね?」
「言いましたよ!」
「なら――」
ミストルティン様がニヤリと笑った。
「最後まで付き合ってもらうわよ!!」
「望むところです!!」
二人同時にアクセルを踏み込む。
「おおー! 二人が抜けた!」
メルの声が響く。
「これ、決勝はあの二人の勝負になるのか?」
ルーカスお兄様が呟く。
しかし――
「勝手に終わらせないでください!!」
後ろからリュシアさんの声が飛んできた。
「えっ!?」
バックミラーを見る。
三位へ落ちたはずのリュシアさんが、もう私たちとの距離を縮め始めていた。
「さっきの接触程度で諦めると思いましたか!?」
「ですよねぇぇぇ!!」
さらに――
「私も忘れないでほしいわね」
「パルシア様まで!?」
四位のパルシア様もすぐ後ろにいる。
さっきの接触で二人とも大きく外へ膨らんだはずなのに。
もう追いついてきている。
「ちょっとくらい離れててくださいよ!!」
「嫌です!」
「嫌よ♪」
「即答!?」
「エレノア! よそ見してる場合!?」
「――っ!」
ミストルティン様が僅かに前へ出る。
「させません!!」
私もすぐさまアクセルを踏み込んだ。
前では私とミストルティン様。
そのすぐ後ろからリュシアさん。
さらにパルシア様。
最大の難所を抜けて、ようやく差がついた。
……はずだった。
なのに。
「全然離れないじゃないですかぁぁぁぁ!!」
「それが決勝よ!!」
ミストルティン様は心底楽しそうに笑っている。
そして――
ゴールラインが見えてきた。
もちろん、まだゴールではない。
二周目への突入を告げるラインだ。
「まさか……」
私は順位表示を確認する。
一位、ミストルティン様。
二位、私。
三位、リュシアさん。
四位、パルシア様。
それでも四人の差は、ほんの僅か。
「これを……」
私は思わず呟いた。
「もう一周やるんですか……?」
「もちろん!!」
ミストルティン様の楽しそうな声と同時に――
LAST LAP
画面中央に、大きな文字が表示された。
「ここからが本番よ、エレノア!!」
「もう十分本番だったんですけどぉぉぉぉ!!」
だが、そんなことを言う余裕は許してくれない。
前へ進むたびに最初の難所が待ち構えているからだ。
「負けたくないなら私に仕掛けることね!」
「言われなくても仕掛けます!!」
そう言って障壁スレスレのドリフトをミストルティン様にお見舞いする。
「させると思う?」
対抗してミストルティン様は前方をブロックしようと幅を一気に寄せる。
当然ーー
ガシャン!!
私とミストルティン様は激しく接触する。
だがーーこれも計算通り。
私はわざと減速し、ミストルティン様を障壁に衝突させる。
「ミストルティン様さようならー!!」
「エレノアぁぁぁぁぁぁ!!」
ガシャァァァン!!
私との接触で外側へ押し出されたミストルティン様のポルシェが、そのまま道路脇の障壁へ激突する。
「よしっ!!」
作戦成功!
接触すること自体は最初から想定していた。
ミストルティン様がブロックしてくることも。
なら、その力を利用してしまえばいい。
「やった! 一位!!」
私はすぐさまアクセルを踏み込む。
「ちょっとエレノア!! 今の絶対狙ったでしょ!?」
「なんのことでしょうかー!」
「白々しい!!」
「勝負ですからね!!」
「覚えてなさいよぉぉぉぉ!!」
ミストルティン様の叫び声が少しずつ遠ざかっていく。
ふふん。
これでしばらくは――
「エレノア様」
「はい?」
すぐ後ろから、聞き慣れた声がした。
「今度は私がお相手します」
「…………」
バックミラーを見る。
そこには――
ぴったりと私の後ろへ張り付くリュシアさん。
さらに。
「私もいるわよ?」
その後ろにはパルシア様。
「忘れてたぁぁぁぁ!!」
「酷くないですか!?」
「いや、忘れてたわけじゃなくて!」
ミストルティン様を落とすことに集中しすぎていた。
「では――」
リュシアさんの声色が変わる。
「遠慮なく行かせていただきます!」
「ちょっと待ってください!!」
次のカーブ。
私がイン側へ入ろうとした瞬間、リュシアさんがさらに内側へ飛び込んでくる。
「そこは駄目です!!」
「空いています!」
「今閉めます!!」
「間に合いません!」
「くぅぅぅ!!」
二台が並んだままコーナーへ突入する。
しかし――
「二人とも、私を忘れすぎじゃない?」
「「あっ」」
パルシア様がアウト側から一気に仕掛けてきた。
「またそのパターン!?」
「使えるものは何度でも使うわよ♪」
三台がほぼ横並びでカーブを抜ける。
そして順位は――
一位、私。
二位、リュシアさん。
三位、パルシア様。
四位、ミストルティン様。
「…………」
私は一瞬だけ順位表示を見る。
ミストルティン様、四位。
「よし!」
このまま行けば――
「エレノアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃっ!?」
後方から、とんでもない声が聞こえてきた。
「絶対追いつくからねぇぇぇぇぇ!!」
バックミラーの奥。
障壁から復帰したミストルティン様のポルシェが、ものすごい勢いでこちらへ迫ってくる。
「怖い怖い怖い!!」
「エレノア様」
リュシアさんが笑いながら言う。
「完全に怒らせましたね」
「だって勝ちたかったんですもん!!」
「ふふっ」
パルシア様まで楽しそうに笑う。
「あの子、こうなるとしつこいわよ?」
「知ってますよぉぉぉ!!」
……どうやら。
ミストルティン様を脱落させるどころか――
一番面倒な状態にしてしまったらしい。
「それでも、このまま逃げ切れば私の勝ちです!」
私はアクセルを踏み込み、前だけを見る。
残る難所はあと僅か。
そして最後に待ち受けるのは――
「来ますよ!」
リュシアさんの声が響く。
白尾樹山路公道、最後の難所。
急角度のヘアピンカーブ。
ここを抜ければ、あとはゴールまでほぼ一直線だ。
現在の順位は――
一位、私。
二位、リュシアさん。
三位、パルシア様。
四位、ミストルティン様。
「よし……!」
このまま。
このまま抜ければ――!
「エレノア様!」
「はい!?」
リュシアさんが私のイン側へ飛び込もうとする。
「させません!」
私はすぐに進路を塞ぐ。
「くっ……!」
その外側から――
「なら私はこっちね!」
パルシア様まで並んでくる。
「パルシア様まで!?」
三台がほとんど横並びになる。
ヘアピンカーブはもう目の前。
「ちょっ、これどうやって入るんですか!?」
「入るしかないでしょ!」
「無茶ですよ!!」
誰も引かない。
私も。
リュシアさんも。
パルシア様も。
三台がほぼ同時にブレーキを――
「甘ぁぁぁぁぁぁい!!」
「「「えっ!?」」」
後ろから聞こえた声。
まさか――
「そこから来るんですか!?」
ミストルティン様だった。
私たち三人が互いの進路を塞ぎ合っている隙を突き、ミストルティン様のポルシェが一気に内側へ飛び込んでくる。
「ミストルティン!?」
「その速度じゃ曲がれませんよ!?」
「曲がればいいのよ!!」
「無茶苦茶です!!」
ミストルティン様は私たちより遅れてブレーキを踏み――
一気にハンドルを切った。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
タイヤを激しく滑らせながら、ポルシェがヘアピンへ飛び込む。
「うそっ!?」
ギリギリ。
本当にギリギリだった。
内側の障壁を掠めそうなほどの距離で車体が向きを変える。
そして――
「抜けたぁぁぁぁぁぁ!!」
ミストルティン様が一気に私たち三人の前へ出た。
「四位から一位!?」
「そんなのありですか!?」
「ありよ!!」
ヘアピンを抜けた瞬間。
順位表示が一気に入れ替わる。
一位、ミストルティン様。
二位、私。
三位、リュシアさん。
四位、パルシア様。
「まずい!!」
この先は――
ほぼ直線。
「待ってください!!」
私はすぐさまアクセルを踏み込む。
「待つわけないでしょ!!」
ミストルティン様も全開で加速する。
「追いつきます!!」
「私もまだ諦めてないわよ!」
リュシアさんとパルシア様も続く。
四台が一斉に最後の直線へ飛び出した。
「ミストルティン様ぁぁぁぁ!!」
「エレノアぁぁぁぁ!!」
少しずつ。
本当に少しずつ。
距離が縮まる。
でも――
ゴールも同じ速度で迫ってくる。
「あと少し!!」
「追いつけぇぇぇぇ!!」
「逃げ切れぇぇぇぇ!!」
「いけぇぇぇぇぇ!!」
ゴールラインまで――
あと僅か。
「ミストルティン様ぁぁぁぁぁ!!」
「これで――」
ミストルティン様が叫ぶ。
「私の勝ちよぉぉぉぉぉぉ!!」
GOAL!
「…………」
「…………」
一瞬。
部屋中が静まり返った。
そして画面にリザルトが表示される。
一位――ミストルティン様。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ミストルティン様がコントローラーを放り出し、勢いよく立ち上がる。
「勝った!! 勝ったわ!!」
「あああああああああああ!!」
私はその場で頭を抱えた。
「よりによってミストルティン様に負けたぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふふふふふ……」
「…………」
喜んでいたはずのミストルティン様から、急に不気味な笑い声が聞こえてくる。
「……ミストルティン様?」
「エレノア」
「な、なんですか……?」
ミストルティン様は満面の笑みを浮かべた。
「覚えてるわよね?」
「…………」
あ。
優勝者は、他の人に好きな命令を一つ言える。
「…………」
まずい。
レースに夢中になりすぎて――
一番大事なことを忘れていた。
「な……何を命令するつもりですか……?」
私は恐る恐る聞く。
「決まっているじゃない!!」
ミストルティン様は満面の笑みを浮かべる。
「エレノアには――」
一拍。
「私と一緒に、色々付き合ってもらうよ♡」
「……色々?」
「そう♡」
ミストルティン様はさらに笑みを深める。
「あんなことや、こんなこととか♡」
「…………」
「…………」
「…………」
部屋中が静まり返った。
「……ミストルティン?」
パルシア様が呆れたように名前を呼ぶ。
「だって、優勝したら好きな命令を一つできるんでしょ?」
「そういうルールですけど!!」
「じゃあ問題ないじゃない♪」
「何をさせるつもりなんですか!?」
「それはもちろん――」
ミストルティン様は、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「これからのお楽しみ♡」
「なんでですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私の叫び声が、馬車の中いっぱいに響き渡る。
……やっぱり。
ミストルティン様にだけは、勝たせちゃいけなかった。
色々どう付き合ったのかはご想像にお任せしますw
ただ、薄い本が一冊作れそうなくらい色々あった、とだけ言っておきますw




