200話 実りの準備、農地完成③
祝 200話突破!!
「……反省しました」
「本当ですか?」
「次からは先に言います」
「そこじゃありません!!」
「と、とりあえず日が暮れる前に視察を進めましょう」
近くにいた隊員さんが苦笑しながら助け舟を出してくださる。
「そ、そうですね」
リュシアさんも一度大きく深呼吸をすると、気持ちを切り替えるように頷いた。
どうやら、長時間のお説教は回避できたらしい。
私は内心ほっと胸を撫で下ろす。
「では、次はこちらをご案内します」
隊員さんはそう言って、田んぼの隣にある広い区画へ歩き出した。
「ここは何の区画なんですか?」
私が尋ねると、隊員さんは少し誇らしげに胸を張る。
「ここは養殖池です」
目の前には田んぼと同じくらい広い池がいくつも並んでいた。
まだ水は張られていないものの、池ごとに深さが微妙に違い、排水用と思われる水路も丁寧に整備されている。
「思っていたより本格的ですね……」
私は思わず池の縁へしゃがみ込み、その造りをじっくり観察した。
「魚だけではなく、水草なども育てられるよう設計したそうです」
「へぇ……」
私は池の縁へしゃがみ込み、その造りをじっくり観察した。
「魚だけではなく、水草なども育てられるよう設計したそうです」
「へぇ……」
私は池の縁へ手を伸ばし、水深や底の造りを確認する。
「……泳がないでくださいよ?」
「いくらなんでも泳ぎません!!」
私は思わず立ち上がる。
「さっき田んぼに入ったばかりですよね?」
「それとこれとは話が別です!」
「信用がありませんので」
リュシアさんは真顔だった。
「隊員の皆さんも同じ意見だそうです」
周囲を見ると――
「ええ」
「止める準備はできています」
「飛び込まれたら回収します」
隊員の皆さんが真面目な表情で頷いている。
「誰も私を信用してないじゃないですか!」
「今までの実績がありますので」
リュシアさんはきっぱりと言い切った。
「うぅ……」
何も言い返せない。
確かに、さっきも『少し確認するだけ』と言って用水路へ入ってしまったばかりだった。
「……今回は本当に見るだけです」
そう言いながら、私は改めて養殖池へ視線を向けた。
確かに説明通り、水草も育てられそうなくらいには十分な深さがある。
だが――
「これだと、ちょっと狭いかもしれないですね……」
「これでも結構大きいと思いますけど……」
リュシアさんは首を傾げる。
「恐らくですけど、種類によっては共食いが発生すると思います」
一拍。
「あと、もう一つ」
私は養殖池全体を見回した。
「最低でも、あと四面くらいはあってもいいと思います」
「そんなにですか?」
「はい」
私は頷く。
「魚は種類ごとに分けて育てた方が管理しやすいですし、大きさが違うだけでも小さい個体が食べられてしまうことがあります」
一拍。
「病気が発生した時も、一つの池にまとめていると全部へ広がってしまいますから」
「なるほど……」
リュシアさんは感心したように池を見つめる。
「それに、稚魚を育てる池、成魚を育てる池、繁殖用の池も分けたいですね」
「……」
「……」
周囲が静まり返る。
「また規模が大きくなりましたね」
リュシアさんがぽつりと呟く。
「将来的な話ですよ?」
私は慌てて付け加えた。
「今すぐではありません」
「エレノア様の場合、その『将来的』が数か月後だったりするので信用できないんです」
「そんなことないですよ?」
「あります!!」
リュシアさんが即答する。
「エレノア様が魔道具を作る時、いつも『少しだけ』とか『ついでです』と言いながら機能を追加していく時点で信用できません」
「うぅ……」
私は思わず肩を落とした。
「最初は小さな改良のはずだったのに、気が付けば別物になっていることも珍しくありませんし」
「それは効率を考えた結果で……」
「そして、その『効率』で規模がどんどん大きくなるんです」
「……否定できません」
私は素直に認めるしかなかった。
「ですから、今『あと四面くらい』と聞いても安心できないんですよ」
「今すぐ増やすつもりはありませんよ?」
「本当ですか?」
「……たぶん」
「ほら!」
リュシアさんは勢いよく指を差した。
「今『たぶん』って言いました!」
「あっ……」
しまった。
思わず本音が漏れてしまった。
「エレノア様?」
「はい……」
「正直に答えてください」
リュシアさんはじっと私を見つめる。
「最終的には何面くらい必要だと思っています?」
「えっと……」
私は養殖池全体を見渡す。
魚の種類ごと。
稚魚用。
繁殖用。
病気になった時の隔離用。
さらに水草を育てる池も欲しい。
頭の中で整理していくと――
「……八面くらいですかね?」
「倍になってるじゃないですか!!」
農場に、リュシアさんの見事なツッコミが響き渡った。
「倍になってるじゃないですか!!」
農場に、リュシアさんの見事なツッコミが響き渡った。
「で、でも全部を一度に作る必要はありませんよ?」
私は慌てて弁解する。
「最初は一面だけでも十分です」
一拍。
「運用しながら少しずつ増やしていけばいいんです」
「その『少しずつ』が怖いんですけどね……」
リュシアさんは半ば呆れたようにため息をついた。
「まぁ、この辺りは今後の課題ということにしておきましょう」
「そうですね」
私はもう一度養殖池へ目を向ける。
池そのものの造りは申し分ない。
水を引く用水路も、排水路もきちんと確保されている。
「基礎は十分ですね」
私は静かに頷いた。
「後からいくらでも拡張できます」
「その言葉を聞くと嫌な予感しかしません」
「今回は本当です」
「……」
「……」
「信用されてないですね」
「当然です」
即答だった。
思わず苦笑が漏れる。
「では、次をご案内します」
隊員さんは地図を確認しながら歩き出した。
「こちらが倉庫になります」
「これまた大きいですね……」
目の前には、家畜小屋にも負けないほど立派な石造りの建物が建っていた。
壁は分厚く造られ、窓はかなり上の方に設けられており風通しや保管を重視した建物だということがわかる。
「こちらは収穫した農作物の保管以外にも、種子や農具の保管庫としても利用する予定です」
「なるほど……」
私はゆっくりと建物を見上げる。
「倉庫っていう見た目ではないですね……」
「ですよね……」
リュシアさんはもはや困惑の表情を浮かべている。
「私も案内しておいてですが、本当にここなのか二度見しました」
案内した隊員さんも苦笑を浮かべる。
「普通の倉庫に建て直して欲しいんですけど……」
私がぽつりと呟くと、
「多分、作った大工さんが泣きますよ?」
リュシアさんは苦笑する。
「『エレノア様の農場に建てるんだ』と、それはもう毎日のように張り切っていましたから」
案内役の隊員さんも頷いた。
「私も工事の様子を何度か見に来ましたが、誰一人として手を抜こうという職人はいませんでした」
一拍。
「『何十年、何百年と残る建物を作るんだ』と話していましたね」
「そんなことまで……」
私は思わず倉庫を見上げる。
細部まで丁寧に加工された石材。
雨風に耐えられるよう工夫された屋根。
飾りと思っていた彫刻ですら、よく見れば補強材を兼ねた実用的な造りになっていた。
「……見た目だけじゃないんですね」
「はい」
隊員さんは誇らしげに頷く。
「王都でも腕利きの職人を集めて建てたそうです」
「だからこんなに立派なんですね」
私は小さく微笑む。
「少し豪華すぎる気もしますけど……」
「その意見は、職人さん全員に否定されると思います」
リュシアさんが苦笑する。
「『エレノア様の農場なんだから、これくらい当然だ』と言っていましたので」
「私、いつの間にそんな基準になったんでしょう……」
思わず額へ手を当てる。
どうやら、この農場では”普通”という言葉の基準が、少しずつおかしくなっているらしかった。
「では、中に入りましょう」
そういうと隊員さんは重厚な木製の扉を開ける。
ギィと静かに音を立てながら扉が開くと、外の気温と違ってひんやりとした空気が流れてきた。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
外観だけでなく中も想像以上だった。
広々とした空間には、荷車がそのまま入れるほどの通路が確保され、壁際には木製の棚が整然と並んでいる。
「通路が広いですね」
「収穫量がかなり多くなることが想定されたので激しい往来があってもいいように設計したそうです」
隊員さんが説明する。
「特にお米関係と畑の作物が一度に運び込まれると思われますので」
「なるほど……」
私は床へ視線を落とした。
「床も石なんですね」
「湿気対策ですね」
リュシアさんが答える。
「土のままだと湿気が上がってきますし、掃除もしやすいように石畳になっています」
一拍。
「それに、将来的にエレノア様が冷蔵用の魔道具を設置される可能性も考慮したそうです」
「……はい?」
思わず聞き返す。
「冷気による結露や湿気を考えると、床は石造りの方が適しているだろうという意見が職人さんたちから出まして」
「私、まだ何も言ってないですよ?」
「ですが、皆さん『どうせエレノア様なら、そのうち作る』と」
「……」
私は何とも言えない表情になる。
「また勝手に期待されてますね……」
「ちなみに、その意見には陛下も賛成されたそうです」
「陛下までですか!?」
「『先を見越して作っておけば二度手間にならん』とのことでした」
「うぅ……」
まだ構想すら話していないのに、周囲はすでに私が作る前提で話を進めている。
「……でも」
私は石畳を見回す。
「確かに石造りなら掃除もしやすいですし、冷蔵設備を入れても問題なさそうですね」
「ということは?」
リュシアさんがじっと私を見る。
「……将来的には、ありかもしれません」
「やっぱり作る気じゃないですか」
「違います!」
私は慌てて首を横に振る。
「まだ考えただけです!」
「エレノア様の場合、その『考えただけ』が一番危ないんですよ」
リュシアさんは呆れたようにため息をついた。
「思いついたその日のうちには設計図ができて、その次の日には完成しているじゃないですか!」
「流石にそこまで早くありません!!」
「普通の人から見ればだいぶ早いです!!」
一拍。
「魔道具は、本来数ヶ月かけてようやく試作品ができるんですからね!?」
「そうなんですか!?」
「そうなんです!!」
リュシアさんは即答する。
「「設計して、何度も見直して、素材を集めて、回路と術式を組んで、何度も失敗して……ようやく試作品なんです!」
「大分効率悪いですね……」
「悪くありません!!」
「でも、最初から頭の中で術式を組み立てて、回路も考えて、それに合いそうな素材を実際に組み込んだ方が効率よくないですか?」
「何言ってるんですかこの人……」
「私も理解できませんな……」
案内役の隊員さんまで遠い目になっていた。
「なんでですか!?」
私は思わず聞き返す。
「頭の中だけで完成形まで組み立てるなんて普通はできません!」
リュシアさんはぴしゃりと言い切った。
「術式同士が干渉したらどうするんですか!」
「干渉しないように組みます」
「だから、それができないんです!」
「そうなんですか?」
「だからそうなんです!!」
食い気味に返ってくる。
「普通は一つ術式を追加しただけで、別の術式が正常に動かなくなることだってあります!」
「それなら追加した時点で分かりますよね?」
「分かりません!」
「えっ?」
「実際に動かして初めて分かるんです!」
「そうなんですか……」
私は少し考え込む。
私の場合は術式を組んでいる段階で違和感があれば修正してしまう。
だから完成してから不具合が出ることは、ほとんどなかった。
「エレノア様は頭の中で試運転でもしているんですか?」
「試運転……というより、魔力の流れをイメージしているだけですよ?」
「『だけ』じゃありません!!」
リュシアさんは勢いよく首を振る。
「そんなことができる人が何人いると思っているんですか!」
「分かりません」
「ほとんどいません!」
「そうなんですね」
その返事に、リュシアさんは頭を抱えた。
「本人だけが普通だと思ってるのが一番たちが悪いんですよね……」
「部隊長のお気持ちがよく分かります」
隊員さんがしみじみと頷く。
「アラン隊長もですか?」
「はい。『エレノア様の常識と世間の常識は分けて考えろ』と、何度も言われております」
「そんなことを?」
「新人が初めて護衛に就く際の注意事項の一つです」
「注意事項なんですか!?」
「『本人は悪気なく非常識なことをするので、まず止めろ』と」
「そこまでですか!?」
「そこまでです」
隊員さんは迷いなく頷いた。
「急に用水路に入って穴を掘り始めたり、思いつきで魔道具を作ろうとしたりーー」
「最後のはまだ作るとは言ってません!!」
「“将来的にはありかもしれません”と仰っていましたよね?」
「……言いました」
「十分です」
「十分なんですね……」
隊員さんとリュシアさんは揃って深く頷く。
その様子を見て、私は小さく肩を落とした。
「私、そんなに信用ないんでしょうか?」
「信用はあります」
リュシアさんは真面目な表情で答える。
「エレノア様なら本当に作ってしまうという意味で、とても信用しています」
「それ、褒められている気がしません……」
「ええ、褒めてはいません」
即答だった。
「もういいですよ……」
「エレノア様が拗ねた!?」
「拗ねてません!!」
私はそう言い残すと、くるりと踵を返して倉庫を後にした。
「エレノア様、待ってください!」
背後からリュシアさんの慌てた声が聞こえる。
「拗ねてません!」
「その歩く速さで言われても説得力がありません!」
「普通に歩いてるだけです!」
「普段より速いです!」
私はそのまま畑の区画へ向かって歩き続ける。
「エレノア様待ってください!! 流石に言いすぎましたー!!」
「気にしてません!」
「気にしている人の返事なんですよ、それ!」
「本当に気にしてません!」
「絶対に嘘です!」
後ろでは隊員さんたちが苦笑していた。
「追いかけたほうがいいですか?」
「いえ、大丈夫でしょう」
別の隊員さんが静かに首を横へ振る。
「本気で怒っているようには見えませんので」
「そうですね」
「ただ、リュシア殿はしばらく大変そうですが」
「自業自得ですね」
「聞こえてますよー!」
リュシアさんが振り返りながら抗議する。
「事実ですので」
「味方がいません……」
そう言いながらも、リュシアさんは小走りで私を追いかけてきた。
「エレノア様!」
「なんですか?」
私は立ち止まって振り返る。
「……本当に怒ってませんか?」
不安そうに尋ねるリュシアさんを見て、思わず笑みがこぼれた。
「だから怒ってませんって」
「本当ですか?」
「はい。でも……」
私は少しだけ頬を膨らませる。
「ほんの少しだけ傷つきました」
「やっぱりじゃないですかー!!」
農場に、リュシアさんの悲鳴にも似た声が響き渡った




