192話 調査への旅路、夢巡る回廊①
ーー王都・東門
普段ならアトリエで開店準備をしている時間帯。
それにもかかわらず私は、王国東部へ続く街道の東門に立っていた。
周囲には王命錬金護衛隊をはじめとする護衛たちが並び、その空気はいつになく張り詰めている。
「陛下は結局、許可なさったんですね……」
リュシアさんがぽつりと呟いた。
「はい」
私は静かに頷く。
「正直、許可されないと思っていました」
「私もです」
そう答えながら、数日前の出来事を思い返した。
――数日前、王城。
「陛下、エレノア嬢から再度調査許可の件でご返答を求められております」
「……またか」
陛下は机へ置かれた書類を見つめ、大きく息を吐いた。
「陛下、率直に申し上げます」
「……何だ」
「これ以上、結論を先延ばしにするのは限界かと」
「……分かっておる」
陛下は目を閉じる。
「頭では分かっているのだ」
「だが、あの子を危険な場所へ送り出す決断ができん」
「ですが、このままですと、エレノア嬢が単独で向かってしまうかと……」
「それはもっと駄目だ!!!!!!」
陛下は勢いよく机を叩き、立ち上がった。
「絶対に駄目だ!」
一拍。
「護衛も付けず、一人で向かわせるなど論外だ!」
「でしたら……」
宰相は静かに言葉を続ける。
「もう覚悟を決めるしかないかと……」
執務室を長い沈黙が支配する。
陛下はゆっくりと窓の外へ視線を向けた。
しばらく誰も口を開かなかった。
そして――
「……わかった」
重い決断を下すように、小さく息を吐く。
「条件付きで許可しよう……」
そして――
今に至る。
陛下から提示された条件は三つ。
一つ。
決して単独行動をしないこと。
二つ。
決して無茶をしないこと。
そして三つ。
少しでも危険と判断した場合は、調査を中断し即座に撤退すること。
どれも、私の身を案じての条件だった。
もちろん私は、その全てを受け入れた。
だからこそ今、こうして王都東門に立っている。
「エレノア様は、この私たち『白銀の獅子』が責任を持ってお守りします!!!」
ダンジョンまでの道中、そしてダンジョン内部での先導を担当するSランク冒険者パーティー。
『白銀の獅子』。
大半のSランク冒険者パーティーが各国を渡り歩いて活動する中、彼らだけはセレディア王国を拠点に活動し続ける異色の存在だ。
そんな王国屈指の実力者たちまで護衛として派遣されていることに、私は驚きを隠せなかった。
「Sランクパーティーの皆さんまで参加されるんですね……」
私が静かに呟くと――
「冒険者ギルドも全面協力ですからね……」
リュシアさんは苦笑する。
一拍。
「現地にはAランクパーティーも待機しているはずですよ」
「えっ……?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「陛下から『エレノア様だけは絶対に無事に帰すように』と、かなり強く言われているそうです」
「そうなんですか……?」
私はその言葉に困惑する。
「私、そこまで弱くないはずなんですけどね……」
「根本からずれてます」
リュシアさんは間髪入れずにツッコんだ。
「エレノア様が弱いかどうかなんて、誰も心配してません」
「え?」
「皆さんが心配しているのは――」
一拍。
「エレノア様が無茶をすることです。」
「……」
「……」
「そんなに無茶してますか?」
私が首を傾げると、その場にいた全員が黙った。
そして――
「「「「しています」」」」
見事なまでに声が揃った。
「まぁいいじゃない!」
ミストルティン様は、いつもの調子で胸を張る。
一拍。
「いざとなったら私がいるから!!!」
「混ぜるな危険なんですよ!!!!!!」
リュシアさんのツッコミが炸裂する。
「神様が『いざとなったら』なんて言い始めたら、もう護衛の意味がありませんからね!?」
「えー?」
ミストルティン様は不満そうに頬を膨らませる。
「だって心配なんだもん」
その一言に、周囲は揃って苦笑するしかなかった。
「噂には聞いていたが想像以上に愉快な方々だな……」
『白銀の獅子』のリーダーが苦笑しながら肩をすくめる。
「これがエレノア様の日常なんですね……」
「ええ」
リュシアさんは遠い目をした。
「毎日こんな感じです」
「……護衛の皆さんも大変ですね」
「ようやく理解者が現れました」
リュシアさんは静かに空を見上げた。
するとーー
「皆さん、準備はよろしいですか?」
先頭に立っていた『白銀の獅子』のリーダーが周囲を見渡しながら声をかけた。
護衛の騎士たちが一斉に頷く。
「周辺警戒、異常なし!」
「補給物資の確認及び馬車の確認、完了しました!」
「先遣隊から『進路クリア』の報告! いつでも行けます!」
次々と報告が上がっていく。
私は、無駄のない動きに思わず見入ってしまう。
「エレノア様」
アランさんが私の隣へ歩み寄る。
「準備はよろしいですか?」
「はい」
私は小さく頷き、空間収納へ手を添えた。
調査用の道具。
錬成釜。
簡易的な調合設備。
予備のポーション。
そして、万が一に備えた各種魔道具。
忘れ物がないことを何度も念入りに確認する。
「大丈夫です」
その返事を聞いたアランさんは満足そうに頷いた。
「ではーー」
白銀の獅子のリーダーが剣を軽く掲げる。
「『夢巡る回廊』に向かって出発します!!!」
その号令と共に、一行はゆっくりと王都東門をくぐった。
朝日に照らされた街道の先には、王国東部の大森林。
そして、その奥深くにある目的のダンジョンが待っている。
精神異常を引き起こす魔物。
その正体を突き止めるための調査が――
今、始まろうとしていた。
ーー王都郊外・朝凪街道
王都東門から東へと伸びる一本の街道――
朝凪街道。
東の海へと続き、最終的には小さな漁村へと至る街道だ。
もっとも、その街道を最後まで利用する者は少ない。
途中までは王都と東部を結ぶ主要街道として整備されているものの、ある地点から先は実際に利用される道と街道が大きく分かれるからだ。
その原因となっているのが――
街道を覆うように広がる大森林。
森の奥深くには数多くの魔物が生息し、盗賊の根城も点在している。
そのため、この一帯は王国でも有数の危険地帯として知られていた。
そして今回向かう『夢巡る回廊』も、その大森林の奥深くに存在する。
だからこそ――
護衛を務める騎士たちも、『白銀の獅子』の面々も、大森林が近づくにつれ、いつもの和やかな表情は消え、周囲へ鋭い視線を向けていた。
「そういえば、今から向かうダンジョンって『夢巡る回廊』って呼ばれているんですよね?」
「そうですね……」
リュシアさんが頷く。
「N ◯Eで聞いたことある名前ね」
ミストルティン様が呟く。
「気のせいですよ」
私は即答する。
「テセウスの舵もスカーレットレターも出ませんからね!?」
リュシアさんが即座にツッコむ。
「えっ、出ないの?」
ミストルティン様が少し残念そうな顔をする。
「出ません!」
「それは残念ね。ちょっと期待してたのに」
「何を期待してるんですか!?」
「何の話ですか?」
『白銀の獅子』のリーダーが首を傾げる。
「聞かない方が幸せですよ……」
リュシアさんは遠い目をした。
「仲がよろしいんですね」
『白銀の獅子』のリーダーがクスッと笑う。
「ちなみに『夢巡る回廊』という名前の由来ですが――」
先頭を歩いていた『白銀の獅子』のリーダーが静かに口を開く。
「このダンジョンで精神異常を引き起こされた者は、夢を巡るように旅立っていきます」
一拍。
「そのことから、このダンジョンは『夢巡る回廊』と呼ばれるようになりました」
その言葉に、先ほどまでの和やかな空気は静かに消え去る。
――その時だった。
「よぉ、兄ちゃんら」
低い男の声が森の中から響く。
反射的に全員が足を止めた。
視線を向けると、街道の両脇から武器を手にした男たちが次々と姿を現す。
気付けば、私たちは盗賊たちに完全に包囲されていた。
「そんな大人数でゾロゾロ歩いてりゃ、獲物ですよって言ってるようなもんだぜ」
男は下卑た笑みを浮かべる。
視線はゆっくりと私へ向いた。
「そこの世間知らずのお嬢ちゃんだけ置いていけ」
一拍。
「命だけは助けてやる」
「はぁ……」
『白銀の獅子』のリーダーが盛大なため息をついた。
「お前達も運が悪いな……」
一拍。
「よりにもよって、今日の相手が私たちだったとは」
誰がどう見てもわかりやすい挑発だった。
しかしーー
「んだとこらー!!!!!!!!!!」
挑発に乗った盗賊は、タコが茹で上がったかのように真っ赤になる。
「お前ら!!野郎どもは殺せ! 女どもは殺すな!」
一拍。
「奴隷として売ってもよし!」
さらに一拍。
「飽きるまで好きに遊んでも構わねぇ!」
その言葉に盗賊たちの士気は一気に最高潮へと達する。
「防御体制!! エレノア様を守ーー」
アランさんがそう叫び、『白銀の獅子』の面々が駆け出した。
その時――
「最低ですね」
私はただ一言だけ呟く。
「エレノア様……?」
リュシアさんは、その声色だけで何かを察したのか、静かに後ろへ下がった。
「まずい!!」
アランさんが叫ぶ。
「盗賊から距離を取れ!!」
「は……?」
『白銀の獅子』の面々は意味が分からないといった表情を浮かべる。
一方――
「なんだ?」
「威勢の割には逃げ腰じゃねぇか!」
「「「「「がはははははははは!!」」」」」
盗賊たちは腹を抱えて笑う。
「早く下がれ!!」
アランさんは再び叫ぶ。
「盗賊ごと巻き込まれるぞ!!」
「よく分からないが撤退!!」
『白銀の獅子』の面々は即座に距離を取り、馬車の周囲へと集結する。
その直後――
盗賊たちを囲むように、巨大な幾何学模様の魔法陣が地面へと描かれた。
「……土槍展開」
短くそう詠唱した瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が唸りを上げる。
次の瞬間。
無数の土槍が盗賊たちの足元から一斉に突き上がった。
「ぎゃあああああああああああ!!」
「なっ……!?」
盗賊たちは抵抗する暇すらなく、次々と空高く吹き飛ばされていく。
一方――
頭領だけは違った。
一本の土槍が服の裾だけを正確に貫き、そのまま宙吊りにする。
「ヒッ......」
頭領は完全に青ざめている。
そんなことはお構いなしに私は馬車の外へ出る。
「ちくしょー!!!!!」
「よくもやってくれたな!!!!」
吹き飛ばされた盗賊のうち二人が、血走った目で私へ斬りかかってくる。
「エレノア様!!!!!!」
アランさんが叫ぶ。
「……火球展開」
短く詠唱した、その瞬間。
二つの火球が一直線に飛び出す。
盗賊二人の顔面を掠めるように通過した火球は、そのまま背後の大木へ直撃した。
轟音とともに木が燃え上がる。
「「あ、熱っ!!!」」
盗賊たちは思わずその場へ尻もちをついた。
頬には熱風で赤く焼けた跡が残っている。
「……」
私は何も言わない。
ただ静かに二人を見つめる。
その視線だけで、盗賊たちの顔から血の気が引いていった。
私は、宙吊りにされた頭領の前で足を止める。
「ねぇ、頭領さん」
私は微笑む。
その瞬間。
「……」
「……」
背後にいた『白銀の獅子』の面々が、思わず息を呑んだ。
リュシアさんは静かに目を閉じる。
「さっき私たちのことを、どうするって言いましたっけ?」
「いや......その......」
「そうじゃないですよね?」
一拍。
「もっと酷いことを言いましたよね?」
淡々と追い詰める。
「す......すみません......」
「すみませんで済むなら衛兵なんていりませんよね?」
一拍。
「一度死にかけてみますか?」
さらに一拍。
「そうすればまともな人間になれると思うんですよね」
「か……勘弁してください……!」
「安心してください」
私はにこりと微笑む。
一拍。
「たとえ死にかけても、ハイポーションがありますから」
さらに一拍。
「簡単には死にませんよ」
頭領は小刻みに震え始める。
「さて」
私は静かに頭領を見上げた。
「選択肢は二つです」
一拍。
「一つ目」
「ここで大人しく捕まる」
さらに一拍。
「二つ目」
私は笑顔のまま続ける。
「私に抵抗して、本当に死にかけてから捕まる。」
「ヒッ……」
頭領の顔は、さらに青ざめる。
私は首を小さく傾げた。
「どちらがいいですか?」
「た、助けてくれ……!」
頭領は震える声で懇願した。
「助けてほしいのであれば、最初からあんなことを言うべきではありませんでしたね」
私は静かに首を横へ振る。
「人は、自分の言葉に責任を持たなければいけません」
一拍。
「少なくとも私はそう思っています」
頭領は何も言い返せなかった。
ただ震えながら俯くことしかできない。
「エレノア様」
その時、後ろからアランさんが静かに声を掛ける。
「この者たちは我々で拘束いたします」
私はしばらく頭領を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そうですね」
そして、ゆっくりと頷く。
「後はお願いします」
「はっ!」
アランさんが合図を送ると、騎士たちが一斉に動き出した。
まだ立ち上がろうとしていた盗賊たちは瞬く間に取り押さえられ、手足を拘束されていく。
誰一人として抵抗する者はいなかった。
いや――
抵抗できなかった。
盗賊たちの視線は、ただ一人。
静かに立つ私へと向けられていたからだ。
「……隊長」
『白銀の獅子』の一人が、小声で呟く。
「何だ」
「俺たち……出番ありました?」
リーダーは苦笑しながら肩をすくめた。
「いや」
一拍。
「護衛対象を完全に見誤っていたようだ」
その言葉に、『白銀の獅子』の面々は苦笑するしかなかった。
だが――
本当に危険なのは、まだこの先に待っている。
目的地である『夢巡る回廊』は、盗賊などとは比べものにならない場所なのだから。
そして。
この調査が、王国の未来を大きく変える第一歩となることを。




