193話 調査への旅路、夢巡る回廊②
ーー王国東部・朝凪街道
一度、前日に立ち寄った村へ戻り、盗賊たちの身柄を地元の自警団へ引き渡した。
その後、私たちは再び『夢巡る回廊』を目指して歩みを進める。
「まったく……先遣隊はちゃんと周辺を確認したのか!?」
アランさんは珍しく苛立ちを隠さずに呟いた。
「まぁ、相手は盗賊ですからね……」
『白銀の獅子』のリーダーが苦笑しながら肩をすくめる。
「森の中に身を潜められたら、完全に見つけ出すのは難しいですよ」
「それでもだ!」
アランさんは即座に言い返す。
「エレノア様にもし万が一のことがあったら、王国そのものが立ち行かなくなるんだぞ!?」
一拍。
「王都に戻ったら鍛え直しだな」
そんなやり取りが聞こえ、私は思わず同情する。
「先遣隊の皆さん、かわいそうに……」
「仕方ないですよ……」
リュシアさんが苦笑する。
「今回は結果的に盗賊程度で済みましたけど、相手が本当に危険な魔物だったら、取り返しがつかなかったかもしれませんから」
「そうですね……」
私は小さく頷く。
確かに先遣隊も完璧ではない。
盗賊が潜んでいた以上、見落としがあったのも事実だ。
「アラン隊長も、本気で怒っているというよりは……」
一拍。
「二度と同じことを起こさせないためなんですよ」
「なるほど……」
私はもう一度、森の奥へと視線を向ける。
進めば進むほど木々は鬱蒼と生い茂り、頭上を覆う枝葉が太陽の光を遮っていく。
森の中は昼間だというのに薄暗く、空気もどこかひんやりとしていた。
当然、この先には危険な魔物も数多く潜んでいる。
だが――
本当に警戒すべきなのは魔物ではない。
この先に待ち受ける『夢巡る回廊』。
盗賊や魔物ですら近寄ろうとしない、精神異常を引き起こす異質なダンジョン。
些細な判断ミスが、命取りになりかねない。
だからこそ、私自身も気を引き締めなければならない。
――夕方
日が傾き始めた頃。
私たちは、先遣隊が確保した野営予定地へと到着した。
既に簡易テントの設営は進み、焚き火の準備や周辺警戒も始まっている。
それぞれが慣れた手つきで役割をこなし、野営地は着実に形になっていた。
すると、先遣隊の隊長がこちらへ駆け寄ってくる。
「エレノア様、ご到着を確認しました!」
一拍。
「本日はこれ以上の移動は危険と判断し、この場所を野営地として選定しております!」
「それはいいが……」
アランさんは先遣隊長の前で立ち止まる。
「お前たち、本当に周辺警戒は済ませたのか?」
「もちろんです!」
「本当だろうな?」
「はい!」
「昼間は盗賊を見逃したよな?」
「うっ……」
到着するなり、お説教が始まった。
「大体お前たちは――」
「あのー……」
私は恐る恐る手を挙げる。
アランさんがゆっくりとこちらを振り返った。
「どうされましたか? エレノア様」
「お説教、長くなりそうなので……」
一拍。
「その間に周辺で素材探しをしてきてもいいですか?」
さらに一拍。
「もしかしたら、精神異常を予防する素材が見つかるかもしれませんので……」
そう言うと、アランさんは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「本当に周辺ですよね?」
アランさんはじっと私を見つめる。
「は……はい!」
じーっ。
疑いの眼差しが突き刺さる。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙が流れる。
「まぁ、いいでしょう」
私は思わず表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
「ただし」
アランさんは人差し指を一本立てた。
「リュシア! 『白銀の獅子』の皆さん!」
「「「はい!」」」
名前を呼ばれた全員が一斉に返事をする。
「エレノア様の護衛をお願いします」
「了解しました!」
『白銀の獅子』のリーダーが力強く頷く。
「半径五十メートル以上離れることは禁止です」
「素材採取中も常に視界へ入れてください」
「少しでも異変があれば、即座に連れ戻してください」
「了解!」
次々と返事が返ってくる。
私は思わず苦笑した。
「そこまで厳重なんですか……?」
「当然です」
アランさんは真顔で答える。
「エレノア様の『周辺』ほど信用できない言葉はありませんから」
「ひどいです……」
「事実です」
今度はリュシアさんまで即答した。
「ではエレノア様、参りましょう」
『白銀の獅子』のリーダーがそう言うと、私たちはそそくさとその場を後にする。
背後では、早くもアランさんのお説教が再開していた。
「エレノア様」
少し歩いたところで、リュシアさんがじっと私を見る。
「はい?」
「今のタイミングで素材探しを申し出たのって……」
一拍。
「お説教が気まずかったからですよね?」
「ち……違いますよ?」
思わず視線を逸らす。
「図星のようですね」
『白銀の獅子』のリーダーが苦笑する。
「ち、違います!」
私は慌てて首を横に振る。
「本当に素材探しも目的です!」
「"も"?」
リュシアさんがその一言を聞き逃さなかった。
「……あ」
しまった。
思わず口を押さえる。
「やっぱり気まずかったんじゃないですか」
「うぅ……」
反論できなかった。
その様子に、『白銀の獅子』の面々から小さな笑いが漏れる。
先ほどまで張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
「あ……これ……」
思わず足を止める。
目の前には、淡い青白い花が一面に咲き誇っていた。
風が吹くたび、花びらが静かに揺れ、どこか幻想的な光景を作り出している。
私はすぐに鑑定を発動した。
【鑑定結果】
名前:夢見の花
分類:植物
品質:最高品質
備考:森等の奥地で多く見られる植物。
単体で使用すると成分が強く昏睡してしまう。
適切な処理と調合を行えば睡眠薬として使用できる。
「やっぱり間違いではないみたいですね」
私がそう呟くと、リュシアさんが不思議そうに首を傾げた。
「何か分かったんですか?」
「はい」
私は足元に咲く花へ視線を向ける。
「これは睡眠薬の材料ですね」
「へぇー」
『白銀の獅子』の一人がしゃがみ込み、花を眺める。
「見た目は綺麗だな。料理の添え物なんかにも良さそうな色してる」
「あまりおすすめはできませんね……」
私は苦笑しながら首を横に振る。
「この花は、誤って口にすると強い眠気を引き起こします」
一拍。
「摂取量によっては昏睡状態に陥る可能性もあるので、一般の方は触らない方がいいですね」
「……そんな危険な花だったのか」
『白銀の獅子』の男性は慌てて手を引っ込めた。
「見た目じゃ全然分からないな」
「自然には、こういう植物も少なくありません」
私はそう言いながら根を傷つけないよう慎重に数株だけ採取し、残りはそのまま残しておく。
「毒にも薬にもなる――」
一拍。
「扱う人次第、ということですね」
「なるほどな……」
採取を終え、立ち上がる。
すると、そのすぐ近くの朽ち木から一本のキノコが生えているのが目に入った。
「これ……初めて見たかも……」
一見すると、ごく普通の茶色いキノコ。
だが――
鑑定を発動した瞬間、私は思わず顔を引きつらせた。
「……あっ」
「どうした?」
『白銀の獅子』のリーダーが、興味本位でキノコへ手を伸ばす。
「待っ――」
私が制止するより早かった。
指先が、そっと傘へ触れる。
「それ毒キノコですよ」
一拍。
「しかも、触れるだけでも危険な種類です」
「それを早く言ってほしかったな……」
苦笑した直後だった。
「あれ?」
リーダーが自分の手を見る。
赤く腫れ上がった皮膚。
そして、次々と水ぶくれが浮かび上がっていく。
「ちょっ!?」
「リーダー!?」
周囲が一斉に駆け寄る。
「大丈夫です!」
私は空間収納から一本のポーションを取り出した。
「処置が早ければ後遺症は残りません!」
「お、おぉ……」
『白銀の獅子』のリーダーが安堵した表情を浮かべる。
一拍。
「ただ――」
私は人差し指を一本立てた。
「処置が遅れると皮膚がただれます」
「先にそれを言えぇぇぇぇぇ!!!!」
リーダーは慌ててポーションを受け取り、一気に飲み干した。
すると、赤く腫れ上がっていた手は淡い光に包まれ、みるみるうちに元の肌へ戻っていく。
「……助かった」
「言おうとしたんですけどね」
私は朽ち木を指差す。
「触るだけでも危険だって」
「いや、言われたのは触った後なんだが!?」
そのツッコミに、周囲から思わず笑いが漏れた。
「迂闊に触るからですよ……」
私は苦笑しながら答える。
「今のはリーダーが悪いな」
仲間の一人が腕を組んで頷く。
「なんでだよ!?」
「見たこともないキノコを見つけて、真っ先に素手で触る方がおかしいだろ」
「それは……まぁ……」
「しかもエレノア様が何か言いかけてたじゃないですか」
「あっ……」
ようやく思い出したらしい。
「確かに『待っ――』って聞こえた気がする……」
「気がするじゃなくて、言ってました」
リュシアさんがため息をつく。
「完全に自業自得ですね」
「反論できねぇ……」
リーダーは肩を落とした。
その姿に、一同から再び笑いが起こる。
「そろそろお説教終わりましたかね?」
リュシアさんが懐中時計を確認する。
「一時間くらい経過しましたね」
「本当ですか?」
私はいつもの癖でバッグから買ったばかりの新型タブレットを取り出し、時間を確認する。
「16時3分ですね」
「……」
「……」
『白銀の獅子』の面々が私の手元をじっと見つめる。
「エレノア様……」
リーダーが恐る恐る口を開く。
「その板は何ですか?」
「あ、これですか?」
私はタブレットを軽く持ち上げる。
「時計です」
「時計……?」
「正確な時間が分かるんです」
私は画面を軽く操作する。
「あと地図を見たり、本を読んだり、調べ物もできます」
「時計とは……?」
リーダーの頭の中で「時計」の概念が崩壊したらしい。
その様子を見て、リュシアさんは苦笑した。
「気にしたら負けですよ」
「リュシアさんまで!?」
「私も最初はそうでした」
一拍。
「でも、もう慣れました」
「慣れるものなんですか!?」
「エレノア様と一緒にいると、嫌でも慣れます」
「なるほど……」
『白銀の獅子』の面々は妙に納得した表情で頷いた。
その時だった。
「というかエレノア様!?」
リュシアさんが慌てて声を上げる。
「それ、外で出したら駄目ですからね!?」
「え?」
私は首を傾げる。
「便利なので、つい……」
「便利かどうかの問題じゃありません!」
即答だった。
「そんな正体不明の魔道具を他人の前で出したら、大騒ぎになりますよ!」
「あっ……」
私はようやく気付いた。
「気を付けます……」
慌ててタブレットを空間収納へしまう。
「本当にお願いしますよ……」
リュシアさんは深いため息を吐く。
「とりあえず戻りましょうか……」
私は話題を無理やり変え、その場を後にした。
そして野営地へ戻ると――
「だからお前たちは事前警戒というものをだな!!!!」
「申し訳ありません!!!!」
アランさんのお説教は、まだ終わっていなかった。
「……」
「……」
私とリュシアさんは無言で顔を見合わせる。
一拍。
「……もう一回素材探しに行きますか?」
私が小声で呟く。
「そうですね」
リュシアさんは即答した。
「まだ終わりそうにありませんし」
「ですよね!」
私はぱっと表情を明るくする。
「じゃあ、今度はあっちを探してみましょう!」
「今度こそ周辺だけですよ?」
「もちろん周辺ですよ!」
元気よく返事をすると、私は再び森の中へ歩き出した。
「その『もちろん』が一番信用できないんですよね……」
リュシアさんは苦笑しながら、その後を追うのだった。




