216話 量産への挑戦、副作用の原因
ーーユグアッシュ王国・錬金術師ギルド
エレノアが作成した薬が十分な効果を示すことが証明され、本格的な増産体制へ移行することとなった。
普段は錬金術師ギルドと薬剤師ギルドは犬猿の仲で、お互いが睨み合っているのだが、今回ばかりは手を取り合い増産するという協定を結んだ。
「まさか薬剤師ギルドと一緒に仕事をする日が来るとはな」
「文句を言っている場合じゃないだろ」
「今は一人でも多くの命を救うことが先決だ」
普段なら言い争いになりそうな二人も、この日ばかりは素直に頷いた。
工房には素材が山積みとなり、薬瓶やビーカーが次々と運び込まれていく。
「材料の在庫は?」
「十分確保できています!」
「なら、急いで作成するぞ!」
「「「「おーー!!!!」」」」
号令とともに、工房のあちこちで一斉に調合作業が始まった。
薬剤師たちは薬草を計量し、錬金術師たちは調合釜へ素材を投入していく。
「薬草、次!」
「精製水を補充!」
「空のビーカーが足りません!」
「予備を第二工房から運べ!」
普段は静かな工房も、この日ばかりは戦場のような慌ただしさだった。
誰もが同じ願いを胸に作業へ没頭する。
──一人でも多くの命を救うために。
その数時間後――
「何故成功しない……」
工房の至る所には、薬とは到底呼べない失敗作が並んでいた。
あるものは黒く変色し。
あるものは分離し。
あるものは調合途中で凝固してしまっている。
「温度は間違っていない!」
「分量も規定通りだ!」
「魔力量も合わせたはずだぞ!」
工房中から困惑の声が上がる。
「この私が……レシピ通りに調合して失敗するとは……」
「一体、何が違うというんだ……」
両ギルドのエースと呼ばれる者たちでさえ、原因が分からず立ち尽くしていた。
「というか、あの量を一人で調合したって、一体どれだけ魔力があるんだ!?」
「聞いた話では、医療現場へ納品した数は約二千本だそうだ」
「……二千本?」
その場にいた全員の動きが止まる。
「私は三十本作った段階で魔力切れなんだが……」
「俺も二十八本だ」
「私は三十二本が限界でした……」
工房には重い沈黙が流れた。
エレノア・フォン・セレスティア。
改めて、自分たちが常識では測れない錬金術師を相手にしていたことを思い知らされる。
「魔力の量があるからこそ、一本当たりに注ぐ量が多いという可能性は……?」
「十分あり得るな」
「エレノア殿はセレスティア王国でもトップの魔力量を持つ錬金術師だ」
「我々が無意識に再現できていない工程があるのかもしれん」
「だが、それなら魔力量を増やせば再現できるはずだ」
「……それができれば苦労はしない」
一人の錬金術師が苦笑する。
「魔力というものは、水を注ぐように好きなだけ流せるものではない」
「必要以上に流し込めば調合そのものが不安定になる」
「つまり、魔力量だけでは説明がつかないということか……」
その言葉に工房は静寂に包まれる。
「……一体何者なんだ」
「まだ成人していない伯爵家当主だというのに、あれほどの魔力量を持つなんて……」
「それだけじゃない」
「セレスティア伯爵領のアトリエでは、この薬に匹敵する量のポーションを毎日販売していると聞く」
「つまり、あの量を日常的に調合しているということか……」
「セレディア王国では重要国家機密に指定されているらしい」
「だからラグナード陛下でさえ、詳細を知らされていないのか……」
「それだけセレディア王国が秘匿する価値があるということだろう」
「今なら分かる」
工房中に並ぶ失敗作へ視線を向ける。
黒く変色したもの。
途中で凝固したもの。
薬効をまったく示さないもの。
どれ一つとして成功したものはない。
「レシピがあるから誰でも作れる――そんな単純な話ではなかったということか」
誰かが力なく呟く。
「……だからこそ、あの少女は自ら医療現場へ赴いたのかもしれんな」
「どういうことだ?」
「自分以外では、まだ安定して作れないことを分かっていたのではないか」
その言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
もしそれが事実なら。
エレノアは最初から、この事態を予測していたことになる。
工房には再び重苦しい沈黙が流れた。
「……ギルド長、エレノア殿へ応援を要請しましょう」
「……そうだな」
ギルド長は失敗作が並ぶ工房をゆっくりと見渡した。
王国屈指の錬金術師。
王国屈指の薬剤師。
その誰もが力を合わせても、成功した一本は生まれなかった。
「我々の完敗だ」
静かなその一言に、誰も反論できない。
「すぐに王立中央病院へ使者を向かわせろ」
「エレノア殿に事情を説明し、協力をお願いするのだ」
「「「はっ!」」」
使者が慌ただしく工房を飛び出していく。
残された者たちは、失敗作を見つめながら拳を握り締めた。
一刻も早く量産しなければ、多くの命が失われる。
その希望を託せる相手は、今はただ一人しかいなかった。
ーー王立中央病院
「この際あなたでもいいわ! 女の子同士でしか知らない気持ちいいことを一緒にしましょう♡」
「ちょっと待ってください!?」
私は今、非常に困惑している。
患者さんの容態がおかしいという報告を受け、急いで経過観察室へ駆け込んだ。
目の前の女性患者さんは、頬を赤らめ、潤んだ瞳でこちらを見つめている。
体は火照り、息もどこか熱っぽい。
「エレノア様……♡」
そう言って、私の手をぎゅっと握ってくる。
「と、とりあえず鑑定します!」
私は慌てて患者さんへ鑑定魔法を発動した。
結果を確認した私は、小さく息を吐いた。
「……やっぱり」
「微量の媚薬成分が発現しています」
「やはり副作用か……」
医師会長の表情が険しくなる。
「ですが、一つ気になることがあります」
私は患者さんへ優しく声を掛けた。
「失礼ですが、お仕事をお聞きしてもよろしいですか?」
女性は少し照れたように笑う。
「……王都の娼館で働いています♡」
その一言で、私は全てを理解した。
「なるほど……」
研究ノートを取り出し、素早く書き留める。
「原因が分かりました」
「本当か!?」
「はい」
私は医師会長へ向き直る。
「この方は日常的に媚薬を使用、あるいは接触する環境にあります」
「その影響で体内に微量の媚薬成分が残留していた可能性があります」
「そこへ今回の治療薬に含まれる極微量の媚薬成分が反応し、副作用として発現したのでしょう」
「つまり……」
「一般の患者さんでは発現せず、日常的に媚薬成分へ接触する環境にある方だけが発現する可能性が高いと思われます」
医師会長は安堵したように息を吐いた。
「そういうことか……」
「とりあえず……こんなところで他の患者さんと濃厚接触されても困りますので、抑制措置をお願いします……」
私がそう言うと、看護師さんたちは慌てて準備に取り掛かった。
病院内で患者さん同士が騒ぎになってしまっては、治療どころではなくなってしまう。
……病気を治しに来たのに、恋愛どころか下の治療まで始まる病院なんて嫌すぎる。
「ちょっと何するの!? ムラムラしているのに、お預けプレイでもするの?」
一拍。
「エレノア様ってS気質なのですね!」
「違いますっ!!」
思わず全力で否定してしまった。
「私は治療しに来ているだけですから!」
「そうよ!」
ミストルティン様もすかさず援護に入る。
「エレノアに手を出すのは私だけで十分よ♡」
「十分じゃありません!!」
「じゃあ私も混ぜてー♡」
「混ざりません!!」
「……看護師さん、抑制措置を追加でお願いします」
「「はい!」」
経過観察室は、一瞬だけ治療どころではない空気に包まれた。
「とりあえず手足の拘束と、これ以上問題発言が飛び出さないよう口も塞いでおきました……」
「ありがとうございます……」
私は肩を落とす。
「なんだか、一気に疲れました……」
「エレノア、お疲れ様」
ミストルティン様が肩をぽんと叩く。
「今日は患者さんより、あなたの精神力の方が削られたみたいね」
「……否定できません」
......こんな時は抱き枕を抱えてぐっすり寝たい
そんな風に思っているとーー
「エレノア様!! また発情と思われる患者様が!!」
「またですか!?」
私は急いで経過観察室へ駆け込む。
「今度はどなたですか?」
「三十代の男性患者様です」
「……男性?」
私は一瞬目を丸くした。
まさか男性にも副作用が……。
私は大急ぎで別の経過観察室へと向かう。
「あら、あなたいい男ね♡」
「……」
興奮した男性患者さんは暴れた拍子に衣服が大きく乱れ、誰の目にも現在の状態が分かる有様だった。
「……ちょっと見たくないのですが……」
「……ズボン! 誰かズボンを!」
男性医師たちは総出で患者さんを押さえ込み、どうにか乱れた衣服を整えていく。
「今日はこんなのばっかりです……」
思わず遠い目になってしまった。
「……鑑定しなきゃダメですか?」
「……お願いします」
医師会長が申し訳なさそうに頷く。
「はぁ……」
私は患者さんに飛びかかられても大丈夫なよう、部屋の反対側まで距離を取る。
……こんな人に襲われたらたまったもんじゃない!!
恐る恐る鑑定魔法を発動する。
「……発情していますね」
「やはりか……」
医師会長も重々しく頷いた。
「職業を確認してください」
「はい」
看護師が男性へ尋ねる。
「普段はどのようなお仕事を?」
男性は頬を赤らめたまま、どこか誇らしげに答えた。
「王都の……男性向けのお店で働いています♡」
「……やっぱり」
私は思わず額へ手を当てた。
「この人も抑制措置お願いします……」
「もう準備してあります」
看護師さんは慣れた手つきで答える。
「早いですね……」
「本日二人目ですので」
「慣れないでください!?」
私が思わずツッコミを入れた、その時だった。
コンコンッ。
経過観察室の扉が慌ただしく叩かれる。
「失礼します!」
息を切らした近衛騎士が部屋へ飛び込んできた。
「エレノア様! こちらにいらっしゃいましたか!」
「どうされたんですか?」
「錬金術師ギルドより至急ご足労いただきたいとのことです!」
「錬金術師ギルド?」
私は首を傾げる。
「治療薬の量産を開始したものの、レシピ通りに調合しても成功しないそうです!」
「……成功しない?」
思わず聞き返してしまう。
「素材も分量も手順も全てレシピ通りだそうですが、誰一人として完成させられないとのことです!」
私は医師会長へ視線を向けた。
医師会長は静かに頷く。
「こちらは我々が引き継ぎます」
「幸い、副作用の発現条件もある程度見えてきました」
「原因究明は後でもできます」
一拍。
「ですが、治療薬が量産できなければ、多くの患者を救うことはできません」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「分かりました」
私は研究ノートを抱え直し、近衛騎士へ向き直る。
「すぐに向かいます」
こうして私は、今度は『量産できない理由』を突き止めるため、錬金術師ギルドへ向かうのだった。




