203話 秘密の買い物、何かを企む神様
ーー王都・セレスティア伯爵家屋敷
「ふぅ......今日も疲れた......」
最初の頃と比べて慣れたとはいえやっぱり疲れるものは疲れる。
特に最近はタスクオーバーで本来私がやりたい新薬の研究や新しい魔道具作成に割く時間もない。
それでもーー
決して嫌な気持ちにはならず寧ろいい意味で充実した一日を過ごすことができる。
「とりあえず......今のうちからユグアッシュ王国に行く準備を進めようかな......」
そう言って自分の部屋の方へ回れ右をすると後ろから聞きなれた声が聞こえて来た。
「エレノアー!!!!!」
ガバッ!
「だからいきなり抱き着かないでください!!!」
「えへへ~」
ミストルティン様は私を抱き締めたまま、ご機嫌な様子で笑っている。
「今日は随分と機嫌がいいですね……」
「そう?」
「ええ。何かいいことでもあったんですか?」
「もちろん!」
即答だった。
嫌な予感しかしない。
「この間買った物をついに使うことができるようになったのよ!!」
そう言って、じゃ○ぱらと書かれた袋を嬉しそうにチラチラ見せてくる。
「……何を買ったんですか?」
「秘密♪」
「その笑顔、本当に嫌な予感しかしないんですけど……」
「今回はちゃんと役に立つものよ!」
「前にも同じことを聞いた気がします」
「気のせいよ!」
即答だった。
絶対に気のせいじゃない。
「あ! エレノア様―!」
メルがパタパタと小走りでやってくる。
「あ! メルも丁度いいとこに!」
「ふぇ?」
メルは尻尾を揺らしながら首を傾げる。
一方ミストルティン様は明らかに何かを企んでいる時の笑みを浮かべながらじゃ○ぱらと書かれた袋を改めて見せてくる。
「ミストルティン様何買ったんですかー?」
「とてもいい物よ」
「嫌な予感しかしないです!」
当然の反応だった。
「失礼ですねぇ」
ミストルティン様は頬を膨らませる。
「今回は本当に役に立つものなんだから」
「その台詞、何度聞いたことか……」
私は思わずため息をつく。
「エレノア様」
メルがそっと耳打ちする。
「逃げます?」
「残念ですが、逃げても追い掛けてきます」
「ですよね……」
二人で小さく頷き合う。
「ちょっと! 本人の前で何相談してるのよ!」
「いえ、危機管理です」
「そうです!」
「二人とも酷くない!?」
ミストルティン様は抗議しながらも、どこか楽しそうだった。
そして、袋を大事そうに抱え直す。
「まあいいわ」
不敵な笑みを浮かべる。
「二人とも、絶対に驚くんだから」
「その台詞で安心できたことが一度もないんですが……」
「私もです!」
「むぅ~」
ミストルティン様は少しだけ頬を膨らませると、ゆっくりと袋の中へ手を入れた。
「じゃあ、お披露目といきましょうか」
そう言うとS○NYと書かれた白い箱が二つ出て来た。
「いや!? ○が仕事してない!?」
「エレノア様メタいです!!」
「細かいことは気にしない気にしない♪」
ミストルティン様は満面の笑みで箱を掲げる。
「気になりますよ!」
「というか隠す気あるんですか!?」
「一応○付けたじゃない」
「一文字だけですよね!?」
「誤差よ誤差♪」
「絶対違います!」
「私もそう思います!」
だがミストルティン様は気にすることなく開封していくと物凄くカラフルな箱が出て来た。
「moc○pi......ってなんですか......?」
「そういうエレノアも○が仕事してないわよ」
「……」
「……」
「本当ですね」
「認めるんですね!?」
「いや、あまりにも自然に読めてしまって……」
「私も普通に読んじゃいました!」
「でしょう?」
「威張ることじゃありません!」
カラフルな箱を開けるとよくわからないアクセサリーのようなものが六個出て来た。
「......なんですかこれ?」
私は首を傾げる。
「私のも同じものが入ってましたー!」
するとミストルティン様は手招きをし、秘密の部屋――もとい、ゲーム部屋へ向かって歩き出す。
「本当に嫌な予感しかしないですけど......」
「本当ですねー?」
そしてゲーム部屋の前の扉へ到着すると見慣れない周辺機器がいつのまにか私とメルのPCに接続されていた。
「......??」
ますます意味がわからないという顔をしているとーー
「ミストルティンのチュートリアルコーナー!!」
パフパフパフー!
ワァァァァァァァ!!
どこからダウンロードしたのかわからない歓声と効果音が部屋中へ響き渡る。
「......なんか始まった」
私がボソッと言うがミストルティン様には届かなかった。
「まずは、頭・手首・足首・腰それぞれにセンサーをつけます!」
「センサー!?」
「体につけるんですか!?」
「もちろん!」
ミストルティン様は満面の笑みを浮かべながら、一つ手に取る。
「安心して! 痛くも痒くもないわ!」
「そういう問題じゃない気がするんですが……」
「細かいことは気にしない!」
「気になります!」
私のツッコミもどこ吹く風。
ミストルティン様は私の頭へ近づくと、小さなセンサーをカチッと装着した。
「……あれ?」
「どうですかー?」
メルが興味津々で覗き込む。
「何も感じませんね」
「でしょう?」
ミストルティン様は得意げに胸を張る。
「残りもどんどん付けていくわよ!」
そう言って今度は両手首、両足首、そして腰へ次々とセンサーを装着していく。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
最後の一つを腰へ取り付け終えると、ミストルティン様は満足そうに頷いた。
「よし! エレノア準備完了!」
「なんというか……本当に何も起きませんね」
「それが正常なのよ」
続いてメルにも同じようにセンサーを装着していく。
「わぁー! ちょっとくすぐったいですー!」
「はい、メルも準備完了!」
「これで何をするんですか?」
私とメルが揃って首を傾げる。
するとミストルティン様はニヤリと笑い、二台のパソコンを指差した。
「ここからが本番よ!」
「今から二人の動きを、そのまま画面の中のキャラクターへ反映させます!」
「…………はい?」
私とメルの声は、見事なまでに重なった。
「ちょっと歩いてみて!」
そう言われるがままに歩くとパソコンに表示されたキャラクターも同じ動きをした。
「え!? なんですかこれ!!」
私はミストルティン様に聞く。
「これはモバイルモーションキャプチャ―といって動きを記録するものよ!」
一拍。
「今流行っているんだって!」
「絶対その知識、人づてですよね?」
「そうよ!」
即答だった。
「否定してくださいよ……」
私は思わず頭を抱える。
そんな私を気にも留めず、ミストルティン様はパソコンの前へ立った。
「ほらほら! まだまだすごいのよ!」
そう言って画面を操作すると、画面の中のキャラクターが手を振る。
「エレノア、手を振ってみて!」
言われるがまま右手を振る。
すると画面のキャラクターも、寸分違わぬ動きで手を振った。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
「足踏みしてみて!」
その場で軽く足踏みをする。
トントンッ。
画面のキャラクターも同じリズムで足踏みを始める。
「本当に全部同じ動きですね!」
メルも目を丸くしながら、自分の画面を見つめている。
「でしょう?」
ミストルティン様は腕を組み、どこか誇らしげだ。
「これがモーションキャプチャー!」
「体の動きをそのままデータにできる優れものよ!」
「なるほど……」
私は画面を見つめながら小さく頷く。
「つまり、このキャラクターを自由自在に動かせるということですか?」
「その通り!」
ミストルティン様は勢いよく親指を立てた。
「これさえあれば、踊ることも! 演技することも! 配信することもできるわ!」
「最後に知らない単語が混ざっていましたけど?」
「気のせいよ♪」
「絶対違いますよね?」
思わずいつものやり取りになり、隣ではメルが「あははは……」と苦笑していた。
「ということでーー」
ミストルティン様はそう言うと指をパチッと鳴らす。
するとPCはよくわからないソフトが起動し先程とは違うキャラクターが表示された。
......ますます嫌な予感がする
「今日はエレノアとメルのVtuberデビューだよ!!」
「「なんでそうなるんですか!!!!!!」」
二人のツッコミが炸裂する。
「えー?」
ミストルティン様は心底不思議そうに首を傾げた。
「だってせっかく動くんだから配信した方が楽しいじゃない!」
「そこまでの過程を全部飛ばさないでください!」
「そうですよー!」
メルも珍しく私と同じ側に立っている。
「まず配信ってなんですか!」
「みんなに見てもらうことよ!」
「誰にですか!?」
「世界中の人!」
「規模が大きすぎます!!」
私が思わず叫ぶと、ミストルティン様は「むぅ……」と頬を膨らませた。
「ほらほら! とりあえずやってみなさい!!」
また指をパチッと鳴らすと私とメルは宙に浮きそれぞれのパソコンに強制的に座らせられヘッドセットや配信ソフトと思われる準備をし始める。
「ちょっと無理矢理すぎません!?」
「細かいことは気にしない!」
「気にします!!」
「私も気になりますー!」
私たちが抗議している間にも、魔法のように配信の準備は着々と進んでいく。
カチッ。
カチッ。
ヘッドセットが頭へ。
マイクが口元へ。
画面の端にはよくわからないコメント欄らしきものまで表示されていた。
「準備完了!」
ミストルティン様は満足そうに両手を叩く。
「何一つ完了してません!」
「私たちの意思を完全に無視してますよね!?」
「大丈夫大丈夫♪」
何が大丈夫なのかわからない。
「じゃあ配信開始ボタンを――」
「押しません!」
私が即座に叫ぶ。
「押しませんー!」
メルも私に続く。
二人で腕を組み、断固拒否の姿勢を示した。
「アッテガスベッター」
あからさまな演技をしミストルティン様は配信開始ボタンを押す。
「押したぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「押しましたー!!」
私とメルの悲鳴が部屋中へ響き渡る。
「はい、配信スタート♪」
「全然"うっかり"じゃないですよね!?」
「何のことかしら?」
ミストルティン様は口笛を吹きながら露骨に視線を逸らした。
絶対わざとだ。
その瞬間――
ピコンッ。
ピコンッ。
ピコンッ。
画面の右側に文字が次々と流れ始める。
「うわっ!? 何か増えてます!」
「文字がいっぱいですー!」
コメント欄らしき場所が、あっという間に埋まっていく。
「これがコメントよ!」
「説明してる場合じゃありません!!」
「しかも配信始まってるじゃないですか!」
私は慌てて終了ボタンを探す。
しかし――
「あれ?」
どこにも見当たらない。
「終了ボタンがありません!」
「ふふふ。」
ミストルティン様は悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべる。
「管理者権限は私が持ってるから♪」
「最初から計画的犯行じゃないですかぁぁぁぁぁ!!」
「神様権限は強いですねー!」
「メル! 感心するとこじゃないからね!?」
二人同時のツッコミが、再びゲーム部屋へ響き渡った。
ーー2時間後
「お......終わった......」
私とメルは謎の疲れに見舞われた。
「二人とも初めての割には上手だったよー!」
配信画面には稼いだ金額が表示されている。
「二人で50万円だからmoc○pi代回収できたわね!!」
「そこですか!?」
私とメルのツッコミが見事に重なる。
「だって元を取らないともったいないじゃない!」
「そのために私たちを巻き込んだんですか!?」
「もちろん♪」
ミストルティン様は満面の笑みで親指を立てる。
悪びれる様子は一切ない。
「ちなみにこの50万円は?」
恐る恐る尋ねる。
「ちゃんと二人の口座に振り込まれるわよ?」
「「口座!?」」
また知らない単語が増えた。
「細かいことは気にしない!」
「毎回それで済ませないでください!」
「でも、これでmoc○pi代は実質無料ね!」
「無料の意味がおかしいです!」
私は思わず机へ突っ伏した。
「そういえば!」
ミストルティン様は何かを思い出したように手を叩く。
「切り抜き動画の収益もあるわ!」
「まだあるんですか!?」
「アーカイブもあるし、メンバーシップもあるし、スーパーチャットも――」
「もういいです!!」
私は耳を塞いだ。
聞けば聞くほど嫌な予感しかしない。
その横ではメルが画面を覗き込みながら目を輝かせている。
「エレノア様!」
「なんですか?」
「コメントに『また配信してください』っていっぱい書いてありますー!」
「見せないでください!」
「『次回も楽しみにしてます!』ともあります!」
「だから見せないでって言ってるよね!?」
「よーし!」
ミストルティン様は拳を高く掲げる。
「次回は歌枠に挑戦よ!」
「やりません!!!!!!」
「やりませんー!!!!!!」
ゲーム部屋には、この日何度目かわからない二人のツッコミが盛大に響き渡った。




