222話 絶対に負けられないNTEレース大会、第二回戦
色々な意味で白熱した第一回戦を終え、次は私たちが勝負する番になった。
「コースは『エリア間2号線の逆走』だよー!」
「まぁまぁ難しいコースですね……」
リュシアさんは苦笑する。
「三聞浦とか白尾樹山路公道よりはいいと思うけど……」
アメリアお姉様の声がヘッドフォンから聴こてくる。
「どこかの誰かさんみたいにぶつからないよう気をつけなければ……」
カイルのその言葉にーー
「俺のことか!?」
ルーカスお兄様の声がノイズ混じりに響く。
「他に誰がいるんですか?」
私が即座に返すと、
「うっ……」
「信号機、電柱、フェンス」
アメリアお姉様が数え始める。
「もうやめてくれ……」
「しかも未完走です」
カイルが静かに追い討ちをかけた。
「カイルまで!?」
「事実を申し上げただけです」
「ぐっ……反論できない……」
ルーカスお兄様は通話越しでもわかるくらい項垂れている。
「もうお兄様はいじめないであげてください」
私が苦笑すると、
「そうですね」
リュシアさんも笑みを浮かべる。
「これ以上は本当に立ち直れなくなりそうです」
「よーし、それじゃあ気を取り直して第二回戦よ!」
ミストルティン様がパンッと手を叩く。
「第一回戦より白熱した勝負を期待してるわ!」
「その前に、誰も信号機へ突っ込まないことを祈ります」
「だから俺のことだろ!?」
部屋中に笑い声が響く中、第二回戦のカウントダウンが始まった。
START!
画面にそう表示されると、四台のポルシェが一斉に飛び出した。
「よしっ!」
今回は誰一人として出遅れることなく、ほぼ横一線に並ぶ。
「おおー! 綺麗なスタート!」
ミストルティン様が楽しそうに声を上げる。
「誰かさんとは大違いですね」
「私のこと!?」
「ミストルティン様もですけど」
「も!?」
通話の向こうから、
「俺も入ってるのか!?」
とルーカスお兄様の声まで聞こえてきた。
「今は集中させてください!!」
私はそう叫びながらアクセルを踏み続ける。
最初のカーブが迫ってくる。
私。
リュシアさん。
アメリアお姉様。
カイル。
まだ誰も明確には前へ出ていない。
「このまま四台でカーブに入るんですか!?」
「そのようですね」
リュシアさんの声は妙に落ち着いている。
「ぶつからないでよー!」
「それはこっちの台詞です!」
四台がほぼ横並びのまま、最初のカーブへ突入する。
そして――
「ここです!」
私はブレーキを入れ、一気にハンドルを切った。
「「「あっ!!」」」
三人が驚いている間に、私はイン側へ一気に切り込む。
そのまま綺麗にコーナーを抜け――
「よしっ!」
一気にトップへ躍り出た。
「流石エレノア様ですね!」
リュシアさんが感心したように声を上げる。
「でも――」
その声色が、少しだけ楽しそうなものへ変わった。
「一旦、そのトップの座は返していただきます!」
「えっ?」
次のコーナー。
私がブレーキを踏んだ、その瞬間だった。
リュシアさんのポルシェが一気に距離を詰めてくる。
「そこから来ますか!?」
「空いていましたから!」
私よりもさらに内側。
ギリギリのラインへ車体を滑り込ませ、そのまま綺麗にコーナーを抜けていく。
「うそっ!?」
コーナーを抜けた時には、リュシアさんのポルシェが僅かに前へ出ていた。
「お先に失礼します!」
「くぅぅ……!」
あっという間にトップを奪い返されてしまった。
「リュシアさん、やっぱり上手い……!」
地味にレースが強いとは思っていた。
でも――
思っていたより、ずっと強い。
「なんか第一回戦よりまともなレースしてない?」
アメリアお姉様が呟く。
「誰かが街中の設備を破壊していませんからね」
カイルが淡々と答える。
「まだ言うのか!?」
「お兄様はレースに集中してないんだから黙ってて!」
「アメリアまで!?」
ルーカスお兄様の悲痛な声が響く。
その間にもレースは続いている。
現在の順位は一位リュシアさん、二位私、三位カイル、四位アメリアお姉様。
とはいえ、まだ四台の差はほとんどない。
少しでもミスをすれば、あっという間に順位が入れ替わる距離だ。
「次のカーブで抜きます!」
「そう簡単には抜かせませんよ!」
私がリュシアさんの後ろへぴったりと張り付く。
次のコーナーまであと少し。
どこから仕掛けようか考えていると――
「あっ」
カイルの声が聞こえた。
「え?」
普段のカイルからは珍しい声に、思わず画面の後方へ視線を向ける。
「少し速度を出しすぎました」
「カイル!?」
次の瞬間――
ガシャァン!!
カイルのポルシェがカーブを曲がりきれず、そのまま道路脇の壁へ突っ込んだ。
「カイルまで!?」
「……やってしまいました」
先ほどまでルーカスお兄様を散々いじっていた本人が、まさかのクラッシュ。
一瞬の沈黙。
そして――
「カイルぅぅぅぅぅ!!」
ここぞとばかりにルーカスお兄様の声が響いた。
「人のこと言えないじゃないか!!」
「……一度だけです」
カイルは冷静にバックしながら答える。
「俺だって最初は一度だったぞ!?」
「お兄様はその後、信号機と電柱とフェンスにも突っ込んでるでしょ」
アメリアお姉様が容赦なく指摘する。
「今はカイルの話だろ!?」
「それはそうなんですが……」
私も思わず笑ってしまう。
「カイル、完全にフラグ回収しましたね」
「……否定できません」
さすがのカイルも少し恥ずかしそうだった。
しかし、その僅かなミスを見逃すほどアメリアお姉様は甘くない。
「じゃあ、お先ー!」
「あっ」
カイルがコースへ復帰した時には、アメリアお姉様のポルシェが横を駆け抜けていった。
順位が入れ替わる。
一位、リュシアさん。
二位、私。
三位、アメリアお姉様。
四位、カイル。
「……まだ終わっていません」
カイルの声色が変わった。
「お?」
「カイル、もしかして本気になった?」
アメリアお姉様が楽しそうに笑う。
「先ほどの失敗は取り返します」
「来れるものなら来てみなさい!」
……なんだか後ろも白熱してきた。
でも、今はそっちを気にしている余裕はない。
「エレノア様」
前を走るリュシアさんが楽しそうに声を掛けてくる。
「よそ見していていいんですか?」
「――っ!」
いつの間にか、少し距離を離されている。
「よくないです!」
私は慌ててアクセルを踏み込んだ。
「絶対追いつきますからね!」
「ふふっ、お待ちしています!」
前では私とリュシアさん。
後ろではアメリアお姉様とカイル。
第一回戦とは違い、第二回戦は二組に分かれて激しい順位争いが始まっていた。
「そうはさせないわよ!」
「チッ! 読まれてたか!」
後方では、アメリアお姉様とカイルが激しい三位争いを繰り広げていた。
カイルがインを突こうとするたびに、アメリアお姉様が進路を塞ぐ。
「さっき壁に突っ込んだ人には負けないよー!」
「一度のミスをいつまで引っ張るつもりですか!?」
「お兄様には散々言ってたじゃん!」
「……それを言われると何も言えませんね」
「カイル! 俺の気持ちが分かったか!」
「ルーカス様は三回です」
「そこは味方してくれよ!?」
一方、先頭では――
リュシアさんが次のコーナーへ勢いよく飛び込んでいく。
「ここで少し離します!」
綺麗なドリフト。
……に見えたのだが。
「あっ!」
僅かに車体が外側へ膨らむ。
今です!
私は空いたインへ一気に飛び込んだ。
「リュシアさん、お先ー!」
「ドリフトが甘かったかー!!!」
コーナーを抜けた瞬間、私のポルシェがリュシアさんの前へ出る。
「よしっ! トップ!」
「まだまだですよ!」
すぐ後ろにはリュシアさん。
そして少し離れた後方では、アメリアお姉様とカイルが未だに抜きつ抜かれつを繰り返している。
「第二回戦、めちゃくちゃ接戦じゃない!」
ミストルティン様が楽しそうに声を上げる。
「第一回戦も接戦だっただろ!」
ルーカスお兄様が反論する。
「上位三人はね」
「パルシア様!?」
「事実じゃない」
パルシア様はケラケラと笑っている。
その頃――
「「ラスト一周!!」」
私とリュシアさんは、もつれ込むように二周目へ突入する。
ほぼ横並び。
私が僅かに前へ出たかと思えば、次の瞬間にはリュシアさんが追いついてくる。
「ここからは絶対に譲りませんよ!」
「それは私の台詞です!」
第一コーナー。
私はイン側を守りながらブレーキを入れる。
「そこは通しません!」
「ですよね!」
リュシアさんは無理にインへ入らず、私より僅かに外側からドリフトへ入った。
「えっ……?」
そのまま速度をほとんど落とさず、私の横へ並んでくる。
「アウトから!?」
「インが駄目ならこっちからです!」
「そんなのありですか!?」
「ありです!」
コーナーを抜けても決着はつかない。
二台のポルシェが横並びのまま次の直線へ飛び出した。
「すごーい! ずっと並んでる!」
メルが楽しそうに声を上げる。
「これ、どっちが勝つの?」
ミストルティン様も完全に観戦へ夢中になっている。
「まだ分からないわね」
パルシア様も画面を見つめたまま答えた。
「少なくとも、どちらかが一度ミスをすれば――」
その時だった。
「あっ!」
後ろからアメリアお姉様の声が響く。
「今度は何ですか!?」
思わず後方確認をすると――
「カイル! そこは無理でしょ!?」
「行けると思ったんです!」
「思っただけじゃ駄目だから!!」
カイルが再び強引にインを狙い、アメリアお姉様と危うく接触しかけていた。
「くっ……!」
カイルが僅かにブレーキを踏む。
その隙にアメリアお姉様が前へ出た。
「よしっ!」
「まだです!」
前では私とリュシアさん。
後ろではアメリアお姉様とカイル。
ラスト一周に入ったというのに、どちらの順位争いも全く決着する気配がない。
「エレノア様!」
「はい!」
「次のコーナーで決めます!」
「――望むところです!」
私はコントローラーを握り直す。
ゴールまでは、もうそれほど遠くない。
ここから先、一度のミスも許されない。
私とリュシアさんは再び並び、次のコーナーへ飛び込んだ。
「「いけーー!!」」
二人同時にカーブへ突入し、激しい争いの結果ーー
「ガシャン!!」
車が微かに接触する。
だがーー
「この勝負、もらいました!!」
リュシアさんは接触で僅かに乱れた車体を、咄嗟の操作で立て直す。
「速っ!?」
私も慌ててハンドルを切る。
だが、一瞬遅い。
私のポルシェは大きく外側へ膨らんでしまった。
「くっ……!」
壁への衝突だけはなんとか避けたものの、その間にリュシアさんとの差が一気に開く。
「リュシアさん、上手すぎません!?」
「ふふっ! こういう時の立て直しには自信があります!」
「まだ終わってませんからね!」
私はすぐさまアクセルを踏み込む。
残るコーナーはあと僅か。
ここで離されたら追いつけない。
「逃がしません!!」
「逃げ切ります!!」
二台のポルシェが猛スピードで次のコーナーへ飛び込んでいく。
「うわぁ……第二回戦も凄いことになってる」
メルが画面を食い入るように見つめている。
「リュシア、あの接触からよく立て直したわね」
ミストルティン様も感心したように呟く。
「でも、エレノアもまだ諦めてないわよ」
パルシア様の言う通り、差はまだ決定的ではない。
少しずつ。
本当に少しずつだが――
「追いついてきた……!」
リュシアさんのポルシェが再び視界いっぱいに近づいてくる。
「エレノア様、しつこいですよ!」
「勝負なんだから当然です!!」
最後のカーブが迫る。
ここを抜ければ、あとはゴールまでほぼ一直線。
「ここで決めます!」
「来てください!」
私はリュシアさんの真後ろへつける。
ブレーキ。
ハンドルを切る。
そして――
「今っ!!」
リュシアさんがインを塞ぐより一瞬早く、私はその内側へ飛び込んだ。
「なっ!?」
二台が再び並ぶ。
「抜かせません!!」
「抜きます!!」
コーナーを抜ける。
ゴールはもう目の前。
二台同時にアクセルを踏み込んだ。
「「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」」
……なんだか。
休憩のために始めたはずなのに、仕事をしていた時より集中している気がする。
だが――
「まだ私が前です!!」
「くぅぅぅ……!」
僅かにリュシアさんが先行している。
最後の直線。
もう駆け引きをする余地はない。
あとはただ、ゴールまで全速力で走り抜けるだけ。
「追いつけぇぇぇぇ!!」
「逃げ切れぇぇぇぇ!!」
二台のポルシェが並ぶようにしてゴールへ迫る。
少しずつ差が縮まる。
あと少し。
本当にあと少し――!
「いけっ!!」
ゴールライン直前。
私のポルシェがリュシアさんの横へ並んだ。
そして――
GOAL!
「「どっち!?」」
私とリュシアさんの声が綺麗に重なった。
「またこの展開!?」
ミストルティン様が画面へ身を乗り出す。
「第一回戦より分からないわね……」
パルシア様もリザルト画面をじっと見つめている。
数秒後。
順位が表示された。
一位――リュシアさん。
二位――私。
「ああああああ!!」
私は思わず天を仰いだ。
「やったぁぁぁぁ!!」
一方、リュシアさんは珍しく両手を上げて大喜びしている。
「あと少しだったのにぃぃぃ!!」
「接触した後の差が効きましたね!」
「あそこで立て直すの早すぎですよ!」
「ふふっ、咄嗟の判断には自信がありますから」
……諜報員の能力をゲームで発揮しないでください。
とはいえ、私たちは決勝戦で再戦をすることができる。
あとは――
「ところで、三位と四位は?」
私が通話ツールの配信画面を覗くと、
「そこぉぉぉ!!」
「抜かせません!!」
アメリアお姉様とカイルが、まだ壮絶な争いを続けていた。
「……こっちもまだ終わってなかった」
二人の差はほとんどない。
アメリアお姉様が前へ出れば、次のコーナーではカイルがインを狙う。
しかし――
「甘いよ!」
「くっ!」
アメリアお姉様がすぐさま進路を塞ぐ。
「さっきから全部読まれてる……!」
「カイルの狙い方、分かりやすいんだもん」
「それなら――」
カイルが一度距離を取った。
「次は読ませません!」
「来なさい!」
……なんで二人ともそんなに本気なの。
「あの二人、三位争いですよね?」
リュシアさんが苦笑する。
「本人たちの中では優勝争いなんじゃないですか?」
「なるほど……」
「いや、納得しないでください」
そうこうしている間にも、二台は最後のコーナーへ差し掛かる。
「ここっ!!」
カイルがブレーキを遅らせ、一気にインへ飛び込んだ。
「させない!」
アメリアお姉様もすぐに反応する。
二台が並んだままコーナーへ突入し――
「うわっ!?」
「っ!!」
接触寸前。
アメリアお姉様が僅かに外へ膨らむ。
その隙をカイルは見逃さなかった。
「今です!」
一気に前へ出る。
「ああっ! カイル!!」
「先ほどのお返しです!」
「待ちなさーい!!」
残るは最後の直線。
三位カイル。
四位アメリアお姉様。
しかし、その差はほんの僅か。
「抜く!!」
「逃げ切ります!!」
二台が猛スピードでゴールへ向かう。
「いけぇぇぇ!!」
「このまま――!!」
そして――
GOAL!
「どっち!?」
今日何度目か分からない言葉が、また部屋に響いた。
数秒後、リザルト画面が表示される。
三位――アメリアお姉様。
四位――カイル。
「やったぁぁぁ!!」
アメリアお姉様の歓声がヘッドフォンから響く。
「……負けました」
カイルは悔しそうに呟いた。
「最後のコーナーで抜けると思ったんですけどね……」
「残念でしたー!」
「それにしても……」
私は改めて第二回戦の結果を見る。
一位、リュシアさん。
二位、私。
三位、アメリアお姉様。
四位、カイル。
全員、無事に完走。
「……あれ?」
そこでミストルティン様が何かに気付いたように声を上げる。
「第二回戦、誰も事故らしい事故を起こさずに終わったわね」
「カイルは一回壁にぶつかりましたけど、すぐ復帰しましたしね」
私がそう答えると――
「つまり」
パルシア様が楽しそうに笑う。
「今日、唯一完走できなかったのはルーカスだけね」
「…………」
通話の向こうが静まり返った。
「お兄様?」
「……もう許してくれ」
「信号機」
「やめろ」
「電柱」
「やめてくれ」
「フェンス」
「頼むからやめてくれぇぇぇぇ!!」
ルーカスお兄様の悲痛な叫び声が部屋中に響き渡る。
……第二回戦も無事終了。
なお、お兄様の傷だけは順調に深くなっていた。




