224話 絶対に負けられないNTEレース大会、決勝戦①
カイルの悲痛な叫び声が響いた順位決定戦から、しばらくして。
いよいよ――
「それじゃあ、決勝戦を始めるわよ!!」
ミストルティン様の一声に、私はコントローラーを握り直した。
決勝戦へ進んだのは四人。
第一回戦一位、ミストルティン様。
第一回戦二位、パルシア様。
第二回戦一位、リュシアさん。
そして、第二回戦二位の私。
ここまで勝ち残っただけあって、誰が勝ってもおかしくない。
「最後のコースは私が引くねー!」
順位決定戦を終えたメルが、くじの入った箱へ手を伸ばす。
「お願いします」
「何が出るかなー♪」
ガサゴソと箱の中を探り、一枚のくじを取り出す。
そして――
「あっ」
紙を開いたメルの動きが止まった。
「……メル?」
「どうしたの?」
「えっと……」
メルはなんとも言えない表情で、こちらへ紙を向ける。
そこに書かれていたのは――
『白尾樹山路公道の順走』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
決勝進出者四人が揃って黙り込んだ。
「よりによって最後にそこぉぉぉぉ!?」
思わず叫んでしまう。
「決勝戦には相応しいじゃない!」
ミストルティン様はむしろ嬉しそうだ。
「カーブも多いしヘアピンカーブだってあるんですよ!?」
「だから面白いんじゃない!」
「この人、本気だ……」
「エレノア様」
リュシアさんが苦笑しながらコントローラーを握り直す。
「覚悟を決めましょう」
「リュシアさんまで……」
「ふふっ」
パルシア様も楽しそうに笑う。
「ここまで来たんだもの。最後くらい、一番難しいところで決めましょう?」
「…………」
私は三人の顔を見る。
……全員、やる気満々だった。
「分かりましたよ!」
私もコントローラーを強く握り直す。
「絶対に勝ちますからね!!」
「あら?」
ミストルティン様がニヤリと笑う。
「言ったわね?」
「言いました!」
何しろ――
優勝者には、他の参加者へ好きな命令を一つ出せる権利が与えられる。
そして何より。
「ミストルティン様にだけは絶対負けません!」
「なんで私限定なのよ!?」
「一番何を命令するか分からないからですよ!!」
「失礼ね!!」
……とは言ったものの。
ミストルティン様の笑顔を見る限り――
やっぱり絶対に負けたくない。
「それじゃあ、全員準備はいい?」
パルシア様の言葉に、私たちはそれぞれ頷く。
「いつでも大丈夫です!」
「こちらも問題ありません」
「私もいいわよ」
「もちろん!」
全員が準備完了ボタンを押す。
画面が切り替わり、白尾樹山路公道のコース紹介映像が流れ始めた。
山肌に沿って続く細い道路。
次から次へと現れる急カーブ。
場所によっては、少し操作を誤っただけで大きくタイムを失いかねない。
「……何度見ても嫌なコースですね」
「決勝には最高じゃない!」
「ミストルティン様は楽しそうですね……」
「だって一番面白いところでしょ?」
否定はできない。
難しいからこそ、上手く走れた時は楽しい。
……ただし。
「今回は事故祭りにならないといいですね」
リュシアさんが苦笑する。
「大丈夫よ」
パルシア様がさらりと答える。
「少なくとも、さっきみたいにはならないでしょう?」
「聞こえてるぞ!?」
ルーカスお兄様の声が通話越しに響いた。
「誰もルーカスのことだなんて言ってないわよ?」
「絶対俺のことだろ!!」
「お兄様、決勝始まるので静かにしてください!」
「はい……」
一瞬で大人しくなった。
やがてコース紹介が終わり、四台のポルシェがスタートラインへ並ぶ。
私。
リュシアさん。
ミストルティン様。
パルシア様。
ここまでとは空気が違う。
順位決定戦ではスタート前から騒がしかったのに、今は全員が画面へ集中している。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静かだ。
静かすぎて、逆に緊張する。
「なんか急にガチっぽくなったねー」
メルが小さく呟く。
「実際ガチなんでしょうね」
カイルも答える。
「さっきまでのレースと雰囲気が全然違う……」
アメリアお姉様の声も聞こえてくる。
そして――
画面中央にカウントダウンが表示された。
3
私はコントローラーを握り直す。
2
絶対に勝つ。
1
特に――
ミストルティン様には!!
START!
四台のポルシェが一斉に飛び出した。
「よしっ!!」
今度は誰一人として出遅れない。
四台がほぼ横一線のまま、一気に加速していく。
「ちょっ!?」
「誰も引かないんですか!?」
最初のカーブが迫っているというのに、誰一人として前を譲ろうとしない。
「当然でしょ!」
ミストルティン様が楽しそうに叫ぶ。
「ここで引いたら負けよ!」
「まだ最初のカーブですよ!?」
「だからこそよ!」
「意味分かりません!!」
それでも誰も減速しない。
いや――
減速するタイミングをギリギリまで遅らせている。
「来ますよ!」
リュシアさんの声が響く。
最初の急カーブ。
四台がほとんど横並びのまま突入する。
「そこっ!!」
私は一気にブレーキを入れ、イン側へ車体を滑り込ませた。
しかし――
「甘いわよ!」
「えっ!?」
さらに内側へ、ミストルティン様のポルシェが飛び込んでくる。
「そこ入るんですか!?」
「空いてたから!」
「ほとんど空いてませんでしたよ!?」
二台が接触寸前の距離で並ぶ。
その外側では――
「こちらも行きます!」
リュシアさん。
「私も忘れないでね?」
パルシア様。
四台がそれぞれ違うラインを取りながら、一斉にカーブを駆け抜ける。
そして――
「うそっ!?」
コーナーを抜けても。
誰一人、大きく遅れていなかった。
一位、ミストルティン様。
二位、私。
三位、リュシアさん。
四位、パルシア様。
だが――
一位から四位まで、ほとんど差がない。
「なんですかこれ!?」
「決勝戦よ!!」
「それは分かってます!!」
次のカーブが迫る。
今度はリュシアさんが私の横へ並んできた。
「エレノア様!」
「来ますか!」
「もちろんです!」
そのさらに後ろからパルシア様も距離を詰めてくる。
前にはミストルティン様。
横にはリュシアさん。
後ろにはパルシア様。
……息をつく暇すらない。
「第一回戦と第二回戦の上位って、こんなに違うの……?」
アメリアお姉様が呆然と呟く。
「誰も事故らないどころか、誰も離されませんね……」
カイルも驚いている。
「すげぇ……」
ルーカスお兄様まで、今度ばかりは茶化さず画面を見つめていた。
そんな中――
「エレノア!」
先頭を走るミストルティン様が声を上げる。
「はい!?」
「絶対に負けないからね!!」
「こっちの台詞です!!」
「ふふっ! その意気よ!」
ミストルティン様のポルシェが次の急カーブへ飛び込む。
私もその後ろへぴったりと食らいつく。
絶対に離されない。
だって――
この人にだけは。
何が何でも、優勝させるわけにはいかないのだから。
「次の難関がくるわよ!!」
一個目のヘアピンカーブを抜けた先に待ち受けるのは、蛇のようにグネグネと曲がる連続したカーブ。
一度でもコースアウトすれば、それだけで致命的な差がつきかねない場所だった。
だが――
「皆さん、スピード緩めてもいいんですよ?」
私は牽制するように声を掛ける。
「あら、その台詞はこっちの台詞ね」
パルシア様が楽しそうに返す。
「エレノア様こそ、安全運転をおすすめしますよ?」
リュシアさんまで乗ってきた。
「そうそう! 無理は良くないわよ!」
「一番信用できない人が言ってるんですが!?」
ミストルティン様はケラケラと笑っている。
……誰も譲る気がない。
四台はほとんど速度を落とさないまま、最初のカーブへ突入した。
「ここっ!」
私はブレーキを入れ、車体を滑らせる。
右。
すぐに左。
そしてまた右。
一つ一つのカーブが短く、立て直す暇もない。
「うわっ!?」
僅かに操作を誤り、私のポルシェが外側へ膨らむ。
「エレノア様、お先に!」
その隙をリュシアさんは見逃さなかった。
私の内側へ一気に飛び込み――
「させません!」
私もすぐに車体を寄せる。
「くっ!」
二台が並んだまま次のカーブへ。
「ちょっと二人とも!」
そのさらに内側へ、今度はミストルティン様が突っ込んでくる。
「そこ三台で入るんですか!?」
「入れるなら入る!!」
「無茶苦茶です!!」
三台がほとんど接触しそうな距離で連続カーブを駆け抜ける。
しかし――
「私もいることを忘れてない?」
「えっ!?」
一瞬だけ後方へ視線を向ける。
いつの間にかパルシア様が私たちのすぐ後ろまで迫っていた。
「ちょっ、パルシア様!?」
「前ばかり見ていると――」
次の左カーブ。
パルシア様は私たち三台がイン側へ集中した瞬間、あえて大きく外へ振る。
そして――
「こういうことになるわよ?」
速度をほとんど落とさないまま、一気にアウト側を駆け抜けた。
「うそっ!?」
コーナーを抜けた瞬間。
パルシア様のポルシェが、私たち三台の横へ並ぶ。
「アウトから三台まとめて!?」
「綺麗に抜けたわね♪」
「まだ抜かれてません!!」
ミストルティン様がすぐさま加速する。
私も。
リュシアさんも。
誰一人として譲らない。
右。
左。
右。
左。
次々と迫るカーブを、四台がほとんど団子状態のまま駆け抜けていく。
「ちょっと待って」
観戦していたアメリアお姉様が呟く。
「この人たち、白尾樹山路公道を走ってるんだよね?」
「そのはずです」
カイルが答える。
「なんで誰も事故らないの?」
「私にも分かりません」
「第一回戦の俺がおかしかったみたいな言い方やめてくれないか!?」
「お兄様は実際おかしかったでしょ!」
「アメリア!?」
そんな会話を聞いている余裕すらない。
「次、右です!」
「分かってます!」
「その次すぐ左よ!」
「見えてるわ!」
「そこ、もらった!!」
「させません!!」
四人の声が飛び交う。
ほんの一瞬。
たった一度ラインを外しただけで、四位まで落ちる。
それなのに――
誰も速度を緩めようとしない。
「もう! 誰か一人くらいミスしてくださいよ!!」
思わず叫ぶ。
「エレノア様がすればいいじゃないですか!」
「嫌です!!」
「なら私も嫌よ!」
「私も!」
……ですよね!!
そして――
連続カーブの終わりが見えてくる。
「あと二つ!!」
ミストルティン様が叫ぶ。
右。
四台が一斉に車体を滑らせる。
そして最後の――
左!
「「「「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」
四台がほとんど同時に連続カーブを抜けた。
「はぁぁぁぁ……!」
思わず息を吐く。
抜けた。
誰一人としてコースアウトせずに。
そして順位は――
一位、パルシア様。
二位、ミストルティン様。
三位、リュシアさん。
四位、私。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人とも、一瞬だけ黙り込む。
「……あれだけ争って」
私は順位表示を見つめる。
「一位から四位まで一秒も離れてないんですけど!?」
「楽しくなってきたわね!!」
「ミストルティン様、元気ですね!?」
「だって決勝よ!?」
前を走るパルシア様も楽しそうに笑う。
「まだまだこれからよ」
「もちろんです!」
リュシアさんもすぐさま加速する。
そして私もアクセルを踏み込んだ。
……白尾樹山路公道。
難しいコースだとは分かっていた。
でも――
本当に難しいのはコースじゃない。
この三人を相手にしながら走ることだった。




