201話 実りの準備、農地完成④
「なんとか機嫌を戻せました……」
リュシアさんは、ため息にも似た息を漏らす。
「自業自得ですな」
「自業自得かと」
隊員さんたちがぼそりと呟く。
「何度も同じことを言わないでください!!!」
リュシアさんが勢いよく振り返ってツッコむ。
「事実ですので」
「事実ですね」
「息ぴったりですね!?」
「日頃の連携の成果です」
「こんなところで発揮しないでください!」
農場に小さな笑い声が広がる。
私はその様子を見ながら、思わずくすりと笑った。
「皆さん、本当に仲がいいですね」
「エレノア様が原因ですけどね」
「えっ、私ですか?」
「はい」
隊員さんたちは揃って頷いた。
「否定できませんね……」
「否定してください!」
リュシアさんの悲痛な叫びが、再び農場へ響き渡った。
「と、とりあえず畑へ行きましょう!!!」
そう言うと、リュシアさんは照れ隠しをするように足早に畑の方へ歩き出す。
「本当に姉妹そのものですな」
隊員さんの一人がぼそりと呟いた。
「仲の良い姉妹ですね」
別の隊員さんも小さく頷く。
どうやら、その声はリュシアさんには聞こえなかったようだ。
「待ってくださいー!」
私は慌ててリュシアさんの後を追いかける。
その後ろでは、隊員さんたちが微笑ましそうに私たちを見守っていた。
私と隊員さんがようやくリュシアさんに追いつく。
案内役の隊員さんは肩で息をしながら、何とか姿勢を整えた。
「はぁ……はぁ……こちらが……畑の区画です……」
「だ、大丈夫ですか?」
私は思わず心配になって声を掛ける。
「えぇ……なんとか……」
隊員さんは苦笑を浮かべながら息を整える。
「リュシア殿が思った以上に速くて……」
「す、すみません!」
リュシアさんは我に返ったように頭を下げる。
「つい歩くのに夢中になってしまいました……」
「いえ、お気になさらず」
隊員さんは軽く笑うと、改めて畑へ向き直った。
「それでは、改めましてご案内いたします」
そう言って隊員さんが手を向けた先には、見渡す限りの広大な畑が広がっていた。
「こちらは、常時栽培できるように通常の農園よりも数十倍の規模で整備しております」
「数十倍ですか!?」
思わず目を丸くする。
目の前には綺麗に区画分けされた畑がどこまでも続いており、遠くには用水路や作業道も見える。
「これだけ広ければ、一度にかなりの量を育てられそうですね」
「はい。季節ごとに栽培する作物を分けたり、一部を休耕させたりしても十分な収穫量を確保できるよう計画しております」
「なるほど……」
私は感心しながら畑全体を見渡した。
――東京ドームでいうと、何個分くらいあるんだろう。
前世の癖なのか、広い場所を見ると、ついそんなことを考えてしまう。
……まぁ、この世界に東京ドームはない。
考えたところで誰とも共有できないし、正確な広さも分からない。
「うん、考えても意味ないですね」
私は小さく苦笑しながら、目の前に広がる畑へと改めて視線を向けた。
「なんの話ですか?」
「いえ、なんでもありません」
リュシアさんは不思議そうな表情を浮かべている。
「それでは、畑についてご説明いたします」
案内役の隊員さんが一歩前へ出る。
「こちらは食料用の作物だけでなく、薬草なども栽培できるよう区画ごとに分けております」
「最初から分けてあるんですね」
「はい。作物によって必要な環境や管理方法が異なりますので、後から変更しなくても済むよう計画いたしました」
「なるほど……」
私はゆっくりと畑へ近づく。
綺麗に耕された土は柔らかく、水はけも良さそうだ。
一定の間隔ごとに井戸や用水路もあるので水汲みのために遠くへ行くということもなさそうだった。
「これなら栽培もしやすそうですね」
「ありがとうございます」
隊員さんはどこか嬉しそうに頷いた。
私はそのまま畑を見渡しながら歩いていく。
野菜を育てる区画だけでなく、少し離れた場所には葡萄を育てるための棚まで設置されていた。
つるを這わせるための柱や梁はしっかりと組まれており、いつでも苗を植えられる状態になっている。
「ここまで準備されているんですね」
「はい。果樹につきましても、順次栽培を始める予定です」
「これなら育てられない作物の方が少なそうですね……」
私は感心しながら辺りを見回す。
「これだけ広いと、何を植えるか悩みますね……」
「そもそも使い切れるかという問題もありますね……」
リュシアさんが苦笑する。
「一応、将来的に拡張できるよう周囲の土地も確保しております」
「これ以上ですか!?」
思わず聞き返してしまった。
「はい。万が一、現在の農地だけでは足りなくなった場合に備えております」
「足りなくなる未来が想像できないんですけど……」
「私もそう思っていました」
隊員さんは真面目な表情で頷く。
「ですが、工事を担当した者たちが『エレノア様なら、そのうち足りなくなる』と口を揃えておりまして」
「また私ですか!?」
思わずリュシアさんを見る。
「今回は私じゃありませんよ?」
「分かっていますけど、皆さん私を何だと思ってるんですか……」
「『気が付けば規模が倍になっている方』でしょうか」
「否定できませんね……」
「だから否定してください!」
リュシアさんのツッコミが炸裂する。
「一応、土はあらかじめ耕してありますが、念のためエレノア様にもご確認いただければと」
「わかりました」
私はゆっくりと畑の中へ足を踏み入れた。
しゃがみ込んで土を一掴みすると、指先で軽くほぐしていく。
「……ちょっと土がまだ荒いですね」
私は小さく頷く。
「それと、ところどころ小石が混ざっています」
「やはりそうですか……」
隊員さんが少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
ここはもともと広い草原だった場所だ。
広さだけを見れば農業には申し分ない。
しかし、農作物を育てるとなれば話は別だった。
長年手入れされていない土には石や硬い土の塊が混ざり、根が伸びにくい場所も残っている。
「決して悪い土ではありません」
私は土をもう一度指先で転がしながら続ける。
「むしろ栄養もありますし、水はけも悪くなさそうです」
隊員さんの表情が少し和らぐ。
「ただ、このまま種を蒔くのは少しもったいないですね」
「もったいない……ですか?」
「はい」
私は立ち上がり、畑全体を見渡した。
「一度、小石を取り除いて土をもう少し細かく砕いてあげれば、根が伸びやすくなります」
「そうすると収穫量も変わるのでしょうか?」
「多少は変わると思います」
私は笑顔で頷いた。
「最初のひと手間で、その後何年も使う畑になりますから」
一拍。
「あとは、屋敷の薬草畑でも使用している栄養剤も使う必要がありますね」
「自然に近い状態で育てるんじゃないんですか?」
リュシアさんが首を傾げる。
「これだけ広いと、どうしても作物同士で栄養の奪い合いになります」
私は畑全体を見渡しながら続ける。
「特に収穫した作物は、そのまま土の栄養も一緒に持ち出すことになりますから」
「そういうものなんですか?」
「はい。何度も同じ畑で栽培を続けると、少しずつ土が痩せていくんです」
「だから栄養を補う必要があるんですね」
「その通りです」
私は頷いた。
「自然の森では落ち葉や枯れ草が土へ還り、時間をかけて栄養が循環しています」
一拍置いて畑を見回す。
「でも、農地では収穫して持ち出してしまうので、その分だけ人が補ってあげないといけません」
「なるほど……」
リュシアさんは納得したように頷く。
「ですから、この栄養剤は収穫量を増やすためではなく、土を健康な状態に保つためのものなんです」
「土にも休息や食事が必要ということですか」
「そう考えていただければ分かりやすいですね」
私は微笑んだ。
「畑も生きていますから、大切に手入れをしてあげれば、その分だけ美味しい作物で応えてくれます」
隊員さんたちは感心したように畑へ視線を向けた。
「農業とは、作物を育てるだけではなく、土を育てることでもあるんですね」
「はい」
私はもう一度足元の土を見つめ、小さく頷いた。
「良い土は、一朝一夕では作れませんから」
そう話していると、隣を流れる用水路から、ほんの僅かな魔力を感じ取った。
「……?」
私は言葉を止め、ゆっくりと用水路へ視線を向ける。
「どうかしましたか?」
リュシアさんが不思議そうに尋ねてくる。
「いえ……何かいるような気がして」
私はそっと用水路の縁へ歩み寄る。
澄んだ水面を覗き込んでも、魚の姿はない。
水草が揺れ、小さな波紋が広がるだけだ。
「気のせいでしょうか……」
そう呟いた瞬間だった。
ぴょこんっ。
水面から小さな影が飛び出した。
掌に乗るほどの小さな男の子。
透き通るような青い羽をぱたぱたと羽ばたかせながら、私の目の前まで飛んでくる。
「ちぇ! バレちゃったー!」
楽しそうな声が農場へ響いた。
その声を合図にしたかのように、用水路や畑、木々の陰から次々と小さな光が飛び出してくる。
「わーい!」
「見つかったー!」
「エレノアだー!」
「愛し子さまだー!」
気が付けば、色とりどりの羽を持つ妖精たちが辺り一面を飛び回っていた。
風の精霊がくるくると宙を舞い、水の精霊は用水路の上を滑るように駆け抜ける。
土の精霊は畑の土からひょこっと顔を出し、木の精霊は若木の陰からこちらを覗いていた。
「ちょっと待って!?」
私は思わず声を上げる。
「増えすぎじゃないですか!?」
「えへへー!」
「いっぱい来たよー!」
「ここ居心地いいもん!」
「お花もあるし!」
「お水もきれい!」
妖精たちは口々にそう話しながら、楽しそうに私の周りを飛び回る。
その数は、以前見た時の何倍か分からないほどだった。
「エ、エレノア様……」
リュシアさんがおそるおそる私へ声を掛ける。
「今、誰と話しているんですか?」
「妖精さんたちですよ?」
「やっぱり妖精なんですか!?」
私はきょとんと首を傾げる。
「見えませんか?」
「見えません!」
「声も?」
「聞こえません!」
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
リュシアさんが勢いよく頷く。
その様子を見た妖精たちは、くすくすと笑い始めた。
「この人には見えなーい!」
「聞こえなーい!」
「でも優しそう!」
「愛し子さまのお友達?」
「お友達です!」
私が笑顔で答えると、妖精たちは一斉に歓声を上げ、私の周りをさらに賑やかに飛び回り始めた。
「なんでここにいるの!?」
私は屋敷でもよく見かける妖精さんへ尋ねる。
すると、その妖精さんは胸を張って答えた。
「エレノアが新しい畑作るって聞いたから、みんなを呼んだのー!」
「ここに住んでいいって聞いたんだ!」
「土がふかふか!」
「お水もきれい!」
「居心地いいよー!」
「お花もいっぱい咲きそう!」
あちこちから元気いっぱいの声が飛んでくる。
「みんなで畑のお手伝いするー!」
「お野菜大きくする!」
「お花も元気にする!」
「病気も来ないようにするー!」
妖精さんたちは自慢げに胸を張っていた。
「えっ……」
私は思わず目を丸くする。
「そんなことまでしてくれるんですか?」
「もちろん!」
「だってエレノアだもん!」
「愛し子さまだもん!」
「ここ、みんなのお家!」
その言葉に、私は思わず笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、
「えへへー!」
「褒められたー!」
「頑張るー!」
妖精たちは嬉しそうに空を飛び回る。
その様子は、まるで子どもたちが新しい遊び場を見つけた時のようだった。
「……エレノア様?」
隣では、リュシアさんが不思議そうに私を見つめている。
「さっきから、どなたとお話しされているんですか?」
「あっ、ごめんなさい」
私は苦笑しながら妖精さんたちを指差した。
「この畑が気に入ったみたいで、ここに住むそうです」
「住む……ですか?」
「はい。しかも、畑のお手伝いまでしてくれるそうですよ」
「えぇ……」
リュシアさんは困惑した表情で首を傾げる。
もちろん、妖精たちの姿は見えていない。
そのため、私が何もない空間へ向かって笑顔で話しかけているようにしか見えないのだった。
「そうだ」
私は妖精さんたちを見回す。
「これから農場で働く人たちを雇う予定なんですけど、大丈夫ですか?」
一瞬。
妖精たちは顔を見合わせる。
「だいじょーぶ!」
「悪い人は追い払う!」
「いい人は歓迎するー!」
「お仕事のお手伝いする!」
「いたずらは?」
私が念のため尋ねると、
「しない!」
「……たぶん!」
一人の妖精が元気よく手を挙げる。
「たぶんじゃダメです!」
「えぇー!」
「ちょっとだけ!」
「ちょっともダメです!」
私がぴしゃりと言うと、妖精たちは一斉に肩を落とした。
「はーい……」
しょんぼりした返事が返ってくる。
「でも、お仕事を頑張る人のことは応援してあげてくださいね?」
「うん!」
「任せてー!」
「いっぱい応援する!」
「作物も元気にするー!」
私は広大な畑を見渡した。
職人さんたちが作ってくれた農地。
隊員さんたちが見守ってくれる農場。
そして、誰にも見えない妖精さんや精霊さんまで力を貸してくれる。
「……賑やかな農場になりそうですね」
私がそう呟くと、
「うん!」
「楽しくなるよー!」
「いっぱい育てよう!」
妖精たちは一斉に空へ舞い上がった。
私も思わず笑みが零れる。
きっと、この農場は想像以上に素敵な場所になる。
そんな確信を胸に、私はもう一度広大な畑を見渡した。
こうして、たくさんの仲間に見守られながら、セレスティア伯爵家の新たな農場は静かにその第一歩を踏み出したのだった。




